日本語は難しい
「はー」
僕の空しい溜息が廃墟内に響き渡る。既に遠野さんの姿はない。今頃存分に娑婆の空気を吸っているのだろう。
今まで遠野さんがいることが当たり前になっていたせいか、一人になると不思議な気分だった。孤独は人との繋がりの中にある、何て言うが今の僕はまさにそれなのだろう。壁のシミや傷、蝉の鳴き声や枯葉などがあることを僕は今初めて知ったのだから。なんだかんだ遠野さんとの時間を僕は楽しんでいたのかもしれない。尤もそれも時間が経てば忘れてしまうのだろうけど。結局人の記憶に残るのは、強烈な感情の発露による残り香でしかない。
今の僕のように中途半端な感情の発露はすぐに忘れてしまうし、そもそもとしてこの出来事は僕と遠野さんしか知らない。この世界に置いて、僕ら二人しか知らないのだから、どちらかが忘れてしまえば、それはこの世界が忘れたという事と同義になってしまう。
そう言った意味でも、やはり遠野さんとの日々は、十年後の僕にとって取るに足らない出来事になるのだろう。
それにしても、その遠野さんはちゃんと理解してくれただろうか。一応は僕の行動に理解を示してくれていたが、肝心の僕の推理と呼ぶには烏滸がましい戯言の数々を正確に把握してくれただろうか。
おそらくは理解してくれていないのだろう。僕と遠野さんは、同じ情報を得て、同じ道筋を辿っている。でも、道筋が同じだからといって、辿り着く結論は違う。犯人は女性という情報から、きっと遠野さんは容疑者が植野さん、女渕さん、渡会さんの三名と考えたはず。そして純粋で情に厚い遠野さんのことだから、植野さんが犯人と考えているのかもしれない。だとするなら、今頃遠野さんは……
いや、考えるのはやめよう。僕は嘘をついてはいないのだから。
ただ……
「やっぱり、日本語って難しいな」