表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わたしは依存症

作者: 三寺慎矢

 何度目かの目覚まし時計の音が聞こえてその音のうるささに耐えかねた私はゆっくりと起き上がる。

「ん、もう9時か」

 時計を見るなりそう呟くとリビングに行った。

「おはよう」

 母親にそう言うと、寝すぎだとかなんだとか小言を言われ適当にうなずいてからスマホを手に取る。

 30分くらい経つとさすがにやることも見るものもなくなるが勉強をする気にはなれず、仕方なくネット小説を読んだり漫画を読んだりして過ごし、気が付いたら12時になっていた。

「もう、朝からずっとスマホをいじっているじゃない」

 お昼ご飯の時間、そう怒られたけれどそんなことわかっている。でも、やめられない。それがスマホというものなのだ。

 この小言にも適当に返事をしてお昼を終えると私は再びスマホをいじり始めた。


 夕方、スマホの使い過ぎのためか頭痛がしたのでさすがに使うのをやめようと思ったがやめたところでしたいこともなく結局使ってしまう。

 正直、私はスマホが使いたくないのだ。でも、使わないとすることがない。だから使う。きっと、スマホによってすることができていることで私の心が満たされてしまっているのだろう。だからやめることはできない。

「スマホしているくらいなら手伝いしなさい」

 しばらくたった後、母親に不機嫌な声でそう言われる。私はちょっと待ってと言った。

 正直、イラっとした。スマホしていることがくだらないと言われた気がしたからだ。でも、それと同時にそんなことを考えている自分が間違っているという考えもあり、そんな感情が出てくるということへの恐怖も感じた。母親のこの行動は裏を返せば私にスマホ以外のやることを与えてくれているのだ。

 そして私はやることを求めている。それなのにそれを拒むかのような感情を抱いている。

 自分の中の矛盾に気が付いた瞬間だった。

「まだなの?」

 母親にそう言われて私は機嫌を損ねられないうちにと思い、急いで台所に向かった。

「その野菜洗ってサラダの盛り付けをよろしくね」

 私の担当は何も切らなくていいサラダの盛り付けだ。

 切ることはめんどくさいから嫌だと言い、火を使うことは怖いと言ってお手伝いから逃げた結果レタスをちぎり、すでに切られている野菜をお皿にのっけるということとテーブルふきと食器運びを大体毎日している。

「そういえばさ、今度お菓子作りたいって思ったんだけどママいつなら空いてる?」

「え、まあ、やりたいなら好きにすれば?私は手伝わないよ」

「えー、そこは手伝ってよ~」

 そんな感じの他愛のない話をしながら準備を進める。

 正直どうせお菓子作りなんてしないし、そんな願望だけ言っていても意味がないのは分かっているけれど、それでも、母親と笑いながら会話できるのはうれしかった。

 でも、その穏やかな雰囲気も私がスマホをいじると同時に消えることを私は身をもって知っている。

 でも、知っていながら私はスマホを使った。

 そして案の定母親はキレた。

「またスマホ使っているの?いい加減にしなさい」

「はーい」

 そう言って私は素直に従った。でも、まだ母親の怒りは収まっていない。

 行動が荒れてドアの閉め方や料理の動作が荒々しくなっているから分かるのだ。

 ああ、またやっちゃった、と思う。そうならないようにするためにはただスマホを使わなければよかっただけ。でも、私はそれができなかった。そして、毎日同じことが続いている。本当にくだらないな、と思いながらもスマホを見てしまっている。


 夕食の時間。父親と母親と弟が食卓に着く。そして、私もスマホをやめて椅子に座った。

「ちゃんと勉強したのか?」

 父親がそう聞く。でも、相手は弟だ。私ではない。

「ん~、まあ、一応」

 弟が苦笑いしながら言うとそこからはそこまで怖くないけど長い長いお説教が続く。そして、だんだん話がそれていき私の話になる。

「そういえば今日はちゃんと勉強したのか?」

 そう言われて、私は苦笑いする。そして、母親が代わりに詳しく説明する。

「一日中スマホばっかり。本当に目にもよくないし」

 そんな感じで母親はまた不機嫌になる。

 それに対して、父親も話し始める。

「スマホが全て悪くはないけれど使い過ぎはよくないな」

 そんな感じで始まって私は納得する。でも、きっと次の日の朝にはすっかり忘れてまた同じことを繰り返すだろう。

「あのさ、自分がスマホをやめられないのはやることとかやりたいことがないからだと思うんだけど何か面白いことあったりする?」

 そう聞いてから、しまったと思う。私は何回かこの質問をしたことがあるが求めているような答えは一度ももらったことがなく誰一人いい気分になったことはなかった。

「まずは、勉強だろ。勉強だけやるのがいいわけではないけれど、とにかく勉強はしなさい」

 その答えを聞いてやっぱり、と思う。

 ここで聞くのをやめればよかった。でも、私は間違えて聞いてしまった。

「そうじゃなくて、何か趣味的な感じのことが知りたいな」

 そう聞くとそれは難しいなと父親が言う。

「例えば、折り紙とかはどう?」

 母親にそう提案された。でも、私はこういった。

「えー、やったことあるし、もう少し面白いのがいい」

 そのとたんに私はやらかしたと思った。またいつもと同じことをしてしまった。

「大体お前はいつも否定からはいるからなぁ。やってみればいいのに」

 そう言われながら私は下を向く。

「でも」

 素直にはい、わかりましたということができなくてまた言い訳をしそうになる。

 これ以上言うと怒られて泣き出す羽目になる。だから、少し上ずった声でごちそうさまと言って台所に食器を片付けに行くため立ち上がった。

「まあ、何をするかはもう高校生なんだし勝手に決めればいいから口出しはしないけどどうなっても知らないからな」

「うん、わかってる」

 泣き出しそうな声を必死に隠そうとしながら私は部屋に戻った。


 わかっている、分かっているのだ。

 私はスマホをいじりたいとも思っていないし、今の状態がいいとも思っていない。理想ともかけ離れている。本当はもっとほかの何かをしたい。見るだけじゃなくて生産的なことをしたい。やりたいと思っていたことをしたい。そんなことは分かっている。そして、そのやりたいことが何かなんてスマホを見ていても分からないことだってわかっているのだ。でも、私は行動できない。そもそも私の理想は自分の好きで仕方のないことを見つけ自分が楽しむだけのためにその趣味に没頭することだ。でも、何かをはじめる度に、はじめようとする度に承認欲求を満たすことや利益に関して考えてしまう。それが嫌になって結局何もしなくなったのが今の自分だ。見るだけなら創作物を見て認められている人を見ていいなあと思うことはあってもそれだけで済む。要は楽な方向に逃げているのだ。そしてその事実のせいで私はさらに自己嫌悪に陥る。

 毎晩、そんなことを考えては泣いているのだが誰も慰めに来てはくれない。その事実もまた悲しかった。自己中心的な思いだとは思うし、きっと知られていたとしてもあえて踏み込んできていないのだろう。それは分かっている。でも、どうしてももう少し一緒に話してほしいと思ってしまう。そんなことは我儘だと分かってはいるし勇気がなくて頼めないのも分かっている。だけど、もしかしたら気が付いて慰めてくれるんじゃないか、何かいいアイデアをくれるのではないか、そんなことを期待してしまっている。

「もう、やだよ」

 独りでそう呟きながら私は泣いた。

 その時母親が入ってきた。今日、私はあえて泣いていることを隠さなかった。いつもは誤魔化しているけれど、もう我慢できなかった。とにかく親身になってほしかった。相談に乗ってほしかった。もちろん我儘だと言われたらどうしようという恐怖もあったがそれよりも話を聞いてもらいたいという感情の方が大きかった。私は涙を流し続けた。

「どうしたの?」

 しばらくして、そう聞いてきた母親の声は優しかった。そして、その声に安心した私は今考えていたことを話した。自分の考えていることが矛盾していて間違っているけれどどうすればいいか分からないと泣きついた。

 母親は静かに、時々相槌を打ちながら話を聞いてくれた。

 そして、私がすべてのことを話し切った後、こう言ってくれた。

「じゃあ、明日一緒にお菓子作りしない?」

 その言葉に、提案に私は涙ぐみながら「うん」と返事をした。


 じゃあ、そろそろ寝るねと言い、母親が部屋を出て行ったあと私は静かに涙を流した。

 心の中がとても暖かくてうれしかった。

 本当に愛されているんだなと感じた。

 些細だけどすごく幸せだなと感じた夜だった。


読んでくださった方、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ