僕はMなんだ
「じゃあ、さっそく友達になった所で……」
「友達にはなってねーよ」
「え?」
「いつあたしとお前が友達になったんだよ」
「今だよ」
「協力するとは言ったが、友達になるとは言ってねーよ」
「そんな……じゃあ、休み時間に一緒にご飯食べたり、一緒に下校したり、休日は買い物に行ったりは出来ないの?」
「するわけねーだろうが」
「ひどい。よくも乙女の純情をもてあそんでくれたね」
「お前のどこが乙女なんだ……いいから、さっさと話しを進めろよ」
「仕方ないな。今日一日、遠野さんが暢気に寝ている間、僕は容疑者五人を観察したんだ」
「棘のある言い方だな」
「その結果わかったのは、全員が怪しいってことだった」
「あ? なんだよ、その煮え切らない答えは」
「まあ、話を聞いてよ。遠野さんは、どうして自分が犯人に狙われていると思う?」
「そんなの……わかんねーよ」
遠野さんは苦々しそうに吐き捨てた。
「そう、それがわかんないんだ。遠野さんを含む被害者たちは、全員が女子高生だという共通点があったけど、逆に言えばそれだけしか共通点はなかったんだ。でも、被害者たちを調べていくうちに、一つだけわかったことがあるんだ」
「わかったこと?」
「被害者全員がギャルってことだよ」
「は? ギャル?」
遠野さんは、拍子抜けしたように訊き返してきた。
「一昔前ならいざ知らず、今の時代で遠野さんみたいなゴリゴリのギャルはかなり珍しいんだよ」
「ギャルなんていっぱいいるだろ」
「それは遠野さんが、そう言った世界で生きているからだよ。実際はギャルなんて時代においてかれた化石。時代のうねりが産んだ化け物。時代遅れ。恥知らず。珍獣。そんな扱いさ」
「おい。馬鹿にしてんのか?」
「いやだな。馬鹿になんてしてないよ。むしろ尊敬してるぐらいだね。短いスカートも、下品な髪色も、おじさんの陰毛のようにウェーブした髪も、僕にはまねできないからね」
「やっぱり馬鹿にしてんだろ! いいぜ。喧嘩なら買ってやるよ」
鎖が擦れあう音が廃墟に響く。
「どうどう。落ち着いてよ。今はそんなことしてる場合じゃないだろ」
「てめーが煽ってきたからだろうが」
「失礼だな。煽ってないよ。僕は思ったことを言っているだけさ」
「今すぐこの鎖を外せ。ぶっ殺してやるから」
動物園にいるライオンを眺めている気分だよと、言いたくなったが、それを言えば遠野さんがさらに怒りそうなので呑み込んだ。
「まあ、つまり僕が言いたいのは、全員がギャルであったという事なんだよ」
茅野穂乃果さん、村上文美さん、水口裕子さん、そして遠野アリサさん。手帳に記されていた人物は、全員がギャルなのだ。
「……あたしがギャルだから狙われたってことか?」
「いや、違うよ。そうだな。なんて説明すればいいかな」
こんな時に自分の説明下手な性分が心底嫌になる。
「手帳には、まだ殺していない人物の名前が記されていた。このことから犯人は、初めの時点でターゲットを決めており、計画的に犯行を行っていることは確実だ。となると、手帳にそれ以降の犯行が示唆されていない、つまり最後の人物こそが、最後のターゲットってことになるんだ」
「……犯人の狙いは、あたしってことか? でも、それなら他の人間を殺す必要はないだろ。あたしが憎いなら、あたしだけを狙えばいいだろ」
どこか怒りをにじませる声で遠野さんはつぶやく。自分が狙われたことよりも、他の人間が自分のせいで殺されたかもしれないことが許せないのだろう。
「犯人にはその必要があったんだよ。いや、論理的に考えるならば必要ないけど、感情的にはあったと言ったほうが良いかな」
「言い方が回りくどいんだよ。もっとわかりやすく話せ」
「代替殺人って聞いたことはない」
「代替殺人?」
「好きな相手がいるけど、その相手には想いを伝えることが出来ない。だから代わりにその人に似ている人に抱いてもらう。遠野さんならそういった経験があるだろ? それと同じだよ」
「ねーよ。あたしは彼方一筋だ。それに彼方とだって……」
遠野さんは失言したかのように口を両手でふさいだ。
「え? もしかして遠野さんって経験がないの?」
「彼方が、あまりそう言うことをしたがらないんだよ……ってなんでお前にそんなこと話さなきゃならねーんだよ」
僕が生温かな目を向けると、遠野さんは舌打ちをして、まくしたてるように話を変えた。
「つまりあたしを殺せないから、代わりにあたしに似たギャルを殺してるってことか?」
「うん。犯人は遠野さんへの恨みを晴らすために、いや、我慢するために他のギャルを殺していたんだよ」
「胸糞悪い話だな」
遠野さんは、見えない殺人鬼に対して嫌悪感をにじませた。
「さっきの話に戻すけど、犯人の目的が遠野さんであり、その理由が恨みであるとすると、全員が怪しいように見えたんだ」
遠野さんは、目を細めた。田中君や親友のギャルたちが、自分に恨みを抱くはずがないと考えているのだろう。
「まず山内正人君。彼は極度の女嫌いだそうだよ。それもギャルのことは、嫌悪感を抱くほどに嫌いなんだと。なんでも中学生時代に、ギャルからひどいいじめを受けていたんだって。可哀そうに」
「なんだよそれ。あたしは関係ないだろうが」
「遠野さんは関係ないよ。でも、遠野さんはギャルだろ。忘れていたはずの記憶が、遠野さんを見るたびに蘇ってしまう。それも毎日、毎日。彼からすれば拷問に等しいだろうね」
「八つ当たりもいいところだろ」
「彼からすれば、正当な怒りになるんだよ。それとどうやら山内君は一人暮らしみたいで、料理が上手いそうだよ」
「どうでもいい情報だな」
「次に植野さん。彼女については、僕が語るまでもないんじゃない」
僕は意味ありげに遠野さんへ視線を向ける。遠野さんはどこか罰が悪そうに視線を逸らし、頬をかく。
「まあ、嫌われている自覚はあるよ」
植野さんは、少しだけ体型がふくよかな女性だ。性格も穏やかで、誰かにものを言ったりしない、頼まれれば断るよりも、頷いた方が楽だと考えるような一面を持っている。そのせいか、クラスメイト達からは都合のいい人物と思われ、特に遠野さんたちからは奴隷のように扱われていた。
「でも、べつにだからって殺されるほどの恨みは買ってねーよ。確かに偶にいじったりはするけど、それだってふざけてちょっといじったぐらいで……」
「いじめってのは、いじめている側が判断するもんじゃないんだよ。いじめられている側がいじめだと思えばそれはもういじめだよ。それに遠野さんはふざけているつもりかもしれないけど、いじめられている側はいつだって本気で受け取っているかもしれないだろ」
「それはそうだけど……お前だって傍観してるだけだろ」
「だから僕はべつに遠野さんを批判してないだろ。それで遠野さんが植野さんに殺されたとしてもおかしくないよねって可能性を提示しているだけだよ」
僕は自分自身が良い人間だと思っていない。だからこそ、自分に関係ないところで起きた出来事や、興味のない事柄には傍観者としての立ち位置を取るようにしていた。
「次は、遠野さんの親友でもある女渕さんと、渡会さん」
両人とも遠野さんに負けず劣らずのギャルだ。
「あいつらから恨みなんて買ってねーよ。関係も良好だしな」
「遠野さんからみればそうなんだろうね」
「ひっかかる言い方だな」
「傍から見ると、遠野さんたちの関係は凄く歪なんだよ」
「お前の目が歪なんだろ。黒目が大きくて気味わりーし」
「いくら僕がMだからって限度があるよ、遠野さん。その言い方は、あまり興奮しないね」
「急に性癖を語りだすとか、お前頭おかしいだろ。まじできめーな」
「今の言い方は、良いね」
僕が笑顔で親指を立てると、遠野さんは吐き気を催したようにえづいた。ひどい反応だ。文句を言ってやりたいが、話を戻した。
「僕の目が歪なことは否定しないけど、それを除いても、やっぱり遠野さんたちの関係は歪なんだよ」
僕は遠野さんの目をじっと見ながら訊く。
「遠野さんは、自分と女渕さん、渡会さんの三人が対等な関係だと思う?」
「は? なんでそんなこと答えなきゃいけないんだよ」
「いいから答えてよ」
遠野さんは、舌打ちをした後に答えた。
「そりゃ、対等な関係だろ。親友なんだし」
僕は思わず笑ってしまった。
「あ?」
遠野さんが睨んできた。
「ああ、ごめん。べつに馬鹿にしたわけじゃないよ。ただ親友だからって、対等な関係だと考えている遠野さんは可愛いなと思って」
「……親友がいないお前にはわかんねーだろうがな、親友ってのは対等だからこそ親友なんだよ」
「世の中に完全な対等関係なんてないよ。人が人である限り、そこに対等な関係は絶対に成立しない。それと僕にも親友ぐらいはいるからね」
「目だけじゃなくて、思考まで歪んでんのかよ、てめーは」
「じゃあ、聞くけど、遠野さんたちは遊びに行くときに、誰が場所を決めてるの?」
「……あたしだよ」
「電車で遠出するときに、乗り換えを調べたりするのは誰?」
「渡会が多いな」
「道が狭くて、二人しか通れないときに誰が一歩下がる?」
「……渡会だよ」
「ラインの返信が一番遅いのは?」
「あたしだな。色々と忙しくて遅くなることだってあるだろ」
「じゃあ、一番早いのは?」
「女渕だよ」
「カラオケで遠野さんが歌っている時に、他の二人はスマホをいじったりしないんじゃないの?」
「……ああ」
「逆に他の二人が歌っている時は、スマホをいじってるんじゃないの?」
遠野さんはゆっくりと頷いた。
「ほら、やっぱり対等じゃないじゃん。無意識に三人の間には、カーストが出来てるんだよ」
人は口で何を言っても、本心が行動に出てしまう生き物だ。いくら遠野さんが、対等を口にしても、無意識のうちに女渕さんや渡会さんを下に見ているような行動をとってしまっている。三人の中には、明確なカーストが存在しているのだ。
「……それが何だってんだよ? 今回のことと関係ないだろ」
「あるよ。たぶんだけど、女渕さんと渡会さんは中学時代、クラスのスクールカーストの頂点にいたんだと思うんだよ」
遠野さんは否定の言葉を口にしなかった。
「自分を中心に世界が回っていて、自分の好きに善悪を判別し、感情的に行動することを許される。正に理想の世界だろうさ。でも、高校生になった途端に理想が崩れた。今までは自分中心に回っていた世界が、他の人間を中心に回り始めてしまった。一度頂点を経験したことがある人間からすれば、それは耐えがたい状況のはずだ」
「だからあたしを殺したいってか? そんなことで、人を殺すわけねーだろ」
「それは傲慢な考えだよ、遠野さん。遠野さんの世界では、人を殺す理由にならないかもしれないけど、他の人間からすれば十分すぎる理由になることだってあるんだからね。世界は、人の数ほどあるんだよ」
遠野さんは、なおも納得いかないのか難しい顔をしていた。
「最後に田中彼方君。個人的には、彼が一番怪しいね」
「は? 彼方が? なわけ……」
遠野さんは言葉を呑み込んだ。色々と言いたいことがあるが、まずは僕の話を聞こうと思ってくれたのだろう。
「ああ、そうだ。田中君が凄く心配してたよ。愛されてるね」
遠野さんが喜色に満ちた笑顔を見せる。始めて見る表情だった。きっと田中君の前では、いつもそんな表情を浮かべているのだろう。遠野さんは、咳ばらいをし、話を再開した。
「……で、どうして彼方が怪しいんだよ」
「田中君は、僕から見ても爽やかでいい人に見える」
僕の目を真っすぐ見て話してくれるのは、クラスでも彼ぐらいだ。
「ああ、そうだよ。お前とは正反対だな」
「でもね、ああいう人間ほど、やばい性癖を持っていたり、裏で凄いことをしているんだよ。そうに違いないね」
「完全にお前の偏見じゃねーか!」
「だから僕の個人的な考えって言っただろ」
そう、今の一連の話は、全て僕の偏見に満ちた考えだ。もしかしたら山内君の性癖が歪んでいてギャルが好きかもしれないし、植野さんは殺意なんて抱いていないかもしれない。女渕さんや渡会さんに関しても、あくまでも僕の経験則に基づいた考えだ。二人が心の底から、遠野さんを好いている可能性だってある。