一応推理はしておこうかな
僕は一つ息を吐き、話を続ける。
「ということで推理②。犯人が女性とした場合、容疑者は植野さん、女渕さん、渡会さんの三人となる。ただここで困ったことが起きた。この三名からさらに絞り込むことが出来なかったんだ」
「動機があるのは、植野さんだけじゃないの?」
「動機なんて、他人に理解できるものじゃないだろ?」
僕は含みのある言葉を口にすると、田中君は肩を竦めて見せた。
「行き詰まった僕は視点を変えることにしたんだ。この事件における一番の手掛かりである手帳について考えた。すると、おかしなことに気づいたんだよ」
「おかしなこと?」
「手帳の角が少し折れていたんだよ」
僕は言いながら手帳を見せる。田中君は久しぶりの旧友に再会したように表情を柔らかくした。
「でね、調べてみると丁度制服のポケットにスッポリ入ることが分かったんだよ」
「犯人は制服のポケットに無理やり入れていたってこと?」
「うん。そしてそれがとてもおかしいことなんだ」
田中君は先を促すように目を細める。
「さっきも言ったけど山内君を除く容疑者は、全員が家族と暮らしている。そのため家には手帳を置いておくわけにはいかず、当然持ち運ぶ必要があり、学校にも持ってきていたはずだ。そして犯行方法や几帳面な文字から推測すると、犯人はカバンに入れて持ち運んでいたと考えられる。それなのに、手帳にはポケットに無理やり突っ込んだような跡がついてしまっている。おかしいだろ?」
安全面で考えても、ポケットに入れておくのは危険なはずだ。
「確かにおかしいね」
「だから僕はこう考えたんだ。犯人にはやむに已まれぬ事情があり、ポケットに入れるしかなかったんじゃないかってね」
田中君は先を促すように目を細める。
「じゃあ、やむに已まれぬ事情とは何か? 考えるまでもないね。校内でバッグに入れたままにしておけない、つまりポケットに入れて持ち運ばなければならない状況だ」
「殺害するときにポケットにいれていた可能性もあるんじゃない?」
「ないね。犯人は、計画通りに犯行を進めようとしていた。言い換えれば、目的を達成するまでは、捕まりたくなかったはずだ。そんな人間が、手掛かりになってしまう制服で殺人を行うかな?」
現に今も田中君は制服ではなく、私服を着ている。
田中君は納得したように肩を竦めて見せた。
「犯人は校内で持ち運ばなければならない状況に陥っていた。じゃあ、持ち運ばなければならない状況とは何か? これも考えるまでもないね。カバンを置いたまま席を離れなければならない時だ。そして校内において席を離れる機会は多い。トイレに行くとき、移動教室のある授業の時、昼食時などね」
「それなら容疑者を絞り込むことはできないんじゃないの?」
「ところがそうじゃないんだよ。今あげたのは、席を離れる機会であって、カバンを置いて席を離れる機会はそう多くないんだ。だってそうだろ? うちの学校には、鍵付きのロッカーがあるんだからね。ほとんどの生徒が私物をロッカーに入れているし、移動教室の時に至ってはカバンごと持ち運ぶ生徒もいる」
特に女性は、カバンごと持ち運ぶ生徒が多い。昼食時も、自分の席から離れなければいいだけだ。
「……結局、ポケットに入れる機会はないってこと?」
「まあまあ、そう焦んないでよ」
僕のそんなうざい反応にも、田中君は文句の一つも言わないでくれる。遠野さんにも見習ってほしいものだ。まあ、もう死んでいるので無理だが。
「田中君はさ、もし校内で泥棒行為に励むとしたら、最適な時間は何時だと思う?」
田中君は少し考えるように腕を組む。一度も考えたことがないのだろう。
「持ち主や周囲の目がいない移動教室の時じゃないの? ロッカーや教室に鍵がかかっていたとしても、ピッキング? で開けられそうだし」
「うん。そうなんだよ。実際過去に校内で窃盗が起きたのも、移動教室時だった。逆を言えば、大切なものをロッカーに入れたままにしておくのは決して安全とは言えないんだ。だからこそ何人かの生徒は、移動教室の時でもカバンを持ち運んでいる。犯人からすれば、ロッカーに入れたままにしておくのは、避けたいはず」
「……なんだか探偵みたいだね」
「え?」
気持ちよく話していた僕に対する田中君の言葉に、思わず訊き返してしまう。
「いや、なんか回りくどく、くどくどと説明口調で話すところが探偵みたいだなって思ってね。……でも、まさかそんなに嫌な顔をされるとは」
「……言ったでしょ。僕は探偵が大嫌いなんだよ」
嫌いな人物みたいと言われて心中穏やかでいられるわけがない。
「はー。わかったよ。回りくどい話はやめにするよ」
僕は降参するように両手をあげる。
「ポケットに入れなければならない状況の条件は、移動教室、カバンを持ち運ぶことが不自然。この二つが当てはまるのは、体育しかない。そして体育の時は、制服ではなく当然体操服。加えて動くためポケットに入れておくのも危険。でも、一人だけ、制服のまま体育を受けられる人物がいるんだ」
僕が視線を向けると、田中君は動じることなく答えて見せた。
「なるほど。その条件に当てはまるのは俺しかいないわけだ」
体育を見学していたのは、田中君ただ一人だけだった。
「でもさ、それって推理というには結構お粗末じゃないかな」
今度は僕が先を促すように目を細める。
「犯人がポケットに入れたことが百歩譲って確かだとしても、体育の時だけがやむに已まれぬ事情とは限らないんじゃないの? それこそカバンから落としちゃって、急いで拾った時にポケットにしまい込んだかもしれないし、もしかしたら犯人が君が思うよりもいい加減な性格で普段からポケットに突っ込んでいたかもしれない。推理と呼ぶにはお粗末だよ」
「そうだね。田中君の言う通り、推理というにはお粗末だ」
僕があっさりと認めたことに、田中君は怪訝そうな表情を見せる。
「そもそも今の推理も後付けみたいなものだしね。田中君が犯人ならって考えて無理やり組み立てたみたいなものだから」
「俺が犯人だって根拠があると?」
「あるよ。田中君は知らないみたいだけど」
僕は少しだけもったいぶるように間を開けてから答えた。
「女子の制服には、ポケットがついてないんだよ」
田中君は今日一番の驚きを見せる。顔に張り付いた遠野さんの皮膚と相まって、不思議な恐怖感のようなものがあった。