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第二章 4

 ビーストフレームを持たない男達は、倉庫から逃げ出そうと走り回っている。

「風吾、あの男が持っているもの、あれがおそらく例のブレスギアだ」

 ヴァイロンは小太りの男が持っている赤い宝石のようなものをさしてそう言う。赤いバッチをつけた取引相手のブレスギア使い達は、全員その小太りの男を守るような形でビーストフレームを展開しているようだった。

「そうだな……。だがあれは放っておく。取引の結果にまで影響を及ぼしたらまずい」

 そんなことをすれば、いよいよ大問題だ。俺たちの目標はあくまでも店長救出だ。

「今さらだと思うが……」

 次の瞬間、巨大化していたビーストフレームが一気に通常サイズまで戻る。

「おっと……一分経ったか。もう一度だ」

 俺は再び、大量のタスクライトの処理を開始する。瞬く間に大量の万能粒子が現れ、ビーストフレームはみるみるうちに巨大化していった。

「あれが、フレイム様のブレスギアの能力……」

 それを見ていたセバスは、何かを察したように俺を観察し始めた。

「戦士達よ、攻撃を止めるな! フレイム様の気を引くんだ! 私が隙を突く!」

 セバスのブレスギア戦闘における経験値、実績は他の戦士をはるかに凌駕する。彼の宣言を信じた戦士達が、次々に俺に襲いかかってきた。

 一方のセバスは、少し離れた位置から俺の動きをじっと観察している。奴なら、そのうち万能粒子(ばんのうりゅうし)の特性も把握してしまうだろう。

「……来るんじゃなかった」


     *


「うへぇ〜、すごすぎる……とても混ざって手助けなんてできないなこりゃ」

 翔助は二人をビーストフレームで守りながらそう呟く。

「でも、今なら逃げられる。風吾さんが隙を作ってくれているうちに、俺たちは逃げよう!」

 翔助はそう言って、風吾が飛び込んできた穴へ向かって進もうとした。

「——待って!」

 その翔助を、とらが止める。

「……もう少し、ここにいたい」

 翔助は振り返り、腕を下に広げた。

「なんで⁈ 今しかない! ここにいたら危険なんだ!」

「——わかってる‼︎ ……わかってるけど、ここでもう少し、見ていたいの……」

 彼女は何か決意を持った目でそう言った。その目を見て翔助は息を吐き、黙ったままその場に座り込んだ。

「とら……?」

 まっすぐ風吾の戦いを見つめる彼女に、店長が声をかける。

「……大盛さん、私、変なの。ブレスギアが嫌いなのに、あんなに憎んでいたのに、もっと知らなきゃ、触れてみなきゃって、そう思えて仕方がないの……」

 彼女の言葉と表情に、店長は一瞬驚き、それから優しく微笑んだ。

「……とらはまだ、色々な可能性を秘めているからね。ブレスギアを拒絶し、距離をおくこともできるだろう。だが、それに自ら歩み寄り、理解することだってできるはずだよ」

「……大盛さん、私は、私はどうしたらいい?」

 正面からは、激しい戦闘の音が聞こえてくる。

 目を潤ませる彼女を見て、店長はそっと肩を撫でた。

「……それはとら、君が決めることだよ。誰も君の、代わりにはなれない。君が、自分の気持ち、願いにしたがって決めるんだ。」

「私の気持ち……願い……」

 彼女はそう言って、静かに胸に手を当てた。


     *


 俺の動きに慣れてきたのか、小回りのきく相手に攻撃が当たらなくなってきた。

「当たれば脅威だがスピードは普通だ、むしろ遅い! 我々なら回避できる!」

「くそっ!」

 敵のブレスギア使いはセバスも含めて残り六人。しかし、そのどれにも攻撃が思うように当たらない。

「風吾、あと十秒ほどでリセットされる」

「ああ……」

 俺はセバスの方にチラリと目をやる。

 奴は先程から、やたら時間をかけてタスクライトを処理している。すでに二回、セバスの前で万能粒子の時間切れを見せた。能力の弱点に気づかれていても不思議じゃない。

「……一度形成を立て直す!」

 俺は万能粒子を使って巨大な砲弾を作り、それを荷物がたくさん積んである出入り口付近目掛けて投げつけた。

「なっ⁉︎」

 そのあたりにいた男達が声をあげ逃げ回る。

 砲丸が荷物に当たると、倉庫内が巨大な煙幕で埋め尽くされた。

「ビンゴ‼︎」

 俺は視界を悪くすることに成功する。その直後、万能粒子が時間切れを迎え、俺のビーストフレームが元の大きさに戻った。

 ——その瞬間、煙の向こう側で紫色の光が弾けた。

「——ここ!」

 次の瞬間、セバスのビーストフレームが俺を通過した。

 音が遅れて聞こえるほどの超高速移動、それを活かした顕現率七十パーセントのビーストフレームによる体当たりは、俺のビーストフレームに穴を開け、同時に俺の全身にダメージを与えた。

 右腕は関節のない場所で不自然に曲がり、右の肋骨も折れた。内臓にもダメージが入ったのか、喉の奥から血液が飛び出してくる。

「——かっは」

「——風吾さん‼︎」

 俺はそのまま落下し、駆け込んできた翔助のビーストフレームに受け止められた。

 生まれて初めて経験するレベルの痛みに、俺の頭の中が侵食される。

 ビーストフレームは消え、ヴァイロンは傷ついた身体を癒すため俺のブレスレットの中に溶け込むようにして戻っていった。

「風吾さん‼︎ ……クソッ! 少し辛抱してくれ、今直すから!」

 翔助はタスクライトを発動させ、『再生』を発動しようとする。

 そんな翔助の前に、セバスが現れた。

「てめぇ……!」

 睨みつける翔助を無視して、セバスは一歩一歩こちらに近づいてくる。

 俺は痛みを堪えるのに必死で、次の行動に意識が回らない。

「おやこれは失態、器に傷をつけてしまいました。……ですが、今なら二人まとめて奪えそうですな。戦士達、構えよ!」

 徐々に煙が晴れ、ビーストフレームが集まってくる。

 翔助は歯を食いしばり、彼らを睨みつけた。

「さあ……掛かれ‼︎」

 セバスの合図で、敵のビーストフレームが一斉に襲いかかってきた。

「うおぉぉぉ……‼︎」

 倉庫内に、ビーストフレームが砕ける音が鳴り響いた。


     *


 煙が倉庫内を包みあたりが見えなくなった頃、浮島とらは混乱する周囲をよそに、床の一点を見つめていた。

 その視線の先には半円球の透明な赤い宝石があり、光を取り込み輝いている。煙発生(けむりはっせい)の直後転がってきたそれに、彼女は目を奪われた。

「あれは……」

『——風吾さん‼︎』

 直後、翔助が走り出したことで彼女の周囲からビーストフレームがなくなる。だが彼女は、それに気づきもしなかった。

「……あれって、取引されてたブレスギア?」

 先程の砲弾攻撃で、持っていた男が飛ばされたのだろうか。

 彼女は店長をゆっくりと地面に下ろすと、恐る恐るそれに近づき、拾い上げた。

 赤く透き通った宝石を、四つの金の爪が掴むようにして台座に固定している。台座の裏面には葉を模したような刻印が施されていて、赤と金のコントラストがとても美しい、

「綺麗……」

 ふと裏返してみると、何やら紐を通すためのような小さな輪っかがついている。

「……なんだろう、これ」

 彼女はその小さな輪っかをまじまじと見つめた。


『てめぇ……!』

 翔助の声が聞こえて、とらは目をやる。すると、吐血した風吾とそれを抱き抱える翔助、目の前に立ちはだかるセバスの姿が視界に入った。

「なっ!」

 彼女は慌てて立ち上がる。しかし、何をしたらいいのかわからず立ち尽くしてしまう。

「私、どうしたら……⁉︎」

 彼女の頭の中に様々な感情、思考が交錯(こうさく)する。それを体現するかのように、彼女の視線も左右に大きく揺れた。

「——とら!」

 店長の声で、彼女の視線は止まった。彼女は混乱した頭で店長をまっすぐ見つめる。

 店長は地面に腰を下ろしたままゆっくりと胸に手をあて、コクリとうなずいた。

『願いに従うんだ……』

 とらの中に、店長の声が聞こえてくる。

「願い……」

 彼女は目を閉じ、ゆっくりと両手を胸に押し当てた。

 その手には、先程拾ったブレスギアが握られている。

「……私は、私の願いは——‼︎」

 次の瞬間、浮島とらは大きく大地を蹴って駆け出した。


     *


 ——バキーン‼︎


「な……‼︎」

「……え?」

 絶体絶命のピンチ——その瞬間、目の前に謎のビーストフレームが現れ、敵を砕いた。

 俺は細めていた目を大きく開き直し、その姿を確認する。

 紫色に輝くフレーム、空気になびくフサフサとした毛のようなテクスチャ、縦に入った縞模様、まっすぐと据えられた狩人の瞳に鋭い牙。

 紫色の巨大な虎の頭が、そこにあった。

 その中に、力強く立つ少女の背中が見える。その逞しい立ち姿とは対照的に、その身体はとても細く可憐で、空気になびくその髪はわずかに赤みを帯びていた。

 ——次の瞬間、翔助のタスクライトが弾け俺の身体が光り始める。すると、腫れ上がっていた俺の腕が元の形に戻り、体内の痛みが退いていった。

 痛みが軽減されたことで、俺は徐々に意識をはっきりさせていく。

「あれは……」

 俺が呟くと、彼女は振り返り口を開いた。

「大丈夫⁉︎」

 突然の出来事に、俺達はすぐに言葉を出せない。代わりに、首を縦に振って応える。

「良かった……」

 それを見て、彼女はわずかに笑った。

 肩にかかる程度まで伸びた彼女の髪が、ビーストフレームの光に照らされ優しく輝いている。その決意に満ちた目と表情、立ち姿が、たまらなく美しかった。


「貴様、そのブレスギアは……!」

 正面のセバスが低い声でそう言う。セバスにしては珍しく、怒っているようだった。

「返してもらう、今すぐに……‼︎」

 俺の身体に、わずかながら恐怖が走る。

 しかし、とらはまったく怯むことなくセバスを睨み返した。

「嫌。決めたの、私は戦うって……!」

 彼女はポケットから髪ゴムを取り出すと、歯でそれを噛みちぎった。そしてそれを手に持った宝石の輪っかに通し、結んだ。

「私は、奪われたくない……もう何も……」

 彼女はそのヘアゴムで、自身の後ろ髪を束ね始める。

「もう誰も……、ブレスギアで大切なものを奪われて欲しくないの……‼︎」

 次の瞬間、彼女の『髪留(かみど)め』が強く発光した。虎のビーストフレームはどんどんその顕現範囲(けんげんはんい)を広げていき、なんと上半身を顕現させた。

 初めての顕現としては規格外の、顕現率五十パーセントオーバーである。

「なっ……‼︎」

「なにぃ⁉︎」

 俺とセバスは驚嘆(きょうたん)し、声をあげた。

「……いくわよ、『トリル・ラクシャータ』……‼︎」

 彼女と虎のビーストフレームは、敵に向かって猛スピードで突進していく。

「くっ……! こいやぁ‼︎」


 ——ガシャーン!


 敵が構えた瞬間、虎の爪が防御の上からそのビーストフレームを破壊した。

「なにっ⁉︎」

「次!」

 とらはすかさず、隣にいるビーストフレームを睨みつける。俺が攻撃を避けられ続けた、ウサギのビーストフレームである。

「回り込んで背中から攻撃すれば……!」

 ウサギは得意の小回りのきく軽やかな動きで虎の背後をとろうとする。

 しかし、虎の俊敏さに思うような位置どりができない。

「なんだと……⁉︎」

「おりゃぁ‼︎」

 ——バキシッ!

 次の瞬間、虎がウサギに飛びかかる。虎の牙は、一瞬にしてウサギを砕き切った。


「……すげぇ、圧倒的だ」

 俺の腕を再生させながら、翔助が呟く。

「……ヒーローは遅れてやってくる、か」

 俺はその様子を見て、少し皮肉をこめてそう呟いた。

 驚くべきことに、ボロボロになっていた俺の身体は完全に復活した。身体が新しく生え変わったような感覚だった。

「よし、これで完璧! ずっと、助けてもらったお礼できてなかったからな……。これでようやく、お礼達成だぜ‼︎」

 翔助はそう言うと、嬉しそうに笑った。俺は治った右手をグーパーさせると、ニヤッと笑った。

「……ああ。最高だぜ、翔助!」

 俺は立ち上がり、左腕のブレスレットを構えた。

「来い! ヴァイロン‼︎」

 ブレスレットの中から、白い象のぬいぐるみが現れる。それはみるみるうちに巨大なビーストフレームへと変化した。

「良かった。もう出てこられないかと思ったぞ、風吾よ」

 そのビーストフレームは、ダンディな声でそう言う。

「ああ、二人のおかげだ……」

 俺はそう言うと、ヴァイロンもフフッと笑った。

「さあ、いこうか……!」

 そう言って俺はとらに加勢する。

 次の瞬間、とらの目の前にタスクライトが発生した。青いタスクライト、神獣器(しんじゅうき)の証である。

「風吾! これ、どうしたらいいの?」

「問題を解けばいいんだ! 何に見えてる?」

「ルービックキューブ!」

「パズル系か……助けるのが難しいな。解けるか⁉︎」

「昔一度、一面揃えたことがある!」

「……わかった、能力は一旦いい! こいつら全員追い払うぞ!」

「わかった……‼︎」

 とらは目の前の敵を押さえつけ、そして砕いた。

 とらと俺のタッグは、相手は次々と撃破していく。

「あとは——」

 俺は思い出したようにセバスの方を見た。

 その瞬間、セバスの目の前でタスクライトが弾けた。

「残念ですが、ここは引くしかなさそうですね」

「待て! セバス!」

「ここで失礼します、フレイム様……。近いうちに、また会いましょう」

 そう言い残すと、セバスは高速移動で空へと消えていった。

「……クソッ!」

 俺は拳を強く握って、ビーストフレームの内壁を殴った。

「……今のが、最後だったみたい」

 とらは、俺に近づいてきてそう言った。周りを見渡すと、もうビーストフレームの姿はない。取引に関係していた男達も、全員のびて倒れていた。

「そうか……」

 万能粒子が時間切れとなり、それと同時にビーストフレームを解除する。それを見て、とらもビーストフレームを解除した。


「おーい! 風吾さーん! とらちゃーん!」

 店長に肩を貸しながら、翔助がこちらに向かって手を振って近づいてくる。

「翔助!」

「大盛さん!」

 俺たちは、二人の元へ駆け寄った。

「……色々あったが、ともかく無事で良かった」

 俺がそう言うと、足元でヴァイロンもうんうんと頷く。

「本当にありがとう。私のことも、彼女のことも……」

 店長は、そう言って頭を下げた。

 とらは照れるように顔を逸らしたが、そのうちゆっくりと正面へ向き直った。

「……ありがと」

 彼女は赤面しながら、なんだか拗ねた子供のように小さな声でそう言う。

 さっきまであんなにも勇猛果敢だったのに、全く違う人のようだ。

 俺はなんだかおかしくて、思わず笑ってしまった。

「よっしゃ! 店長救出作戦、大成功だぜ〜‼︎」

 翔助はそう言って、拳を天高く突き上げた。

 それから俺たちは、顔を見合わせて笑い、せーのでハイタッチをした。

 ……生まれて初めてのハイタッチだ。

 そうして俺たちは、無事店長を救い出すことに成功し、ついでに超強力なブレスギアを手に入れることができたのだった。


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