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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第一章 ギャルを誘拐した。そして監禁した。
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サイコパスって語感がよくないんじゃないかな

「なるほど」

 

 僕は尤もらしく頷き、目を細めて質問をした。


「でも、わからないな。田中君がどうして遠野さんに羨望をいだくようになったのかは理解できたよ。だけど、だからって殺して、顔の皮を剥ごうってのが理解できないんだ」


 田中君はどこか自嘲と諦めが入り混じったような表情を浮かべ答える。


「俺にもそれはわからないんだよ。でも、たぶんそれが世間で言うところのサイコパスと普通の人間の差なんじゃないのかな」

「どういうこと?」

「君はどうしてアリサを誘拐したの?」

 

 突然の質問に訝しみながら答える。


「……田中君とこうしてゆっくり話したかったからだよ」

「ゆっくり話す? それならいくらでも機会はあっただろ。それこそ保健室の時は二人きりだったんだし」

「あの時じゃ、田中君は本音で語ってくれないと思ったんだ」

「今の状況なら語ってくれると?」

「目的を達成した今なら、むしろ誰かに聞かせたいんじゃないかと思ってね。現に田中君は、今こうして語ってくれてるだろ?」

「否定はしないよ。だけど、それがどうしてアリサを誘拐することと繋がるんだい?」

「状況をコントロールしたかったんだよ。いや、違うね。たぶん僕はこの物語に少しでも関わりたかったんだ」

 

 僕は自分の考えを整理しながら話す。


「田中君が遠野さんを殺害し、警察に捕まる。おそらくそれが、この物語における正しいシナリオなんだと思うんだ。でも、その場合、僕はただの傍観者になってしまう。そしてきっと田中君は部外者である僕に本音で語ってはくれない。だから少しでも関わりたくて、誘拐したんだよ」

「ふふっ」

 

 僕の答えを聞くと、田中君はそう怪しく笑った。


「いや、ごめん。馬鹿にしてるわけではないんだ。ただあまりにも俺の求めていた答えだったからね」


 僕は田中君の言っていることが理解できずに、首を傾げる。


「物語に関わりたい。俺と誰にも邪魔されずに話したい。そこまでは理解できるよ。たぶん少しだけいかれた人間なら理解は示してくれるはずさ。でもね、だから誘拐しようとは、普通考えないんだよ。だってそうだろ? それらに因果関係は何一つないんだから。関わりたい、話したい。だから誘拐しよう。あまりにも破綻しているよ」

「……結局、田中君は何が言いたいんだよ」

「今の話が君の質問に対する答えだよ。普通の人間は、憧れる相手になりたいと思ったなら整形するなり、服装や仕草を真似したりする。でも、俺の中にそんな選択肢はなかったんだ。アリサのようになりたい。じゃあ、殺して、顔の皮膚を剥いでかぶろう。始まりから論理的には破綻していたのさ。……もちろん俺だっておかしいとは思うよ。自分を好いてくれている人間を殺すことに躊躇いを覚えた。でも、時間が経つにつれて強迫観念にとらわれていくんだ。しては駄目から、しなければならないと考え始める。そしてそれなら自分を好いていない相手ならば殺していいんじゃないかって、考えに至るんだ。おかしいよね」

 

 田中君なりに踏みとどまろうとしたのだろう。代替殺人を行ったのがその証拠だ。しかしそれもはなから破綻しているのだ。殺してはいけない相手だから別の人間を殺す。人を殺してはいけないという、当然の倫理観が田中君からは抜け落ちている。


「つまり田中君は、サイコパスと普通の人間の差は、常人では理解できない思考の飛躍だって言いたいの?」

「端的に言うとそうだね。……君は違うの?」

「いや、概ね同意は出来るよ。ただね、田中君はサイコパスであることを卑下しているようだけど、それだけは納得いかないかな」

「サイコパスであることは、卑下すべきことだろ。だって普通の人間が持っていなければいけない大切なものが欠けている化け物なんだから」

「それは違うよ、田中君。悪いけど、それだけは否定しなければいけないね」

 

 僕は僕らしくない力強い声で否定をする。


「今の時代、いや、有史以来の地球では多数派こそが正義であり、少数派は悪とされてきた。だからこそ、所謂サイコパスという少数派は人間扱いもされなかったし、化け物のように揶揄されてきた。でも、それはあくまでも多数派がそう言っているだけに過ぎないだろ? 少数派の意見こそが正義になることだってある。多数派によって歪められる世界において、歪んだ人間が果たして本当に悪と言えるのかな?」

「生きていくうえで、他人に配慮するのは当然の義務じゃないかな?」

「その義務は、多数派がつくった都合のいいルールだろ?」

「そのルールがあるから人は生きていけるんだよ」


 その田中君の答えに僕は思わず笑みをこぼしてしまう。


「なに?」

 

 田中君は訝し気に目を細める。


「田中君は、ルールがなければ人は生きていけないと思ってるの?」

「そうだよ」

「それっておかしいと思わない? 本来はルールなんてなくても人は生きて行けるはずなんだよ。でも、今の世界では生きてはいけない。なぜか? それは人が本来悪であるからじゃないのかな」

「……性悪説だね」

「そう、性悪説。人は本来悪なんだよ。だからこそルールを作り、縛る必要がある。でもさ、それって逆を言えば人の本質は悪ってことの証拠だろ? それなのに人は善人ぶろうとする。悪の部分を必死に隠し、歪んだ世界でまともな人間のアピールをするのさ。果たして、サイコパスと普通の人。どちらが本当の人間なんだろうね」

「……君はサイコパスこそが、人間だって言いたいの?」

「うん。そうだよ。……ああ、ただ勘違いしないでほしいのは、これはあくまでも僕の考えだってことだよ。僕は人の本質は悪だと思っているし、だからこそサイコパスを見ると、その人物の本質を見た気がして、信頼できると考えちゃうんだ。この考えが正しいとは思ってはいないよ」

「……悪いけど、俺には理解できそうにない思想だね。でも、君がアリサを誘拐したり、こうして殺人鬼を前にしても平静でいられる理由はわかったよ」

「それは残念だね」

 

 まあ、でも、それが当たり前なのだろう。言葉の限界がその人間の世界の限界であるように、思考の限界がその人間の世界の限界なのだ。僕らは同じ世界にいながらも、その実全く違う世界に生きている。同じ言葉でも違う世界に生きている人間とでは、理解が違ってくるのだ。だからこそ他人の考えなんて理解できないし、理解した気になってはいけない。相互理解とは、つまるところ世界の侵略でしか成り立たないのだ。


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