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ギャルを誘拐した。そして監禁した。  作者: 樫村ゆうか
第一章 ギャルを誘拐した。そして監禁した。
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ギャルを誘拐した

 日本語は難しい。

 同じ意味を持つ言葉でも、微妙な違いがあるのだから。

 

 例えば、僕は今現在クラスメイトのギャルを廃墟に監禁している。

 そしてそこに至る過程において、当然ギャルを連れ去ったわけなのだが、どうにもその行為を表す言葉は二つあるようなのだ。

 誘拐と拉致。一見同じ意味に思えるが、調べると微妙な違いがあった。

 誘拐とは、言葉巧みに特定の人物を誘い出し、連れ去ること。

 拉致とは、暴力や脅迫などを用いて、特定の人物を連れ去ること。

 どちらも特定の人物を連れ去ると言う意味では同じだが、その方法によって使われ方が違ってくるそうだ。

 

 それを加味して考えるならば、僕の行為は誘拐に当たるのだろう。間違っても僕はギャルに手をあげていない。優しく薬を嗅がせて、この廃墟に運んだのだから。拉致なんて野蛮な行為と一緒にしてほしくはない。

 

 ただここで一つの疑問がわいた。

 主観的に見れば、僕はギャルを誘拐した。

 しかし客観的に見た場合はどうだろうか。

 誘拐と拉致の言葉の違いを正しく認識している人間は、少ないはず。つまり僕はギャルを拉致したという認識を持つ人間が多数を占めるという事になってしまう。

 

 果たしてその場合において、僕の行為はどう表されるのだろうか。

 正しい表現を使うならば、誘拐。

 

 だが、この世の中に置いて正しさなど何の意味も持たない。大切なのは、多数の人間がどう思うかだ。

 つまり僕の行為は、世間において拉致とされてしまうわけだ。

 常識が常識として機能していない。

 言葉が、多数派によって意味を歪められる。

 本来の意味を上書きされてしまっている。

 それはあんまりではないだろうか。

 由々しき事態だ。


「遠野さんは、役不足が能力に対して役目が軽すぎるって意味の言葉って知ってた?」

 

 啓蒙活動にいそしもうと、さっそく僕は遠野さんに正しい知識を与える。ただ遠野さんは、正しい知識を持っている人間なのか、あるいは僕の言葉が理解できないのか、こちらを睥睨してきた。

 

 ただでさえキツイ顔立ちをしているためか、その姿は腹をすかせたトラのようだ。

 

 尤も少し前のことを思えば、まだ可愛い方だろう。目を覚ました直後は、冬眠前に食い溜めを試みようとする熊のような凶暴さで、凶器と化したカラフルな爪を振り回し、暴れまわっていたのだから。おまけに遠野さんは、言葉を解す熊のようで、罵詈雑言を浴びせてきた。おかげで僕は心も体も傷を負ってしまったほどだ。遠野さんが、不細工ならば今頃僕は心が折れてしまっていたに違いない。遠野さんが美人で本当に良かった。


「あんた、自分が何をしているかわかってるわけ?」

 

 遠野さんが、初めて理性的な言葉を投げかけてきた。表情も穏やかだ。怒っている時も美人だったが、落ち着いた表情も綺麗だ。やっぱり美人はどんな時でも美人なのだろう。こんな薄汚れた廃墟ですらも、遠野さんが存在するだけで、たちまち美しい城に変えてしまうのだから。改めて世界の理不尽さを呪いたくなった。

 

 そんなことを考えていると、遠野さんが自分の体を隠すように抱きしめる。まるで不審者にでも遭遇したようだ。


 どうやら誤解があるようなので、僕は柔らかい声で語りかける。


「安心していいよ。僕は遠野さんに興味ないから。もちろん性的な欲求でこんなことをしているわけでもないし、そっちの趣味もない」

 

 安心できそうな言葉をかけるが、遠野さんが警戒を解くような気配はなかった。それどころか一層警戒の色を強め、僕から必死で距離を取ろうとする。尤も手足を縛っているので叶わないが。


「わかった。話すよ」

 

 このままでは話が進まないので、僕は降参するように両手を上げ、少しかがむ。


「実はオタクに優しいギャルがいないか確かめたかったんだ」

 

 遠野さんの僕を見る目が、変質者から犯罪者へと変わった。視線も軽蔑の色が強くなる。場を和ませるつもりが、悪化させてしまったようだ。それと遠野さんは、オタクに優しいギャルではないらしい。


「冗談だよ」

 

 愛想の良い笑みを浮かべ、僕は言い直す。


「遠野さんを助けるために、誘拐したんだよ」

「は?」

 

 遠野さんが訝しむように目を細める。今度は詐欺師でも見るような視線だ。


「言っておくけど、ストーカーの妄言じゃないよ。そもそもさっきも言ったけど、僕は遠野さんに興味ないし。本当ならこんなこともしたくないんだ。ただ仕方なしに、必要にかられて誘拐したんだ」

「そんなこと信じられるわけがねーだろ!」

 

 当然の反応だろう。僕もきっと同じような反応をするはずだ。


「ちっ。やっぱりお前は、頭がおかしな奴だったんだな」

 

 遠野さんが吐き捨てるように言った。


「やっぱり?」

「前から危ない奴だって、クラス全員が警戒してたんだよ」

「全員って……遠野さんだけだろ」

 

 悪目立ちしているならまだしも、僕は教室では置物のような存在だ。そもそもとしてクラスメイトに名前を憶えられているかすらも怪しい。


「ちげーよ。彼方とかも警戒してた」

「はー」

 

 僕は思わずため息を吐いてしまう。


 これだから嫌になる。遠野さんのようなカースト最上位の人間は、然も自分たちの意見が、クラスの総意かのように勘違いをしているのだ。その勘違いを正したいのはやまやまだが、こちらに都合のいい話の流れのため、敢えて触れないことにした。


「彼方って、田中彼方君のこと?」

 

 田中君は、遠野さん同様にクラスメイトのためよく知っていた。


「ああ、そうだよ」

「遠野さんって、田中君とかと仲いいよね」

「それがなんだよ?」

「付き合ってるんだっけ?」

「そうだよ」

「なるほど。それは羨ましい」

「お前は恋人といなさそうだもんな」

 

 恋人の名前が出たせいか、遠野さんは気持ちに余裕が出たのだろう。僕を馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


「うん。いないよ」

 

 僕はそこで言葉を区切り、少し溜めてから言った。


「まあ、でも、それなら余計に悲しいね。だって、その恋人が殺人鬼かもしれないんだから」

「は?」

 

 さっきと同じ「は?」という一言だったが、そこに込められた意味は全然違っていた。疑念だけではなく、興味が色濃く感じられた。


「……ふざけたこと言ってんじゃねーよ」

 

 遠野さんが今にも殴りかかってきそうなほどの剣幕を見せる。

 しかしその表情には、今までとは違い、どこか受け身の姿勢が見て取れる。どうやら僕の話に興味を持ってくれたようだ。これなら大人しく話を聞いてくれるだろう。


「どこから話せばいいかな」

 

 僕は一つ頷いてから話を始めた。


「僕は昨日、一冊の手帳を拾ったんだ。その手帳にはね、とてもおぞましいことが書かれていたのさ」

 

 僕はそう言って、ポケットから手帳を取りだし、遠野さんへ渡す。遠野さんは警戒しながらも、手帳を受け取り、緩慢な動作で手帳を開いた。

 

 手帳自体は、どこにでも売っているような、黒色の合皮素材で出来たものだ。ただしその中身は、ありふれたものではない。

 

 案の定、遠野さんはページを捲るたびに顔色を青くさせていき、最後には病人のようになってしまっていた。

 

 無理もないだろう。

 なにせ、手帳に書かれているのは殺人についてなのだから。

 それもただの殺人ではない。殺した女性の顔の皮を剥いで、持ち去ると言う猟奇的な殺人だ。

 犯行が行われた日付。ターゲットの連れ出し方。ターゲットの容姿。ターゲットとの会話。犯行方法。凶器。しまいには、ターゲットを殴った時の悲鳴や顔を剥いでいる時の懺悔、遺言のような言葉まで手帳には鮮明に記されていた。


「……これが、彼方とどう関係があるんだよ」

 

 遠野さんの声は震えていた。


「その手帳はね、昨日の放課後の二年四組の教室で拾ったんだよ」

 

 二年四組は、僕と遠野さんのクラスだ。


「だったらクラスメイト全員に関係があるだろ」

「ところがそうではないんだ。昨日、僕は日直で、黒板掃除をしなくちゃいけなかった。だから放課後になると共に、黒板けしを叩きに教室から出たんだ」

 

 遠野さんは黙って聞いてくれていた。


「そして掃除が終わり、教室に戻った時に、手帳は落ちていなかった。それなのに、教室を出ようとしたときには、手帳が落ちていた」

「何が言いたいんだよ?」

「僕が掃除を終えて教室に戻り、再び教室を出るまでの間に教室にいたのは、五人だけだった。つまり僕が掃除を終えて教室に戻ってから、再び教室を出るまでの間にその五人のうちの誰かが落としたってことなんだよ」

「……その五人の中に彼方がいたってことか?」

 

 遠野さんは難しそうな表情で呟く。


「でも、お前が見逃してただけかもしれないだろ」

 

 僕が教室に戻ってくるときに、手帳が落ちていたのに見逃したと言いたいのだろう。


「それはありえないよ。手帳が落ちていたのは、黒板前にある教卓の下。僕は教室に戻ってきた時に、掃除用具を教卓下に落としちゃったんだ。でも、その時に手帳はなかった。手帳が落とされたのは、それ以降だよ」

「……その手帳が彼方たちのものとは限らない」

「もしそうなら、どうしてその人物は、警察に届けないの? 悪戯だと思ったから? 遠野さんも読んだなら理解できたでしょ。この手帳が異常だって。それなのに、警察に届けないのはおかしいよ」

「……そもそもとして、手帳が本物かわからないだろ」

 

 田中君が容疑者の一人とされるのが、余程我慢ならないようだ。


「僕もそう思って調べたよ。だけど、残念ながら、それは本物だよ。あまりにも猟奇的で残虐な事件のせいか報道規制が引かれ、ニュースにはなっていないけど、手帳にかかれている仁科穂乃果さんや、村上文美さんは、確かに殺されているんだからね」

 

 いくら報道規制をひこうが、この田舎町では噂までは規制できない。事実、少し調べただけで仁科さんや村上さんが、殺されていることはわかってしまうのだから。

 

 遠野さんは、顔をこわばらせ、手帳を強く握りしめた。

 

 そんな遠野さんをこれ以上追い込むのは忍びないが、それでも伝えないという選択肢はない。


「で、ここからが本題なんだけど」

 

 そう、今までのはあくまでも前振りだ。ここからが、僕が本当に伝えたかった話だ。


「最後のページを見てほしいんだ」

 

 訝しみながらも、遠野さんは手帳の最後のページに視線を落とした。


「ひっ!」

 

 次の瞬間、遠野さんは悲鳴を上げ、手帳を落とした。その姿は、手帳の中で殺された被害者たちの叫びのようだった。

 いや、遠野さんも被害者の一人と呼んで差し支えないのかもしれない。手帳の最後のページ。

 そこには、次のターゲットが遠野さんであることが記されていたのだから。


「これで僕の言っていたことが、嘘ではないってわかってくれた?」

 

 僕は手帳を拾いながら、遠野さんへ視線を向ける。

 遠野さんは、呆然自失を絵に書いたような状態だった。まだ見ぬ殺人鬼と邂逅してしまったかのように、虚空をじっと見つめている。

 

 しばらくすると、遠野さんはハッとしたように、動き始めた。


「……やっぱり信じらんねーよ。お前が言っていることは全部戯言だ。証拠がない」

「この手帳が証拠だよ」

「確かに死人が出てるのは本当かもしれねーよ。お前の言う通り、いかれた殺人鬼がこの街にいるんだろうさ。でも、それとこの手帳が関係あるとは限らねーだろ。お前がただあたしを監禁したいがために、この手帳をでっちあげた可能性だってあるんだからな。むしろその可能性の方がたけーだろ」

 

 遠野さんの言葉に、僕は驚いた。正直な所、僕は遠野さんが馬鹿だと思っていた。教室にいるときは、大きな声で会話をし、馬鹿みたいな大口で笑い声をあげ、気の弱い女子には理不尽にキレ、授業はほとんど聞いておらず、成績も悪い。合理的という言葉からはかけ離れた女性だと考えていて。しかしその認識は間違っていたようだ。

 

 遠野さんの言う通り、僕の言葉は信憑性が薄い。確かに死人は出ている。いかれた殺人鬼だって存在している。だが、それと手帳が関係しているとは限らない。僕が事件の背景を元に手帳に記し、そのうえで遠野さんに関することをでっちあげる。つまるところ、手帳には起きた出来事しか記されていないのだ。

 だから僕がいくら理を解いても、そもそもの認識が遠野さんとは違ってしまう。僕がこの手帳を本物だと認識していても、遠野さんからすれば偽物なのだ。

 

 しかしどうしたものか。このままでは一生平行線のままだ。だが、僕にとってとても都合が悪い。僕には遠野さんが必要なのだ。

 

 しばらく考え、僕はある提案をすることにした。


「それなら確かめに行こうか」

「どこにだよ?」

「殺害現場」

 

 遠野さんは、驚いたように口を開けていた。


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