18
私服に着替えて薬剤室へと顔を出す。
「じゃ、行ってきます」
「はーい、気を付けてね。店の爺さんによろしくー」
手を振るセリーヌに軽く頭を下げてセシルは城の外に出る最短ルートを頭で考えながら廊下を歩いた。
すれ違う騎士や、侍女達もここに来た頃は珍しかったがそんな景色も今ではすっかり慣れてしまっている。
長い廊下の向こう側にアルフレッドが歩いているのが見えてセシルは嬉しくて口角が上がりそうになるのを必死でこらえた。
「お疲れ様です」
会えたことの喜びを隠しながら挨拶をすると、アルフレッドは私服姿のセシルを上から下まで眺めた。
「制服は?」
「今から町へお使いに行くの。薬師の制服を着ていると厄介なようなので私服なのよ」
セシルの説明にアルフレッドは納得したように頷いた。
「そういえば、報告書で読んだことがある。薬師や医者が制服のまま町に行くと大変らしいな」
「そうみたいね、では……失礼します」
本当はもっと話したいことはあるが、多分嫌われている相手にこれ以上話すのも悪いと思いセシルは断腸の思いで別れの挨拶をした。
「ちょっと待て」
立ち去るセシルの腕をアルフレッドに掴まれて心臓が飛び出るほど驚いて振り返る。
「なに?」
「俺も一緒に行こう」
「えっ?」
驚くセシルにアルフレッドは当たり前のようにセシルの腕を掴んだまま歩き出した。
「一人で行かせるのは危険な気がする。また妙な力を使っても困るからな」
セシルが力を使ったとしてもアルフレッドには迷惑が掛かることは無いのに、間違いなく前世の護衛騎士だった時の心配性が抜けていないのだろう。
一緒に行ってくれるのは嬉しいが、アルフレッドは嫌ではないのだろうか。
出会った頃の睨まれていたことを思い出してセシルは浮かれていた気分が少しだけ落ち込んでくる。
「仕事は大丈夫なの?」
「夜勤明けだ。今から寮に帰るところだった」
「だったら、疲れているでしょう?無理しないでいいのよ」
そう言うとセシルの脳裏にまた昔の映像が蘇った。
“アル!今日はゆっくり休んでいていいわよ”
いつもより地味な洋服を着た昔のセシルがアルに微笑んでいる。
アルはセシルの姿を上から下まで眺めて両腕を組んで馬鹿にしたように見下ろしている。
“それで俺を誤魔化せると思っているのか?町に降りてケガ人を治療しに行くつもりだろ?”
“違うわよ。たまには、地味な洋服を着たいと思ったの。町に行くなんて考えてなかったわ”
白々しい嘘をつくセシルにアルは鼻で笑う。
“全く。町へ治療しに行くのは禁止だ。ただ、姫さんの好きなお菓子を買いに行くだけならついて行くけど。どうする?”
大好きなアルと町へ出かけられるのは嬉しい。
“行くわ。アルと一緒に町へ行く”
素直に喜んでいるセシルにアルは微かに微笑んでいる。
(ほら、口角上げるだけでこれだけ素敵なんだもの。もっと笑ったところが見たいわ)
ボーっとしながらそう思っているセシルの腕をアルフレッドが強く掴んだ。
「聞いていたか?」
「えっ?あぁ、ごめんなさい。なんだっけ」
過去の映像を見ていたとも言えずセシルはアルフレッドを見上げる。
眉間に皺を寄せてセシルを見下ろしている顔に過去のアルみたいに少しだけでも口角を上げてほしいと思った。
「疲れていないから一緒に町へ行くと言った。そんな様子ではやっぱり一人で行かせるのは危ないな」
ボーっとしていたことは仕方ない。
過去のアルと重なって見えてセシルは諦めて頷いた。
「そうね。少しボーッとしているかもしれない」
アルフレッドに嫌われるような前世の出来事は不明だが、今は出会った当初ほど嫌われているような雰囲気はないような気がする。
アルフレッドの傍に居ると好きだと言う感情が出てきてしまう。
昔も今も関係なくアルフレッドが好きだと叫びたくてセシルはぐっと堪える。
(もう、嫌われていても構わない。傍に居られることに感謝しよう)
セシルはじっとアルフレッドを見つめて決意をした。
「じっと見てきて気味が悪いんだが」
セシルに見つめられてアルフレッドは居心地が悪そうに顔を背けた。
「ごめんなさい」
嫌いな相手からじっと見られて嫌だったかと慌てて視線をそらしてセシルは歩き出した。
「で、どこに行くんだ?」
セシルの横を歩きながらアルフレッドが聞いてくる。
本当に付き合ってくれるのかと嬉しくなりながらセシルはチラリとアルフレッドを見上げる。
無表情だがアルと変わらない整った顔を見て、こうして昔も並んで歩いていたことを懐かしく思い出した。
「頼んでいた漢方の薬草が届いたから取りに行くの」
「場所はわかっているのか?」
「もちろんよ、地図をセリーヌさんから貰ったから」
セシルは斜め掛けしている鞄からセリーヌに渡されたメモ帳を取り出した。
セシルが畳まれたメモ帳を開く前に、アルフレッドが奪い取る。
「メイン通りから一本奥まった店か……」
「知っているの?」
田舎から出てきたセシルは町に詳しくない。
そんな様子のセシルにアルフレッドは馬鹿にしたように冷めた目を向けた。
「田舎者にはいくのは難しいだろうな」
「失礼ね」
こうして無駄口を叩いていると昔に戻ったような気分になる。
(護衛騎士のアルと話している時が一番たのしかったな)
どう頑張ってもアルフレッドと結婚できたのか、幸せな生活を送れたのか思い出せなかった。
森の中に建っているように見える城から町へ降りるとポツポツと民家や店が見えてきた。
店が並んでいるメイン通りまでアルフレッドと並んで歩く。
特に話すことは無かったが不思議と気まずい雰囲気はなく、セシルは懐かしい気分で胸がいっぱいになりながらアルフレッドの横顔を何度も盗み見た。
アルとは何度も町で遊んだような気がするが、何をしていたかも思い出せない。
懐かしいなと思っているとアルフレッドは歩いてメイン通りの裏へと入っていく。
「こっちであっているの?」
賑わっているメイン通りと違い、一本奥に入ると寂れた雰囲気になる。
薄暗い通りを歩かされてセシルは不安になってアルフレッドを見上げた。
「だから一人では無理だと言っただろう。田舎者は迷子になるところだったな」
「確かに……。でも本当にこの道?」
この道であっているか不安になるぐらい寂れていて薄暗い。
薄暗い道に不安になっていると、アルフレッドはボロボロの店を指さした。
「セリーヌさんのメモ通りならあの店が薬草を売っている店のようだな」
「えぇぇ?あのボロボロの店が?開いているのかどうかも怪しいわ」
セリーヌに騙されたのではないだろうかと不安になりながら店の前からガラス越しに中を覗き込んだ。
埃っぽい店内には乱雑に木の根や枯れた葉、ビンに入っている植物などが置かれているのが見えてセシルはホッと息を吐く。
「ちゃんとした漢方のお店みたい」
「とても売り物が置いてあるように見えないが、薬草みたいなのは店内に置いてあるな」
アルフレッドもセシルの後ろから店の中を覗き込んで顔をしかめた。
漢方を知らない素人から見たら何に使えるか不明の物もセシルから見ればお宝に見えるらしい。
顔を輝かせながら店内を見つめているセシルにアルフレッドは呆れながらもセシルの背を押した。
「さっさと買い物を済ませよう」
「そうね」
立てつけの悪いドアを開けて薄暗い店内へと入る。
埃っぽい店内のカウンターの奥に座っていた老人がセシルたちに視線を向けた。
「いらっしゃい」
「こんにちわ。城の薬師セリーヌさんの代理で来ました。頼んでいた品物を取りに来ました」
セシルが言うと、老人は頷いてカウンターの上に漢方に使われる薬草を数点置いた。
「はい、頼まれていたのはこれだね」
セシルは注意深くカウンターに置かれた薬草を手に取って観察をした。
セリーヌが言っていた通り、セシルが素人だと思って売り物ギリギリレベルの品物を出してきている。
「これ、お値段と品質があっていないと思うのだけれど」
アルフレッドにはただの木の根にしか見えない薬草をセシルが指をさした。
「特にこの部分は無いわ。細くてこれでは満足に薬も作れないし、効果もあまり見込めないわ」
カウンターの上に置かれたすべての品物を手に取って金額と見合わないことを告げると老人は軽く笑った。
「お嬢さんは素人じゃないな。漢方を使える新人が入ったか……。仕方ない、こっちの品物でどうかな?」
後ろの棚から新たに出した品物をセシルは見て頷いた。
「これならば、値段に見合う品物ね。質もいいし……いい薬が出来そうだわ」
「それは良かった」
満足できる品物を手にすることができたとセシルは預かっていたお金をカウンターに置いた。
「はい、確かに。毎度アリ」
「どうも。また来ます」
品物を鞄の中にしまい、セシルは後ろに立っていたアルフレッドに目配せをして店を出た。