表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第一章 ギャルを誘拐した。そして監禁した。
5/36

おそよう

 学校を出た足で、そのまま廃墟へと向かった。廃墟は、K山同様に街外れにあるため、行くだけで一苦労だ。塗装されていない獣道を上るだけで、汗が溢れてくる。

 

 いい加減な傾斜で続いている坂道を上ると、廃墟が見えてきた。

 お世辞にも趣があるとは言えない外装をしている。蔦が絡まっているわけでも、味のある色をしているわけでもない。ただただ古く、ぼろい。人で表現するなら、無駄に年だけを重ねた、歯はボロボロで、髪は抜け落ち、枝葉のような手足をした老人のようなものだ。

 

 腐りかけの木で出来た扉を開ける。中へ入ると、がれきの世界がそこには広がっていた。窓は全て割られており、怪しい光がそこから漏れ入っている。それが唯一の光源だった。窓枠のペンキは全てはがれている。壁は各所にひびが入り、扉は赤黒く変色し、所々に子供の落書きがあった。まるで異世界に迷い込んだような光景だ。

 

 僕は勝手知ったる街を訪れたような足取りで、二階へ向かう。二階へ向かう階段を踏みしめるたびに、ギイギイと苦しげな悲鳴が響く。

 

 二階へ着くと、一番端の部屋の扉を開け、中へ入る。すぐに二つの鋭い光が、僕へ向いた。


「おはよう。……いや、おそようって言ったほうが良いかな」

 

 返事はなかった。代わりに鋭い光が、棘を帯びる。


「昨日は大変だったんだからね。遠野さんを運ぶの。わざわざ台車を取りに行かなきゃいけなかったんだよ」

 

 僕のような非力な人間では、人一人運ぶのもかなりの労力を必要とする。しかも台車で人を運ぶ姿など見られるわけにもいかないため、余計に体力を使った。おかげで両腕が筋肉痛だ。


「誰も運んでくれなんて頼んでねーよ。こんな変な場所に放置しやがって」

 

 遠野さんは、自分の首に巻かれた首輪を鬱陶しそうに触る。


「変な場所ってひどいな。一応、殺人鬼がかつて根城にしていた由緒正しき場所なんだけど」

 

 遠野さんは、あからさまに表情を歪めた。


「洋服のサイズはどうかな? 僕の服だからサイズが合わないかもしれないけど」

 

 さすがの遠野さんも、同じ服で過ごすのは嫌だと思い僕の洋服を貸したのだが、どうやら答えは聞くまでもないようだ。ダイナマイトボディの遠野さんは、サイズがあっていないのか、一部分がパツパツだった。それでいて身長は僕の方が大きいため、全体的なシルエットが歪んでおり、より一層ギャル要素が増していた。


「それにしてもよくスカートなんて履けるよね。寒くないの? ポケットもないし」

 

 軽口を叩きながら、僕はコンビニで買ったおにぎりを遠野さんへ渡す。余程空腹だったのか、遠野さんは僕の手ごと引きちぎる勢いで奪っていき、もぐもぐと雅な心を忘れたかのように一心不乱に嚥下し続けた。なんだかリスに餌を与えている気分になる。

 

 しばらくすると、遠野さんは食べ終え、無言の時間が訪れた。

 その間、僕はただ待ち続けた。なんとなく遠野さんが言いたいことがあるように見えたからだ。

 遠野さんは何度な口を閉じては開いてを繰り返し、やっと言葉を発した。


「……お前がいない間に、あたしなりに色々と整理して、考えた」

「考えた?」

 

 僕はその先を促すように訊き返す。


「あたしの質問に正直に答えろ。その答えによっては、協力してやるよ」

 

 僕は苦笑いを浮かべながら頷き、近くに置いてある椅子に腰かけた。


「まずお前は、殺人鬼じゃないんだよな?」

「どうだろうね……そもそも殺人鬼って言葉が曖昧だと思わない? 人を殺したら殺人鬼だとするなら、みんな殺人鬼になっちゃうよ。この世に生を受ける時点で、僕らは他の可能性をつぶして生まれてくる。これもある意味で殺人だし、何気ない一言で人を殺してしまう。これも殺人と言える。もっと言えば、僕らは日常を生きるだけで、間接的に世界のどこかにいる人間を殺している。今、遠野さんが食べたご飯だって、死にかけの人間に譲れば助けられたかもしれないのに、それをしなかった。それも殺人にあたる。だからそう言う意味で言えば、僕は殺人鬼だよ」

 

 遠野さんの舌打ちが廃墟に響いた。うん、そうだよね。今の答えは、僕もふざけすぎたと思う。どうにも昔から、真剣な話が苦手なのだ。すぐに煙に巻いた態度を取ってしまう。


「違うよ。僕は、遠野さんの言っている殺人鬼ではない。顔の皮を剥ぐなんて、出来ないよ」

「それなら証拠を見せろ」

「疑り深いね」

「クラスメイトを拉致して、監禁するような奴を信じられるか」

「だから誘拐だって……」

 

 しかし困った。証拠を見せろとは。そんなの悪魔の証明だ。……いや、遠野さん相手なら違うのか。僕は少しだけ考えてから、話し始めた。


「昨日の遺体を覚えてる?」

「……夢に出てくるぐらいにはな」

 

 遠野さんの強烈なトラウマになっているようだ。


「血液が新鮮だっただろ? 少なくとも、犯行が行われたのは一時間前だ。でも、僕はその時間、遠野さんと一緒にいた。アリバイがあるんだよ」

「血液が新鮮だったかどうかなんて覚えてねーよ。っていうか、血液が新鮮かどうかなんて普通わかるわけないだろ」

 

 尤もな話だった。確かに血液から犯行時間を予想するなんて普通は出来ない。それに遠野さんは、すぐに気絶してしまったから、そこまでつぶさに観察していないのだ。


「じゃあ、血が少なかったことは覚えてる?」

 

 遠野さんは深く目をつぶり、次に開いた時は嫌悪感たっぷりな表情を浮かべた。


「……ああ、それは覚えてるよ。傷の割に、血が少なかったな」

「そう、血が少ないんだよ。あの傷で、それはおかしなことだ。つまり犯行自体は別の場所で行われたってことになるんだよ」

 

 遠野さんは先を促すように頷く。


「犯行が別の場所で行われたってことは、犯人がわざわざあの山へ遺体を運んだってことになる。だけど、遠野さんも体験しているからわかるだろうけど、あの山を人一人担いで登ることは、難しい」

「台車を使えば出来るだろ。実際、お前はそれであたしを運んだんだから」

「それは下りだからだよ。登るのとは訳が違う。この僕の細腕で、人一人乗せた台車を押しながら山を登れると思う?」

 

 ワイシャツをまくり、自慢の細腕を見せる。


「それに仮に僕が犯人なら、遠野さんを誘拐する意味がないだろ。こんなことせずにさっさと殺害したほうが早いんだから」

 

 殺したい人間を誘拐し、警戒を促すなど完全に矛盾している。


「これで僕が犯人ではないってわかってくれた?」

 

 遠野さんは頷いたが、表情は納得しているように見えなかった。頭ではわかっているが、感情が納得の邪魔をしているのだろう。


「でも、それならどうして助けなかったんだよ?」

「遠野さんを助けてるだろ」

「ちげーよ。昨日、殺された奴のことだ」

「ああ、水口裕子さんね」

「お前なら助けられたはずだろ。あたしを拉致したみたいに」

 

 確かに僕が誘拐したことで、遠野さんは生きながらえている。そうでなければ今頃、殺されていたはずだ。


「それは無理だよ。僕は水口裕子さんを知らないし、調べる時間もない」

 

 遠野さんは、クラスメイトだからこそ誘拐できたのだ。でも、水口裕子さんは違う。僕は彼女の顔も、どこの学校に通っているかも知らない。時間をかければ調べることも可能だっただろうが、ノートを拾ったのは犯行が行われる当日。それでは時間が足りないのだ。


「だったら警察に……」

 

 遠野さんは、途中で言葉を呑み込んだ。それをすれば、自分の大切な人間が疑われてしまうことに気づいたのだろう。だが、それでもなお納得は出来ないのか、遠野さんは駄々っ子のような口調で続けた。


「だけどよ……」

「あのね。僕も慈善事業でこんなことしてるわけじゃないんだよ。それに僕だって襲われる可能性があるかもしれないんだ。他人のために命を懸けられるほどに、僕は偽善者じゃないのさ」

 

 見ず知らずの人間のために命を懸けるほど、僕は自分の命を安くは売っていない。


「質問は終わり?」

「……それならなんであたしを助けた?」

「好きだから」

「ざけんな」

「今の世の中でその言葉は良くないと思うよ。多様性の時代なんだからね。ネットだったら炎上してるよ」

「あたしが言ったのは、てめーの態度のことだ。人を馬鹿にした態度を取りやがって」

 

 僕は一つ息を吐き、本心ではないが限りなく誠実な答えを口にする。


「遠野さんを助けた理由については、答えられないかな。でも、善意でないことは確かだよ。僕は僕の目的のために、遠野さんを助けた。そこに善意なんてものはないよ」

 

 遠野さんが僕の目をじっと見てくる。ウィンクの一つでも返そうかと思ったが、それをすれば今度こそ信頼してもらえそうにないので、大人しく僕も遠野さんを見続けた。

 

 しばらくすると、遠野さんはどこか諦めたように息を吐いた。


「いいぜ。納得してやるよ」

「それは協力してくれるってことで良いのかな?」

「お前があたしのためとか言ってたなら、ぶん殴ってたところだ」

 

 さすがツンデレの遠野さんだ。素直に協力するとは言ってくれない。まあ、でも、一応は協力してくれそうなので、ひとまずは安心と言ったところか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ