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王都の城での薬師になり、出勤日当日セシルは鏡で自分の姿を見返した。

紺色のジャケットにパンツスタイルの制服を着ている自分の姿を見てニヤリと笑う。

真新しい制服姿に本当に城の薬師になったのだと実感して改めて感動を覚える。


数日前に王都に入り、兄と共に寮に荷物を運び込んだ。

荷物は着替えと本ぐらいな物で家具などは寮の部屋にあるために簡単な引っ越し作業だった。

城の裏庭を抜けて山に面した大きな建物の一角がセシルが住むことになる女子寮だった。

一間の部屋にはベッドと風呂トイレもついておりセシルが想像していたよりも快適な暮らしが出来そうだった。


部屋の窓を開ければ職場である大きな白い城が見えて気分が上がる。

国の王様が住んでいる城の傍に住むこともセシルからしたら考えられない幸福なことだがそこが職場になることも数か月前のセシルには信じられないことだ。


兄はすでに帰ってしまい、家族と離れて暮らす寂しさはあったものの薬師として働けることの喜びが勝ちワクワクしている気持ちが抑えられず顔がにやけてしまう。


(今日から私は城の薬師として働くのだわ。頑張らないと)


気を引き締めてセシルは部屋を後にした。


寮から出るとすぐに城の裏庭になっており城の入口へと向かいながら上着のポケットから入職時に渡された簡単な職場までの地図を取り出す。

大きな城の中では慣れるまでは迷う人も少なくないとのことで渡された地図だが、寮を出ると早速城への入口が解らなくなってしまった。

裏庭には迷路のように草木が植わっており細い通路が何本もありどれを通って行けば城に出るのか立ち止まって地図を眺めた。

森林のように立ち込める木々の間に季節の花が植わっておりさすが王城の裏庭だと思うが今は鑑賞している場合ではない。

指定された時間より早めに出てきたつもりだが、城に入る前に迷いそうな雰囲気にセシルは不安な気持ちになってくる。


「たしか、こっちの入口から入って行けば迷わないらしいけれど……」


赤い印がつけられた職場までの通路を確認しながら歩くが目の前に見ている大きな城の入口にはたどり着けない。


地図を見ながら不安な気持ちになりながら歩いていると、木々の間に黒い人影が見えた。


(やっと人を見つけたわ!)


薬師の部屋までの道を聞くことができるとセシルは小走りで黒い人影に近づく。

セシルよりも頭一つ背が高い金色の髪の毛をした男性に声をかけた。


「あの、すいません。道をお伺いしたいのですが……」


セシルが声をかけると、男性は振り返った。

黒い騎士服を着た男性の整いすぎた顔を見てセシルは息が止まるほど驚いた。

何処かの国の王子様と言われてもおかしく無い様な優しい顔つきにセシルを見ると驚いたように青い目を見開いている。


(すごく綺麗な男性だわ)


セシルよりも少しだけ年上に見える男性は、初めて会ったはずなのにどこか懐かしい気分になってセシルは首を傾げた。

何処かで会ったことがあるような、妙な気分になる。


初めて会ったはずなのに、男性の顔を見ていると胸が締め付けられるような息苦しさを覚えて息を大きく吸ってからゆっくりと吐いた。

お互い驚いて顔を見つめ合っていると、男性は我を取り戻したように眉間に皺を寄せてセシルを見つめる。


「なに?」


冷たく言われてセシルも我に返り慌てて地図を男性に見せた。


「あの、すいません。本日から薬師に配属になったのですが迷子になりそうで。城の入口はこの道であっていますか?」


冷たい雰囲気を醸し出している男性にセシルが恐々聞く。


「あぁ、薬師ね……。薬剤室へ行くのならこの道をまっすぐ進んでいけば着く。その地図通りだよ」


先ほどまで優し気だった口元は不愉快そうに歪められて眉をひそめて男性はセシルに冷たく言った。

あまりにも冷たい言い方と人並外れた美貌の男性におののきながらセシルは頭を下げる。


「ありがとうございました」


さっさとこの場を立ち去ろうと男性の横を速足に通り過ぎた。


「あのさ、君、薬師は向いていないと思うから早く家に帰ったら?」


横を通り過ぎるセシルに男性は無表情に冷たく言い放つ。

会ったばかりの人間にしかも騎士になぜそんなことを言われないといけないのだろうか。

ムッとしつつも、なぜか男性の声の声に懐かしさともに心が震えた。

薬師になることを夢見て頑張ってきたのに否定されたせいか、なぜか泣きたくなるような気分になってセシルは立ち止まって唇を噛んだ。


「私は、試験に合格しました。向いているかどうかは私の上司が決めることです」


「なるほど。一理あるが、俺は向いていないと思うね。さっさと辞めて別の仕事を探した方がいい」


下を向いたままのセシルに男性はそう言って逆の方向へと歩き出した。

男性の背を見つめてセシルはまた泣きたくなるような、懐かしいような不思議な気分になった。


「何なのあの人……」


顔はいいが冷たい嫌な奴だ。

嫌な奴だと思うのに、胸はドキドキと鼓動を打っていて心が苦しい。

息が上手く吸えないような感覚になってまた大きく空気を吸い込んだ。

男性の姿が見えなくなって、ふと気づく。


「いけない、遅れてしまう!」


初日に遅刻などありえないとセシルは地図を眺めながら駆けだした。





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