探偵の罪
得意げに推理を披露できたことに満足したのか、コマちゃんは、その後も爛々気分で斐川神社を調べ続けた。傍から見れば大人びた容姿の黒髪美人が、子供のようにスキップしながら事件現場を闊歩しているのだから、ホラーでしかない。
その間、僕はと言えば、ただじっとしていただけだ。もちろん手伝おうとはしたよ。でも、僕という人間は、どこまでいっても個人主義なのか、手伝うという行為にはとことん向いてないようで、戦力外通告を受けてしまい、あえなく狐像と化した。
それにしても夜の神社は、どこかふわふわとしている。紗幕越しに世界を見ているように、視界が定まらない。粘土の上を歩いているような気分になる。たぶんそれは、神社と世界がズレているからなのだろう。陽が出ている間は人の世、陽が沈めば化け物の世。昔からの言い伝えだ。それに従えば、今は化け物の世になる。それなのに、今僕は上手く馴染めずにいた。それもこれも神社が陽が出ていようが出てなかろうが、ずっと変わらないからだろう。
そしてそれこそが、僕をふわふわした気分にさせる原因に違いない。
尤も、そんな自意識がはみ出したような持論はコマちゃんには関係ないが。
コマちゃんは絶えず動き続けている。体も頭もずっと動いている。よくそんな風に生きられるなと感心してしまうが、それはコマちゃんが人間である前に探偵だからなのだろう。だからこそ、こんな場所でも自然でいられるのだ。
そしてそんな姿は、正しく生きる人間にとってヒーローに見えてしまうのだろう。
どんな難事件にも立ち向かい、苦悩し、時に傷つき、命を曝し、それでも諦めずに解決へと導く。畏敬の念を集めてしまうのも理解できる。
でも、僕から言わせれば、そんなのは探偵を免罪符にしているにすぎない。
確かに事件に立ち向かっている姿は立派だ。救われる人間がいるのだから、それは否定できない。
だけど、探偵という言葉をなくしてしまえば、そこにあるのはただ空気の読めない無礼者という烙印だ。死者が隠したかった秘密を、犯人が隠したかった秘密を、遺族が隠したかった秘密を、彼らは探偵を口実に暴くのだから。
今回だってそうだ。
由宇ちゃんは、恋人の存在を隠していた。そこにどんな意図があったにせよ、隠さなければならない理由があったのだ。それなのに、今回コマちゃんはそれを暴こうとしている。事件を解決へと導くためという、ただそれだけの理由で。
そしてそれをきっと世間は責めないはずだ。
事件が解決したんだから良いじゃないか。
探偵のおかげで救われた。
そんな風に喜ぶ。
そこに死者の意思や想いは何一つない。
あるのは、探偵とそれに付随した引き立てるための事件。
それだけ。
だから僕は探偵が嫌いなのだ。
「帰るわよ」
そんな風に考えていた僕に、コマちゃんが声をかけてくる。
どうやら調べ物は終わったようだ。
コマちゃんは、興味を失ったのか、そそくさと階段を下りていく。
僕もその後に続こうとするが、季節外れの風に吹かれて振り返った。
振り返った先には、厳かな拝殿が立っている。遠目からでもわかるほどに錆びている。もう何年も願われていないのだろう。
思えば僕は斐川神社で願い事をしたことがなかったな。
願いなんて、願った時点で叶わない、そんな捻くれた考えに脳が侵食されていたからだ。
でも、今日はいい機会なのかもしれない。
どうせ叶おうが叶わなかろうが、僕には関係ないのだから。
僕は心の中で軽く会釈をし、鈴を鳴らして二拍一礼を行い、小さな声で呟いた。
由宇ちゃんの願いが叶いますように、と。