第二章 2
「ハァ、ハァ、ハァ……」
延々に続く情報演習、基礎体力向上プログラム、模擬タスクライトを使った処理訓練。それらは全て、ブレスギア行使能力を上げるためのプログラムだ。その全てが、俺がギリギリ達成できる程度の難易度に設定してあり、常に限界を求めてくる。
当時七歳の俺は、その地獄のような時間から積極的に意識を飛ばしていたのを覚えている。
「何をしている? 立て」
向こうから低い声が聞こえてくる。その言葉に、俺は何とか立ち上がろうとする。
「お前は私なのだ。私の器として生まれてきたのだ。私が立てと言ったら、立て!」
しかし俺は立ち上がれず、再び地面に伏してしまう。
その瞬間、腕のあたりに鋭い痛みが走った。俺は反射的に、腕に取り付けられたギブスのような端末に手をかける。その行動がまずかった。直後、俺の腕を更なる痛みが襲う。
「……残りのプログラムをこなすまで、部屋には戻すな。いいな? 必ず達成させろ。時間は一秒だって惜しいのだ」
そう言ってフェニックスは訓練場を後にした。
体力は限界、身体はボロボロ。間違えるたびに襲いかかる電撃の痛み。
その後どうやってプログラムを達成したのか、俺にその記憶はない。
目を覚ますと生活部屋の天井が見えた。今日もなんとか訓練を終えられたようだ。
俺がボーッと天井を見つめていると、視界にシスターの顔が入ってきた。
「お疲れ様。今日もよく頑張ったわね……」
「シスター……」
その顔を見て、俺は再び目を閉じた。そうして、すでに暗くなった窓の外と自分の中の暗闇を重ねる。
今日もこうして一日が終わった、明日も同じ。代わり映えしない日々だ。
「……シスター、明かりを消して。もう寝たいんだ、明日も早い」
俺がそう言うと、シスターは部屋の明かりを消した。部屋が暗くなり、やがて目が暗闇に慣れる。
不思議なことに、シスターはずっと部屋にいた。
「……どうしたの? 今日はもう終わりだ、下に戻りなよ」
「……ここにいるわ」
シスターはベッドの横に椅子を置き、そこに腰掛けた。
「……監視の任務もあるの?」
シスターは何も答えない。しばらく部屋に沈黙が訪れた。
「今日はね……」
静寂を打ち破り、シスターが口を開いた。
「あなたのためにお祈りしていたの……」
「……フレイムのため? どういうこと?」
よく意味がわからない。俺という存在は、あってないようなものだ。俺はフレイムであり、フェニックスの一部にすぎない。フェニックスのために祈る、と言うのが正しい文のように感じられる。
「……あなたを想って神様にお祈りしていたの。あなたが、神様の子供として恵みをいっぱい受けますように、って……」
「……シスターは、変な人だね」
「ふふ、そうかもしれないわね……」
再び部屋に沈黙が訪れる。
「……ねぇ、本を読んであげましょうか?」
「本? 知識のインプットはもう沢山なんだけど……」
「違うわ。そういう本ではなくて、物語よ。誰かが書いた、架空の世界のお話。私たちをここではない、別の世界に連れて行ってくれるものなの」
そう言って、シスターはどこからともなく一冊の本を取り出す。
「……昔々あるところに、一軒の映画館がありました。その映画館には——」
シスターは、よどみなくその本を読み始めた。
……とても不思議な感覚だった。俺はここにいながら、ここではないどこか違う世界にいた。その世界では俺は一人の人間で、その世界の主人公だった。
俺は目を閉じ、物語の世界に引き込まれた。
やがて俺は、そのまま静かに眠りについた……。
*
「……風吾、起きろ。もうすぐ約束の時刻だ」
ヴァイロンに身体を揺すられ、俺は目を覚ます。時刻は二十時十五分、約束の時間の四十五分前である。なんだかんだ疲れの溜まっていた俺と翔助は、下の店内で少し話した後で眠ってしまったらしい。
「……ありがとう、ヴァイロン」
ちょうど二階から彼女が降りてくる音が聞こえた。
「あ、起きたんだ……」
「……なんだ、見にきてたのか」
会話の声を聞き、翔助も目を覚ます。
「……あれ? 風吾さんにとらちゃん。そっか、俺寝てたのか……」
どうやら彼女もとらちゃん呼びを許容したようだ。俺も気づけば風吾さん呼びを受け入れているしな……。不思議なものだ。
「……じゃあ俺は行くよ。二人は要求通り、この店で待機していてくれ」
「え! もう行くのか?」
「指定の場所は、ここから歩きで二十分くらいかかるらしい。多少早めに出るさ。迷ったら困るからな」
まあ実際、迷うことはないだろう。このあたりの地図は全て記憶した。この映像記憶の能力も、アイツのもとで受けた訓練の過程で自然と身についていたものだ。
「気をつけてくれよ?」
「はは、まあ大丈夫だよ」
翔助に適当な返事を返すと、ふと奥の彼女と目が合った。彼女は何やら不安そうな目でこちらを見つめている。見ず知らずの人間に自分の大切な人間の安全を託すのだ、不安で仕方ないだろう。
俺は彼女になるべく安心してもらえるよう、軽く手を振って笑いかけた。
「……大丈夫、店長さんはきっと帰ってくるよ。俺も、ちゃんと要求通りにするから」
俺がそう言うと、彼女の目に少し光が差し込んだように見えた。
俺はそれを見届けると、振り返り夜道へ向かって歩き始めた。
「……き、気をつけて!」
背後から彼女の声が聞こえた。
「……ん? 風吾、なんだか嬉しそうだな」
足元を歩くヴァイロンがそう言う。俺は彼を抱き上げると、フッと鼻を鳴らした。
「さあね……。まったく、この町に来てから大忙しだ」
「ハハハ……。ではしばらくは休憩タイムだな」
「冗談じゃない……」
そんな軽口を叩きながら、俺とヴァイロンは指定の場所に辿り着いた。
*
町の外れにある旧デパート跡。かつての栄花とその崩壊を胸に焼き付けようという人々の意思のもと、そこはほとんど手付かずのまま放置されていた。
そういう場所を根城にする輩の仕業か、はたまた偶然できたスペースなのか、散乱した瓦礫の中心には開けたスペースがあり、そこに奴らが待ち構えていた。
「待たせたな……」
見たところ、待っていたのは三十代くらいの男が四人。全員スーツ姿で、左胸には赤いバッチをしていた。どうやらレジスタではないようだ。
「本当に一人で来たのか、関心だな」
「それがそちらの要求だったのでね……」
あたりに街灯はなく、満月の明かりだけが世界を照らしている。ゆえに、相手がアクセサリーを着けているかどうかはっきり確認できない。しかし、男達が腕や手を隠していることを考えると、ほぼ間違いなく全員ブレスギア使いなのだろう。
「——で、俺たちはここで何をするんだ?」
「わかりきったことだ……」
男はニヤリと笑い、ポケットから手を出した。他の男達も同様に戦闘態勢に入り、次々に指輪やブレスレットなどのアクセサリーがあらわになる。
「やっぱ持ってたか。まあ、だからどうと言うこともないが……」
俺がそう言うと、正面の男は不気味に笑った。
——その直後、背後から巨大な光の球が飛んできて俺に直撃した。
振り返ると、遠くにヘビのビーストフレームが見えた。先程の攻撃に痛みはない。何かしらの能力だろう。
「フフ、ハハハハハ‼︎ どうだ! 五人目がいるとは思わなかったろう‼︎」
目の前の男は高らかにそう叫んだ。
「……なるほど、これは迂闊だった」
強力な能力ほどタスクライトの難易度も上がる。それゆえに、発動まで時間がかかるものだ。しかしタスクライトをある程度処理して待ち構えていれば、余裕を持って能力を発動できる。
「俺を倒そうというのに、策がないはずもなかったか……」
俺はそう言って、周囲の煙をビーストフレームで払った——つもりだった。
「——ビーストフレームが、出ない……?」
払った手の先には土煙が残っている。俺は足元のヴァイロンに視線を送るが、ヴァイロンも困った様子で首を振った。
俺の反応を見て、目の前の男達は余裕たっぷりに笑い始めた。
「ハハハハハ‼︎ ようやく気づいたか! お前が最初に食らったのはヘビのブレスギアの能力、すなわち『毒』だ! これでお前はこの先十分間、ビーストフレームが使えない!」
俺は何度もビーストフレームを発動させようとするが、ヴァイロンは変化しない。
「これでお前を倒すことは容易くなった。……もうじき店の方の連中も始末される頃だ、仲良くあの世へ送ってやるぜ……!」
「——なに⁈」
その言葉に、俺は顔をあげる。
「今、店の方も……って言ったか?」
「そうだ。今ごろ店の方にも組織の刺客が到着してる。四人仲良くあの世行きってわけだ」
「四人……」
俺、翔助、浮島とら、これでは足りない。つまり……
「最初から約束を守る気なんてなかったって訳か……」
俺は目の前の男達を睨みつける。
「あの爺さんは、取引が終わったらちゃんと天国のお前達に返すぜ? ブレスギアの実験台になってもらってな!」
俺は小さく息を吐いて、もときた道を振り返った。
店長が殺されていないなら、まだ希望はある。だがそれよりも、店の方が心配だ。
「すぐに戻るぞ」
「おっと‼︎ どこへ行こうって言うんだい? お前はここで、俺達に殺されるんだよ〜」
「ビーストフレームが使えないブレスギア使いなんて、恐るるに足らないね!」
「さあ、泣き叫びな!」
男達はビーストフレームを発動させ、全員で俺を囲った。
「……なに言ってんだ?」
「あっ?」
俺はゆっくりと周囲を見回し、あざけるように笑った。
「ビーストフレームを封じたくらいで、俺に勝てる訳ないだろ」
次の瞬間、俺の周囲に無数のタスクライトを出現する。俺はそれらを次々と処理していった。
「これがあの……!」
「うろたえるな! わかってたことだ、こっちの優位は変わらない!」
「——本当にそうかな?」
俺は出現した万能粒子を全て、ビーストフレームのカケラに変換する。それらは一箇所に集まり、一から象のビーストフレームを構築し始めた。
「——なっ⁉︎」
驚く男達を前に、俺は次々とタスクライトを処理する。そして俺の周囲に、通常戦闘には十分なサイズのビーストフレームが出現した。
俺はヴァイロンを媒介として、それをコントロールし始める。
「くそっ、仕方ねえ! やるぞお前ら‼︎ こっちは五人、圧倒的に有利だ! 畳み掛けろ!」
中心の男の号令で、男達は一斉に飛びかかってきた。
「……まったく、愚かな連中だ。これが全力だと思っているのか?」
俺は相手のビーストフレームを受け止めながら、タスクライトの処理を続ける。
「これから四十秒間、こいつは巨大化し続けるんだぞ……?」
*
「……あなた、なんであいつのこと風吾さんって呼んでるの?」
風吾が去った後、待機場所と指定された店内でとらは翔助に尋ねた。
「ん、どういう意味だ?」
「どういうって……あなた、あいつより年上でしょ? 普通に考えたら、敬語を使うのは向こうの方なんじゃないかと思うんだけど……」
キョトンとする翔助に、彼女は怪訝そうな顔をして尋ねた。
「風吾さんは、俺の恩人なんだ。俺、ブレスギアを持っているせいでずっと警察に追われててさ。もう何年も逃げ続けてきたんだけど、この町でとうとう捕まっちゃってさ……」
翔助は遠い目をして続ける。
「俺は絶望した。そんな時、俺の前に風吾さんが現れたんだ。風のように現れた風吾さんは、俺をピンチから救ってくれた。おかげで、俺は今もこのブレスギアと共に元気でいられている。だから、この呼び方はその感謝の印なんだ……。命より大切なこのブレスギアを守ってくれた、恩人の証」
「……そう」
「それに、呼び方だけで実際は敬語じゃないしな! ハハハ!」
翔助はそう言って笑った。そんな彼を、とらは静かに見つめていた。
「……私にはわからないわ。ブレスギアはずっと憎むべき対象で、大切なんて思ったことはなかった。でも、私も確かにあいつに助けられた。あいつと、そのブレスギアに……」
とらの脳裏に、ビーストフレームを受け止める風吾の後ろ姿がうかぶ。
「……でもだからと言って、それを素直に感謝もできないの。どうしても、それを認めるわけにはいかないの……」
彼女は手を閉じ、迷いと葛藤を必死に持ち堪えるようにそう言った。
その目には確かな不安も宿っている。彼女の大切な店長は、この瞬間も命の危機に晒されているのだ。気持ちに余裕がないのは確かだろう。
「……まあ、そう心配するなよ。風吾さんはきっと、店長さんだって救ってくれるさ」
それに気づいた翔助は、そう言って彼女に優しく微笑みかけた。
「そうだ、また何か作ってやろうか? 食ったら元気になるさ!」
そう言って翔助は意気揚々と立ち上がる。
翔助の提案に彼女は顔を上げたが、何かを思い出したように再び顔を伏せた。
「……今は何も食べる気にならない。大盛さんを助けて、それから一緒に食べる」
椅子の上で膝を抱え丸まったまま、彼女はそう言った。
「……そっか」
翔助も彼女の意図を汲んで、優しいトーンでそう言った。
——バンッ!
「——え?」
次の瞬間、激しい銃声が店内に響きわたった。
それと共に、翔助の胸が背後から撃ち抜かれ、血が滲む。
翔助はそのまま、前に倒れ込んだ。
「キャ——‼︎」
直後、壊れた店の入り口から銃を持った男二人が侵入してくる。その黒いスーツと赤いバッチが、彼らが店に訪れた男達の仲間であることを容易に悟らせた。
「ぐっ……!」
「ちょっとねえ! ねえって! 大丈夫なの⁉︎」
とらは倒れた翔助に必死で呼びかける。翔助はわずかにうめき声を上げ、身体を動かしている。その胸のあたりからは大量の血が流れ出し、翔助の服を赤く染めていた。
「……騒がしい小娘だな」
正面の男が低い声でそう呟く。とらは、その言葉にすかさず視線を向けた。
「お前らには消えてもらう。みんな仲良く、天国で再会しな」
男はそう言って、銃口をとらに向けた。
「——ヒッ!」
とらは動くことができず、翔助を抱えたまま肩をひそめ、目をつむった。
「じゃあな……」
——バンッ!
再び店内に、銃声が響き渡った。
恐怖のせいで感覚が鈍っているのか、はたまた想像を超える痛みゆえに認識が遅れているのか——彼女は痛みを感じなかった。
「——ビ、ビーストフレームだと⁉︎」
男達の叫び声を聞いて、彼女は目を開く。見ると、目の前には緑色の光の壁があった。
まるでヘラジカの角のような形をした光の壁が、彼女を弾丸から守っていた。
「くっ……まさかこっちも処分するつもりだったとはな!」
床からの声に、男達はすかさず銃を構える。
そんな男達を睨みつけながら、翔助はゆっくりと立ち上がった。
「ふざけやがって! こりゃ状況が一変したぜ……‼︎」
翔助はそう言ってまっすぐ立ち上がった。その胸の中心には銃弾が抜けたような痕があり、そこを中心に赤い円形が広がっていた。しかし、そこから更なる出血は見られない。
「あなた、どうして……⁉︎」
「ん? ああ、そういやなんだかんだまだ誰にも言ってなかったっけ……」
驚くとらの前で翔助はゆっくり手を動かし、その傷口に触った。
次の瞬間、彼の目の前に青いタスクライトが出現する。
「……俺の能力は『再生』。タスクライトを処理することで、生物などの有機物の組織を復元することができるんだ。もちろん、規模と複雑さで難易度は変わるけどな」
出現したタスクライトは、ゆっくりとその形を変えていく。
「……ハハ、とてもじゃないが風吾さんのようにはいかないな。だがまあ、撃たれた直後にとりあえず内部の太い血管の損傷だけ治した。あとは、それ以外の筋肉や皮膚だ」
出現したビーストフレームを前に、翔助達を殺しに来た男達も手を出せずにいる。
その隙に、翔助はタスクライトの処理を進めた。
「……じゃああなた、大丈夫なの?」
「ああ、銃弾一発くらいなんてことはないさ。何度か腕を吹き飛ばされたことだってある。痛みで脳の処理が追いつかない、なんてことはもうないんだ」
翔助はニカッと笑った。
次の瞬間、タスクライトの処理が完了し幾何学模様が弾け飛ぶ。すると、翔助の胸にあった傷口が発光し、それは綺麗さっぱり消えていった。
「すごい……」
翔助は彼女に笑いかけると、振り返り男達の方を見た。
「さて、これで身体は完全に回復した。とらちゃん、俺のそばから離れるなよ? おそらく、周囲にまだ敵が潜んでいる」
翔助はビーストフレームを大きく展開し、自身と彼女を覆った。
「……ブ、ブレスギア持ちだなんて聞いてないぞ!」
目の前の男達は足をすくませている。翔助はそんな彼らを睨み、大声で叫んだ。
「お前ら、これは明らかに契約違反だろ! そっちの出した条件、確かなんだろうな⁉︎」
翔助のビーストフレームが、その言葉に合わせて力強く発光する。
「ヒッ!」
怯えた男達が、立て続けに発砲する。その音を聞き、入り口と反対側の窓からも銃弾が発射される。
しかし、それらの全ては、翔助の周りを囲ったビーストフレームに弾かれた。
「やっぱ隠れてやがったか!」
「見て、横にもいる!」
ビーストフレームの内側にいる浮島とらも、敵を指差しその位置を教える。
「おっけー、全部で四人だな?」
翔助はビーストフレームを拡張し、その角を大きくした。
「うわぁぁぁ‼︎」
男達は声をあげ、より一層銃を乱射する。
「覚悟しろ! お前ら!」
翔助は目の前の男二人を鹿の頭突きで吹っ飛ばす。
「次ぃ!」
続けて、ビーストフレームの形をツノから後ろ脚に変えると、そのまま窓の外にいる男達を蹴り飛ばした。吹き飛ばされた男達は全員、そのまま意識を失い倒れる。
「……ふん! ブレスギア使いが風吾さんだけだと思って油断したな⁉︎ 俺だって、今さら銃程度じゃやられないぜ!」
翔助はフンっと鼻を鳴らし、高らかにそう叫んだ。
「……ねえ、こいつらって」
倒れた男達を見て、とらが口を開く。
「そうだった! 店長さんが危ない! 俺たちを殺そうとしてたってことは、あの手紙の要求は嘘だったんだ! このまま放っておけば、店長さんも殺される!」
「え‼︎ そんな!」
「早く店長さんを助けに行かないと……!」
——プルルルル、プルルルル……
「電話⁉︎」
このタイミングでの着信に、とらは恐る恐る受話器を取った。
「——はい、大盛屋です」
『——もしもし翔助? 無事か⁈』
「え⁉︎ あなたどうして⁉︎」
受話器の先から聞こえてきた風吾の声を聞き、とらが叫ぶ。
『とらか! 今そっちに刺客が向かってるんだ! 急いでそこから離れろ!』
「……大丈夫、今その刺客は全員倒したところよ」
「風吾さんか⁈ 代わってくれ!」
電話の相手に気づいた翔助が、とらと交代して受話器を持った。
「風吾さん! 無事なのか⁉︎」
『ああ、敵は全員倒した。今はそいつらが持ってた携帯からかけてる』
翔助の脳裏に、倒れた男たちの真ん中で意気揚々と携帯電話を持って立っている風吾の姿が浮かんだ。
「……そうか、良かった」
『そんなことより大変だ。店長が殺される。取引が終わり次第、ブレスギアの実験台にされると言っていた』
「なっ……‼︎ すぐに助けに向かわなくちゃ!」
『こいつらの所持品から取引の場所を突き止めた。旧デンチョウ駅跡の、中央広場だ』
「旧デンチョウ駅跡の、中央広場……」
翔助はそう呟き、とらを見る。彼女はすぐに、地図を取りに二階へあがった。
『旧デンチョウ駅跡は、旧デパート跡とは反対側にある。今からだとお前らの方が早い。 先に行ってくれ! 俺もできるだけ早く行く』
ちょうどそこに、町の地図を持ったとらが現れる。
地図を開くと、確かにそこは風吾が呼び出された場所とは反対の場所だった。
「風吾さんを遠ざけてたってわけか……わかった! 俺たちは先に行って店長を救出する! 教えてくれてありがとう!」
『……あんま無茶はするなよ』
——ピッ
「そういうわけだ! 行くぞとらちゃん‼︎ ……って、あれ?」
翔助が受話器を置くと、彼女はすでに店内にいなかった。
「大盛さん……‼︎ 待ってて、今行く……!」
入り口の先に、走っていく彼女の姿が見えた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 俺、地図ないと場所わからないんだってば〜!」
そうして二人は、取引現場である旧デンチョウ駅跡へ向かった。