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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第一章 ギャルを誘拐した。そして監禁した。
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人の尊厳の上でタップダンスを踊る

 掃除が終わると、寄り道をした後に、スキップでもするかのような軽い足取りで廃墟へ向かった。あまりにも気分が良すぎるせいか、あとのことが不安になるが、まあ、その時はその時だ。今は、今のことだけに身を任せよう。


「おそよう」

 

 部屋へ入るなり、僕は挨拶をした。挨拶は見た目以上に第一印象として重要だと聞いて以降、僕は必ず挨拶をするようにしているのだ。


「その挨拶、絶対に流行らないからやめたほうが良いぜ」

 

 余計なお世話だ。

 遠野さんは、面倒そうにこちらを一瞥してきた。見た目は教室にいるときの遠野さんと変わりはない。一応は食料もちゃんと与えているし、部屋の中にはトイレやお風呂など生活に最低限必要なインフラ設備も整っている。むしろ夜更かしなどせずに、健康的な生活を送っているためか、肌つやに張りがあった。やはり僕は拉致をしていないと言えるな。


「ってか、気持ちわりーな」

「そんなに自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな。遠野さんだって、角度や表情によっては、気持ち悪くならないし」

「ぶっ殺されてーのか!?」

 

 こわっ! 今にもこちらに殴りかかってきそうなほどの剣幕だった。


「気持ちわりーのは、てめーだよ」

「え? 僕?」

「お前がニコニコしてるとか、不吉なんだよ」

「僕は黒猫か何かなの?」

 

 ひどい言われようだ。


「まあ、でも良いことはあったよ」

 

 僕は肩を竦めて見せた後に、抑揚のない声で呟いた。


「実は犯人が絞り込めたんだ」

「……嘘だったらぶっ殺すからな」

「ぶっ殺されたくないから、少しだけ時間頂戴」

「嘘なんじゃねーかよ」

「嘘じゃなくて冗談だよ。大丈夫。ちゃんと犯人は絞り込めてるから」

「……誰が犯人なんだよ?」

 

 遠野さんは髪をいじりながら訊いてくる。興味ないことをアピールしているようだが、いつもよりも少しだけ姿勢が前のめりになっていた。目も若干だが輝いていた。


「ちっちっち。いいかい、遠野さん。こういう時は、順序があるんだよ」

「あ? 順序?」

「ミステリーとか読まないの?」

「読書自体しねーよ。文字を読むと頭痛くなる」

「推理するときは、初めに犯人の名前を明かしちゃいけないんだよ。ちゃんと論理的に謎を解いていき、最後にババンとインパクトを与えるように犯人の名前を告げるのさ」

「そんなの時間の無駄だろ」

「無駄を楽しむのが人生なんだよ、遠野さん」

「死ねよ」

「生きるよ」

 

 遠野さんは呆れたように息を吐いた。


「はー。だったらさっさと話せよ。聞いてやるから」

 

 上から目線なのが気にくわないが、よくよく考えれば僕が下なので当然の話だった。

 僕は尤もらしく咳ばらいをし、探偵のような口調で話を始めた。


「まず事件の概要を整理しようか。始まりは、僕が一冊の手帳を拾ったことからだ」

 

 僕はポケットから手帳を取り出した。


「この手帳には、口に出すのも悍ましい事柄が詳細に記されていた。誰を狙い、どのように殺害し、被害者がどんな最後を迎えたか。もちろんそれだけならば中二病の妄想とも考えられるけど、それらの事件は実際に起きていた。つまりこの手帳は、猟奇殺人鬼の手記にあたるわけだ」

 

 遠野さんが顔を歪めたが、僕は構わずに続ける。


「手帳に記されていたターゲットは、五人。ただ二人はまだ存命で、そのうちの一人がクラスメイトの遠野さんだと知った僕は、その日のうちに遠野さんを誘拐し、安全を確保した」

 

 僕は話を一旦終わらせるように、手帳を閉じた。


「とりあえず事件の概要はこんな感じかな」

「拉致しようって思考に至ったのか謎だけどな」

「それは内緒。それと拉致ではなくて、誘拐だからね」

 

 僕は拉致なんて野蛮な真似はしていない。


「次にこの事件に関する謎だけど……」

「まだ続くのかよ」

 

 遠野さんの文句を無視して、続ける。


「なぜ犯人は遠野さんを狙っているのか? そして五人の容疑者のうち誰が犯人なのか? この二つが主な謎と呼べるだろうね」

 

 ギャルが狙われたのが、遠野さんの代替殺人だとしても、肝心の遠野さんを狙った理由が判明していない。容疑者に関しても手帳を拾った状況から山内君、植野さん、女渕さん、渡会さん、田中君のうちの一人であることは確かだが、絞り込むには至っていない。


「でも、この二つの謎に関しては考える必要はない」

「あ? どういうことだよ?」

 

 今までの会話の流れをぶった切るかのような物言いに、遠野さんが切れる。


「ごめん。言い方が悪かったね。この二つの謎を解かなくても、犯人はわかるんだよ」

 

 僕は改めて言い直し、少し間をおいてから言った。


「注目すべきは、水口裕子さんの事件について。この事件に関する謎さえ解けば自然と犯人は絞り込めるんだよ」

「水口裕子?」

「水口裕子さんの事件に関して、遠野さんは不思議に思わなかった?」

「殺人に不思議もくそもねーだろ」

「まあ、それはそうなんだけどさ。犯人は当然手帳を落としたことには気づいているはずだろ? で、誰かが拾ったことにも気づいている。それなのに、どうしてわざわざ殺人なんて犯したのかな?」

「そんなの殺したかったから……」

 そこまで言って遠野さんは言葉を呑み込んだ。気づいたのだろう。

「普通に考えれば、今の状況でわざわざ手帳に記されたとおりに水口裕子を殺す必要はないんだよ。だってそうだろ? 手帳を拾った人間に、自分が犯人だと自白しているようなものなんだから」

 

 もしも水口裕子が殺害されていなければ、遠野さんは手帳が本物だと信じなかったはずだ。


「犯人は、わざと殺人を犯したってことか? でも、そんなことして何の意味があるんだよ? 自分が不利になるだけだろ」

「意味ならあるんだよ。犯人にとってはね」

「どんな意味だよ?」

「それは後で話すよ」

「あ? 今話せよ」

「言っただろ。推理には順序があるって」

 

 僕だって本当はこんな面倒なことをしたくない。でも、こうしなければ遠野さんが理解できないだろうから、仕方なく余計な手間をかけているのだ。


「僕が犯人は男だって言ったことを覚えてる?」

「ああ。確か女じゃ死体を運べないんだろ?」

 

 遺体周辺の血痕が少ないことから、犯行現場は別の場所だった。そして犯人は遺体をK山へ運んだ。遺体を運べるのは男だけ。それが僕の推理だった。


「改めて考えた時に、僕はその推理に違和感を抱いたんだ」

「べつにおかしな点はないだろ」

「それ単体では正しいよ。でもね、犯人が意図的に手帳通りに犯行を犯したってことと合わせて考えると、とても気持ちが悪いんだ」

 

 まるで犯人の書いた台本通りに事が進んでしまっているような気がしたのだ。


「だからもう一度、僕は遺体を見に行った」

 

 幸いまだ警察も見つけていないのか、多少腐敗していたがそのままの状態で遺体は残っていた。


「そしたらね、女性でも遺体を運べることに気づいたんだよ」

「なんだよ。やっぱり台車でも使ったのか?」

 

 僕は首を横に振り、否定する。


「いや、違うよ。台車は使っていない」

「は? じゃあ、どうやって運んだんだよ?」

 

 僕はその質問に答えずに、訊いた。


「遠野さんはさ、豊臣秀吉がどうやって一夜城を築いたか知ってる?」

「……別の場所で作ったやつを組み立てたんだろ」

「犯人は、それと同じ方法をとったんだよ」

「は?」

 

 遠野さんが首を傾げる。きっと頭では理解しているのだろう。だけど、感情が邪魔をしているのだ。悍ましく猟奇的な真実から目を逸らしたくて。


「だから犯人は別の場所でばらした水口裕子を、K山で人の形に組み立てたんだよ」

 

 季節外れのマフラーは、首と胴体の継ぎ目を隠すためだったわけだ。

 

 遠野さんは「そんな……」と今にも吐きそうな顔で呟いた。無理もない。合理的な面で考えれば、犯人の行動は正しい。大きくて運べないならば、小さくする。子供でも思いつく発想だ。しかし倫理的な面で考えると最悪だ。殺したて顔の皮を剥ぐだけでも尊厳を十分すぎるほどに踏みにじっているのに、そのうえでさらに四肢をもぎ、ガラクタのように扱ったのだ。人の尊厳を踏みにじるどころか、タップダンスを踊るようなものなのだ。


「さっきの話に戻るけど」

 

 顔を青くする遠野さんを無視し、僕は話を続ける。


「犯人が、わざわざ犯行を犯した理由。それは自分が男であると手帳を拾った人間に誤認させるためだ」


 犯行は男でなければ成しえないように工作を行ったのが、その証拠だ。


「逆に言えば、犯人は男だと思われた方が都合がよかったという事になる。こんなことをする必要があるのは」

 

 僕は少し溜めてから、遠野さんの目を見ながら告げた。


「犯人が女性だから」


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