推理ではなく、戯言
「それで、俺に思いを馳せた結果、どんな結論に至ったの?」
僕はあらかじめ用意しておいた台本を読むような口調で答える。
「これは僕の持論なんだけどね。殺人はその人間の想いや考えが最も反映される行動だと思うんだよ。それこそ必要以上に痛めつけているのだとしたら恨み、無機質な殺人なら無差別、猟奇的な殺人なら執着ってね。で、今回の件にそれを当てはめると、どうにもちぐはぐな印象を受けたんだ」
「ちぐはぐ?」
「うん。被害者たちの共通点から見て、犯人は女子高生、それもギャルに対してかなりの恨みを抱いていると思ったんだ。でも、そう考えた時に同時に疑問もわいた。女性に対しての恨みだとするならなんで顔の皮だけを剥いで、他の女性を象徴する部分を剥がなかったんだろうってね。むしろ女性に対する恨みがあるなら、顔の皮なんかよりもそっちを剥げばいいはずだろ?」
田中君は肯定も否定もしなかった。
「だから僕はこう考えたんだ。犯人は、女性に対する恨みではなく羨望を持っているんじゃないか。犯人には必要ないから剝がなかったんではないかってね」
田中君は何も反応を見せない。
「ただそう考えた時にある矛盾が出てきた。田中君が犯人。これが前提だ。しかしそうなると田中君は、女性に羨望を抱いていることになる。だが、羨望を抱いているとするなら、やっぱり顔の皮を剥ぐってのは、違和感がある。女性に羨望を抱いているなら、顔の皮なんかよりもよっぽど剥ぐべき場所があるからね」
木々が揺れる音が響く。
「そこまで考えて、僕はいったん思考を止めたんだ。で、論理的に考え始めた」
僕はわざとらしく肩を落として見せる。
「でも、駄目だね。人間向き不向きがある。僕には論理的な思考は向いていなかったんだ。だからもう一度初心に帰って、僕なりの思考を始めた。すると遠野さんが教えてくれたんだ。田中君の家庭の事情を。その瞬間ピンと来たね。点と点が一本の線で繋がったんだ」
僕はいつもよりも声を明るくして話す。
「田中君は女性で、だけど女性として振舞うことを許されていないのではないか。そしてそう考えた場合、僕の抱いた犯人像ともぴったりと一致したんだ。田中君は、ギャルや女子高生に強いあこがれを抱いており、彼女たちと自分の一番の違いである女性らしい顔を剥いだ。顔だけを剥いだのは、他は必要なかったからってね」
話は終わりとでも言うように、僕は息を吐いた。
田中君は、話をかみ砕くように目をつぶった。そして自分の中である程度の納得がいったのか、僕以上に深い息を吐くと共に着ていた服の胸元を開き、そこから包帯のようなものを取り出した。
「……よく今までバレなかったね」
僕は素直な感想を口にした。元々の顔立ちが男っぽいこともってか、今の今まで半信半疑ではあった。しかしこうして目前で女性らしい体つきを見せられると、田中君は、田中さんなのだと納得できてしまう。
「人って、案外他人に興味がないんだよ。それに先生たちは知っていたからね」
眠っている僕と二人きりにしたのもそういった事情があったからなのだろう。
「それにしても探偵もびっくり推理だね」
「推理じゃなくて戯言だよ」
「それでほとんど当たっているんだから、呆れちゃうよ」
「ほとんど?」
僕は訊き返す。
「うん。君の想像通り、俺の家は、古臭い家なんだよ。男は男らしく、女は女らしく。家督を継ぐのは長男でなければならない。そんなかび臭い家だったんだ。ただ、まあ、そうは言っても、普通に生きる分には、少し窮屈で時代錯誤な生活を強いられる程度の不幸が降りかかるぐらいだけど。でも、俺の時は余程神様の機嫌が悪い時だったんだろうね。普通ならば長女として俺が生まれた後に、男が生まれるまで子供を産むはずだったんだけど、俺の母は俺を生んだ直後に亡くなっちゃったんだよ」
僕は慰めの言葉は口にしなかった。
「ドラマとかだとこの後の展開は、父が再婚し、その再婚相手とその子供に俺が虐げられるんだろうけど、どうにもうちの父は、伝統だけではなく母への愛にも憑りつかれていたようで、再婚を望まなかったんだ。……当然、周囲は困ったよ。このままでは田中家は滅亡してしまうんだからね。そこで困り果てた父が目をつけたのが」
「田中君だったと?」
「当時は意味が解らなかったよ。俺もまだ幼かったからね。でも、従うしかないことだけはわかった。そうすれば父が喜んでくれるから」
男は男らしく、女は女らしく。そんな家訓がある家において、田中君は女なのに男らしくを強いられたわけだ。
「幸い……いや、今思えばなるべくしてなったのかな。周囲の願いや、俺自身の懇願のおかげで、俺の容姿は中性的になっていった。おかげで小中と、俺はバレることなく生活を送ることが出来た」
「自分自身に違和感は持たなかったの?」
「持たなかったよ。宗教にはまる人間と同じで、俺にとっての世界には自分が女だって事実はなかったんだ。だからそもそもとして違和感を持つ準備すらできていなかったんだろうね」
田中君は少し暗い表情になる。
「たださ、何気ない一言で世界が変わるように、中学を卒業した日、父親が言ったんだ。『すまなかった。これからは好きに生きてくれ』ってね。たぶん時代の流れに感化されたんだろうね。その結果が、俺に対する謝罪だった。……勝手な話だよね。今まで自分の作った世界に俺を閉じ込めてたくせに、世間体が悪くなった途端に突然鍵を開けたんだから。まるで知らない世界に放り込まれたような気分だったよ。ただその結果、俺の中でも変化が生まれたのは確かだった。今まで父親がつくったフィルター越しに見ていた世界が、ありのままで見えるようになったんだから。変化は劇的だったさ。今までは何も思わなかった光景全てが新鮮に映った。スカートを履いて、化粧をし、髪を染めている女性を見ると羨ましく思うようになり、自分もそうなりたいとすら思うようになったんだ」
田中君は皮肉るように自分の体へ視線を向ける。
「でも、無理だったんだよ。スカートを履いても、化粧をしても、髪を染めても、鏡に映る自分が女性には見えなかった。まるで別世界の自分を見ているようで、息の仕方さえもわからず、気持ち悪くて仕方がなかったんだ」
「……遠野さんと出会ったのは」
「うん。丁度その時期だったよ。始めて見た時は、目を奪われた。だって俺が理想とする姿そのままだったんだからね。すぐに近づき、傍で観察したいと思ったよ。まあ、その結果がこれだけどね」
そう言って、田中君は遠野さんへ視線を向けた。果たしてその姿は、田中君が憧れた姿なのだろうか。きっと本人にしかわからないのだろう。僕も興味はないので聞かないことにした。