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「体調は?」
背を押されながら歩いていると、アルフレッドがポツリと言ったのでセシルは彼を見上げる。
青い瞳が心配そうにセシルを見下ろしていて、ふと過去と同じだなと口角が上がってしまう。
(そうだった。いつもこうやって私を心配していたような気がするわ)
はっきりと、何があったかは思い出せないがこうして、アルフレッドの顔を見ていると昔のことを断片的に思い出す。
「激しい運動をした後みたいな疲労感はあるけれど、特に問題はないわ」
「今回は礼を言うが、もう力は使うな」
昔と同じようなことを言うと思いながらセシルは肩をすくめた。
「無暗には使わないけれど、誰かが重大な怪我をしたら使ってしまうかもしれない」
セシルの言葉にアルフレッドは眉を寄せた。
「どんな理由であれ、使うことは良くないだろう。アンタの体に良くないことがあると神官も言っていたが俺もそう思う」
ずっとアルフレッドに意味もなく嫌われていると思ったが、過去ではそれなりに仲良くしていたようだ。
ガラではないが姫とそれを守る専属の護衛騎士の関係だったなんて物語の様だ。
(それがなぜ嫌われているのかしら)
セシルはそこまで考えて悲しくなってきた。
(夢で見た感じでは、結婚まで決まっていたみたいだし……いや、お互い好き合って婚約したわけではなかったわ。私が無理やり結婚相手にしたんだったわ)
もしかしたら、過去のアルフレッドはセシルと結婚するのが嫌で、生まれ変わってもそれを覚えていて生理的に嫌いだと思っているのかもしれない。
考えれば考えるほど虚しくなってきてセシルは地面を見つめながら歩く。
「聞いているのか?」
横を歩いていたアルフレッドに顔を覗き込まれてセシルはのけぞった。
アルフレッドの綺麗な顔がかなり近くにありセシルの心臓はドキドキと音を立てる。
「わっ、近いですよ」
顔を赤らめて驚いているセシルにアルフレッドは鼻で笑った。
「今更敬語を俺に使われても妙な気分だから、普段通り話してくれ」
「はぁ」
過去では姫と騎士という立場上、アルに敬語など使ったことは一度も無いが、よく考えたら彼も敬語を使っていなかったような気がする。
もしかしたらアルフレッドは過去の記憶があるのだろうかとセシルはチラリと整った顔を見上げた。
「あのー、なにか思い出したりした?」
「なにを?」
意味が分からないと言うように顔をしかめているアルフレッドは過去のことなど覚えていないようだ。
過去のセシルが無理やり婚約者にしたところまでは覚えているが、結婚したのか、しなかったのかも思い出せない。
もしかしたら、アルは好きな人が居るような雰囲気だったから結婚はしなかったのかもしれない。
これ以上追及しても、虚しい結果になるだけだとセシルは首を横に振った。
「何でもない……です」
「それよりも、癒し人だかどうだかは知らないがあの力は今後一切使うな。使わないと誓ってくれ」
真剣な顔をして言うアルフレッドを見上げながらセシルは小首をかしげる。
「どうしてアルフレッド様に誓わないといけないの?」
今世は自分を嫌っているであろうアルフレッドになぜ誓わないといけないのか。
アルフレッドに心配されるのは嬉しいが、前世の仕事の護衛騎士からくる心配性であるならばご遠慮願いたい。
「なぜって……。なぜだろうか」
言葉に詰まっているアルフレッドを見てセシルはそっと息を吐く。
(やっぱり、覚えていないけれど、魂の奥深くで私を守ろうとしているような気がするわ。仕事病ってやつよ)
セシル自身も部分的にしか思い出せていないが、アルフレッドは全く覚えていないのだろう。
セシルが人を癒す力を使うことに口を酸っぱくして言っていたのが現在も出てしまっているだけなのだろう。
「わかっているわ。この力を使ったら大変なことになるって王妃様も言っていたし。与えられた不思議な力よりも、私は自分で勉強した薬師の知識で人を助けたいと思っているから力はつかないわ」
力は使わないとセシルが言ったにも関わらず、アルフレッドは眉をひそめたままだ。
完璧な答えを言ったはずなのに何が気に食わないのだろうか。
セシルも思わず顔をしかめてしまう。
「何か気に入らなかったのかしら?」
「力は使うなと言ったが、人を助けるような仕事も良くないのではないか?ふいに力を使ってしまう恐れがある」
(口煩い所と、心配性な所はアルと似ているわね)
セシルは顔をしかめながらアルフレッドを見つめる。
顔も過去のアルとそっくりで昔と同じように彼の顔を見ていると胸がときめいてしまうが今はそう言う場面ではないと心を落ち着かせる。
「どうしてそんなことを言うの。私は人を助けることに誇りを感じているの。絶対にやめないわ」
セシルはアルフレッドを見つめながら冷静に言ったが過去に聞いた声を思い出した。
(過去の自分と同じことを言ってしまったわ)
アルフレッドは長い指をこめかみに当てて軽く揉み始めた。
「アンタとのその会話に、なぜか頭痛がする」
「前も、私と会話していると頭が痛いって言っていたわね」
前世でセシルを心配していたが言う事を聞かないという嫌な思いだけを思い出すのだろうか。
「大丈夫?昨日の怪我がまだ治っていないのかしら?」
心配になって昨日の傷を診ようと近づくセシルにアルフレッドは素早く身を引いた。
「大丈夫だ。傷跡も残っていなければ頭や記憶に問題もなかった。この頭痛は間違いなくストレス性だ」
「そうなの?別に力を使おうとしたわけじゃないから安心して」
心配性のアルの魂が残っていれば彼もセシルに不思議な力で治療されることをとても嫌がっていた。
「アンタが力を使えば、確実に体力が無くなっていくと思う」
確信を持って言うアルフレッドはやはり過去の記憶があるのではないかとセシルはチラリと彼を見上げた。
「どうしてそう思うの?」
「わからないが、なぜか確信が持てる。過去に居た能力者もそうだったらしい。力を使いすぎて衰弱した人も居ると聞く。だから絶対に使うな」
アルフレッドが心から心配してくれているのが解ってセシルは頷いた。
「死にたくは無いから使わないわ。それに、私はアンタって呼ばれるのは好きじゃないの。セシルって言う名前があるのだからそう呼んでくれると嬉しいわ」
過去では何があったか分からないが、思い出す限り婚約する前の関係は良好だったはずだ。
なぜ今、アルフレッドが頭痛を起すのか不明だが、セシルは精一杯愛想よく微笑んだ。
「その言葉を聞いているとなぜかまた頭痛がする。……わかったアンタ呼びはもうしない」
やっと名前を呼んでくれるまでになったとセシルは飛び上がって喜びたかったが、微笑んだまま頷いた。
「ありがとう」
気付けば城から出て裏庭を歩いていた。
日差しは夕暮れ時で、空は赤くとても綺麗だった。
赤い空を見ていると何か思いだしそうな気がしてセシルは立ち止まった。
「当分の間は練習場以外での武器を使った訓練は禁止になったから安心して通って大丈夫だ」
アルフレッドに言われて、立ち止まっている場所が折れた剣が飛んできた位置だと気付いた。
セシルが不安に思っているのではないかと思ったらしい。
「それは良かったわ」
セシルが頷くとアルフレッドはまた歩き出した。
女子寮の前まで行くと、セシルは頭を下げた。
「送ってくれてありがとうございました」
「いや、礼を言うのは俺の方なのかもしれない。医者が言うには死んでもいいぐらいの大怪我だったらしい。不思議な力で助かった俺が言うのもおかしいが、絶対に力は使わずにそして誰にも言うな」
「はい、はい。分かりましたよ」
口煩いのは相変わらずだと思いながらセシルは頷く。
理解しているかどうか怪しいもんだとアルフレッドはまだ頭痛がするのかこめかみに手を置いた。
「体調が悪くなったらすぐに医者に言うんだ。今日はゆっくり休むように」
自分を嫌っているようだったアルフレッドが口煩く心配して言ってくるのでセシルは肩をすくめる。
「アルフレッド様の方が体調が悪そうだから、頓服の痛み止めを飲んだ方がいいと思うわよ」
「……戻ったら飲む」
小さく言うアルフレッドにセシルは真面目な顔をして頷いた。
(私が何かを言うと頭痛がするのかしら。よっぽど前世で嫌われる何かをしたのかしらね)
頭が痛そうに帰って行くアルフレッドの後姿を見つめながらセシルは深いため息をついた。
前世と同じく彼の事が大好きなのになぜこんな辛い思いをしないといけないのか。
赤く染まる空を見上げる。
やっぱり何か大切なことを思い出しそうな気がするが、思い出せずセシルは自室へと戻った。