19
店の外へ行くとセシルは店を出てきたアルフレッドを振り返る。
「ありがとう、付いてきてくれて」
「いや、お役に立てたなら良かった」
出会った頃の冷たい対応とは違い愛想は良くないが、普通に接してくれるアルフレッドにセシルは嬉しくなる。
「このまま、城へ帰るのか?」
アルフレッドに聞かれてセシルは少し考えた。
「町を少し見てきてもいいって許可は取ってあるの。どこかお勧めはある?」
「俺もそんなに町に詳しいわけではないが……。少し先に大きな公園があるそこで昼を買って食べるのがお勧めと言えばお勧めかな」
「そうなのね。ゆっくりできていいかもしれないわね。どこにあるの?場所だけ教えてもらえれば一人で行かれるから、アルフレッド様はもう寮に戻って休んで」
流石に昼まで付き合わせるのは悪いだろうと思いセシルが言うと、アルフレッドは心外だと眉をひそめる。
(この顔はアルもよくやっていたけれど、私が気に食わないことを言った時の顔よね)
セシルはアルフレッドの顔を見つめたが何が気に食わないのかさっぱり分からない。
「アルフレッド様、夜勤明けで疲れているでしょう?」
気遣っているつもりのセシルだが、アルフレッドはますます眉間の皺が深くなっていく。
「アンタみたいな世間知らずを一人にしておけるか」
「えっ、それなら城へ帰る?」
田舎から出てきたセシルを心配しているのはわかる。
少し町を見てみたいと思ったが仕方なくセシルが城に帰ろうというとまたアルフレッドの機嫌が悪くなった。
(こういうよくわからないことで怒るのは変わっていないのね)
セシルはアルフレッドを見つめていると、彼は呆れたように息を吐いた。
「そう言う事じゃない。帰ろうなどと一言も言っていないだろう。俺も公園で昼を食べると言っているんだ。提案をしたのは俺だ」
「確かにアルフレッド様の提案ではあるけれど、疲れているんじゃないの?」
「アンタを一人にさせておく方が心配だ」
心配という言葉にジーンと感動をしてしまう。
あの冷たかったアルフレッドが、過去に何かあったであろうアルフレッドが心配してくれている。
(そうよ、もう過去に何があったかは気にしない!どうせアルフレッド様も覚えていないだろうし。好きなんだから嫌がられても一緒に居よう!)
セシルは気持ちを切り替えて、笑みを見せた。
アルフレッドが一緒に昼を食べてくれると言うのだ、ありがたく共に過ごそう。
「そうね。私は世間知らずの田舎者だから、一緒に居てくれるなら嬉しいわ」
素直に言うと、アルフレッドも満足したように頷いた。
アルフレッドがお勧めだという美味しいパン屋でサンドウィッチと飲み物を買って公園へと向かう。
「もうすぐ夏ね。日差しが暑いわ」
日傘を持ってくればよかったと思いながらセシルはパタパタと手で顔に風を送る。
何度も荷物を半分持つと言って聞かなかったがアルフレッドは両手に昼食を抱えながら涼しい顔をして頷いた。
「そうだな。季節が過ぎるのは早いものだ」
「そうねー。アルフレッド様はそんな恰好で暑くないの?」
薄いブラウスのセシルとは違い、アルフレッドは黒い騎士服を着ている。
長袖の制服と、ブーツでは熱が籠りそうだとセシルはアルフレッドを見上げた。
額に汗一つかいていないアルフレッドは暑さを感じていない顔をしている。
「暑いが、鍛えているから」
昔もこんな会話をしたなとセシルは一瞬懐かしい気持ちになった。
夏になると毎年こんな会話をしていたような気がするが、アルは汗一つかいていなかった……ような気がする。
セシルの記憶も曖昧だが、アルフレッドと会話をしていると一瞬だけ思い出す記憶もある。
店が並んでいる都会的な景色の中に森が広がっているのが見えた。
木々が茂っているのを見てセシルは指をさした。
「あれが公園?森って感じだけれど」
「整備されている森の様な公園だ。湖もあり、景色がとてもいい。落ち着く場所だ」
「へー」
アルフレッドの後について森の様な公園を歩く。
確かに道は整備されていて、城の裏庭よりも歩きやすかった。
所々に咲いている花を眺めながら歩いていると、大きな湖が見えてきた。
「これが、湖?とても綺麗ね」
太陽に当たって輝く水面が綺麗でセシルは目を細めた。
「そうだ。夏になればボートも乗れる」
「そうなのね」
(いつか、アルフレッド様と乗りたいわ)
アルフレッドとボートに乗っている自分を想像していると昔の映像が蘇ってきた。
“ボートとっても楽しいわ!また乗せてね!”
アルにエスコートされながらボートを降りる昔のセシルはとても嬉しそうに微笑んでいる。
“夏しかやって無いからな。来年の夏だな”
アルはそう言ってセシルの頭を乱暴に撫でた。
乱れた髪の毛を整えながらセシルはアルを見上げる。
“約束よ!”
“わかったよ。来年の夏だな”
呆れたような顔をしているアルはそれでも微かに口角が上がっていた。
(こんな甘酸っぱいデートみたいなことをしていたのね)
セシルは思い出に浸りながら横に居るアルフレッドを見上げる。
アルと同じ横顔に胸がキュンとして慌てて視線を逸らした。
じっと顔を見ていたら好意があると気付かれてしまうかもしれない。
(きっとアルフレッド様は嫌がるわ。間違いなく、過去に何かあって嫌われているようだから)
自分の心に釘を刺して顔をにやけそうになる顔を引き締めた。
湖が見える人通りが少ない奥のベンチに腰を掛ける。
キラキラと太陽に当たって輝く水面を見ながらアルフレッドが渡してくれたサンドウィッチを頬張った。
「おいしいー。このパンと生ハムの相性最高ね」
口いっぱいにパンを頬張っているセシルを見てアルフレッドは微かに口角を上げた。
無表情か睨みつけている顔が主だったために、少しだけ微笑んでいるアルフレッドの顔にセシルの胸はときめいた。
セシルにじっと顔を見られてアルフレッドは顔をしかめる。
「なんだ?」
「いえ、なんかいつも不機嫌そうだなぁって思っていて」
つい、言ってはいけないことを言ってしまったとセシルは慌てて口を押えた。
自分を嫌っているのを感じ取っているが本人から直接嫌いな理由を言われたら立ち直れない。嫌な感じがするとは言われたが、嫌いだとはまだ言われていないはずだ。
アルフレッドはセシルの言葉に眉間に皺を寄せてこめかみに手を当てた。
「頭が痛い」
「えぇぇぇ。大丈夫?」
先ほどまで穏やかに話していたのに、なぜ急にとセシルは驚いてアルフレッドの顔を覗き込んだ。
頭痛が酷いのか苦痛に顔を歪ませながらこめかみに手を当てて摩っている。
「アンタと会話していると頭痛がする。何かを思い出しそうな気がするが頭痛がして思い出せない。一体なんなんだ……」
(きっとそれは、前世で私とかかわりがあったからよ!)
セシルは心の中で叫んだ。
もし、アルフレッドが昔の事を思いだしたらもう仲良く話してくれないかもしれないという恐怖が襲いセシルは慌てて持っていた痛み止めの薬を鞄から取り出した。
「緊急用に持っている私の痛み止めの薬だけれど、アルフレッド様に処方されていたのと同じ薬だから良かったら飲んで」
よっぽど頭が痛かったのかアルフレッドは素直に薬を受け取った。
薬を飲んだのを見守っていたセシルに、アルフレッドは薬がまだ効いていないようで顔を歪ませている。
「アンタに悪気はないんだ。ただ、なぜか頭痛がする」
「気にしてないわ」
セシルは首を振ったが、絶対何か過去に原因があると確信をする。
何があったのか思い出してほしいが、セシルは思い当たることがある。
きっと昔のセシルが無理やり婚約者にしたことだろう。
(だってそれまではアルとの関係は悪くなさそうだったもの)
こうして仲良く公園で昼を食べたり、ボートに乗ったりと楽しい時間を過ごしていたはずだ。
婚約した後の記憶が全く思い出せないからセシルにとっても辛い思い出なのかもしれない。
お互い黙って湖を眺めていると、小さな男の子が走ってきて二人の目の前で転んだ。
「いたいー」
転んだまま大声で泣き出した男の子の近くに親らしき人は見えず、セシルはベンチから立ち上がって子供に近づいた。
「大丈夫?」
地面にうつぶせになって泣いている男の子の両脇に手を入れて立たせると、手と膝から血が流れていた。
「いたいよぉー」
たいした怪我ではないが、子供にしては痛いだろう。
セシルはあたりを見回して人が居ないのを確認して、男の子の手を握った。
「痛くない、大丈夫よ」
(この子の怪我を治す!)
心中で唱えると、一瞬セシルの両手が光った。
ミレーユ姫を治すことができなかったが、男の子の血が出ていた膝と手の平は綺麗に治っている。
(力が無くなったわけでなかったのね)
ミレーユ姫を治せなかったことが気になっていたが、綺麗になった男の子の怪我を見てホッとする。
「ほら、何ともなっていないわよ。痛くないわよ」
セシルは砂がついた男の子の膝と手を綺麗にしてやっていると、母親が迎えに来た。
「すいません。ご迷惑をおかけして」
「いえ、転んでしまったみたいですけれど、怪我はしていないようですよ」
セシルはそう言って男の子を母親に返す。
「ありがとうございました」
手を振っている男の子に、手を振り返していると腕をぎゅっと掴まれた。
「痛い」
「痛くしているんだ」
怖い顔をしているアルフレッドがセシルの腕をもう一度強く握った。
「だから、痛いって」
「今、力を使っただろう」
睨みつけられながら言われてセシルは俯く。
「……だって、力が無くなったかと思ったんだもの」
小さく呟くセシルにアルフレッドは呆れた顔をした。
「ミレーユ姫を治せなかったからか。そんな妙な力は無くなった方がいいんだ」
吐き捨てるように言うアルフレッドにセシルは唇を尖らせる。
「せっかくの力を、人のために使えなくなったらあんまりじゃない。でも、まだ力があるってわかって良かったわ」
「自分の体が可笑しくなったらどうするんだ。体調に異変はないのか?」
顔を覗き込みながら言うアルフレッドにセシルは頷いた。
「全く変化ないわ。疲労感も無いし。あれぐらいの傷なら私の体も変化ないみたいね」
「甘く見ない方がいい。いいか、絶対にもう使うなよ!」
昔と同じようないい方をするアルフレッドにセシルは頷いた。
(やっぱりアルフレッド様は口煩いわ。もう護衛じゃないのだからそんなに心配しないでもいいのに)
心配されることは嬉しいが、それが果たしてアルフレッド本心からなのかと言ったら怪しい。
アルフレッド本人もなぜセシルを心配しているのかと思っている様子がうかがえ、セシルはそっと息を吐いた。