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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第二章 電波少女が首を吊った。そして探偵が現れた。
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オカルト研究部

 それからしばらく歩くと、目的の斐川神社へ到着した。

 

 斐川神社は由宇ちゃんが死んだ日と同じだった。薄暗くて、人気がなくて、不気味で、今にも崩れ落ちそうなほどに儚い。つまり由宇ちゃんの死は、斐川神社にとって何一つ影響のない出来事だったというわけだ。ひどい話だね。人間だって自分の住処で人が死んだら多少の影響は受けるのに、神様というやつは何も思うことはないようだ。っとまあ、神様の存在を肯定も否定もしていないなりにセンチメンタルな気分を作ってみようと試みたが、どうやら僕には悲観に暮れるようなポジティブな感情はないようだ。


「……薄気味悪い場所ね」


 コマちゃんが吐き気を堪えるかのような表情で呟いた。

 神様が見たら激怒しかねない反応だが、まあ無理もないだろう。

 斐川神社はそう言う場所なのだから。この街の外れにあって、この街の一番高い場所にあって、この街の一番暗い場所にある。そんな場所だ。しかもただでさえアクセスが最悪なのに、そのうえで目の前に聳える二十段以上もある急勾配な階段のおまけつき。運動音痴のコマちゃんにとっては地獄に感じるはずだ。

 

 案の定コマちゃんは、よぼよぼな老人のような足取りで階段を上り、頂上に着くころには生まれたての小鹿のように足腰を震わせ、フルマラソンでも走ったかのように息を切らしていた。


「普段から運動はしたほうが良いよ」

 

 僕は母親のような小言を口にする。


「うるさいわね。探偵に運動は必要ないのよ。それよりも久美静香由宇が首を吊っていたのは、ここで良いのよね?」

 

 コマちゃんが指さす方へ視線を向ける。その先には木の枝先があった。人一人吊るしても折れないほどに太く頑丈な枝だ。

 

 この斐川神社は森の中にある。そのため階段から境内に至るまで両脇には木々が連なっている。神社の周りに木を植えたというよりかは、森の中に神社を作ったという言葉が適切だろう。それほどまでに自然あふれる場所だ。

 

 そして由宇ちゃんが首を吊っていたのは、階段を上った直後にある木の枝先で、高さは四ーメートルほどだ。


「そうだよ。この木で首を吊っていたんだ」

 

 僕が頷くと、コマちゃんはその木に近づき、枝先を掴もうとジャンプをした。当然届くはずもないのだが、コマちゃんは何度もそれを繰り返し、四度目のジャンプの時に転んだ。それはもう盛大に、かと言って派手さはない絶妙な転び方だ。例えるなら歩けない赤ん坊が、コロンとゆっくり転がるように、コマちゃんは地面に背中をつけた。


「ぷっ」

 

 そのあまりの哀れな体勢に僕は思わず笑ってしまう。だって仕方ないだろ。普段偉そうにしている奴が、出来の悪い人形みたいに転がっているんだから。誰だって笑うよ。

まあ、その結果言うまでもなく殴られたけどね。それもグーで。自業自得なので甘んじて受け入れるけど。


「おかしいわね」

 

 しばらく枝やその周囲を観察していたコマちゃんは、難しそうな顔で呟いた。


「好みは人それぞれだから気にする必要はないと思うけど、クマさんパンツはやめたほうが良いんじゃない?」

「そんなパンツはいてないわよ!」

「ああ、シミがついていたことの方? 大丈夫。こう見えて僕は口が堅いんだ。誰にも言わないよ」

「……友人と同じ場所で死にたいなんて、あなたも随分と人間らしくなったのね」

 

 そう言ったコマちゃんの目は、殺人鬼のそれだった。僕が重要参考人でなければ、本当に殺されていたかもしれないと思わせるほどに殺気で満ち満ちている。尤もコマちゃんの場合、冗談ではないのだろうし、それがわかっているなら怒らせるようなことを言うべきではないのだろうが、僕の悪戯心は僕以上に勇敢で愛に満ちているため制御できそうにないのだ。


 僕は誠心誠意、世間で言うところの土下座をすることで何とか許してもらえた。もちろん頭を踏んでもらうというオプションはついていたけど。


「そうじゃなくて」

 

 コマちゃんはいらいらしたように髪をかき上げながら言った。


「ここじゃ、自殺は出来ないのよ」

「……どういうこと?」

「そういうことよ」

「いや、どういうことだよ」

「そういうことなのよ」

 

 コマちゃんは説明する気がないようだ。まあ、振りなんだろうけど。本当は聞いてほしくて仕方ないのが見え見えだ。僕をチラチラと見ているのがその証拠だ。こういう時は『教えてください』と言えば、気持ちよくコマちゃんは語るのだが、僕にもプライドというものはあるので、コマちゃんが自らの意思で語り始めるのを待つことにした。

 

 すると案の定、コマちゃんから話を振ってきた。


「本当に分からないの?」

 

 どうせ話すのだから、最初から素直になればいいものを。まあ、それが出来ないのがコマちゃんなのだが。天邪鬼な所は、昔っから変わっていない。


「わからないよ。僕には何もわからない。何でも知らないし、知っていることも知らない。僕はそう言う人間だ」

「それはただ現実から目を逸らしているダメ人間よ」

 

 呆れたようにため息を吐きながら、コマちゃんは視線を枝へ向けた。


「久美静香由宇が枝先にロープをひっかけ、首を吊って死んでいた。じゃあ、その久美静香由宇は、どうやって縄を首にかけたのかしら?」

「そんなの枝先に結んだ縄を垂らして、それを首にかけたんだろ」

「どうやって? 私がジャンプしても届かないところに枝先はあったのよ」

「長い縄を使えば可能だろ。べつに枝先に届かなくても、縄に届けばいいんだから」

「第一発見者のあなたが、見上げるほどに高いところに久美静香由宇の死体はあったのでしょ? そんな高いところの縄に、どうやって首をつるすのよ?」

 

 由宇ちゃん一人では首を吊れない状況だった。コマちゃんが言いたいのはつまるところそう言うことなのだろう。


「……他の誰かが首を吊るしたってこと?」

「あるいは、何者かが首をつるすために使った台を持ち去ったか」

 

 コマちゃんは意味ありげな視線を僕へ向けてくる。そしてその視線のまま続けた。


「いくつか質問していいかしら?」

 

 それは拒否を許さないような口調だった。逆らっても良いことはなさそうなので、僕は素直に頷いた。


「久美静香由宇の死亡推定時刻は二十一時から二十二時。その時間、あなたは何をしていたのかしら?」

 

 なんだか再び事情聴取を受けているようだ。


「二十一時三十分過ぎまでは、普通に家にいたよ。で、それから斐川神社へ向かって、死体を発見した。……っていうか、僕が何かしたと思ってるわけ? 言っておくけど、僕は何もできないからね。警察にも説明した通り、僕は第一発見者ではあるけど、僕だけが第一発見者ではない。あの時、あの場には僕だけじゃなくて警官だっていたことはコマちゃんも知っているはずだろ」

「ええ、知っているわ。補導されそうになって逃げたのよね?」

「そうだよ。まあ、逃げたことは悪いことだけど、でも、だからこそ僕が何もしていない、いや、出来ないことはわかるだろ。だってその場に警官がいたんだから。君の言っていた台を持ち去ることは、僕じゃ不可能だよ」

 

 そう、僕はあの日、そのまま警察署へ連れて行かれたのだ。コマちゃんの言う台がもしあったとして、それを持ち去ることは不可能。


「わかってるわよ。私が気になっているのは、時間の方。どうしてそんな時間にあなたは氷川神社へ向かったの? どう考えてもお参りするには不適切な時間よね」

「下校の時に由宇ちゃんに言われたんだよ。二十二時に斐川神社へ来てくれってね」

「その時、周囲に他の人間はいたかしら?」

「いないよ。僕と由宇ちゃんしかいなかった」

「久美静香由宇は何のために、あなたを呼び出したのかしら?」

「さあね。伝えたいことがあるとは言われたけど、内容まではわからないよ」

「じゃあ、よくわからないで呼び出しにあなたは応じたの?」

「それが友達ってものだからね」

「世界で一番信用できないセリフね」

「それは君が世界で一番僕を信用していないからだろ」

「この場所、斐川神社だったかしら? あなたたちは頻繁に訪れていたの?」

「いいや、ほとんどないよ」

 

 僕が由宇ちゃんと一緒にここを訪れたのは、一度だけだ。その時にしたって、示し合わせてきたわけではない。偶々出くわしただけだ。


「久美静香由宇と親しい人間に心当たりは?」

「由宇ちゃんは、積極的に他人と関りを持つ人間じゃなかったから、特段親しい人間はいなかったはずだよ。ただ……」

 

 僕は言いかけた言葉を呑み込む。が、コマちゃんは見逃してくれなかった。


「ただ、何よ?」

「何でもないよ」

「言いなさい。言え。言わなきゃ殺す」

 

 ひどい三段活用だ。


「確証はないけど」

 

 僕は敢えてそう前置きをする。


「恋人はいたみたいだね」

「煮え切らない言い方ね」

「仕方ないだろ。誰も知らないんだから。でも、確かに恋人はいたよ。年上の。由宇ちゃんがそう言っていたし」

「正体不明の年上の恋人……」

 

 コマちゃんは、考えるように俯く。密生した木立が揺れるたびに、葉が擦れる音が響く。僕はただその音に耳を傾けながらじっとするだけだ。しばらくすると、コマちゃんは一つ頷き、顔を上げた。


「現状考えられる可能性は二つね」

 

 可能性とは、由宇ちゃんの死はもちろん、他三件の事件も指しているのだろう。正直、僕は興味がないので、適当に聞き流したいのだが、そうもいかないようだ。先ほど同様にコマちゃんはこちらをチラチラと見てくる。本当に探偵は面倒だ。仕方なしに僕は訊いた。


「二つ?」

「まず一つ目は、自殺。久美静香由宇が自らの意思で首を吊ったという事。ただ可能性としては低いわね。状況的に考えて、一人で首を吊ることは不可能だわ」

 

 コマちゃんは指を二本立てる。


「二つ目は、他殺。何者かが久美静香由宇を殺害した。他殺ならば、首を吊らせることも可能になるし、現場の状況の説明もつくわ。おそらく現状こちらの可能性が高いでしょうね」

「連続殺人の一つってこと?」

「ええ。三人目の犠牲者という事になるわね。そしてその場合、犯人はおのずと絞られるわ」

「……どうしてだよ?」

「久美静香由宇の死因は窒息死。クビについた索状痕やロープなどからも、ここが殺害現場であることは確実。犯人はこの場所で久美静香由宇を殺したことになるわ。そして見ての通り、斐川神社は偶然で訪れるような場所ではない。久美静香由宇と犯人は顔見知りかつ、ある程度の親しい仲であることが予想出来る。でも、あなたの話によると、今日あなたと久美静香由宇が、斐川神社を訪れることを知っていた人間はいない。加えて、久美静香由宇には親しい人間はいなかった」

「何らかの、それこそ由宇ちゃんのストーカーが方法で盗み聞きしていた可能性はあるんじゃないかな? あるいは僕にストーカーがいたのか」

「ないわね」

 

 コマちゃんはにべもなく切り捨てる。


「まず前者の可能性だけど、仮にあなたが犯人の場合、その後に約束をしている相手を、その約束場所で殺すかしら? もちろん犯人が、そう言った思想や癖があるなら別だけど。現場にいないことや自殺に見せかけようとしていることから犯人が捕まりたくないと考えていることは明らか。そんな人物が、わざわざ死体がすぐに発見されるような状況で殺人を犯すはずがないのよ。それに初めから殺すつもりでもない限りロープなんて用意しないでしょ。このことから犯人はあなたと久美静香由宇の約束を知らずに会っていて、予めロープを用意するほどに殺意を抱いていたことになる。つまり盗み聞きの可能性はないのよ」

 

 コマちゃんは一つ息を吐き、続ける。


「で、後者の方だけど、あなたをストーカーするほど奇特で頭がおかしくて気持ち悪くて終わってる人間はいないでしょ」

 

 酷い言い草だが前者よりも納得のいく見解だった。


「話を戻すけど、犯人は久美静香由宇とこの場で会っていた人物の可能性が高い。じゃあ会っていた人物は誰か? ヒントは久美静香由宇の発言にあるわ」

「由宇ちゃんの?」

「『伝えたいことがある』。この言葉から久美静香由宇は、あなたに伝えたいことがあったから呼び出したという事になる。そしてそれは、恋人を紹介することだったのじゃないかしら?」

「さすがに飛躍しすぎじゃないかな」

 

 僕の脳ではコマちゃんの跳躍についていけない。


「常識的に考えて見なさい。久美静香由宇の死亡推定時刻は二十一時から二十二時。その間にあなた以外の人物と会っていたことになる。そしてその人物とも斐川神社で約束していた可能性が高い。あなたとの約束までに一時間はあるけど、普通同じ場所に別々の相手と約束をするかしら? それとも久美静香由宇は、約束を重複するほどに失礼な人間なの?」

「失礼な人間ではあったけど、約束には厳しい人間だったよ」

 

 特に待ち合わせ時間に遅れたりする人間には厳しかった。


「そう言ったことに厳しい人間が、同じ場所で約束をした。この不自然な行動に理由をつけるなら、一つしかないわ。二人の人物と交わした約束は別々ではなく、同じ目的を持っていたという事。そしてそれは、その場に呼び出した人物をあなたに紹介したかったという事よ」

 

 仮に何かしらのトラブルが起きてしまえば、僕がその前に来てしまう可能性はあるし、短時間で終わる用事の場合はそもそも斐川神社へ呼び出す必要もない。その不自然さを解消するのが、二つの別々の約束が一つの約束だったという事も理解はできる。しかしそれが恋人というのがどうにも納得がいかない。

 僕が納得していないことに気づいたのか、コマちゃんは続けて言った。


「もちろんそれだけじゃないわ。久美静香由宇は、恋人の存在を隠していた。ただ私が調べた限り、久美静香由宇の性格は空気が読めない人格破綻者。そんな人間が徹底して恋人の存在を隠すようには思えないし、ましてあなたにまで隠す必要はない。じゃあ、なぜ隠したか? それは久美静香由宇の意思ではなく、恋人の意思だったから。そしてそう考えた場合、犯行動機にも説明がつく。久美静香由宇はあなたに恋人の存在を明かそうとしていた。だけど、それを恋人は許せなかった。だから口封じのために殺したのよ」

「だとしたら、その恋人が僕がここに来ることを知らなかったのは、おかしくないかな? だって由宇ちゃんは僕に恋人を紹介しようとしていたんだから。でも、コマちゃんの推理では、犯人は僕がここに来ることを知らなかったんだろ?」

「別におかしくないわ。久美静香由宇は、あなたに伝えることは告げたけど、斐川神社に呼び出していることは伝えていなかったのよ。あるいは伝える前に殺されたか」


 なるほど。確かにそれなら説明はつく。由宇ちゃんは、僕と何者かを会わせようとしていた。その何者かは、由宇ちゃんの恋人。しかし何らかの手違いによって由宇ちゃんと恋人はもめて、殺害に至った。予め縄を持っていたことには少々の疑念があるが、それも恋人がはなから由宇ちゃんを殺す気でいたと考えればある程度は納得がつく。

 

 うん。実にコマちゃんらしい論理的な推理だ。僕のなんとなくの推理とは大違いだな。


「話をまとめると、久美静香由宇を殺害した犯人は、恋人。つまり恋人の正体がわかれば犯人も判明するという事になるわ」

「その口ぶりからすると、誰が恋人かわかってるみたいだね」

 

 僕が訊くと、コマちゃんは呆れたように肩を竦めた。


「逆に訊くけど、わからないの?」

 

 その視線は出来の悪い生徒を超えて、生まれたての赤ん坊を見るようだった。だからその期待に応えようと僕は『ばぶー』と赤ちゃんの真似をしたのだが、どうやらあまり上手くなかったようだ。

コマちゃんはホラー映画の主演に推薦したいほどの恐怖を顔に刻み付け、ガタガタと震え、吐き気を堪えるかのように口を抑え、その状態のまま早口でまくし立てるように言った。


「ヒントならあるでしょ。久美静香由宇の恋人は、年上だった」

 

 僕はなおも首を傾げる。コマちゃんは呆れ交じりに言葉を紡ぐ。


「久美静香由宇は交友関係が狭い。バイトもしてなければ、委員会にも所属はしていなかった。そんな人間が年上と出会う場所なんて一つしかないでしょ」


 コマちゃんは得意げな表情で言った。


「犯人はオカルト研究部の人間よ」


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