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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第二章 電波少女が首を吊った。そして探偵が現れた。
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事件は一転する

 オカルト部の部室を出ると、屋上へ向かった。屋上こそが、間宮祐樹が亡くなった現場だからだ。


 屋上は、当然鍵がかかっていた。ただ元々の予定になかったため、あらかじめ鍵を盗むわけにはいかず、仕方なしに僕の特技であるピッキングを使う羽目になってしまった。これでは本当に不法侵入だ。

 

 鍵を開け、屋上へ一歩踏み出した。途端に冷たい風が肌を撫でる。

 こうして屋上に来るのは初めてのことだった。下からは何度も見上げたことがあるが、実際に訪れるとまた違った印象を受ける。広さは教室よりも少し小さいぐらいだろう。その空間が緑色のフェンスで囲まれており、牢獄の中にいるように感じる。

 

 少し歩き、フェンスまで進む。フェンス越しに見下ろすと、この街には勿体ないほどの絶景が広がっていた。百万ドルとまではいかなくとも、八十万ドルは上げてもいいかもしれない。見慣れた街が、一変していた。街灯も屋根も田んぼも美しく見える。なんだが大きな蝶が鱗粉を巻きちらしたみたいだった。

 

 こんな時でなければ、その景色に陶酔して、酔っぱらいたい気分だ。


「ここから落ちたってことでいいのよね?」

 

 コマちゃんは趣を慈しむ日本人の心がないのだろう。景色には目もくれずに、フェンスを指さした。


「そうだよ」

 

 間宮祐樹は、この屋上から落下して亡くなったのだ。最後にこんな景色を見ながら落ちることが出来たなら、幸せだったんじゃないかなと思いを馳せようとしたが、そう言えば間宮祐樹は夕がたに落ちたため、この景色を見れていないのだ。


「フェンスがあるのに?」

「当時はこんなにしっかりしたフェンスもなかったんだよ。それと鍵の管理も杜撰だったそうだよ」

 

 事件後にフェンスも鍵も一新されたのだ。だから事件当時は、誰でも入り放題だった。


「よく放置されてたわね」

「まあ、屋上に行く理由がないからね」

 

 よくアニメなどで生徒が屋上にいる画写があるが、現実ではまず見ない光景だ。屋上なんて冬は寒いし、夏は暑いでいられたものではないのだから。

 

 コマちゃんは訝しむようにフェンスへ視線を向けると、気になることがあるのか首を傾げた。そしてフェンスへ登り始める。普段は出不精の引きこもりの癖に、こんな時だけは行動的になるから困ったものだ。僕は嘆息すると、同じようにフェンスを上り、屋上の縁へ立つ。いつもよりも死に近づいたような気分になった。


「間宮祐樹は、本当に事故死なのかしら?」

 

 ポツリとコマちゃんが呟いた。コマちゃんは、死に近づいてもいつも通りだった。いや、いつも以上にいきいきしているように見える。それはきっとコマちゃんの本質が、こちら側だからなのだろう。


「どういうこと?」

 

 間宮祐樹の事件について、僕はコマちゃんに知る限りの情報は話した。

 昨年の冬に、間宮祐樹が屋上から飛び降りたこと。

 警察が事故死だと判断したことなど。

 ただコマちゃんの口ぶりからするに、何か気になることがあるようだ。


「なぜ間宮祐樹は、屋上なんかにいたのかしら? それに事件当時は、壊れていたとはいえフェンスがあったのよね? 間宮祐樹がフェンスを飛び越えた理由は何?」

「前者に関しては、当時から間宮祐樹は頻繁に屋上を訪れていたそうだよ。目撃者も多数確認されている。なんでも世界と対話するには屋上が最も適していたんだって」

「は? 世界と対話? 馬鹿にしてるの?」

「僕に怒らないでよ。言っただろ。オカルト研究部は、そう言う色物が多いって。例に漏れず間宮祐樹もそうだったってことだよ」

 

 コマちゃんは頭を抑える。論理を尊ぶコマちゃんからすれば、オカルト研究部は理解できないのだろう。


「で、後者の方だけど、理由は判明してないんだ。警察もなぜ間宮祐樹がフェンスを飛び越えたかわかっていない」

「それなら自殺の可能性の方が高いんじゃないかしら?」

「そうだね。警察も初めは自殺の線で捜査したみたいだよ。でも、なかったんだよ」

「なかった?」

「間宮祐樹には、自殺する理由がなかった。多少電波な所はあったけど、友人は多かったし、恋人もいた。勉強も学年トップクラスで、先生たちからの評判も悪くない。学校生活は順風満帆そのもの。家庭環境も、一応は幼いころに両親の離婚や再婚、死別を経験してたみたいだけど、それだって昔のことだ。以降の家庭環境は理想的なものだったそうだよ。それに遺書も残されていなかったしね。だから間宮祐樹が、自殺する理由はなかったって警察は判断したのさ」

 

 そこまで一息で話した後、僕は息を吸い思い出したように言った。


「ああ、でも、唯一自殺を訴えていた人間がいたっけ」

 

 コマちゃんは先を促すように視線を向けてくる。僕はそれに答えるようにゆっくりとした口調で告げた。


「由宇ちゃんだよ。久美静香由宇だけが、間宮祐樹の自殺をずっと訴えていた」

「……何かそう考える理由があったのかしら?」

「いや、そこまでは知らないよ。由宇ちゃんは話そうとしなかったし、僕自身も興味なかったからね。でも、由宇ちゃんが間宮祐樹の自殺を訴えていたのは確かだ」

思えば、由宇ちゃんがノストラダムスに傾倒し始めたのもその頃だった。

「次から次へと厄介な情報が出てくるわね」

 

 コマちゃんはため息をつくと、ブツブツと独り言をつぶやき始める。今までの情報を元にもう一度推理を組み立てようとしているのだろう。

 

 僕は邪魔をしないように存在感を消そうとするが、隣から聞こえる念仏のような言葉の羅列に頭が痛くなりそうになり、視線を前へと向ける。


 美しい町並みが広がっていた。先ほどまでと変わらない。それなのに、そのはずなのに、僕は違う印象を受けていた。美しさがどこか滑稽に見えてしまう。いくら外側を着飾った所で、本質が汚いことを深いところで理解してしまう。蛆虫がどんなに取り繕っても蝶になれないように、この街もどんなにライトアップしてもその本質は変わることがないのだろう。そしてそんな風に思えてしまうのは、きっと見る角度が変わったからだ。フェンスで守られた安全圏で見ていた時よりも、命の危機に晒されながら眺めている今の方がより深くこの街と繋がっているのだから。


 間宮祐樹はどう思ったのだろうか。

 世界の縮図のようなこの場所に立って。

 世界との対話は出来たのだろうか。

 それとも、そんなことに意味がないことに気づいてしまったのだろうか。

 いや、きっとどちらでもないのだろう。

 

 僕は導かれるように視線を下へ向ける。そこは美しい町並みなどなく、ただ薄暗い闇が広がっているだけだった。そんな景色を眺めながら僕は想像する。間宮祐樹は重力に従い落ちていく。ただただ無常に無意味に落ちていく。そして最後に、それでも空を拝められたのだろう。普段とは違う逆さの世界に広がる正しい夕暮れを。迫る死の中で、果たしてそれはどんな意味や意義があったのか。僕にはわからない。想像しようがない。でも、それでも一つだけわかるのは、間宮祐樹に待っているのは、ありふれた無だという事だけだ。

 

 死んだところで、人がどうなることもない。

 世界と対話なんてできない。

 逆さの正しい世界を見ても、正しさを理解できない。

 だって死んでも人は人なのだから。

 きっと何も変わらない。


「なるほど。この事件の真相が何となく見えてきたわ」

 

 そんな風に黄昏ていた僕の自意識を引き戻したのは、探偵の探偵らしいキメ台詞だった。


「なにかわかったの?」

 

 僕もお決まりのセリフを口にする。


「ええ。と言っても、大枠は今までの推理とは変わらないけど」

 

 コマちゃんはそう前置きをしながらも、得意げな表情で推理を披露する。


「全ての始まりは、間宮祐樹の死よ。間宮祐樹の死によって、一連の殺人事件は起きた」

「いや、それはおかしいよ。だって間宮祐樹は、半年前に亡くなっているんだから」

 

 僕は思わず口を挟む。コマちゃんがギロりと睨みをきかせてくる。


「まあ、黙って聞きなさいよ。間宮祐樹は事故死ではなく自殺」

 

 言いたいことがあったが、口を挟むのを僕は我慢する。


「自殺の原因は、オカルト部員たちによるいじめよ。べつにない話ではないでしょ? ただでさえ閉鎖的な学校において、部活はそれ以上に気密性が高く閉鎖的なのだから。部室内で起きていることは、部員のみにしか知りえないし、被害者が死ねばいくらでも隠蔽は可能よ。久美静香由宇だけが頑なに自殺を訴えていたのが、その証拠ね。だからむしろ不可解な事故死よりもよほど現実的に思えるわ」

「でも、それと今回の事件がどう関係あるのさ?」

 

 僕は思わず口を挟んでしまう。直後に失言に気づき口を抑えるが、どうやらコマちゃんの機嫌は良いようでお許しがもらえる。


「これもあくまでも推測だけど、三人の中で何かしらのトラブルが起きたんじゃないかしら? 例えば、三人のうちの一人が罪に耐えられなくなりいじめを自白しようとしていたとか。そしてそれを許せない東恭平は、秘密を守るために、それを知りえる人間を殺した」

「それなら、由宇ちゃんを殺す必要はなかったんじゃないの?」

「そうね。久美静香由宇は、真相を知っていても言わなかった。自殺を訴えるだけでいじめの件は黙っていた。バラしてしまえば恋人の不利益になってしまうのだから。でも、それはその時だけかもしれない。もしかしたらこの先、久美静香由宇は、井原拓たちのように罪に耐えられなくなってしまうかもしれない。だからそうなる前に、殺した。……もしかしたら、久美静香由宇は、あの日あなたにそのことを伝えようとしていたのかもしれないわね」

 

 あくまでも全部推測だ。証拠などない。でも、それが探偵の役目なのだろう。提示された情報からストーリーを作り、想像で保管をしていく。証拠など二の次で、自分の推理に陶酔していき、事件の真相を暴き、解決する。それ以降の面倒な作業は警察の役目というわけだ。

 

 今回もきっと、そうなるのだろう。コマちゃんの推理は論理性がある。今ある情報ではそれが最適解のように誰もが思うのだから。


「それと呪いについてだけど、あれは東恭平が犯行を隠すためについた嘘よ。呪いのせいにして、ターゲットを油断させるためのね」


 それもコマちゃんの、当初想定していた通りというわけだ。呪いの結果不幸が起きるのではなく、不幸な結果を呪いヘと擦り付ける。その呪いが今、コマちゃんの推理によって解かれたという事だ。


「コマちゃんの推理は理解できたよ。でもさ、そんなに簡単に人を殺すかな?」

「殺すわよ。人は人を簡単に殺す。特に一人殺した人間は、息をするように殺すの。なぜなら殺すことが人生の選択肢に入ってしまうから」


 コマちゃんが言うと、説得力が違った。

 これで事件解決。万々歳。かと思われたが、水を差すように、コマちゃんのスマホが着信を告げる。コマちゃんは不機嫌そうに眉を顰め、着信相手を確認してから電話に出た。


 初めは穏やかなやり取りが交わされていた。しかし言葉を交わすにつれてコマちゃんの表情は、険しくなっていった。ただそれでも外面は良いコマちゃんは、声色だけは人すきのいい人間を演じていたが、それも時間が経つにつれてはがれていき、電話を切る頃には、不機嫌さが若干混じっていた。


「どうしたの?」


 僕が訊くと、コマちゃんは舌打ちをしてから答えた。


「東恭平が見つかったそうよ」

「良かったじゃん」

「良くないわよ」

 

 コマちゃんは、力を失ったように座り込む。


「だって全身の血が抜かれた首無しの遺体で、発見されたのだから」


 コマちゃんのスマホは、地面へ落ちていった。


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