13
セシルが部屋に入るとマーガレット王妃が大きな机の一番奥に座っているのが見えた。
その横にはアルフレッドが立っていた。
顔色も良く、元気そうな様子にセシルはホッと息を吐く。
じっとアルフレッドを見つめていると、不機嫌な顔で睨まれたので慌てて顔を逸らした。
「体調はいかが?呼び出してしまってごめんなさいね」
マーガレット王妃は近所の奥様の様な気さくさで話しながらセシルに席を勧めてくれるのでセシルはマーガレット王妃に近い席に座った。
「お気遣いありがとうございます」
怖い顔をしているアルフレッドは前髪で隠れているが怪我があった場所に小さなガーゼを当てているのが見えた。昨晩見た時は綺麗に治っていて傷跡すらなかったように記憶しているが、不審に思っていると、またドアが開いた。
汗を拭きながら慌てて入ってきたのは神殿の白い洋服を着た年老いた男性だ。
髪の毛が無くなってしまった頭皮をハンカチで拭きながら王妃に挨拶をするとセシルの前へと座った。
「どうも遅くなりまして。そちらが、癒し人の方ですかな」
セシルが答えるよりも早く王妃が頷いた。
「そうよ。セシル、こちらは神殿の司祭様よ。今回の件について詳しい話はこの方から聞いてね」
「今回の件……」
アルフレッドの怪我を不思議な力で治したことについてだろう。
うっすら思い出した過去の記憶で確かに癒し人と呼ばれていたような気がする。
セシルは頷いて司祭を見つめた。
「さて、大体の話はアルフレッド君と医師から聞いたよ。セシルは怪我をしたアルフレッド君の怪我を癒しの力で治した。これに間違いは無いかね」
何かの間違いだったと言いたいところだが、アルフレッドが怖い顔をして見つめているのでセシルは頷く。
「はい。きっとそうだと思います。なぜか急に手が光って気づいたらアルフレッド様の怪我を治していました」
過去の記憶の事は言わずに、昨晩起こったことを言う。
自分でもなぜ使えるのかは分からないのだ。
セシルの話を聞いて司祭は微笑んだまま頷いた。
「なるほど。話してくれてありがとう。君の様な力を持っている者はたまに居るんだ。君だけが特別すぎると言うことは無いから大丈夫だよ」
「今もいるのですか?」
癒し人という単語すら今住んでいる時代では聞いたことすらないためにセシルは驚いた。
「確かに存在しておりますよ。ただ、現在は公表はせずごく内密な存在としております。癒し人に治してくれと人が殺到した過去がありますからね。だれでも怪我や病気を治してほしいと思うものです」
「……たしかに」
過去のセシルも不思議な力があることを公表はしていなかった。
それも含めて過去のアルは他人には力を使うなと言っていたように記憶している。
「癒し人の中には、他人を癒すことによって体力を消耗する人やケガを貰ってしまう者、これは証明されていませんが寿命が短くなるなんて噂もありますからね。国と神殿では癒し人に限らず不思議な力を持っている人は名簿に載せはしますがすべて機密情報扱いになります」
「そこまで厳重なんのですか」
驚くセシルに神官は頷いた。
「もちろんですよ。特別な力を持っていることによって、その人に危険があることもある。決して他人には言わないようにしてくださいね。もし公言する場合は気を付けてください。不思議な力を持った人は夫や妻にさえ言わないこともあります」
「はい」
不思議な力を沢山の人に使えと言われるかと思っていたセシルは戸惑いながらも頷いてマーガレット王妃の横に立っているアルフレッドをちらりと見る。
相変わらず怖い顔をしてセシルを見つめていた。
セシルが見つめている視線の先に立っているアルフレッドに気づいて司祭は頷いた。
「あぁ、きっと守ってくれたアルフレッド君を助けたいと言う思いで力が開花したのだろうね」
話を聞いていたマーガレットが微笑みながら口を挟んできた。
「若いって素晴らしいわね。アルフレッドの大怪我が一晩で治ったらみんなが不振に思うからしばらくはガーゼを付けて対応しているけれど、心配しないでね。すっかり治ったのよね?」
話を振られてアルフレッドは頷いた。
「はい。傷跡すらありません」
「ただ、セシルの力は私と私の護衛騎士には伝わってしまったわ。ただ口は堅いから大丈夫よ」
「はい」
セシルが頷くとマーガレットは安心したようにまた微笑んだ。
「セシルが落ち着いていて助かるわ。もっとパニックになってもおかしくないわよ」
「十分驚いています」
セシルが言うとマーガレットは司祭と目配せをする。
「私も、王妃という肩書からいろいろな不思議な力を持った人に出会ったけれど、普通驚いて人に言いまくっている人ばかりだったわよね。そして治してほしいと縋ってくる人や見世物みたいに金をとりまくって結局身を滅ぼして田舎に引っ込んだわ」
司祭も何かを思い出したのか苦笑しながら頷いた。
「そのような方も居ましたね。過去には自慢した挙句に癒してくれと人が殺到して大変な思いをされて、癒しの力を使いすぎて体を壊して寝たきりになってしまった人もいましたね。ですから、絶対に口外しないでくださいね。力を見せびらかせることも禁止ですよ」
念を押されるように言われてセシルはゾッとしながら頷いた。
「わかりました。人に言わないように気を付けます」
「セシルもうっかり力を使ってしまうことは多分無いと思います。皆さまなにがしら力を使うために方法があるようですので。いかがですかな?」
神官に聞かれて、セシルは思い当たることがあった。
過去でも両手で相手の手を握って心の底から治るように祈る事だ。
「あります」
「でしたら、これからはそう言ったことを無暗に行わないように気を付けてください。なにも力を使うなと言っているわけではないんだよ。使い方に気を付けてほしいんだ」
心配しているように言ってくれた神官にセシルは頷く。
「解っています」
昔、アルが口を酸っぱくして力を使うなと言っていたことを思い出す。
(こういう事だったのね)
昔は口煩いと思っていたが、アルのいう事はもっともなことだったのだ。
なぜ昔の自分は素直に受け入れることができなかったのだろうか。
昔はどんな風に力を使っていただろうかと思い出そうと天井を見上げて思案しているセシルにマーガレットは声をかけた。
「セシルも昨日は力を使いすぎて疲れたでしょう。今日は、ゆっくり休んで明日から仕事復帰でいいそうよ」
ただの薬師に王妃から仕事の事を言われるのが申し訳なくなりながらセシルは頷く。
「ありがとうございます」
「セシルの名前は神殿の名簿には載るが、神殿側から仕事を依頼することなどはほとんどありませんので心配しないでください」
セシルが頷いたのを確認してマーガレットも満足そうに頷いた。
「良かったわ。では、アルフレッド、セシルを寮まで送ってあげて。まだ体調が万全ではないだろうからね」
マーガレットに言われてアルフレッドは頷いた。
「わかりました。お送りしましょう」
アルフレッドは無表情にうなずいてセシルの後ろに立って椅子を引いてくれる。
「ありがとう」
立ち上がってセシルがお礼を言うとアルフレッドは目礼をした。
「では、失礼致します」
アルフレッドがマーガレット王妃に敬礼をしたのでセシルも頭を下げた。
アルフレッドが開けてくれたドアから廊下へと出ると、ドアを護衛していた騎士が振り返る。
「お堅い話は終わったのか」
気安く言う騎士達に、アルフレッドは頷いた。
「セシルを送っていく」
「あぁ、昨日はいろいろあって疲れただろう。ゆっくり休んだ方がいい」
優しく騎士に言われてセシルはアルフレッドに初めて名前を呼んでくれたと感動しながら頷く。
「はい。お世話をおかけしました」
「あんたが気にすることじゃないさ」
そう言ってくれる騎士にセシルはもう一度頭を下げると、アルフレッドに背を押され歩かされた。