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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第二章 電波少女が首を吊った。そして探偵が現れた。
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探偵登場

 こう見えて僕は自分自身を好き嫌いが少ない生き物だと自称している。

 クラスに嫌いな人間はいるかと聞かれればいないと答えるし、好きな人間がいるかと聞かれれば同様にいないと答える。

 

 まあ、その理由の大半は好きになるにも嫌いになるにも、知る必要があり、僕はそこに行きつくまでの課程にすら辿り着かないという理由が大半なのだが、そのことに関してここで深く語る必要はないだろう。


 ともかく、僕は好き嫌いが極端に少ないわけだ。

 ただ、そんな僕にも明確に、それもこの時代においては半ばタブー扱いともされる職業差別によって嫌いな人物がいた。


 それが探偵だ。僕は探偵がとにかく嫌いだ。どれくらい嫌いかと問われれば、嫌いって言葉の同義語として探偵を用いるぐらいに嫌いだ。


 だって考えても見てくれよ。探偵ってのはとにかく自分勝手なのだ。他人が始めた物語に途中から乱入し、あたかも自分の物語かのように改変をし、しまいには自分が主人公のように物語を終わらせる。改変するだけではなく、物語そのものを乗っ取るのだから、救いようのないほどのクズだ。

しかもあいつらは犯罪者がいなければ存在すら許されない、言い換えれば犯罪者によって存在が許されているくせに、上から目線で講釈を垂れ、裁くと来たものだ。一体何様のつもりなのだろうか。

 

 だから僕は探偵がこの世で一番嫌いなのだ。

 そして今僕の目の前に座っているドSを絵に書いたような黒髪の女こそ、僕の嫌いな探偵そのものだった。


「死んでなかったんだ?」


 僕は改めてコマちゃんに挨拶を行う。コマとは神獅子真(かみししまこと)のことだ。意味は特にないが、コマと呼ぶと彼女が嫌そうにするので、敢えて呼んでいる。それと軽口を叩いているように見せているが、僕の言葉は百パーセント本音だ。一週間に一度はコマちゃんの死を願うほどには、嫌っている。が、こうして部屋に上げるほどには好感度もある。なんとも不思議な相手だ。


「……あなたはみたいな、ゲロクソションベンタレキモくそ野郎が生きているのに、なぜ私が死ななければならないのですか?」

 

 相変わらずの口の悪さだった。これが世間では深窓の令嬢だ、言われているのだから、世も末だ。


「最後に会ったのは、去年の夏ごろだっけ?」


 曖昧な記憶を呼び起こしながら訊く。コマちゃんは、普段から探偵として日本中を動き回っているため、滅多に会うことはない。


「去年の冬よ」


 改めて記憶に呼びかけると、確かに去年の冬に会っていた。バラバラ殺人事件関係で、ひと悶着あったのだ。あれはひどい事件だった。うん。とてもひどかったな。あまり覚えてないけど。


「で、何の用? 僕、君のこと嫌いなんだけど」

「私が嫌いなんて、あなた人生のすべてを損しているわよ」

 

 半分ではなく、全てというところがコマちゃんらしい。さすが自分が世界で一番だと勘違いしているだけはある。


「それと私もあなたが嫌いよ」

「だったら会いに来なければいいだろ」

「出来れば私もそうしたいのだけど、そうはいかない事情があるのよ」

「事情?」

 

 僕が訊き返すが、コマちゃんは答えなかった。

 コマちゃんは、壺を欣巳する詐欺師のように部屋を見回し、椅子を見つけると


「相変わらず、みすぼらしい部屋ね。これなら豚小屋の方がましじゃない。……へー、中々に良い趣味の椅子ね。あなたらしくもない」

 

 そう呟きながら勝手に椅子に座った。相変わらずの自分勝手さだ。


「あなたも楽にしていいわよ」

「いや、ここ僕の家なんだけど」

 

 完全に家主と立場が逆転していた。

 僕は諦めのため息を一つ吐き、ちゃぶ台を引っ張り出して、その上に安い茶を置いた。

 彼女はお礼一つなく、お茶に口をつけると、『不味いわね』と悪態を一つ吐いた。僕はそれを海よりも広い心で受け流す。こんなことでキレていたら、コマちゃんとは会話にならない。


「事情って何なの?」

「依頼が来たのよ」

「警察から?」


 探偵である彼女の元には、よく警察から依頼が来ていた。


「警察からもね。それよりも前にメールが届いたのよ」

 

 そう言ってコマちゃんはスマホをこちらへ見せてきた。画面上には、由宇ちゃんの事件に関する概要が大まかにだが記されている。ただ差出人は不明のようだ。コマちゃんの興味をひくことだけを目的としているのだろう。そして、こうしてコマちゃんが事件に興味を持ったのだから、目的は達成されたというわけだ。


「それと僕を尋ねることがどう関係しているのさ?」

 

 確かに僕は由宇ちゃんの事件とは関係がある。なにせ僕は第一発見者なのだから。だが、僕が知ることは警察には話した。そしてコマちゃんはその警察から依頼を受けているという。当然、僕が伝えた情報は警察から聞かされているはずだ。今更僕を尋ねる理由にはならない。


「今この街で連続殺人事件が起きていることは知っているわよね?」

 

 コマちゃんは、僕の質問を無視し、あまつさえ質問を返してきた。これだから探偵は嫌なのだ。自分のリズムでしか話さない。そのくせ横から口を挟むとすぐに不機嫌になる。


「知らないね」

「……冗談よね?」

「本当だよ。こう見えて僕は忙しいんだ。毎日、死なないでいることに一生懸命でね。ほら、この街って物騒だろ? ここ最近も、二人ほど人が死んでるみたいだし」

「知ってるじゃない!」

 

 コマちゃんが怒りをぶつけるようにコップを叩きつける。このことを見越して紙コップにしていた僕は英断だな。


「だから知らないって。うちの高校の生徒が死んだ事件なんて知らないよ」

「やっぱり知ってるじゃない! その事件のことを言っているのよ!」

「そうなの? 僕はてっきり他の事件のことを言っていると思ってたよ」

「……そんな物騒な事件がいくつもあるわけないでしょ」

「いや、でも、ほら、連続殺人かまだ分からないじゃん。別々の殺人鬼が同時期に人を殺している可能性だってあるし。それにそもそも連続殺人って言葉が曖昧だと思わない? 連続ってどの時期からどの時期までを指しているのかわからないし、同一犯って断定しているのもいかがなものかと思うんだよね……」

 

 僕は温まってきた舌を更に働かせようとするが、それに待ったをかける人間がいた。言うまでもなくコマちゃんだ。それも言葉による静止ではない。コマちゃんはその手に持っていた紙コップの中身を重力に逆らうようにぶちまけた。当然お茶ごときでは重力に抗えるはずもなく、雨のように僕に降りかかってきた。おかげで僕の舌は熱を失うし、恋人に振られた人間とでも題名がつきそうな哀れな姿をさらす結果になった。しかもそのうえでコマちゃんは、何事もなかったかのように話し始めた。


「久美静香由宇の事件。警察は連続殺人事件の一つだと考えているのよ」

「……由宇ちゃんが三人目の被害者だと?」

 

 コマちゃんは頷くと、そのついでとばかりに再び紙コップを僕の頭の上で裏返した。

 ……意味が解らなかった。一体どうして僕はお茶をかけられているんだろうか。一回目はまだ納得できるが、二回目はもう完全にただの嫌がらせでしかない。それなら僕もやり返してやろうかと思ったが、それをすれば最後拳による反撃が待っているので、僕は自分がとんでもないドMだと自己暗示をかけ、なんとか心を落ち着かせる。


「事情は分かったよ。だけど、いい加減、僕の質問に答えてくれないかな?」

 

 コマちゃんが、この事件を解決しなければいけない理由は分かった。しかしそれと僕を尋ねるのは、やはり全くの別問題だ。


「質問なら答えたじゃない」

 

 コマちゃんはニヒルな笑みを浮かべながら続けた。


「あなたがこの事件に関わっているから」

 

 これ以上ないほどに明確で完璧な答えだった。ただそれでも素直に認められないのが、僕という人間だ。


「……知っていることは、警察に伝えたよ」

「でも、全部ではないわよね? あなたが素直に話すなんてありえないもの」

「僕が嘘をつくメリットはないだろ」

「メリットがなくても嘘をつく。あなたはそう言う人間でしょ?」

 

 昔馴染みというやつは、どうしてこうもやりにくいんだろうか。せめてもの救いは、昔馴染みが年々減っている事だな。


「わかったよ。知っていることは、話すよ」

「全部よ」

「はいはい」

 

 僕は降参するように両手を上げる。そして降ろすと共に少しだけ声を低くして言った。


「ただその代わり条件が一つだけある」

「……条件?」

 

 コマちゃんはどこか警戒した様子だ。


「僕にも事件解決の手伝いをさせてほしい」

 

 僕の言葉に、コマちゃんは面を食らったように目を見開いた。付き合いは長いが、あまり見ない表情だ。


「……そんなに驚くこと?」

「驚くことよ。だってあなたが進んで私に協力しようだなんて。……明日は世界が滅亡でもするんじゃないかしら」

 

 ひどい言われようだが、それも仕方ないのかもしれない。思えば、僕が進んでコマちゃんに協力したのなんて数えるほどしかないのだから。


「親友が死んだんだ。僕だって無関心じゃいられないよ」

「世界で一番信じられない言葉ね」

「どうせ明日には、その世界が滅ぶんだからいいだろ」

 

 コマちゃんは少し考えるように俯き、一つ頷いてから顔を上げた。


「いいわ。協力させてあげる」

 

 上から目線なのが、どこまでもコマちゃんらしかった。


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