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第二章 3

「ハァ、ハァ、見えた……‼︎」

 とらの視界に、旧デンチョウ駅の崩れた建物が映り込んだ。

「ちょっと待ってよ〜、とらちゃ〜ん!」

 少し後ろから翔助が叫ぶ。やがて翔助はとらの隣までやってくると、焦る彼女を落ち着かせるように口を開いた。

「ハァハァ……。とらちゃん体力すごくない? 俺もいるんだから、一人で突っ走らないでさ、協力して店長さんを助けようぜ!」

「……わかった」

 彼女はぽつりと呟くように言う。それを聞いて、翔助はニカッと笑った。


 取引現場に近づくと、わずかな明かりが見えた。何もないとされていたそこには、学校の体育館ほど大きさの倉庫が建っていて、その中は電灯で明るく照らされていた。

 翔助達はその壁に張り付き、剥がれた壁板の隙間から中を覗き込んだ。

 中では、黒いスーツを着た男達が向かい合って立っていた。片方には昨日翔助達を追いかけてきたセバスの姿が——すなわちレジスタの人間が十数人、そしてもう片方には胸に赤いバッチをつけた連中が大勢並んでいて、椅子に縛り付けられた店長の姿も見えた。

「——大盛さん‼︎」

「シーッ‼︎」

 彼の姿を見るなり、とらが突撃しそうになる。翔助はそれを制しながら、ジッと中を観察した。

「……今は店長の周りに人が多すぎる。奴らが少し離れたタイミングで、チャンスを待って飛び込もう」

 翔助の言葉に、彼女は小さく頷いた。


「——これが、例のものです」

 レジスタ側の男が、銀色のアタッシュケースを差し出した。

 中を確認すると、赤い宝石が入っていた。その宝石は半球状に削り出され、金色の金属の板に埋め込まれている。

「これが例の、吸引するブレスギアか……。これはなんだ、ペンダントか?」

「おそらくは……。裏に小さな輪っかがあります、そこにチェーンを通すのでしょう」

「ふーん、よくわからんな……」

 受け取る側の少し太った顎髭(あごひげ)の男は、その小さな装飾品をじっと見つめた。

「……さあ、ではそちらもご用意をお願いします」

 レジスタ側の人間が交換する品を出すよう急かす。

「まあ待て……これが本当にブレスギアかどうか、確かめてからにする」

「我々の品が信用できないと? 我らをそこいらの小悪党と一緒にしないで頂きたい」

 レジスタの人間はそう言うと、アタッシュケースを閉じ荷物を下げた。

「いいや、確認が先だ! 品物の確認できなければ、こちらも用意はできない!」

 顎髭の男は強い口調で食い下がり、部下の人間が運んできた黒いカバンを隠した。

「……いいでしょう。どうぞ確認してください」

 そうして、ブレスギアの入ったアタッシュケースが顎髭の男に手渡される。

 男はすぐにそれを開け、中のブレスギアを取り出した。

「……今日はな、ちょうど良い実験台を用意してあるんだよ」

 男はそう言って、椅子に縛られた店長の方を見た。

「なんでも吸い込んで処理できるブレスギアだからな……。見つかってはいけない死体なんか、もってこいだろ?」

「——大盛さん‼︎」

 店長の危機を察知したとらが現場に飛び込もうとする。

「待って待って‼︎ 今はダメだ、一番注目が集まってる! もう少し待ってから……」

 ——次の瞬間、男の手に握られた銃が、店長に向けられる。

「ではまず、死体になってもらおうかな?」

「——っつ! 大盛さん‼︎」

 とらが翔助の手を振り解いた。ちょうどその時、中にいるレジスタの男が口を開いた。

「……待て。その前に我々にも品物を確認させてもらいたい。そのカバンを渡してくれ」

 その言葉に、顎髭の男は表情を曇らせる。

「……実はよ、今はまだ金が足りねえんだ……。ちょっとアテが外れちまってさ。けど、このブレスギアがあればすぐに払える! 後払いってことにしてくれねえか……?」

 その発言を受け、セバスがゆっくりと歩み寄る。

「これは困りましたな……。我々を誰だと思っているのでしょう? 相当な覚悟の上だろうな、小僧」

 セバスの迫力に、顎髭の男は一歩足を引いて尻込みしてしまった。


「——誰だ⁉︎」

 その時、見張りの男が叫んだ。混乱の最中、とらが取引現場に乱入したのである。

「とら⁉︎」

 彼女に気づいた店長が声をあげた。周囲の男達は、次々に起こる展開に意識が追いついていない。

「とらちゃん‼︎ クソッ、もうやけだ!」

 続いて、翔助も現場へ飛び込む。

「俺が壁になる! 走れ‼︎」

 翔助はビーストフレームを大きく展開し、自分ととらを包んだ。彼女はそのまま真っ直ぐ走る。それを見た男達が、一斉に銃口を向けてきた。

「ビーストフレーム⁉︎ 別の組織の人間か⁉︎」

「残念、個人だよ!」

「ブレスギアを守れ! 絶対に奪われてはならん!」

 セバスに詰められていた顎髭小太りの男も、突然の乱入に正気を取り戻し叫んだ。

 その声と共に一斉に引き金が引かれ、銃弾が二人を襲う。しかし、それらはビーストフレームの外装で弾け飛び二人には届かなかった。

「いけるぞ! 走れ!」

 二人はそのまま、店長の縛られている椅子へ向かって走る。側にいた見張りの男達も、こちらへ向かって銃を連射している。

「なんだコイツら、ブレスギアが目的じゃないのか?」

「マズイ……! 下がれえ‼︎」

 迫り来るビーストフレームに恐れをなして、見張りの男達が下がっていく。

「あと少し……! 大盛さん‼︎」

 彼女は、あと数メートルという距離にいる店長に向かって、手を伸ばした。


 ——ドンッ!


 次の瞬間、一発の銃弾が店長の胸を撃ち抜いた。流れ弾である。彼女を狙って発射された弾の何発かが、続けて店長の身体に命中する。

「——大盛さん‼︎ ああっ‼︎」

 一瞬遅れて、彼女と翔助のビーストフレームが倒れた店長のもとへ到着する。銃弾を弾くビーストフレームの軽やかな音が、店長と彼女を包んだ。

「大盛さん! 大盛さん‼︎」

 とらは店長を抱き抱え、声をかける。しかし、店長は目を閉じたまま返事をしない。

「あ……」

 次の瞬間、赤い血が店長の身体から流れ出し彼と彼女の服を赤く染める。

「そんな……、また、なの?」

 彼女の腕から力が抜け、店長の頭が彼女の膝の上に落ちる。

「……また、失うの?」

 彼女は俯くようにして店長の顔を覗き込んだ。その頬に大粒の涙が流れ、店長の顔を濡らした。


「——まだだ‼︎」

「……え?」

 翔助が彼女の肩を引く。彼は店長の傷口に触れると、タスクライトの処理を開始した。

「まだ、間に合う……‼︎」

 彼女は涙に濡れた目を丸くして、じっと翔助を見つめた。

 タスクライトは徐々に形を変え、大きさを増していく。その間、店長から流れ出た血が作る円形も広がっていく。

「あの男、一体何を……?」

 その様子を見ていたセバスが呟いた。

「……助かるの?」

「助ける‼︎」

 弱々しい彼女の声をかき消すように、翔助は叫ぶ。

 その言葉に、とらは店長の手をとって握りしめた。

「大盛さん、頑張って……! 頑張って持ち堪えて……‼︎」

 彼女の願いを後押しするように、翔助のタスクライトの処理速度が上がる。

「死なせるもんか……‼︎」

 次の瞬間、遂にタスクライトが弾け飛んだ。同時に、店長の身体が優しく発光し始める。すると、広がり続けていた血の円形が拡張を止め、銃の傷跡が塞がっていった。

「……すごい」

 やがて発光が収まると、店長がゆっくりと目を開いた。

「……んん。あれ、とら……?」

「大盛さん……‼︎」

 目覚めた店長に、彼女は思いっきり抱きついた。

 翔助はビーストフレームを展開したまま、そんな二人を見守る。

「……ブレスギアも、意外と悪いもんじゃないだろ?」

 翔助は皮肉でも言うようにそう言った。それを聞いて、店長もニコッと笑った。

 とらは店長の手をとると、それを額に当てて涙を流した。

「……ありがとう!」


「……フフフフフ。そうか‼︎ あの男、治癒系の能力の使い手だったか……‼︎」

 一連の流れをじっと見ていたセバスが、とても興奮した様子でそう言った。

「これは思わぬ発見だ……。まったく、この町は忙しいですな……。戦闘準備だ! 全員、ビーストフレームを展開せよ! あのブレスギアを奪い取る!」

「——なっ⁉︎」

 セバスの号令で、十五を超えるビーストフレームが目の前に出現する。その中には当然、セバスの姿もあった。

「おいおいおい嘘だろ! こんな数のビーストフレーム……ありえねぇ‼︎」

 さすがは国内最大の反政府組織。その顕現率は、全員ブレスギア使いとは恐ろしい。しかもその顕現率は、全員五十パーセントオーバーである。セバスに至っては、七十パーセント近い顕現率を見せている。

 翔助は必死に構えるが、迫り来る圧力がそれがいかに無駄な抵抗かを悟らせた。

「とらちゃん、店長さん、動けるか⁉︎ 逃げるぞ‼︎」

 翔助はそう言って、近くの壁に向かって突進する。

「逃しませんぞ……‼︎」

 目の前に、高速移動で飛んできたセバスのゴリラが立ちはだかる。その両腕で角を掴まれ、翔助は身動きが取れなくなってしまう。

「なんだと……⁉︎」

「後ろからもビーストフレームが!」

 まだ満足に歩けない店長を支えながら、とらが叫ぶ。

「クソッ! せっかく店長を救出できたのに‼︎」

 翔助は悔しさに胸が溢れ、大声で叫んだ。

「負けてたまるか‼︎ お前らなんか全員——」

 ——ドゴォーン‼︎

 翔助の叫びと共に、セバスの背後から巨大なビーストフレームが倉庫の壁を突き破り飛び込んでくる。

「——風吾さんがやっつけてくれる‼︎」

 それはそのまま、目の前のセバスを後方へ吹っ飛ばした。


「——セバス様‼︎」

 天井にもかかるほどのその巨体からは白い光が放たれ、金と黒のラインで装飾が施されている。

 巨大な白い象のビーストフレーム——その中心に、ブレスレットと片側だけのイヤリングをした黒髪の男が、浮くようにして立っていた。

「——風吾さん‼︎」

 翔助は、待ち続けていたその男に笑顔で呼びかける。

 その叫びに、男はニヤリと笑って応えた。

「……待たせたな」


     *


「ギリギリセーフ、ってところか……?」

 俺は倉庫内を見渡して状況を確認する。倉庫内にはビーストフレームを展開した男が十七人、銃を持った男が三十人以上。翔助が店長と浮島とらを守っている、どうやら奪還には成功したらしい。だが、店長が一人で立てていない。服も血で染まっているようだ。致命的なダメージを受けたことは間違いない。

 にも関わらず店長が生きていることを考えると、やはり——

「——やはり、彼は治癒系の能力を持っていたようだな」

「ビ、ビーストフレームが喋ったぁ⁉︎」

 ヴァイロンの声に驚いた男達が声をあげる。

「そうだな……セバスもやる気を出すわけだ」

 どうりで定食屋での事件の時、住民に重傷者がいなかったわけだ。

 数多くあるブレスギア能力の中でも、治癒系の能力はレアリティがとても高い。多くのブレスギアを収集しているレジスタでさえ、治癒系のブレスギアは保持していなかったはずだ。つまり、翔助のブレスギアはセバスにとって、大変なお宝に見えているのだろう。


 突然の乱入者に、レジスタの男達は目標を俺と翔助のどちらにするか迷っているようだった。取引相手と見られる赤いバッチをつけた男達は、何やらドタバタと走り回っている。ブレスギア使いらしい一部の人間は、ビーストフレームを展開しレジスタの人間と交戦している。現場に混乱した空気が流れていた。

「フフフ、素晴らしい力ですフレイム様……。困りましたね、今はお連れの方の相手をしたかったのですが……」

 正面で、俺が吹き飛ばしたセバスがゆっくり起き上がる。

「やはりあの程度じゃ、ダメージにもなってないか……」

「戦士達よ、その男を捕らえるのだ! その男がフレイム様だ! 全員で掛かれ!」

 セバスの号令で、迷いで動きを止めていた男達が全員俺に向かって進みはじめた。

「風吾さん‼︎」

 足元で翔助が叫ぶ。まっすぐ向けられたその目は、希望と期待に満ちていた。

「……なんだか、嬉しくなっちゃうな」

 俺はビーストフレームの全身を使ってその鼻を振りかざし、向かってくるビーストフレーム達目掛けて振り払った。

「がはっ‼︎」「うっ‼︎」「ぐあぁぁ‼︎」

 三体のビーストフレームが吹っ飛び、砕け散る。中にいた男達は意識こそ保っているが、相当のダメージを負っているはずだ。

「すごい……」

 よっしゃーっと叫ぶ翔助の横で、とらがそう呟いた。

 仲間達を吹っ飛ばされた男達も、萎縮(いしゅく)し動きを止める。

 俺はそれらを見下ろしながら、ぽつりと呟いた。

「ヒーローは遅れてやってくる……、ってやつか?」


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