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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第二章 電波少女が首を吊った。そして探偵が現れた。
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電波少女が首を吊った。

「首吊りはさ、とても醜いんだよ」

 

 絞り出した声は自分のものとは思えないほどに、ガラガラとしていた。


「そして苦しいんだ」


 思考がまとまらなかった。まとまらないまま、僕は話を続ける。


「だから首吊りは、しないほうが良い。僕は由宇ちゃんにそう教えたんだ」


 僕の記憶はあの頃を映し出している。


「それなのに、そのはずなのに由宇ちゃんは首を吊っていた。一番苦しい死に方を選んだんだよ。なんでって思った。死んだことよりもそのことが不思議で仕方なかったんだ」

「あなたは、遺体を発見した段階では、久美静香由宇の真意に気づけてなかったのね」

「由宇ちゃんが犯人だってことには気づいたよ。だけど、由宇ちゃんが殺人を犯した理由も、自殺した理由もわからなかった。いや、どうでもよかった。僕が知りたかったのは、由宇ちゃんが首を吊った理由。ただそれだけだったんだから」


 首を吊った理由が知りたいから、僕は由宇ちゃんの望み通りに動いたのだ。そうすれば由宇ちゃんの考えが理解できると思ったから。


「とこでコマちゃんはさ、人間の限界って何だと思う?」


 脈絡のない僕の質問に、コマちゃんは訝しがるように眉を寄せた。


「は? 人間の限界? 突然何よ」

「必要なことだから答えてよ」


 コマちゃんは納得いかないような表情ながらも答えを口にした。


「そうね……考えたことがないからわからないわ。人間の限界なんて、そんなの人によって違うんだから一概には言えないのだし」

「じゃあ、世界の限界は?」


 僕は畳みかけるように質問をする。


「それなら簡単よ。私がわからない事こそが、世界の限界」


 コマちゃんらしい答えだった。そして探偵らしい答えでもあった。


「由宇ちゃんはね。『人間の限界は、世界の限界。世界の限界は、倫理観』そう言っていたんだ」

「倫理観が世界の限界? ……意味が解らないわ」

「だよね。僕も理解はできなかった。でも、由宇ちゃんは本気でそう考えていた。なんでも僕たちは遺伝子に縛られているそうなんだよ。法では許されているはずのことなのに、許せないことがたくさんあるだろ? それはなぜかって聞かれても論理的に説明は出来ない。だけど、なんか嫌だ。そういった有史以来の記憶と共に刻まれた倫理観こそが人間の限界だってコマちゃんは言っていたんだ。そして倫理を超越するには、人間の限界を越えなければならない。でも、それは僕らがこの世界にいる限り超えられることはない。なぜなら、人間の限界こそが世界の限界なのだから。だからこそ自殺するしかない。そうしてこそ初めて僕らは世界の限界を超えて、人から解放される」


 僕は由宇ちゃんのような、少しだけ舌足らずな口調で語った。だが、そうしてみても、その思想を理解することはできなかった。コマちゃんも同じなのだろう。僕が語っている間も、そして語り終えた今も、まるで異国の言葉でも耳にしているような表情を浮かべているのだから。


「……意味がわからないわ。なんで自殺することが、人から解放されることに繋がるのよ? 倫理? 世界の限界? それに今の話と事件がどう関係しているって言うのよ?」

「関係ならあるよ。だってそれが全てなんだから」

「全て?」

「由宇ちゃんが殺人を犯した動機であり、自殺の理由であり、首を吊った目的だよ」

「だからそれがわからないって言ってるのよ! はっきりと言いなさいよ!」


 コマちゃんは、苛立たし気に地面を蹴りつけた。僕は落ち着いた声で言った。


「由宇ちゃんには兄がいた。そしてその兄こそが、間宮祐樹だったんだよ」


 コマちゃんは、唖然としたように目を見開いた。そして直後に目をつぶり、頭をかき、首を横に振る。その姿に探偵らしさが少しもなかった。むしろ推理を必死になって否定しようとしている殺人犯のようだった。


「久美静香由宇に兄がいて、その兄が間宮祐樹? そんな偶然があるわけないわ」

「由宇ちゃんには、生き別れの兄がいた。そして間宮祐樹には生き別れの妹がいた。二人ともこの町出身で、なおかつ境遇も同じ。ありえない話ではないだろ」

「だとしても、いくらなんでも論理が飛躍しすぎよ。偶然と必然を結ぶ論理が一つもないわ」

「僕は探偵じゃない。論理なんて知ったこっちゃないよ。それにそう考えれば、首吊りだった理由にも説明がつくんだよ」


 僕は自分の首を触りながら続ける。


「さっきも言ったけど、僕は由宇ちゃんが首を吊って自殺したことが、理解できなかった。首吊りは醜いって忠告をしたのに、由宇ちゃんは首吊りをしたんだからね。もちろん僕ごときの忠告に他人の意思を変容させられるほどの効力はないことはわかっているさ。でも、だとしても、やっぱり首を吊る必要はなかったはずだ。それこそ間宮祐樹みたいに飛び降りたり、手首を切ったり、心臓を刺したり、他にも方法はいくらでもあったんだからね。それなのに、わざわざ由宇ちゃんは首吊りを選んだ。僕はそこに何かしらの意味があると思ったんだ。由宇ちゃんにとって首吊りでなければならない理由が。じゃあ、首吊りと他の自殺方法の違いは何か? 苦しみ? 手軽さ? いいや、違うね。そのどれでもない。首吊りである必要は、ないんだから。……答えは何か?」


 僕は手首から滴り落ちる真っ赤な液体を指さした。


「血……?」

「そう、血だよ。首吊りだけが、手軽に血を流さずに自殺できる方法なんだよ。そして由宇ちゃんにとって、血は大切なものだった。例え死ぬときになっても、自分の体から血を出したくなかった。だって血は、自分と兄をつなぐ唯一の証なのだから。一滴たりとも失いたくなかったんだよ」

「じゃあ、なに? ……久美静香由宇は、血を流したくなかったから首を吊ったってこと? この世界で兄と付き合うことが許されないから自殺したってこと? そんな馬鹿な話があるって言うの? ありえないわ」

「僕も理解できないよ。でも、それが真実だ」

「その真実がありえないのよ!」

「じゃあ、他にどう説明するの? 一連の事件での不可解をコマちゃんは、どう論理づけるのさ? それにいつもコマちゃん自身が言ってるじゃないか。『全ての不可能を排除して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる』って」

「それは……」

「もしもコマちゃんが、偶々付き合った相手が血のつながった生き別れの兄だとしたらどうする? 純粋にただ好きあっているだけなのに、それをこの世界が許してくれなかったらどうする?」

「……そんなこと想像したこともないわよ」

「そう。僕らには想像できない世界だ。近親相姦って言葉で終わらせて、それ以上考えずに、その背景や想いを知ろうとしない。誰にも迷惑をかけていないのに、なんとなくで嫌悪する。でも、そういうことなんだよ。そういった考えが、由宇ちゃんにその選択肢を選ばせてしまった。その選択しかないと思わせてしまった。僕らがつくった倫理が、追い込んだんだよ」

「……だとしても、理解できないわよ」


 コマちゃんは弱弱しい声で呟くと、力が抜けたように座り込んだ。それから天を仰ぐように見上げ、目をつぶる。まるで天からの恵みを待つ農民のようだった。きっとそうしていれば、理解できると思ったのだろう。でも、そんなことをしても無駄なことは僕が一番よくわかっていた。由宇ちゃんの考えは、完全に僕らの言語の外にある。つまり、世界の限界なのだ。世界が違うのだから、いくらこの世界で考えても、理解のしようがない。もし理解したいのなら、倫理という化け物をどうにかするしかないのだ。だけど、それもやっぱり僕らにはできないのだ。だって、どこまでいっても僕らは倫理の奴隷でしかないし、コマちゃんに至っては論理の奴隷だ。倫理的な嫌悪に打ち勝つ歴史を僕らは持っていない。論理に逆らう大馬鹿者にもなれない。だから理解しようとすることは、無駄なのだ。


  しかしコマちゃんは、それでも理解したいのか、諦めようとしない。その姿は探偵の理想そのものだが、どこか痛々しくも見える。僕のように自殺の理由も犯行動機も、本人のものなのだから、考えるだけ意味がない。そう割り切ればいいものを。まあ、それが出来ないからこそ探偵なのだろうけど。


「まだわからないことがあるわ」


 コマちゃんが、空を見上げながら言葉を発した。空に吸い込まれそうなほどに小さな声だ。


「なに?」

「……私に届いたメール。あれはあなたよね?」

「そうだよ」


 コマちゃんに届いた差出人不明のメール。あれは僕が送ったものだ。


「なぜ私を呼んだの?」

「探偵が必要だったからだよ」


 僕はそれだけでは不誠実だと思い、続けて言った。


「由宇ちゃんの思想では、自殺することこそが人間の限界を超えることだった。自分の意思じゃなければいけなかった。だけど、間宮祐樹は事故死だった。だからこそ物語を書き換える必要があったのさ。間宮祐樹は、いじめを苦にして自殺したってね」


 実際に物語は書き換えられた。探偵の推理によって、間宮祐樹はいじめを苦にして自殺をし、その復讐として久美静香由宇は東恭平たちを殺害した。そのように世間には公表され、世界は久美静香由宇と間宮祐樹が血のつながった兄妹であったことなど知る由もなくなる。


「今から私が真実を公表すると思わないの?」

「ありえないね。だってそれをすれば、こmちゃんの信頼は地に落ちるんだから。もう探偵でいられなくなる」


 探偵は真実を見抜くから探偵なのだ。一度終わらせた事件を、やっぱり真実は別にありました。そんなことを言えば、信頼はなくなることはおろか、過去の推理までもが疑いをもって見られてしまう。そうなってしまえば、こmちゃんは探偵でいられなくなる。

「……完全にしてやられたわけね」


 コマちゃんは嘆くように呟く。

 そんなコマちゃんに対して、僕は謝罪するべきなのだろう。世間一般で言えば、僕がコマちゃんにしたことは、殺されても仕方がないほどの行いなのだから。


 でも、僕は謝罪をするつもりはなかった。だって僕は自分が悪いと思っていないのだから。べつに開き直っているわけではない。本心からそう思っているのだ。僕がしたことなど、無意味なことだ。意志もなければ意義もない。僕がいなくても、同じ結末になっていたはずだ。


 それにコマちゃんは、探偵だ。探偵が落ち込むなどありえないし、許されない。それが探偵である功罪なのだから。


 しばらく無言の時間が続いた。でも、嫌な時間ではなかった。そうしているだけで、黙祷しているような気分になれる。必要な時間だ。思えば、由宇ちゃんが死んでから、僕はその事実に対して向き合ってこなかった。死んだ人間について、死んだ後のことを考えても意味がないと思ってたからだ。でも、いざこうして考えてみると、やっぱり意味がないと思えてしまう。死んだ人間は死んだ人間でしかないのだから。そこに意味を見出しても仕方がないと思ってしまう。


 きっと僕は探偵に向いていないのだろう。

 どれぐらいたっただろうか。コマちゃんは、金縛りが解けたように立ち上がった。どうやら自分の中で一区切りがついたようだ。


 立ち上がったコマちゃんは、何も言わずに立ち去ろうとする。また会えるからお別れは言わない、そんなポジティブな理由ではないのだろう。お互いに会いたくないからこそ、挨拶はしない。挨拶をすれば、そう言った関係になってしまうから。そんな理由に違いない。


 僕も同じなので、黙って見送ろうとした。が、直後に訊きたいことがあったので呼び止めた。


「僕からも、訊いていいかな」

「なによ?」


 コマちゃんは立ち止まったが振り返らない。


「どうして僕を二度眠らせたの」


 僕は一度お昼過ぎに起きたが、再びスタンガンで眠らされた。その意味を知りたかった。

 コマちゃんは顔を半分だけこちらに見せ、鼻で笑いながら答えた。


「私の趣味よ」


 どうやら僕の知らない世界をコマちゃんは持っているようだ。


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