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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第二章 電波少女が首を吊った。そして探偵が現れた。
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探偵の復活

 神獅子真は探偵で殺人鬼だ。

 探偵で殺人鬼。一見矛盾する存在に思える。


 だが、コマちゃんの中では違うようだ。

 なんでもこの世界はバランスが全てなのだとか。

 誰かの奇跡は、誰かの不幸でしか補えないように、誰かの救いは、誰かの死でしか補えない。

 そして補うべき死は、必ずしも優しくはない。

 どんなに善行を積んでいようが、清く正しく生きていようが訪れてしまう。

 

 だからこそコマちゃんは選定するのだ。

 与えられるべき救いを正しく与え、正しく与えられない死を、正しい形でこの世界に刻み込むために。

 

 正直僕みたいな一般人には理解できない思想だ。死は平等に訪れるからこそ意味があり、正しく与えられたら、それはもう死ではないだろうに。

 

 だけど、コマちゃんは本気で自分のその思想が正しいと信じている。一片の迷いもなく探偵として人を救い、殺人鬼として人を殺しているのだ。いや、彼女からすれば探偵であることは同時に殺人鬼でもあることなのだろう。


 そしてそれこそが、コマちゃんが探偵に戻るために必要な儀式であった。


「コマちゃん」


 僕はいつものように、抑揚のない声で呼びかける。が、コマちゃんから返事が返ってくることはなかった。それどころか一瞥することすらもしてくれない。僕なんか視界に入っていないのか、あるいは、彼女が探偵に戻る過程において僕は不必要なのかもしれない。

 

 コマちゃんが意識を取り戻すまで、僕は黙っていることにした。

 

 改めて室内へ目を向ける。

 題名をつけるなら『惨状』だろうか。

 それほどまでに酷いありさまだった。

 尊厳と共に原型を失った遺体。壁を染める真っ赤な血痕。床に落ちる臓物。鼻が取れそうなほどの異臭。人の世とは思えないほどに、現実離れしている光景だった。そしてその傍で座り込むコマちゃんもまた現実離れをしている。口紅に噛り付いたかのように、顔全体が真っ赤に色づき、自慢の黒髪は彼岸花のように染められてしまっている。美しい肢体も、血に犯され気高さを失い、神獅子真を構成する全てが奪われてしまっていた。それなのに、そのはずなのに、コマちゃんは美しかった。言語を超えた美が、そこにはあった。きっと僕はこれ以上の芸術作品に出合えないだろうと、思わされるほどに美しい。

 

 それからどれくらい見惚れてしまっていたのだろうか。気づけば、コマちゃんの瞳に僕が映り込んでいた。


「この人は?」


  僕は早口で訊いた。するとコマちゃんは、ゆっくりとした口調で、だけど聞き取りずらいノイズ混じりの声で答えた。


「小学生を殺してたやつよ」

 

 予想は出来ていた。コマちゃんが殺したのだから凶悪犯だろうとは思っていたが、想像以上だった。既に六人もの小学生を殺した殺人鬼だ。コマちゃんからすれば、殺しても殺したりないほどのクズというわけだ。


「……この街にいたの?」

 

 僕の記憶では事件は隣町で起きていたはずだが。


「もしかしたら必要になるかもしれないと思って、誘拐して、ここに監禁してたのよ」


 どうやら僕らは同じようだ。


「大丈夫?」


 自分の言葉に思わず失笑してしまう。だってこの場には、『大丈夫』と言葉をかけるべき相手はいないのだから。死人は、大丈夫でないから死人なのだし、コマちゃんは殺人鬼なのだから。でも、それでも、ここでその言葉を用いたのは、僕にとってそれが必要であったからだ。


「ええ。おかげで頭は整理できたわ」


 コマちゃんは皮肉げに笑いながら自分の頭を人差し指でトントンと小突いた。表情は晴れやかではないが、昨日よりはましなものだった。


「それは良かったね」


 僕は本心ではない言葉を口にする。


「良くないわよ。余計にイライラが増して……もっと殺したくなったわ」

「それならそうすればいんじゃない」


 無責任な言葉だ。コマちゃんの場合、殺すのは殺人鬼限定だし、殺人鬼は殺される覚悟があることを前提にしている言葉なのだから。僕の感情や意志は何一つない。ただの空の言葉だ。


「それは駄目よ。バランスが取れなくなる」


 コマちゃんは立ち上がり、ついていた血をハンカチで拭う。猟奇的な仕草なのに、絵になっていた。まるで恵まれない子供たちと遊んだ後の貴族のようだった。


「まあいいわ。犯人はわかったのだし」

「犯人?」

「なによ? 犯人がわかったらダメなの? 私みたいに推理を間違えた探偵は、やり直す機会はないって言いたいの? 無能は黙ってろって言いたいの? 馬鹿は推理するなって言うの?」

「いや、そうじゃないけど……」


 コマちゃんの目は完全に瞳孔がガン開きだった。そんな目で見られた僕は、後ろに下がりながら愛想笑いを浮かべる。


「どうせ『こいつ普段偉そうなのに、肝心のところで役に立たないな』とか『容姿だけしか取り柄のないアホ』だとか『なんちゃって探偵』だとか『見た目は大人なのに、頭脳は子供』だとか……思ってるんでしょ!」


 思えば、昔はこんなことしょっちゅうあった。普段は自信満々なくせに、一度躓くとすぐに弱気になるところがコマちゃんにはあった。特に刺激的で無感動だったあの一年間においては、一週間に一度は、弱気なコマちゃんが顔を出していた。そしてそんな時には、決まって僕が機嫌を取るのが常だったのだ。


「思ってないよ。コマちゃんは最高なんだから」

「どう最高なのよ?」

「えっとね……」


 思い浮かばない。普段人に興味を持たない弊害がこんなところで出るなんて。


「……やっぱり私のこと駄目って思ってるじゃない」

「思ってないって」

「じゃあ、どこが最高か言いなさいよ」

「全部だよ。コマちゃんの全部が最高」

「具体的に」


 めんどくさい。立ち直ったんじゃなかったのかよ。っていうか、人殺した直後で落ち込むとか情緒どうなってるんだ。あと、ずっと目がガン開きだし、僕をじっと見てくるから怖すぎる。


 まあ、僕にも責任の一端は、というよりも大部分があるのだし、立ち直ってもらわなきゃ困るので適当に言葉を弄するとするかな。


「足が長いところ、髪が綺麗なところ、スタイルがいいところ、顔が小さいところ、目が大きくて切れ長なところ、色素が薄いところ、鼻が高いところ、唇が薄いところ、胸が小さいところ、よくパンツを見せてくれるところ、鈍くさいところ、泣き虫なところが最高だね」


 僕にしては珍しく笑顔を浮かべる。が、コマちゃんは納得いかないようだ。


「ほとんど外見じゃない! あと、後半は褒めてないでしょ!」

「……僕にとっては、誉め言葉なんだけどね」

「全然誉め言葉になってないわよ……」

「じゃあ、あれだよ。頭がいいところ、記憶力が良いところ、博識なところ」

「……本心に感じられないわ」

「僕は意味のない嘘をつかない人間だよ。今コマちゃんをほめても、意味なんてないだろ?」

「まあ、それもそうね」

「信じてくれた?」


 コマちゃんはこくりと頷いた。どうやらやっといつものコマちゃんに戻ってくれたらしい。


「それなら話を戻すけど、東恭平は殺されたんだよね? それとも自殺なの?」

「いいえ。東恭平は殺されたわ」

「だとしたら犯人候補がいなくなっちゃうけど……オカルト研究部以外の人間が犯人ってこと?」

「そうじゃないのよ。私たちはそもそもの出発点が違っていた」

「出発点?」


 割れた窓から光が差し込む。月の光だ。月の光は、コマちゃんだけを照らした。


「久美静香由宇は被害者ではなく、犯人なのよ」


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