その後 2
暑い日差しを浴びながらセシルは日傘を持ってくればよかったと後悔をする。
アルフレッドの誘いで湖のアル公園へと訪れていた。
隣を歩くアルフレッドは長袖の騎士服を着こんでいて暑くないのかと見上げた。
セシルの視線に気づいたのかアルフレッドはチラリと視線をセシルに向ける。
「暑くない」
「よく私が思っていることが分かったわね」
「夏になるたびに口癖のように言ってくるから」
前回公園に来た時も暑くないかと聞いたことをセシルは思い出した。
何度見ても騎士服は夏には向いていないと思うのだが、なぜ暑くないのだろうか。
アルフレッドの額には汗一つかいておらず、涼しげな顔をして歩いている。
崖崩れから一か月が経っていた。
セシルの周りは何も変わらず、かわったことと言えばアルフレッドが毎日訪ねてくることぐらいだ。
昔の記憶を思い出すこともほとんどなくなり、アルとの思い出も蘇ってこない。
アルフレッドも過去の事は一切言わないが、彼はすべて思い出しているようだった。
「ねぇ、公園に来たのはボートに乗るためでしょ?」
セシルが言うと、アルフレッドは驚いたように目を見開いた。
「覚えているのか?」
「うーん。何となく?この前公園に来た時にアルとボートに乗ったような記憶が蘇ってきたの。約束したじゃない。また乗せてねって」
セシルが言うとアルフレッドはなぜか眉をひそめた。
セシルにとっては楽しい思い出なのになぜか辛そうな顔をしている。
「え?ボートに乗るのが嫌ならばやめる?無理してこなくてもいいのよ」
セシルはボートに乗りたかったが、アルフレッドは首を振った。
「違う。セシリア姫はボートに乗るのを楽しみにしていると言った日に死んだ。だから俺にとっては辛い思い出だ」
久々に聞く過去の出来事にセシルは頷いた。
アルフレッドはセシリアが先に死んだことがまだ辛い思い出として残っているのだ。
「私もうっすらとしか思い出せないけれど、本当に楽しい思い出だったのよ。一緒にボートに乗ったのは一回だけだったのかしら?」
そう言ってアルフレッドに手を差し出すと、おとなしくセシルの手を取った。
木漏れ日の中、手を繋いで歩く。
「婚約後にボートに初めて二人で乗った。セシリア姫はすごく喜んでいた」
アルフレッドは思い出すようにポツポツと話す。
こうやって手を繋いで歩くのは初めてではないだろうかとセシルは嬉しくてギュッとアルフレッドの手を握った。
「ボードに乗るときにすごくドキドキして幸せだったのは覚えているわ。こうやって手も繋ぐのも夢だった気がする。あまり私たちは手を繋がなかったのかしら」
ニコニコと笑いながらセシルが言うとアルフレッドは微かに微笑む。
「護衛対象と手を繋ぐなどありえなかったから」
「たしかに、手を繋いでいたら守れないものね。今の私は誰にも狙われる立場じゃないし、こうやって恋人同士がやるようなことをやっていきたい」
「そうだな」
アルフレッドはセシルの提案に穏やかに頷いた。
手を繋ぎながら歩いていくとキラキラと太陽に当たって輝く水面が見えた。
大きな湖には人の姿は無い。
貸きり状態でボートに乗れるとセシルはアルフレッドを見上げた。
「凄く嬉しい。連れてきてくれてありがとう」
とても幸せな気分になり心からのお礼を告げると、アルフレッドに力強く抱きしめられた。
驚いて離れようとするが、力が強くて動けない。
「どうしたの?」
アルフレッドがこういう行動をすることが珍しい。
セシルは彼から離れることを諦めて大きな胸に抱きついた。
「昔の俺は護衛としてセシリア姫と接している時間が長くて、婚約後の距離感が解らなかった。こうやって抱きしめたいと思っていたが、恥ずかしくてできなかった」
「そうだったの?アルがそんなことを思っていたなんて。過去の私に教えてあげたいわね」
あのアルがそんなことを思っていたなんてとセシルは噴き出して笑う。
今もアルフレッドは睨みつけるか不機嫌そうな顔は分かるが殆ど無表情なのでセシルは時々不安になるのだ。
「あっ!アルってば昔からそうやって表情を変えて何考えているか分からないから私は不安だったんだわ!」
昔のセシリアがアルに嫌われているかもしれないと不安になったのはそのせいだとセシルは思い出してアルフレッドを見上げた。
「……同じことを言われたな」
思い当たる節があるのかアルフレッドは微かに眉を寄せている。
「でしょうね。私、アルは笑っていた方が素敵だと思うの」
そこまで言ってセシルは首をひねる。
昔も同じようなことを言ったような。
「それも、昔言われた。そして死ぬ間際にも笑顔が見たいと言われた」
「あ、あれって私はあのまま死んだの?夕日がきれいで、寒い日だったわよね!とても死ぬようには見えなかったのに!」
昔の事だが、アルフレッドともっと過ごしたかったと残念な気持ちになる。
「そこは覚えているのか。みんなあのままセシリア姫が死ぬとは思わなかった。だから夕日は嫌いだ。あの日を思い出す」
「よっぽどセシリアが死んだことが辛かったのね」
そこまでアルに想われていたことに幸せな気分になる。
セシルは頷いて、アルフレッドの顔を見上げる。
「そういえば、頭痛はどう?最近、頭痛いって言わないけれど」
「すべてを思い出したらすっかり良くなった。セシリア姫の事を思い出すのが辛かったから体が拒否していたのだと思う」
「拒否って……。一応聞くけれど、まさか私が嫌いだったからとかいう落ちは無いわよね」
冗談のように言うセシルにアルフレッドは睨みつけた。
「お前が俺を残して死んだからだ」
まだ言うのかとセシルは顔を背けた。
アルフレッドの恨みは相当な根強さを持っている。
セシルは、話題を変えようと上目遣いでアルフレッドを見上げる。
「微笑みの王子様はもうやめたの?」
「なぜか俺はあの城に居る時には無理に笑顔を作っていたような気がする。気づくと無理をして笑っていたような。セシリア姫の呪いだな」
「失礼な。でも私は微笑みの王子様のアルを常に見たいのだけれど」
「死ぬ間際に、俺の笑顔が好きだとか言うからだ」
「そんなこと言ったかしら」
セシルは思い出そうとするが何も思い出せない。
アルフレッドは納得がいかないと言うようにギュッとセシルを抱きしめると不意にキスをした。
驚いて目を丸くしたセシルを見てアルフレッドは幸せそうな顔をして微笑んだ。
「俺が心から笑えるのはセシルとこうしている時だな」
あまりにもアルフレッドが幸せそうに笑っているのでセシルは文句を言うのも忘れて美しい微笑みに見惚れているとまた軽くキスをしてくる。
いたずらっ子のような笑みを見せるアルフレッドを見つめて、やっぱり笑っている方が素敵だからいつでも笑っていてほしいなとセシルは思った。
これで最終話です。ありがとうございました。