監禁幼馴染
事件は解決した。万々歳だ。これにて一件落着。無事終了。凍解氷釈。
と言うわけにはいかないのだろう。
僕は誘拐され、そして監禁されていた。
なんだか既視感があると思えば、当然のことだった。今の状況は、僕が遠野さんに行った仕打ちと全く同じなのだから。しかも場所まで同じと来たものだ。
こうして改めて当事者になってみてわかるが、本当に酷いことをしたものだ。よく遠野さんは、冷静でいられたものだと感心してしまう。まあ、その冷静さを作っていた大部分は、僕が犯人だったと予想出来ていたからなのだろうが。
で、だ。僕を誘拐し、監禁した相手が誰なのかと言えば、コマちゃんだ。今も仁王立ちで僕の前に聳え立ち、その表情は無の境地そのものだった。
一体なぜこんな状況に至っているのか。正直な所、心当たりはあったが、ここまでされることかは甚だ疑問ではあった。
昨日、コマちゃんは由宇ちゃんが犯人だとの結論に至った。が、そこで僕の意識は途切れた。由宇ちゃんが犯人だとの言葉を聞いた直後に、コマちゃんによって僕は気絶させられたのだ。そして次に目覚めたのは陽が上り始めた頃。しかしまたしても気絶させられ、今が三度目の目覚めだった。つまり僕は二度も気絶させられたことになるわけだ。
窓の外へ視線を向ければ、既に陽が沈み始めていた。夕暮れ時というやつだ。僕は約半日も寝ていた、いや、眠らされていたことになる。
首の痛みから察するに、おそらくはスタンガンを当てられたのだろう。ひどいものだ。これじゃあ、誘拐ではなく拉致だ。手足も縛られているし、テロリストに遭遇したような気分だった。
「……いくら温厚な僕でも、この扱いには不満を口にしちゃうよ」
僕は手足を動かそうとするが、ガチャガチャと鎖がぶつかり合うだけだった。おまけに無理やり付けたせいか、手首からは血が出ていた。どうやらコマちゃんは僕を逃がすつもりはないようだ。
「あなたは温厚なんじゃなくて、無感情なだけでしょ」
「ひどいな。僕だって恋人が死んじゃう恋愛映画を観て、温かい涙を流すんだよ」
「そういうことをさらっと恥ずかし気も照れもなく言えるところが、無感情なのよ」
「じゃあ、無感情な僕が感情を取り戻す前に、鎖を解いてくれないかな?」
「嫌よ」
「……このままじゃ、僕が一生の汚点を残すことになるんだけど。具体的に言うと、漏れそうです」
「漏らせばいいじゃない」
「あのね、一応僕も花の女子高生なわけでね……花だけにお花を摘みたいんですよ」
「拷問されないだけ、今の状況に感謝しなさい」
「……拷問されるほどのことをした覚えがないのだけど」
「私を利用したわ」
「……僕がコマちゃんを利用するわけないじゃないか」
僕は悲しむように目を伏せるが、コマちゃんには通用しなかった。氷点下マイナスの視線が僕へ降り注ぐ。おかげで尿意が引っ込んでしまった。
「幼馴染を疑うなんて泥棒の始まりだよ」
「それなら泥棒らしく、あなたの爪でも盗んであげましょうか?」
目がマジだった。次に失言すれば、本気でコマちゃんは僕の爪を剥がす、そんな迫力があった。
「僕がコマちゃんをどうやって利用したんだよ」
「事件に関してよ」
「事件? 事件は解決したんじゃないの?」
「ええ。解決したわ。今頃警察も胸をなでおろしているでしょうね」
「それなら一安心だね。うん。良かった、良かった」
「良くないわよ。確かに事件は解決したわ。でも、それはあくまでも表向き。あなたの望んだ形で、事件が解決させられたにすぎないわ」
「僕が一体何を望んだって言うんだよ?」
「それを聞くために、この場を用意したのよ」
「確信がないのに、こんなことをしたの?」
「確信ならあるわ。探偵としての勘っていう、確信がね」
勘。コマちゃんが普段絶対に使わない言葉だ。なぜならそれは、探偵からは最も遠い言葉だから。でも、だからこそコマちゃんが真剣であることがわかった。
だから僕も少しだけ真剣に答えることにした。
「仮にだ。仮に僕が何かを望んだとしよう。それを素直に話すと思う?」
「素直に話すまで痛めつけるわ」
「そんなこと出来ないくせに」
「私が幼馴染相手だからって怯むように見えるのかしら?」
「見えないね。全く見えないよ。だけど、コマちゃんが暴力を振るうのは殺人鬼限定だろ。そして残念ながら僕は人をこの手で殺したことはない。それなのに僕を痛めつけるんだって言うなら、そうすればいいんじゃない。もっともその時点で、コマちゃんはただの殺人鬼になるけどね」
コマちゃんは苦々しそうに顔を歪める。コマちゃんが僕を知っているように、僕だってコマちゃんのことを知っている。それこそ本人以上に。
「……それならあなたの過去をばらすわよ」
「いいけど、そんなことをしたらコマちゃんの方が困るんじゃないの?」
コマちゃんは言葉を探すように、口を開いては閉じを繰り返す。しかし一向に言葉は発せられず、冷たい空気だけが漏れるだけだ。
「探偵としてではなく……」
やっと発せられた言葉はそれだけだった。出かかった言葉を呑み込むように、コマちゃんは息を呑んだ。そして逡巡を繰り返す。まるで犯人が自白をするために心の準備を整えているようだった。
その間、僕はただじっと黙っていた。コマちゃんの言葉の続きがわかっていたし、その言葉がぶつけられた瞬間に、僕はどうしようもないと悟っていたからだ。だからこそ告解を聞く神父のように僕はただ待っていた。
やがてどれぐらいたっただろうか。コマちゃんの言葉が空気を揺らした。
「……かつてここに監禁された幼馴染として教えてくれないかしら」
風に吹き飛ばされそうなほどに、弱弱しい声だった。だけど、それ以上に強い意味を持った言葉だった。僕にとっても、そしてコマちゃんにとっても。
だってそれは僕らをつなぐ唯一の過去であり、コマちゃんの消し去りたい過去なのだから。本人が傷口を見せてきているのに、それから目を逸らすには、僕はあまりにも弱すぎるのだ。
「卑怯だね」
本当に卑怯だ。それを出されれば、僕が折れるって知っているのだから。
でも、仕方ないのだろう。だって僕はいつだってコマちゃんには勝てない。どんなに戯言を口にしても、嘘を口にしても、結局探偵には勝てないのだから。
「わかったよ。話す」
降参するように僕は両手を挙げた。