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ヤギ祭り当日、セシルとセリーヌ、ハンナは賑わう会場へと来ていた。

王都から馬車に乗り山際に囲われている杭の中に放牧されているヤギの群れを見てセシルたちは声を上げた。


「かわいいー!小さいヤギもいるわよ」


「久しぶりの田舎の匂いがします」


山に囲まれた小さな村を見てセシルは実家を思い出しながら大きく息を吸い込んだ。

セシルが勤めている城も山に囲まれているが、やはり都会的な町が城のすぐ下にある環境とは違い、懐かしい空気がする。

祭りというだけあり、城がある町から馬車の本数を多くして行き来しているおかげか人でにぎわっている。

放牧されているヤギの群れを見て癒されていたセシルは背後の崖を見上げて声を上げた。


「崖にヤギが昇っていますよ!」


垂直に近い崖を難なく登っていくヤギは途中で立ち止まると崖の一部をペロペロと舐めてセシルたちを見下ろした。

驚いているセシルにセリーヌはニッコリと微笑んだ。


「可愛いわね。ヤギは崖を登るのが得意だからね」


「あれ?そうでしたっけ?」


断崖絶壁を登る動物を初めて見たセシルは興奮しながら首を傾げた。


「王妃様はもう会場入りしているらしいわ。式典は午後だからそれまで露店をぶらぶらしていましょう」


「そうですね」


セシルとハンナは頷いてセリーヌの後をついて行く。

露店が並んでいる場所へと向かうと人が一段と多くなっていた。


「沢山店があるわね」


「ヤギの肉とかミルクもあるわよ。実物を見た後だけれど食べられちゃうわね」


楽しそうにハンナもヤギの肉が売っている店を指さしている。

串焼きにされたヤギの肉を炭火で焼いていて、美味しそうな匂いが風に乗ってやってきてセシルのお腹が鳴った。


「お腹すきましたね。ヤギ肉食べます?」


「まだよ。露店をじっくり見てからよ。もっと美味しそうなものがあるかもしれないわ」


セリーヌは妥協をせずに、首を横に振った。

食べ物以外の露店も多く出ていてセシルは小さなヤギの置物を手に取った。


「これ見てください、凄く可愛いー!ウチの田舎のヤギは角生えていないがします」


すぐ後ろに居るセリーヌを振り返ったがなぜかアルフレッドがセシルを見下ろしていた。


「わぁぁ、どうしてアルフレッド様がここに居るの?」


驚いて危うく手に取った置物を落としそうなセシルの手を掴んでアルフレッドは微かに眉をひそめる。


「アンタの田舎に居るのは羊で、ここに居るのはヤギの違いだからじゃないか?」


「あれ?そうかも」


ヤギと羊の違いが判らずセシルは首をかしげた。


“何度も言うが、あれはヤギだ!姫さんが絵本で見たのは羊。何回同じことを言わせるんだ”


呆れているアルとアルフレッドが重なるように見えてセシルは目をしばたたかせる。


(前も同じことを言われてアルに呆れられたんだったわ)


黙って見上げているセシルの顔の前でアルフレッドは手を振った。


「聞いているか?」


「え?えぇ、大丈夫よ。ちょっと遠くを見ていたわ。どうしてここに居るの?」


何度か瞬きを繰り返してアルの姿を追いやってセシルは問いかけた。

アルフレッドは後ろに視線を送る。


「式典まで異常が無いか見回りだ」


アルフレッドの後ろにはフィリップがセリーヌと話しているのが見えた。

他にも数人騎士の姿が見える。


いつもと変わらない騎士服のアルフレッドだが城の外で偶然会うと、いつもよりも素敵に見えてセシルは顔がにやけるのを必死で抑えた。


「なるほど。王妃様が参加されるような式典を見るのは初めてだから楽しみにしているわ」


アルフレッドに会えた喜びを悟られないように言うと、アルフレッドは険しい顔をした。


「何度も言うが……」


「解っているわよ!使わない!何があろうと、絶対に私は力を使いませんし、今までも使っていません」


アルフレッドが何を言うか察知してセシルは両手を上げて宣言をした。

心が籠っていないセシルのいい方に冷たい目を向けたが、仕方がないとアルフレッドは頷く。


「解っているならいい。次使ったら、使えないように考えるからな」


「手足でも縛って閉じ込めるつもり?」


冗談で言ったつもりだが、アルフレッドは真剣な顔をして頷いている。


「それしかないな」


「えっ?」


アルフレッドの反応に驚いていると、彼は真面目に言った。


「どこにも行かず、誰にも会わせない様にすれば力を使うこともないだろ」


「突拍子もない」


平静を装って言うセシルだったが、彼が言うのは半ば本気だろう。


(まずいわ、前世で何度注意しても私が力を使っていたことがトラウマになっているのかもしれないわね。アルフレッドは仕事人間だったってことね。そうは見えないけれど)


生まれ変わっても護衛騎士という職業に就いたという事はアルフレッドが騎士という仕事が好きだったのだろう。


セシルは焦りながら後ろを指さした。


「ほら、フィリップ様達がもう行くって!」


アルフレッドが振り返ると、フィリップを含むセリーヌたちが生暖かい顔をしてセシルたちを見つめていた。


(あれは、私たちをネタに話していた顔ね)


彼女たちにからかわれるのだろうと思うと気が重いが、アルフレッドは特に何も思わないようで無表情のままフィリップの元へと歩いていく。

仕方なくセシルもアルフレッドの後ろから歩いてセリーヌたちに合流をした。


「もう話はいいのか?」


生暖かい表情をしながらフィリップがアルフレッドに言うと、彼は表情を変えずに頷く。


「注意は済んだ」


「注意って……」


セシルは小さく呟いたが、セリーヌとハンナはニコニコしながらアルフレッドを見つめていた。

セシルの事を好きなのよという心の声がセリーヌとハンナから聞こえてくるようで大声で否定したい気持ちになる。


(違うのよー!アルフレッド様は前世で私を守っていたせいでちょっとおかしくなってしまったの!仕事バカになっているの!)


誰にも言えない心の声にセシルはギュッと唇を噛んだ。


「じゃ、式典では俺達の雄姿を見てくれ!」


フィリップが両腕の筋肉を見せつけるように言って歯を見せて笑っている横でセリーヌは頷いた。


「見るわよ。でも、ただ立っているだけでしょ。見るけれど」


「それは仕方ない。王妃の護衛だから!」


フィリップ達が仕事へと戻っていくのを見送ってセシルは生暖かい目で見てくる二人を振り返った。


「なに?」


「アルフレッド様、セシルを見つけたらすぐに傍に行ったの。あなた達まだ付き合ってないわよね」


確認するようにハンナに言われてセシルは目を見開いた。


「付き合っているわけないでしょぉ!」


「えー。どう見ても付き合っているわよ!アルフレッド君、当たり前のようにセシルちゃんの所にササッって行ったから。ねぇ」


意味ありげにお互い顔を見合ってセリーヌとハンナは頷き合っている。


「違います」


一気に疲れを感じながらセシルは呟いた。




ヤギ肉の串焼きとミルク、チーズを昼に食べてセシル達は式典会場へと向かった。

簡易的な舞台は崖の下に用意されていて崖には数匹のヤギが昇っているのが見えた。

城から来ていた騎士達が警備についていてセシル達を見ると見やすい位置へと誘導してくれる。


「まだ時間があるのに結構人が集まっていますね」


椅子に座ることができたセシルが両脇に座る二人に言うと、むしゃむしゃとヤギの乳で作られたチーズをかじりながらハンナが頷いた。


露店で買ったヤギのチーズをいたく気に入ったらしくハンナは一人で食べている。


「娯楽がなさそうな村だし、王妃様が来たらそりゃ見に来るわよ。美しい王妃、平凡な村の男性よりも綺麗な人や筋肉質な護衛騎士達。芝居小屋の俳優を見に来たみたいなものよ」


「面白い事を言うわね」


褒めるセリーヌにセシルも頷く。


「芝居小屋はいい発想ね」


王妃様が現れる予定の特設された舞台には村長が段取りを確認している。

まだ本番でもないのに緊張している様子が伺えてセシルは微笑む。


「そうだ、これウチの旦那から差し入れというか着ておいた方がいいって。渡しておくわね」


右隣に座るセリーヌが袋から灰色の上着の様なものを二枚渡されセシルは左隣に座るハンナにも回す。

「なんですか?寒くないですけれど」


防寒具かと思い広げてみるとフードが付いた雨着だった。

空を見上げると、薄っすら雲はかかっているが雨が降りそうにはない。


「ウチの旦那は天気を読む天才なの。多分、夕立が来るわよ」


「まぁ、山ですからね」


特殊な能力のように言うセリーヌにハンナは冷静に言うと雨着を広げてさっそく着用する。


「山の天気は変わりやすいですからね。ありがとうございます」


夕立が来そうな気配は感じられなかったが、騎士隊長が言うのだから信じようとセシルも雨着を羽織った。

雨が降り出したら被りやすいようにフードも整えておいた。




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