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「どうしてセシルちゃんを睨みつけているの?」
怖いというように身を縮めているセシルに気づいてセリーヌは不可解な顔をしてアルフレッドを見上げた。
セリーヌの言葉に、フィリップも振り返って怖い顔をしているアルフレッドを見つめた。
「珍しいなお前がそんな顔をしているとは……。セシルちゃんに親でも殺されたのかのような顔をしているが」
セシルを睨みつけたままアルフレッドは冷たい雰囲気でチラリとフィリップを見上げた。
「ただ、なぜか気になると言うか……嫌な感じがするんです」
よく知りもしない人間に嫌な感じと言われセシルは目を見開いた。
人生初めて面と向かって嫌いなどと言われたとショックでポタポタと目から涙が流れ始める。この人は、絶対に私を認めてくれないのだ。
(いっつもアルは私の事を心配してくれていたのに、どうしてそんな酷いことを言うの)
不安な中慣れない環境で頑張ろうと決意をしているのにとセシルは勝手に流れてくる涙を手の甲で拭った。
それでもショックからか涙が勝手に流れてくる。
涙を拭いながら、セシルは先ほど浮かんだ自分の思考に首を傾げた。
(今私、アルって言ったけれど誰の事?どうして初めてあった人に酷い事言われてショックを受けているのかしら。いつも心配してくれるって何?)
混乱してうつむいて泣き始めたセシルに、アルフレッドはバツの悪そうな顔をして目を逸らした。
食堂は、アルフレッドとセシルの様子を伺っているためにシンと静まり返っている。
そんな中フィリップが豪勢に大きな声で笑いだした。
「なるほど!アルフレッド、お前好きな子の前だと上手く立ち回れないタイプだったんだな」
「違います!」
険しい顔をしつつ否定するアルフレッドの背中を力強く何度もフィリップが叩いた。
「否定するなよ!俺がセリーヌに恋をしたのも一目惚れだったんだ。恥ずかしがる必要はない!まぁ、若いからなぁ」
「だから、違いますって!」
「恥ずかしがるなよ!いつもニコニコ笑っているお前が、惚れた女性の前ではこうやって恥ずかしがって酷い対応をしてしまうなんてなぁ。可愛い、可愛い」
力強い大きな手でぐりぐりと頭を撫でられて、アルフレッドはますます顔をしかめている。
綺麗にセットされた金色の髪の毛がボサボサになり、不機嫌な顔をして手で直した。
「だから、違うって言っているでしょう!」
むきになって言うアルフレッドに、見守っていた食堂に居た女性達が一斉に話し出した。
「可愛いわねぇ。恋した女性には素直になれないなんて人間らしくていいじゃない。いつもニコニコしていてちょっと気味が悪かったものね」
「善も悪もないようなアルフレッド様は確かにちょっと気持ち悪かったわよねぇ」
気味が悪かったと言われてアルフレッドは若干へこみつつ、それでも冷たい顔をしてセシルを睨みつけた。
「泣くぐらいなら、薬師をやめて田舎に帰った方がいいと思うけれど」
「泣かせたのはお前だろうが!コイツは、好きな子にちょっかい出したいだけだから気にするな。仕事がんばってね!なんかあったら俺に相談してね」
アルフレッドの言葉を遮るようにフィリップは言うと、豪勢に笑って歩き出した。
アルフレッドも険しい顔をしたままフィリップに続いて歩き出す。
泣いているセシルを労わるように、仲間の騎士達が声を掛けてきた。
「アルフレッドが怖い顔をしていたのは照れ隠しだと思うから、気にするなよ。何かあったら協力するから」
口々にそう言って去っていく。
騎士の一団が去った後に、セシルはなんとか涙を止めてハンカチで顔を拭いていると食事を終えた侍女達が今度は声を掛けてきた。
「落ち込まないでね。アルフレッド様はいつもニコニコしているけれど、貴方には違うのは何か悪い意味ではないと思うのよ」
「そうよ。本当の自分を出せるって言うの?きっとそう言う事ね。大丈夫、皆応援しているから、何か困ったことが会ったらお姉さんたちに相談しなさいね」
捲し立てられるように言われて、セシルは頭を下げた。
会ったばかりの美形の男性に酷い言葉を投げつけられたが、人のありがたみを感じて少し笑みを作る。
「ありがとうございます」
噂話が大好きそうな女性達が労わりの言葉をかけて去って言った。
すっかり涙が止まったセシルにセリーヌも労わるように背中を撫でた。
「大丈夫?気になった男の子に酷いことを言われて辛いわよね」
「……気になっている異性ではないです……多分」
セシルもなぜこんなにショックを受けているのか解らずに首を傾げる。
会ったばかりの人に、冷たい事を言われてショックなのは確かだが泣くほど傷ついている自分に驚いてしまう。
それに、会ったばかりの彼をどうして今まで見守ってくれていたのにとふと思った不可解な感情はなんだったのだろうか。
「気にならない人に言われたのなら、フーンで済む話だし。アルフレッド君に言われてショックって言うのはそう言う事よ。それに彼が近くに居ると胸がドキドキしたりするのは間違いないわ。あぁぁ、私もフリップともう一度甘酸っぱい時期に戻りたいわ」
「どんな人でも冷たいことを言われたら誰だろうとショックを受けると思いますけれどね」
すっかり食事を終えたハンナが冷静に言うと、一人で盛り上がっているセリーヌは首を振った。
「解るのよぉ。私は恋愛マスターだから。大丈夫よ、アルフレッド君とはうまくいくから大丈夫よ」
「私、アルフレッド様が気になるって言うのは好きだとかそう言うのとは違う気がします」
セシルも冷静に言うが、セリーヌは首を振って自分の世界に浸っている。
よっぽどフィリップとの出会いが素晴らしかったのだろうと想像しながらセシルは気持ちを切り替えて昼食を開始した。
アルフレッドの事はショックだったが仕事を辞めるつもりなどこれっぽっちも無い。
(職場も違うし。気を付ければそんなに会うことも無いわ)
セシルはそう自分に言い聞かせて心を落ち着けた。
あれだけ酷い対応をされたのにアルフレッドに会えないのは少しだけ寂しいとも思った。
昼食を終えて、薬剤室へと帰る。
今朝配属されたばかりの仕事部屋に充満している薬草の匂いを嗅いで心を落ち着かせる。
壁際にずらりと並んだ小さな引き出しが付いた棚をセリーヌは指さした。
「午後はさっそく実践ね。これは薬草などが入った棚ね。二人とも新人と言えども薬師の試験に合格しているから詳しい説明は省くわね」
「はい」
セシルとハンナが頷くと、セリーヌは簡単に仕事の説明を始めた。
「まず城に努めている人達の薬を出したり、病状の様子を見たりするのが私たちの仕事ね。医師に診察された患者の薬の処方箋がこっちに回ってくるからそれを見ながら薬を調合して本人に渡す。これだけ簡単でしょ?」
「はぁ……」
聞いただけでは簡単そうに思えるが、王都の城でやって行けるかどうか不安になりセシルとハンナはお互い顔を見合わせる。
「ちょっと不安だわ」
小声でセシルがハンナに囁くと、彼女も頷いた。
「わかる。私実は資格は受かったのだけれど、実務経験がほとんどないのよ」
「そうなの?私は、おばあちゃんが薬師で漢方をやっていたから多少知識はあるけれど」
それに加えて田舎の小さな村ではあるがおじいさん薬師のもとで手伝いもしていた。
それでも、城でやって行けるかどうかは不安だ。
不安な顔をしている二人を見てセリーヌは微笑みながら、医師の薬の指示が入った処方箋を二人に一枚ずつ手渡した。
「さっそく仕事ね。これを処方通りに調剤してね」
渡された処方箋の内容を見ると、資格の試験にも出たような簡単な痛み止めの薬とシップ薬のみだった。
セシルはこれならできそうだとほっとして隣に立っているハンナの処方箋を覗き込んだ。
ハンナも同じように痛み止めと胃薬という簡単な内容のようだ。
「これならできそうだわ」
安心した表情のハンナにセシルも頷いた。
「そうね」
「複雑な薬はほとんど無いから安心してね。騎士と侍女たちの薬が多いの。胃薬とか痛み止め、シップが多いわ。あとは、城の重鎮の人はストレスからか胃薬と睡眠薬とかね。重鎮の人の薬は熟練の薬師がやるから新人は簡単な処方箋をお任せするわ」
二人の不安を拭うように言ったセリーヌの言葉に二人は安心して顔を見合わせて微笑んだ。