夜は化け物の時間
「そろそろ終わる頃かな」
遠野さんが廃墟を出てから既に三時間ほど経過していた。
僕は廃墟から出た。
夜は化け物の時間。だから人は眠りにつかなければならない。昔そんな話をされた記憶がある。子供を眠りにつかせるためのお伽噺だが、ことこの街においては、その認識は正しいのかもしれない。
この街は、驚くほど従順に夜に首を垂れていくのだ。街灯や住宅から漏れる光も疎ら。都会とは違い、ネオンの灯り一つない。夜になると街から空気がなくなっていく。そしてその代わりに化け物が息をし始める。化け物の息に触れた人間は、全員が死んでいく。化け物の姿や息遣いは、健全な人間には耐えられないのだ。だからこそ、この街の人々は夜になると眠りについていく。
案の定、街を歩いていても人とすれ違うことがなかった。途中でコンビニに寄ったが、店員も生きているのか死んでいるのかわからなかった。
K山へ登り始めると、いよいよ人の気配が消えた。ただそれがあるべき姿なのかもしれない。この街において、廃墟とK山だけが朝も昼も夜も、同じ顔を持ち続けているのだから。尤も自然な場所といってもいいのかもしれない。
しばらくすると、頂上へ着いた。三日ぶりだ。あの時と同じだった。天気も温度も景色も同じ。水口裕子も放置されたままだ。
ただ一つ違うところがあった。そこには新たな死体と、生きた人間がるのだ。
「もう終わったの?」
僕は平坦な口調で話しかける。
「うん。今丁度終わったよ」
返ってきた声も平坦だって。表情も見えなかった。月がそこだけを避けるようにベールで包まれている。
「顔の皮を剥ぐのって難しいの?」
僕は新たな遺体を一瞥しながら訊いた。新たな遺体もまた顔の皮を剥がれている。
「剥ぐこと自体は難しくないよ。骨がない分、ナイフも簡単に通ってくれるからね。ただ綺麗に剥ぐってなると、血管とか傷つけないようにしなきゃいけないから難しくはなるよ」
「ふーん。器用なものだね」
「君のせいで器用にもなるよ」
「え? 僕のせい?」
僕らはあらかじめ用意された台本を読むかのような会話を続ける。
「人をバラバラにすることに比べたら、顔を剥ぐなんて楽だからね」
なるほど。どうりで新しい死体は、水口裕子と比べて綺麗なわけだ。
「やっぱりバラバラにする方が大変なんだね」
「そりゃあね。骨を断つのは苦労したよ」
「それなら煮込んだり溶かせばよかったんじゃないの? ほら、ドラマとか推理小説とかではそうしてるんだし」
「あれはお金と時間と場所に余裕がある人間だからこそ実現可能な方法だよ。普通の高校生には無理さ」
久しぶりに実のある会話をしている気がした。このまま会話をし続けたかった。しかし、そうもいかない。僕がここに来た目的は別にあるのだから。
僕は空気を変えるように一つ息を吐いた。
そしてゆっくりとした口調で告げた。
「やっぱり君が犯人だったんだね」
月が照らす。
「田中君」