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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第二章 電波少女が首を吊った。そして探偵が現れた。
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監禁幼馴染

 事件は解決した。万々歳だ。これにて一件落着。無事終了。凍解氷釈。

 

 と言うわけにはいかないのだろう。

 僕は誘拐され、そして監禁されていた。

 

 なんだか既視感があると思えば、当然のことだった。今の状況は、僕が遠野さんに行った仕打ちと全く同じなのだから。しかも場所まで同じと来たものだ。


 こうして改めて当事者になってみてわかるが、本当に酷いことをしたものだ。よく遠野さんは、冷静でいられたものだと感心してしまう。まあ、その冷静さを作っていた大部分は、僕が犯人だったと予想出来ていたからなのだろうが。


 で、だ。僕を誘拐し、監禁した相手が誰なのかと言えば、コマちゃんだ。今も仁王立ちで僕の前に聳え立ち、その表情は無の境地そのものだった。

 

 一体なぜこんな状況に至っているのか。正直な所、心当たりはあったが、ここまでされることかは甚だ疑問ではあった。

 

 昨日、コマちゃんは由宇ちゃんが犯人だとの結論に至った。が、そこで僕の意識は途切れた。由宇ちゃんが犯人だとの言葉を聞いた直後に、コマちゃんによって僕は気絶させられたのだ。そして次に目覚めたのは陽が上り始めた頃。しかしまたしても気絶させられ、今が三度目の目覚めだった。つまり僕は二度も気絶させられたことになるわけだ。


 窓の外へ視線を向ければ、既に陽が沈み始めていた。夕暮れ時というやつだ。僕は約半日も寝ていた、いや、眠らされていたことになる。


 首の痛みから察するに、おそらくはスタンガンを当てられたのだろう。ひどいものだ。これじゃあ、誘拐ではなく拉致だ。手足も縛られているし、テロリストに遭遇したような気分だった。


「……いくら温厚な僕でも、この扱いには不満を口にしちゃうよ」


 僕は手足を動かそうとするが、ガチャガチャと鎖がぶつかり合うだけだった。おまけに無理やり付けたせいか、手首からは血が出ていた。どうやらコマちゃんは僕を逃がすつもりはないようだ。


「あなたは温厚なんじゃなくて、無感情なだけでしょ」

「ひどいな。僕だって恋人が死んじゃう恋愛映画を観て、温かい涙を流すんだよ」

「そういうことをさらっと恥ずかし気も照れもなく言えるところが、無感情なのよ」

「じゃあ、無感情な僕が感情を取り戻す前に、鎖を解いてくれないかな?」

「嫌よ」

「……このままじゃ、僕が一生の汚点を残すことになるんだけど。具体的に言うと、漏れそうです」

「漏らせばいいじゃない」

「あのね、一応僕も花の女子高生なわけでね……花だけにお花を摘みたいんですよ」

「拷問されないだけ、今の状況に感謝しなさい」

「……拷問されるほどのことをした覚えがないのだけど」

「私を利用したわ」

「……僕がコマちゃんを利用するわけないじゃないか」


 僕は悲しむように目を伏せるが、コマちゃんには通用しなかった。氷点下マイナスの視線が僕へ降り注ぐ。おかげで尿意が引っ込んでしまった。


「幼馴染を疑うなんて泥棒の始まりだよ」

「それなら泥棒らしく、あなたの爪でも盗んであげましょうか?」


 目がマジだった。次に失言すれば、本気でコマちゃんは僕の爪を剥がす、そんな迫力があった。


「僕がコマちゃんをどうやって利用したんだよ」

「事件に関してよ」

「事件? 事件は解決したんじゃないの?」

「ええ。解決したわ。今頃警察も胸をなでおろしているでしょうね」

「それなら一安心だね。うん。良かった、良かった」

「良くないわよ。確かに事件は解決したわ。でも、それはあくまでも表向き。あなたの望んだ形で、事件が解決させられたにすぎないわ」

「僕が一体何を望んだって言うんだよ?」

「それを聞くために、この場を用意したのよ」

「確信がないのに、こんなことをしたの?」

「確信ならあるわ。探偵としての勘っていう、確信がね」


 勘。コマちゃんが普段絶対に使わない言葉だ。なぜならそれは、探偵からは最も遠い言葉だから。でも、だからこそコマちゃんが真剣であることがわかった。


 だから僕も少しだけ真剣に答えることにした。


「仮にだ。仮に僕が何かを望んだとしよう。それを素直に話すと思う?」

「素直に話すまで痛めつけるわ」

「そんなこと出来ないくせに」

「私が幼馴染相手だからって怯むように見えるのかしら?」

「見えないね。全く見えないよ。だけど、コマちゃんが暴力を振るうのは殺人鬼限定だろ。そして残念ながら僕は人をこの手で殺したことはない。それなのに僕を痛めつけるんだって言うなら、そうすればいいんじゃない。もっともその時点で、コマちゃんはただの殺人鬼になるけどね」


 コマちゃんは苦々しそうに顔を歪める。コマちゃんが僕を知っているように、僕だってコマちゃんのことを知っている。それこそ本人以上に。

「……それならあなたの過去をばらすわよ」

「いいけど、そんなことをしたらコマちゃんの方が困るんじゃないの?」


 コマちゃんは言葉を探すように、口を開いては閉じを繰り返す。しかし一向に言葉は発せられず、冷たい空気だけが漏れるだけだ。


「探偵としてではなく……」


 やっと発せられた言葉はそれだけだった。出かかった言葉を呑み込むように、コマちゃんは息を呑んだ。そして逡巡を繰り返す。まるで犯人が自白をするために心の準備を整えているようだった。


 その間、僕はただじっと黙っていた。コマちゃんの言葉の続きがわかっていたし、その言葉がぶつけられた瞬間に、僕はどうしようもないと悟っていたからだ。だからこそ告解を聞く神父のように僕はただ待っていた。


 やがてどれぐらいたっただろうか。コマちゃんの言葉が空気を揺らした。


「……かつてここに監禁された幼馴染として教えてくれないかしら」


 風に吹き飛ばされそうなほどに、弱弱しい声だった。だけど、それ以上に強い意味を持った言葉だった。僕にとっても、そしてコマちゃんにとっても。


 だってそれは僕らをつなぐ唯一の過去であり、コマちゃんの消し去りたい過去なのだから。本人が傷口を見せてきているのに、それから目を逸らすには、僕はあまりにも弱すぎるのだ。


「卑怯だね」


 本当に卑怯だ。それを出されれば、僕が折れるって知っているのだから。

 でも、仕方ないのだろう。だって僕はいつだってコマちゃんには勝てない。どんなに戯言を口にしても、嘘を口にしても、結局探偵には勝てないのだから。


「わかったよ。話す」


 降参するように僕は両手を挙げた。



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