第二章 5
「かんぱ〜い!」
窓もドアも無くなってすっかり風通しが良くなった店内に、翔助の声が響き渡る。
目の前には唐揚げやポテトなどのジャンキーな食べ物、それにクッキーなどのお菓子が並べられ、壁には『店長おめでとう』と書かれた紙が貼り付けられている。
まるで店長の誕生会やっているかのようである。
激闘の一夜を終えこの店に帰ってきた俺たちは、そのまま丸一日眠った。
『再生』能力に助けられた俺と店長は特に長い間眠っていたらしく、目覚めるとすでに次の日の夜となっていた。翔助曰く、再生には体力を使うらしい。
俺はそのまま、この謎の会に参加させられているのである。
「はい! 追加の焼きそば!」
意外だったのは、とらもこの会にノリ気だったことである。彼女はせっせと料理を作りテーブルに運んでいる。どうやらこの会は、翔助ととらの二人で準備したもののようだ。
「おっ! 風吾さん良い食べっぷり!」
持ち前の調子のよさにお酒が加わり、一段と元気な翔助が俺に声をかける。
かく言う俺も、起きてから腹が空いて仕方がなかったため、出てくる料理に次々と手を出している。店長も同じような調子だった。
「賑やかでいいな、風吾」
ヴァイロンが隣で、保護者のような温かい目を向けながらそう言う。
「そうだな……」
誰かとこんな風に時間を過ごすのは初めてで、俺も何だか楽しかった。
「……いや〜、食べた食べた」
一通り食べ尽くすと、俺たちは席についてゆったりお茶をすすった。すっかり空になったお皿を見て、とらも満足げな顔をしている。それにしても、彼女の料理は絶品だった。
「……しかしまあ、改めて伝えなければならないな。巻き込んでしまいすまなかった! そして、私を助けてくれたこと、感謝する……!」
店長は椅子に座ったまま、膝に手をついて頭を下げた。
突然の行動に、俺と翔助は目を丸くする。
「……私からも伝えさせて欲しい。大盛さんを助けてくれて、本当にありがとう……!」
店長に続き、とらも頭を下げてきた。
「——そんなそんな‼︎ そんなにかしこまらないで!」
翔助は立ち上がり、手をバタバタさせる。
「……俺たちにも、関わる理由があった。先に手を出したのも俺だ、気にしないでくれ」
俺は茶をすすり一息入れる。それからチラリと、とらの方に目をやった。
「それに、俺も助けられたからな……。ありがとう、俺たちをピンチから守ってくれて」
俺の言葉に、翔助は大きく頷く。
「そうだぜ! あの時、とらちゃんがブレスギアで俺たちを守ってくれてなかったら、俺たちあそこで終わってたかもしれねぇ!」
俺たちの言葉に、二人は顔を上げた。
「……しかし、これはかなり強力なブレスギアだな。」
ヴァイロンは机に飛び乗り、彼女の腕を覗き込んでそう言った。
「ああ、そう思う。……どうして、ブレスギアを使おうと思ったんだ? その……、抵抗はなかったのか?」
俺の質問を受けて、とらは左手首につけたヘアゴムのブレスギアをさすった。
「……あの時、目の前で危険な目にあっているあなた達を見て、何かしなきゃって思ったの。もうブレスギアで何かを失いたくない、失ってほしくないって……。その時目の前に現れたのが、このブレスギアだったの……」
彼女はそう言うと、赤い宝石を天井の照明にかざした。彼女の瞳に、綺麗な赤い影が落ちる。それが、彼女のサラッとした赤みを帯びた髪にとても似合っていた。
「……トリル・ラクシャータ」
「ん?」
「このブレスギアを使った時、教えてくれたの。僕の名前は『トリル・ラクシャータ』だよ、って……」
彼女の言葉に、俺たちは目を丸くする。
するとヴァイロンが、驚いた様子でとらの方に駆け寄った。
「これは驚いた……! お嬢さん、あなたは獣の声を聞いたのか……!」
「声……?」
「人とブレスギアとの親和性が高いと、まれにこういった現象が起きる。とらさんは、そのブレスギアに宿っている獣の声を聞いたんだ」
「……そのブレスギアは、あそこにいた男達じゃなくとらを選んだんだな」
俺はぽつりとそう呟く。それを聞いて、とらはスッとブレスギアに視線を落とした。
「そうだぜ、きっとそうだ! ……そうだ、トリル・ラクシャータって、頭の文字をとると『トラ』だよな! すげぇ、まさに運命だぜ!」
翔助が興奮した様子でそんなことを言う。
「そんなのたまたまでしょ! でもそっか。よろしくね、トラ……」
彼女はそう言って、ニコッと笑った。
「いや〜いいなぁ、出会いって素敵だねぇ。俺たちも思い出すよなぁ、風吾さん!」
「なぜそこで俺と翔助が出てくる」
「へへへ……」
強い口調で切り捨てたつもりだったが、なぜか翔助は嬉しそうだ。
「まあ、それでも私と風吾の出会いには敵わないがね」
そこに、なぜかヴァイロンが自信満々で割り込んでくる。
「あ、そうだよ! それ聞きたい! ず〜っとはぐらかされてた気がするし! 風吾さんは、どうやってヴァイロンと出会ったんだ?」
「え……。それ、答えなきゃダメか?」
「だめ! もうだめ!」
翔助は机から身を乗り出し、俺に迫ってくる。俺は、少し考え込むように腕を組んだ。
……まあ、今さら隠すような情報でもないか。
「ん〜、なんというか、少し説明しづらいんだよな」
「というと?」
「……俺とヴァイロンが最初に出会ったのは、夢の中だった。それが、アイツのもとから逃げした後、突然現実世界で再会したんだ。象のぬいぐるみとしてな」
「……アイツって、フェニックス?」
俺はコクリと頷く。
「夢の中で会ったヴァイロンは、大きな象だったんだ。ちょうどビーストフレームみたいな雰囲気の。そこで俺は、ヴァイロンがブレスギアに宿っている『獣』なんだと知った。けど実は、ヴァイロンには俺と出会う以前の記憶がないんだ。知識だけはあるんだがな……。だから、実際のところは何もわかっていないんだよ」
俺は、少し自嘲気味にそう言って笑った。
実際、ヴァイロンとの出会いは俺の人生における最大の謎の一つでもある。
「「え……?」」
ふと、隣から同じタイミングで二つの声が飛んでくる。見ると、とらと店長が驚いた顔をしてこちらを見ていた。
「……なんだ?」
「「フェニックスって、あの……⁉︎」」
……そうか、この二人からすれば初耳の情報か。
——俺は、自分がクローンであることを二人にも伝えた。
二人は出会ってから一番というレベルで驚いていたが、翔助と同じように、どこか腑に落ちたという表情も見せていた。
「……いやはや、驚いたな。だがこれで合点がいったよ。なぜ君がレジスタに追われているかも、その強さのわけも」
店長はそう言って腕を組みうなずいた。
「——にしても、よく逃げられたわね。特殊警察も直接手を出せずにいるほどの戦力を誇る『レジスタ』から、十代の子供がたった一人で逃げだすなんて。まあ、そのブレスギアがあれば余裕なのかもしれないけど……」
とらはそう言ってヴァイロンを見た。
「いや、当時の俺はブレスギアをもっていなかった。言ったろ? ヴァイロンと出会ったのは、アイツのもとから逃げ出した後だったんだ」
「そんな! じゃあ一体どうやって逃げ出したというの……?」
俺はコップを置き、そのままテーブルを見つめるように視線を伏せて続けた。
「……一人、いたんだよ。俺を導き、助け、アイツのもとから逃がしてくれた人が……」
俺は右耳のイヤリングにそっと手をやる。
「その人の名前はシスター中山、俺の世話係だった人だ。彼女は城の中で唯一、俺を一人の人間として扱ってくれる人だった。唯一、俺を見つめてくれる人だったんだ」
俺は自分が少し笑っていることに気がついた。
「……あの日、俺はシスターに連れられて城を出た。寒い冬の日だった。俺はそこで、シスターに名前をもらったんだ。シスターは俺に新しい道を示してくれた。その日から、俺は『風吾』になったんだ……」
俺は一息つくようにお茶を啜り、それからそっと右耳についたイヤリングに触れた。
「……これは、その時シスターにもらったイヤリングだ。今でもシスターが俺のそばにいてくれている、その証だよ……」
俺は誰に語りかけるでもなくそう呟いた。
そうして、俺たちの間にしばらく沈黙が流れた。
「レジスタの本拠地から逃げ出してきたとは、こりゃ驚いた……」
店長が手を頭に置いてそう言う。
とらもなんだか驚いた表情をしていたが、俺が目線をやるとサッと顔を逸らした。
「……でもそうか。その女性が、君に命を与えたんだな……」
店長の言葉に、俺はハッと息をのむ。
命? 命か……。それは、どういう意味だろう。
俺の脳裏に、シスターの言葉がよぎる。
『あなたは、あなたを生きて……』
俺はちゃんと、『風吾』を生きることが出来ているのだろうか……。
黙ったままそんなことを考える俺を、店長は黙って見つめていた。
「いやいやいや……」
「ん?」
「『ん?』じゃないでしょっ‼︎ 聞きたいことめちゃめちゃ増えたし、むしろまだそんな秘密があったなんて! って感じだよ!」
翔助は机を叩いて立ち上がった。
「秘密を全部話したなんて言ってないと思うが……」
「それはそうだけど……」
翔助はなんだかしょんぼりとして座った。
「……フェニックスは、なんで風吾を狙うの?」
ふととらが尋ねてくる。その言葉に、俺は驚き目を丸くした。
「えっと、なんでそんなに驚いているの……?」
「……いや、名前で呼ばれたの初めてだったから、ちょっとびっくりして……」
「え⁉︎ あ……いいでしょ別に! 私ももう風吾に助けられた人間の一人なんだから!」
「なんだそのシステム……」
隣の翔助は、何故か元気を取り戻して酒を飲んでいる。
理由か……。まあここまで話したんだ、隠してもしょうがないのかもしれない。
「……フェニックスには夢があるんだよ。それを叶えるには、強力なブレスギアが必要なんだ。……強力なブレスギアはそれだけ扱うのも難しい。フェニックスはブレスギア行使能力に長けた分身体を作り、それを吸収することで、自身のブレスギア行使能力を高めようとしているんだ。それこそ、この世のあらゆるブレスギアを扱えるレベルまでね」
俺が説明すると、とらも翔助も神妙な面持ちになった。
「フェニックスの夢って、何なの……?」
「……さあね、こればかりは俺も知らない。わかっているのは、その夢を叶えるためには何かのブレスギアが必要で、アイツはそれを探しているってことぐらいだ」
「そう……」
ここまで話して、俺たちはこの話題をやめた。
……自分のことをここまで誰かに話したのは初めてで、俺はなんだかソワソワした感覚に包まれていた。
俺は意外と、自分のことを知らないのかもしれない。
言語化して初めて、俺はそれに気がついた。