16
アルフレットがなぜこの部屋が嫌いなのかを討論していたマーガレットとミレーユだったが、侍女がマーガレットに声をかけた。
「マーガレット王妃。そろそろお時間でございます」
「あら、いやだ。仕事の時間だわ。じゃ、私は行くけれど、ミレーユが薬を飲まないようだったら侍女に頼んでね」
娘の頭にキスをしてマーガレットはバタバタと退出していった。
残されたセシルの手には漢方薬。
ミレーユは顔をしかめて漢方薬を見つめた。
「それ臭いから飲みたくないわ」
ベッドの上に横たわりながらミレーユはそう言うと激しく咳をする。
(こんなに咳が強いと、薬を飲むのも大変だわ)
何とか収まるようにミレーユの背を撫でるが全く収まる様子が無い。
このまま咳が止まらないと体力を消耗するし、呼吸困難で最悪の状況になるかもしれない。セシルは自分とミレーユ以外の誰も居なことを確認すると、そっとミレーユの手を握った。
(アルフレッド様には絶対にやらないと誓ったけれど、さすがに可哀想)
自分の力を今使わないでいつ使うのだと咳き込んで苦しそうなミレーユを見て決意をする。
大怪我だったアルフレッドを治した時も運動をした後ぐらいの疲労感だったのだから、咳を治すぐらいだったら自分の体に帰ってくる疲労感はたいしたことが無いだろうと思いセシルは両手でミレーユの手を握った。
握ったミレーユの手を自らのオデコに付けて目を瞑って祈る。
“お願い、私はミレーユ姫の喘息を治したい。治す!”
必死に祈るが、アルフレッドを治した時の様な感覚はやってこない。
以前のように胸の奥が熱くなり両手の平が痺れたような感覚にならず、セシルはもう一度強く願った。
何度か繰り返したが、不思議な力は発動せずミレーユは辛そうに咳をしたままだ。
(どうしよう。なぜ使えないのかしら)
直ぐに、侍女が数名入ってきてミレーユの咳を止めようとテキパキと動いているのをセシルは呆然と眺めていた。
(なぜ、ミレーユ姫を治療できないのかしら)
苦しそうに咳をしている小さな子供を救うこともできないなど不思議な力を持っていても活用できないではないか。
侍女達の看病のおかげで、ミレーユの咳は収まってきた。
苦しそうに息をしているミレーユを見つめてセシルはせめて少しでも良くなるように漢方を差し出す。
「苦いですが、できれば飲んでほしいです。少しでも良くなるといいのですが」
落ち込んでいる様子のセシルに、ミレーユは苦しそうに息をしながらも起き上がって漢方を手に取った。
「セシルさんのせいではないから落ち込まないで。せっかく用意してくれたのだから飲むわ」
子供とは思えない気遣いを見せるミレーユに感動してセシルは大きく頷いた。
「ありがとうございます」
「……そんなに感動しなくても」
目を潤ませながら手を握っているセシルにミレーユは若干引いてしまう。
「のどに詰まらないように気を付けて、一気に飲めば苦いのも一瞬ですから頑張ってください」
漢方を取り出して口に含みやすいように封を開ける。
匂ってくる漢方独特の匂いにミレーユは顔をしかめたが、セシルの助言通りに一気に薬を口に含んだ。
すかさず水を差し出すと水と一緒に飲み込んでくれる。
「頑張りましたね」
侍女が差し出したはちみつを舐めているミレーユにセシルは拍手を送った。
「久しぶりにアルフレッドのお兄さんお顔を見たいもの」
「顔を見るだけでいいのですか?」
セシルとしてはできれば話して仲良くしたいとずっと思っているが、ミレーユは違うらしい。
「私はあの顔が好きなのよ。最近、微笑みの王子をやめてからお兄さんを観察するといろいろ面白いのよ」
ミレーユの趣味が解らずにセシルは首を傾げなら、長居をしてはいけないと立ち上がった。
「観察して何が面白いのかは私にはわかりませんが、そろそろ失礼します。また何かありましたら呼んでくださいね」
セシルは何度もそう言ってミレーユの部屋を退出した。
(いい子だったわ。薬も飲んでくれたし)
懐かしい昔の自分の部屋を出て、暖かい気分になりながら廊下を歩く。
廊下を歩いた先に、アルフレッドが陰に隠れるようにして立っていた。
暗闇に紛れて立っている彼は怪しい人にしか見えない。
眉をひそめてじっとセシルが見ていると、アルフレッドは不機嫌な顔をして近づいてきた。
「お疲れ様です。どうしてそんな暗闇に立っているの?怖い顔をして」
目の前まで歩いてきたアルフレッドを見上げて言うセシルに彼は不機嫌なままだ。
「この階、特にミレーユ姫の部屋に近づくと頭痛がするから行かれない。寮まで送る」
「どうして私を送るの?」
アルフレッドと一緒に居られるのは嬉しいが、嫌われているかもしれない相手が送ってくれるなど怪しさ満点だ。
不信な顔をしているセシルにアルフレッドは頭痛がするのか眉をひそめている。
「話がしたいからだ」
「もしかして、思い出したの?」
期待を込めてセシルが聞くが彼は首を傾げる。
「何を?」
「いや、何でもないです」
彼が思い出したところで、嫌われていた事実は変わらない。
むしろとどめを刺されるだけかもしれないと、セシルは首を振った。
ミレーユの部屋に思いのほか長く滞在していたため、城から外に出るとすっかり外は真っ暗だった。
裏庭から寮へと行く道はかろうじて外灯があるために迷子になることは無さそうだ。
人気が無くなった裏庭を歩いているとずっと黙っていたアルフレッドが口を開いた。
「あの力をミレーユ姫に使ったのか?」
怖い顔で睨まれてセシルはたじろぎながらも首を振る。
「使っていないわ」
「本当か?ミレーユ姫はここ数日喘息が酷かった。アンタが部屋を訪れた時も喘息が酷かったと聞いている。それが収まったのはなぜだ」
攻められるように言われてセシルは口ごもる。
「使ってないもの」
「怪しいと言っているんだ。真実を言え」
グイっと力強く腕を握られてアルフレッドは怖い顔をして見下ろしてくる。
使わないと言う約束をしていたが迫ってくるアルフレッドに耐えられなくなり目を逸らしながら呟いた。
「……使えなかったの。ミレーユ姫が可哀想だから少しだけ不思議な力で治してあげようと思ったけれど力は使えなかった」
諦めたように言うセシルにアルフレッドの顔はますます険しくなった。
「お前は……、使うなとあれだけ言っただろう」
「だって、可哀想だったんだもの。この不思議な力があるのなら使わないと意味が無いわ」
「……その言葉もなぜか頭が痛くなってくる。同じような話をどこかで聞いたことがあるな」
アルフレッドは呟いてこめかみをも軽く揉んでいる。
(それは、前世で私とアルが良くしていた会話だからよ)
セシルも思い出すのはいつも力を使うなというアルの言葉だった。
きっと彼は毎日のように言っていたのだろう。
セシルも目の前に病人やケガ人が居たら不思議な力で治してあげたいと自然と体が動いていた。
きっと過去もこんなやり取りをしていたのだとぼんやりと考える。
ぼんやりしているセシルの腕をアルフレッドはまた強く掴んだ。
「痛いわよ」
「痛くしているんだ。人の話は最後まで聞け」
「はいはい。分かっているわよ、もう力は使わない」
宣言するように言うセシルをアルフレッドは疑いの目を向ける。
「信用はできないが、信用するしかないな……」
アルフレッドは疲れたように深く息を吐いた。
「アルフレッド様はどうしてそこまで私を心配するの?関係ないじゃない」
(もう前世とは関係ないんだし、アルフレッド様に心配されるのは嬉しいけれど……)
前世に引っ張られているのなら申し訳ないとセシルが聞くと、アルフレッドは首を振った。
「さぁ、なぜだろうな。アンタが無茶をするんじゃないかとなぜか心配になる」
「えっ」
まるで愛の告白をされたように赤くなるセシルにアルフレッドは冷たい目を向けた。
「そういう意味じゃない」
「はい……」
もしかしたらと、期待をしていたセシルは打ちのめされる。
期待を持たせておいてそれは無いだろう。
希望を持っていたわけではないが、思わせぶりな態度は止めてほしい。
(まぁ、勝手に勘違いしているだけなんだけれど)
落ち込んでしまったセシルにアルフレッドは気まずい気持ちになったのか顔をそらした。
やっぱり嫌われているのだとセシルは確信をしてますます気分が落ち込む。
「とにかく、心配しているのは本心だからこれからも絶対に力を使うなよ」
「努力します」
アルフレッドは微かに微笑んで落ち込んでいるセシルの頭をぐりぐりと撫でる。
力強く撫でられて髪の毛がぐちゃぐちゃになりセシルは頬を膨らませた。
「ちょっと、痛いんですけれど」
首がもげるかと思うほどの力にセシルは髪の毛を整えながら文句を言った。
そんなセシルにアルフレッドはなぜか驚いた表情をして自分の手を見つめている。
「いや、すまない。なぜ、俺はこんなことをしたのだ?」
「知らないわよ」
セシルはそう言いつつ、昔アルが良くやっていた癖だと思い出した。
(アルが良く私の髪の毛をバカ強い力で撫でまわしていたわよ)
本人に言いたい気持ち堪えていると、アルフレッドは自分が行った行為が信じられないと言うようにセシルに視線を向ける。
「まぁ、とにかく力は使うな。あとはもう病人やケガ人に近づくな」
「はい」
薬師という仕事柄それは無理だと思いつつセシルは素直にうなずく。
アルフレッドは言ったら聞かないタイプの人間だ。
口答えをすれば面倒くさいことになることは分かっている。
落ち込んでいるセシルにアルフレッドはため息をついて、もう一度釘を刺して帰って行った。
「なんだか前世でも私の心配をして、今世でも私の心配をして申し訳なくなるわね」
セシルは呟いて自室へと戻った。




