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冷たい男性の言う通りの道を辿りなんとか薬剤室へとたどり着いたセシルは身なりを整えてドアをノックして室内へと入る。

机が並んでいる室内には、薬草の匂いが充満しており嗅ぎ慣れた匂いに不安でいっぱいだった気分が少し落ち着いた。


「失礼します。本日からお世話になるセシル・マックレイと申します」


時間ギリギリだったが挨拶をするセシルに、室内に居た眼鏡をかけた50代ぐらいの男性が進み出てきた。


「久々の新人二人は見事迷って到着だな。どうぞ中に入って」


男性に促されるまま中に入ると、セシルと同じ年ぐらいの若い女性がはにかんだ笑みを浮かべて軽く頭を下げてきた。


セシルも頭を下げる。


「この子はセシル君と同じく今日から薬剤室配属になったハンナ君だ。そして私は薬剤室長のクロードだ。君たちの上司だな」


「よろしくお願いします」


セシルが頭を下げると、ハンナも頭をまた下げた。


「よろしくね」


「そして、私はめんどくさいのが嫌いだ。君たちを指導するのはこのセリーヌ君だ。困ったことがあったら私ではなくセリーヌ君に聞いてくれ」


クロードが紹介すると机に座っていた女性が立ち上がって微笑んだ。

金色の髪の毛を綺麗にカールしている美しい女性だ。


「よろしくね。薬全般の知識はあるつもりだけれど、特に漢方が得意なの。セシルちゃんも漢方が詳しいみたいだから楽しみだわ。色々話しましょうね」


「はい。よろしくお願いします」


漢方の話ができるのは祖母以外初めてだとセシルは嬉しくなり大きく頷いた。


「後のメンバーはまた今度紹介しよう。忙しいとは思うが頑張ってくれ」


「よろしくお願いします」


セシルとハンナはもう一度を下げた。



簡単な説明を受けて、すぐに昼になった。


「お昼は食堂で摂るのよ。食事完備なのはいいわよね。二人は寮住まいなんでしょ?」


セリーヌに案内されながらセシルとハンナは頷く。

まさかハンナも寮住まいだとは思わずセシルは嬉しくなってハンナを見つめた。


「私は一昨日引っ越してきたの。ハンナさんも?」


「同僚なんだしハンナでいいわよ。そうよ、私も先週引っ越してきたの」


ニコニコと人のいい笑みを浮かべているハンナとは仲良くなれそうだと一安心する。

そんな二人を眺めながらセリーヌは妖美に微笑んだ。


「いいわねぇー。若くて。私は城の近くに旦那と住んでいるのよ」


「えっ?結婚されているのですか?」


自分より二つぐらい年上だと思っていたセリーヌがまさかの家庭持ちだとは思わずセシルは驚きの声を上げた。


「そうよ。もう結婚して10年は立つわねぇ。あそこに座っている大きな熊みたいな男がいるでしょ」


話しているうちにたどり着いた食堂の一角を綺麗にネイルされた手でセリーヌが指をさした。

広い食堂には侍女や騎士の姿があり、窓際の隅に座っている騎士の軍団を指さした。

黒い騎士服を着た男性が数人座っているがその中心に、隊服の上からもわかるぐらい筋肉が付いた大柄の男が座っている。


「大きな人ですね」


立ち上がったら2メートルはありそうな巨大な男性はセリーヌを見つけると大きく手を振った。

セリーヌも手を振り返す。


「あれが、私の旦那。でかいでしょ。一応、マーガレット王妃の護衛騎士隊長なのよ。フィリップ隊長って呼んであげてね」


「へぇぇ、凄い人なんですね」


あれだけ大柄ならさぞ強いのだろうと、セシルとハンナが頷いた。

セシルはセリーヌの夫が座っている机の周りに顔を赤らめている女性達が居ることに気づいて首を傾げる。

灰色のワンピースに白いエプロンをしている姿からして城の侍女だろう。


「周りに居る女性達がキャッキャしているのはどうしてですかね。セリーヌさんの旦那さん凄い人気なんですね」


セシルが言うと、セリーヌは苦笑した。


「まさか。ウチのムサイ旦那が若い女性に人気の訳が無いでしょ。ほら、旦那の横に座っている美形が居るでしょう?彼が凄い人気なのよ」


セシルは目を凝らして広い食堂の奥を見つめた。


「あっ!あの人。朝、会いました。道を聞いたら凄く冷たい雰囲気で最悪でした」


金色の髪の毛、均整の取れた体に、遠くからでもわかる整った顔は間違いなくセシルに冷たく仕事をやめた方がいいと言ってきた男性だ。

口元に笑みを浮かべてフィリップの話を聞きながら昼ご飯を食べているのが見えた。


彼の笑った顔をもう少し近くではっきりと見たいと思ったが、遠すぎて薄ぼんやりとしか見えない。

それでも今朝と全く違う人当たりのいい表情に驚く。


嫌な男性なのに、なぜか彼の姿を見ると心が締め付けられる。

胸を押さえているセシルにセリーヌは意味ありげに微笑んだ。


「あらぁ、セシルちゃんもあの人に恋をしたのねぇ」


「恋?まさか……今朝会ったばかりですよ」


胸を押さえながら驚いているセシルにセリーヌは眉を上げた。


「胸が苦しくてドキドキするのは恋よ。私もフィリップに会った時は一目で恋に落ちたもの」


「まぁ、確かにかなりの美形ですけれど。とりあえずご飯を食べませんか?」


お腹を押さえて情けない顔をしているハンナにセリーヌは頷いて空いていた近くのスペースへと座った。


「そうね。まずは席を確保してから、あそこで好きなものを取ってくるの。日によって食べられるものが違うのよ」


セリーヌは細長い机の上に薬師の資料ファイルを置くと食事を取りに席を立った。

セリーヌと同じ通りにお盆を取るとカウンターへと向かう。

カウンターに張り出されている紙にはハンバーグや魚を上げた定食など様々な種類があり、セシルは悩みながらもハンバーグとパン、サラダを頼んで席へと戻った。


「朝と夕食は寮でも取れるけれど、城は24時間仕事している人が居るから食堂もだいたいの時間は空いているわ。ただ、人気の食事が無くなる事もあるから早めに来た方がいいと思うわよ」


揚げ魚定食を注文したセリーヌが席に着くとまた説明をしてくれる。


「さすがお城ですね。私の住んでいたところは田舎すぎて町の店でさえ夕方になると閉店していました」


セシルが言うと、ハンナも頷いた。

彼女もセシルと同じくハンバーグとパンがお皿に乗っている。


「わかるー!夜なんて真っ暗だったもの」


「ハンナも田舎から出てきたの?」


「そうよ。凄い田舎でフィリップ隊長みたいにしっかりした筋肉をした男性も、その隣に座っている綺麗な男性なんて初めて見たわ。お城は凄いわね。一流の人が集まっているんですもの」


口いっぱいにハンバーグを詰め込んでいるハンナにセリーヌは苦笑する。


「王都だってあれだけの綺麗な男性は居ないわよ。ちなみに、城に居る女性達から凄まじい人気なのだけれど、あーやっていつもニコニコ笑って受け流すから鑑賞物として見られているわよ」


「鑑賞物?」


意味が分からないと首を傾げるセシルにセリーヌは頷く。


「数年前までは本気で恋愛したいと女性達が告白やらアピールしていたけれど、ニコニコ笑って受け流されるからそのうち誰も本気になる人が居なくなったってわけ。だから遠巻きに見て楽しんでいるのよねぇ」


「それ以前に、少し性格悪いですよね。あの人」


セシルの言葉にセリーヌは驚いて目を丸くしている。


「性格が悪い?彼……アルフレッドっていうのだけれど、性格は悪くないと思うわよ。いつもニコニコして居て人当たりは良いけれど」


「人当たりがいい?私は朝、道を聞いただけなのに怖い顔で“薬師は向いていないから田舎に帰れ”って言われました」


今朝の出来事を思い出して不機嫌な顔をしているセシルに信じられないとセリーヌは首を振る。


「そんなことを言う子じゃないけれど。どれだけ体調が悪くてもいつもニコニコしていて人当たりはいいのよ」


セリーヌの言う通り、少し離れた位置に座っているアルフレッドは口元に笑みを浮かべて人当たりはかなり良さそうに見える。


眉間に皺を寄せて、冷たい雰囲気をだしていた今朝とは別人のようだ。


「別人のようにニコニコしていますねぇ」


今朝はなぜ会ったばかりなのに、酷いことを言われたのか不思議だと思いつつセシルも食事を開始する。


(酷いことを言われた人に恋なんてするわけないじゃない)


セリーヌの指摘にセシルはあり得ないと思うが、彼の事が気になって仕方ない。

これが恋なのか、ただ嫌な奴を見ているからドキドキしてしまうのかは分からない。

目指していた王都の薬師という職に就けたのだ。

諦めるものかと思いつつ食事をしていると、食事を終えたセリーヌの夫であるフィリップが近づいてきた。


「お疲れ。そちらは今日から配属された新人君かな?」


2メートルはありそうな巨体を揺らしながら怖くないよというように笑みを浮かべてセシルとハンナを交互に見た。


「そうよ。セシルちゃんとハンナちゃん。田舎から出てきて寮暮らしなんですって。よろしくしてあげてね」


後半はフィリップの後ろに居る部下の騎士達にセリーヌが言うと、騎士達はニコニコと笑って頷いてくれている。


ただ一人、アルフレッドを除いて。


アルフレッドはセシルを見つめると険しい顔をして睨みつけるように冷たい視線を向けている。


(会ったばかりなのにどうして怖い顔で睨みつけられないといけないのよ)


睨みつけられるようにアルフレッドに見られて居心地が悪い思いになり身を縮めた。


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