推理①
改めて僕らは向き直った。手錠は外してもらったため自由に動かすことが出来る。窓の外は、未だ夕暮れ時だ。なんだか宿命のライバル同士の最終決戦のようだが、今から行われるのは事情聴取だ。もちろん
僕が容疑者で、コマちゃんが刑事。
「じゃあ、話してもらいましょうか」
コマちゃんが口火を切った。が、それに僕は待ったをかける。
「その前にコマちゃんが警察に話した推理を教えてくれないかな」
「は? なんでよ? 必要ないでしょ」
「あるよ。僕はコマちゃんの推理を知らないんだからね。情報を共有していないのは良くないだろ」
「どの口が言うのよ」
コマちゃんが舌打ちをする。全くもってその通りなので、反論はなかった。
「私が警察に話した推理だけど、大枠は東恭平が犯人の場合とあまり変わりはないわ。全ての始まりは、間宮祐樹の死。間宮祐樹は、東恭平たちによるいじめを苦に自殺した。ただしここから先は少しだけ違ってくるわ。殺されたオカルト研究部の部員は、口封じのためではなく、復讐のために殺されたのだから」
「復讐? でも、誰が復讐をするんだよ? 間宮祐樹の事件に関係のある人間は、みんな死んでるのに」
「……私を馬鹿にしてるの? そんなこと私が答えずとも、知ってることでしょ」
「知ってる、知ってないで言えば、知ってるよ。だけど、さっきも言ったように、これは情報の共有。僕の考える犯人と、コマちゃんが考える犯人が同じとは限らないだろ」
「面倒ね。復讐を行った、つまり東恭平たちを殺した犯人は、久美静香由宇。久美静香由宇と、間宮祐樹は付き合っていたのよ」
僕はその先の推理を待ったが、コマちゃんは何も言わなかった。
「……あれ、それだけ?」
「それだけよ」
「もっとないの? 論理的に推理とか」
「ないわ。だってそう考えるのが一番自然じゃない。東恭平が死に、久美静香由宇が死ぬ。時系列で考えた時に、犯行が可能なのは久美静香由宇だけ。もちろん東恭平が二人を殺し、久美静香由宇が東恭平を殺した可能性はあるわ。でも、それだって動機が復讐の場合、東恭平が犯行を行うのは不自然だし、動機が口封じの場合も久美静香由宇が犯行を行うのは不自然。どう考えても、久美静香由宇が犯人って考えるのが自然でしょ。それに肝心の推理は、ここからよ」
言葉通り、コマちゃんの表情が探偵に変わった。
「久美静香由宇が犯人の場合、解かなければならない謎が一つあるわ。どのようにして久美静香由宇は自死を遂げたのか。この謎を解かない限り、久美静香由宇が犯人であることは成立しない」
由宇ちゃんは木に縄を括りつけ、首を吊っていた。しかしその縄は高いところにあり、手が届かない。一人では首を吊ることは不可能。それがコマちゃんの最初の推理だった。
コマちゃんは、指を二本立てる。
「では、その謎を解く鍵とは何か? 一つ目は椅子よ」
「椅子?」
「ええ。突飛な発想でもないでしょ。最初の時点で、可能性として提示はしていたのだから」
確かに提示はしていた。台を脚立代わりにすれば、一人でも首を吊れると。
「でも、それは不可能って結論に至ったんじゃないの?」
現場には脚立代わりになるものは残っていなかった。死人が生き返りでもしなければ、その推理は成立しない。
「それこそが二つ目の鍵なのよ。久美静香由宇は、不可能な状況で自死を遂げていた。自死を阻んでいたのは、届かない位置にある縄。それなら届くように椅子を使ったと考えれば良いけど、肝心の椅子は現場に残されていなかった。でも、それはあくまでも久美静香由宇だけという前提によるもの。その前提を崩してしまえば、答えは簡単に見つかる。あの日、あの現場から椅子を持ち去った人物がいるのよ」
「誰がそんなことをしたの?」
「あなたよ。あなたが、あの日、あの場所から椅子を持ち去ったのでしょ?」
コマちゃんの視線が僕に刺さる。僕は強がるように肩を竦める。
「待ってくれよ。僕が持ち去った? 確かに誰かが持ち去ったなら、由宇ちゃんは自殺が可能だろうし、あの現場の状況にも説明がつくよ。でも、僕には無理だ。だって僕はあの日、一人じゃなかったんだよ。補導されかけたせいで、警官と共に死体を見つけ、その後すぐに警察署に連れ去られた。コマちゃんだってそのことは知ってるはずだろ? それなのにどうやって椅子を持ち去るんだよ?」
「そうね。あの時のあなたには無理だわ。でも、一度目の時なら可能でしょ?」
意図せず僕の頬がぴくついた。
「おかしいとは思っていたのよ。東恭平が犯人の場合、久美静香由宇の行動には説明がつく。あなたに恋人を紹介するために、待ち合わせに一時間の開きがあったことは、納得できたわ。でも、犯人は久美静香由宇よ。その場合、久美静香由宇が二十一時時点で斐川神社にいたことは不自然でしょ?」
確かのその通りだ。東恭平は、前日に死んでいるのだし、そもそもとして由宇ちゃんが交際していたのは間宮祐樹なのだから。その推理は成り立たない。
「だからこう考えたの。あなたと久美静香由宇の本当の待ち合わせ時間は、二十一時だったってね。つまりあなたは、二十一時の時に現場から椅子を持ち去り、あたかも一度目かのように警官を連れて二十二時に訪れたのよ」
「何か証拠でもあるの?」
僕は犯人のような口ぶりで訊いた。
「あなたの家にある椅子。違和感しかなかったわ。あの部屋には不釣り合いなほどに高級だし、何より私の知るあなたらしくなかったのだから。でも、それも当然よね。だってあの椅子は、久美静香由宇のものなのだから」
僕は降参でもするように両手を挙げようとするが、それよりも先にコマちゃんが言った。
「っと、ここまでが警察に話した推理よ。あなたに話すべき真相は別にあるわ」
「今の推理じゃ不十分だってこと?」
「ええ、不十分だわ。だって、真相はもっとおぞましいのですから」
コマちゃんは地面に転がっていた小石を蹴った。
「人間椅子とでも言えば良いのでしょうかね。久美静香由宇は椅子ではなく、遺体を使ったのよ」
「遺体を椅子代わりにしたってこと? それは無理があるでしょ。椅子と遺体は違うんだし」
「普通の遺体なら無理でしょうね。でも、東恭平の遺体なら可能よ」
コマちゃんが目を細める。
「初めに東恭平の遺体の状態を聞いた時に、私はある違和感を覚えたわ。他二人の遺体と違って、どうしてか東恭平の遺体だけ異常なほどの損傷があった。首が切断され、血を抜かれ。偶然と呼ぶにはあまりにも残虐性が高いわ。だから最初は、東恭平だけが異様に恨まれているのかと思ったわ。でも、だとすると、首の切断と血を抜かれていたことに説明がつかなくなる。だってそうでしょ? その二つは、痛めつけることに繋がらない。死んだ後の人間に対して行う処置なのだから。復讐とは、結びつかない物なのよ。じゃあ、なぜ久美静香由宇は、わざわざ手間のかかる処置を、それも東恭平にだけ施したのか? この問いは逆を言えばそれを行う必要があったことを意味するわ。そしてその後に起きた出来事は、久美静香由宇の自死しかない。そこまでわかれば後は、状況と照らし合わせて推理するだけよ」
コマちゃんはどこか芝居がかった話し方を始めた。
「久美静香由宇は椅子や台を使用して自死を遂げた。しかしそれだと東恭平の遺体の謎が残る。あら、お誂え向きにも東恭平の遺体は楯向きに使用すれば椅子代わりに出来るわね。人体において最も重く邪魔な頭がないおかげで、安定性が増し、血を抜いておけば持ち運びも楽になる。椅子を使う必要はなくなる」
少し恥ずかしかったのか、コマちゃんは咳払いをしてから、いつもの話し方に戻る。
「もちろん証拠はあるわ。東恭平の遺体には、死後についた痣や斐川神社の階段の塗料がついていた。おそらく久美静香由宇が首を吊り、死ぬ直前あるいは死後に足で蹴飛ばして遺体を階段から突き落とした時についたものでしょうね。あの木でなければならなかった理由もそれが関係しているわ。手前の木でなければ、階段から落とせないのだから」
「……べつに遺体を使う必要はないんじゃないかな? 椅子で問題ないんだし」
「そうね。事件においては全く意味のない行動だわ。でも、あなたに対してのメッセージとしては意味があったんじゃないのかしら? 事実あなたは、そのメッセージを受け取り、行動をしたのだから」
「……うまく演技したつもりなんだけどね。どうしてわかったの?」
僕は降伏宣言ともいえる言葉を口にした。
「初めに違和感を覚えたのは、部室に行ったときよ。あなたはオカルト研究部を訪れるのは初めてだと言っていた。それなのに、まるで勝手知ったるように部室内にあった写真立てを発見したわ。他にも部室は、埃がそこかしこに積もっていたのに、写真立てには積もっていなかったり、まるで私の誘導するかのように次々と新たな事実や情報が明らかになっていった。だからもう一度推理しなおしたのよ。あなたの介入を前提に」
「……そうだよ。僕が東恭平の遺体を遺棄した」