12
“俺があんたと結婚するのか?ほかに結婚する人が居ないから俺を指名したのか?”
青い騎士服を着たアルが部屋に飛び込んできた。
アルフレッドが今着ている黒い騎士服とはデザインも色も違う。
(昔のアルフレッド様ね)
セシルは昔の夢を見ているのだと認識しながら、過去の自分はソファーに座りながら読んでいた本から視線を上げた。
“失礼ね。ちゃんとアルと結婚したいと思ったからよ”
“嘘だな。姫さんは、隣国の第二王子が好きだっただろう?”
“そんなの昔の話よ!初恋ってやつね”
昔のセシルは偉そう言うと急に不安になる。
“もしかして……アルは誰か好きな人が居たの?”
“好きな人?そりゃ、居るよ”
そっぽを向いて言うアルに昔のセシルは胸が締め付けられた。
(私が無理やり、アルと結婚したいってお父様に言ったからアルは断れなかったのかもしれない)
過去の自分ではあるがもう一度心の痛みを感じて辛くなってくる。
それでも夢からは冷めることができない。
好きな人が居ると言うアルはそっぽを向いたままで、夢の中のセシルは笑みを作って立ち上がった。
“いいわ!今は誰が好きなのか聞かないから!もしも、私との結婚が嫌だったら断ってくれていいのよ。プライベートを仕事に持ち込まないタイプだし。違う人と私が結婚したとしても結局は降嫁するからアルの護衛は無くなるし。嫌だったら断ってね”
一気にまくしたてるように言うと、その場に居ることができずに部屋を飛び出した。
護衛と言っても城の中では四六時中くっついて歩いているわけでもない。
セシルは泣き出したい気持ちのまま城の廊下を歩いて自分の部屋へと向かう。
(アルに好きな人が居たなんて。でも当り前よね、あれだけカッコいいんだもの)
今まで浮いた話の一つも聞いたことが無かったが、隠していただけかもしれない。
もし断られたときの保険として、父親経由でアルとの結婚を打診したが受け入れてくれたのでセシルは舞い上がってしまっていたのだ。
(それなのに、好きな人が居たなんて。私ってば完璧に権力に物を言わせた嫌な奴じゃない)
自分自身に怒りながらセシルは自分の部屋へと向かう。
夢ではあるが、昔の自分の部屋に懐かしさを覚える。
今、自分の部屋は誰が使っているのだろうか。
(あれ?過去の自分はアルと結婚できたのかしら。結局しなかったのかしら)
その後の自分がどうなったのか思い出せない。
(不思議な力で人の傷を治しているのが私のライフワークだったような気がするわ。さっきアルフレッド様にやったように……)
ヌクヌクと温かい布団に全身が包まれてふわふわの枕に顔を埋める。
普段と違う柔らかいスプリングのマットにもう一度眠ろうと思ってセシルは飛び起きた。
アルフレッドの怪我の事を本人と話していた途中ではなかったか。
あのままアルフレッドのベッドで寝てしまったのかと慌てて部屋を見回した。
アルフレッドが眠っていた簡素な療養室のベッドとは違い、豪華なスプリングベッドと布団、部屋も広く大きなソファーと机が置いてある。
「ここはどこ?」
城の中であることは間違いなさそうだが、なぜここで眠っていたのかと不安になっているとドアが開き侍女が入って来た。
美しい顔をしてキラキラしている侍女は間違いなく王妃様達が住んでいる階で仕事をしている侍女だ。
不安で部屋を見回しているセシルを見て侍女は微かに微笑んだ。
「体調はいかがですか?」
「体調?……問題ないと思います。あの、私はなぜここに?」
激しい運動をした次の日の様な疲労感を感じていたがどこか痛いなどは特にない。
セシルが答えると、侍女は頷いた。
「なぜセシル様がここに運ばれたのかはわかりませんが、起きたらお知らせするようにと医師と王妃に言われております」
「王妃様がなぜ?」
どうしてそうなったのだと混乱していると、白衣を着た初老の医師が部屋に入って来た。
アルフレッドの怪我を手当てした医者だ。
セシルの顔を見ながらベッドの横の椅子に座る。
「よく眠れたかな。どこか体に異変や痛みは無いかね?」
優しく聞いてくる医者にセシルは頷いた。
「はい。大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「ふむ、顔色もいいし健康そのものだな」
セシルの診察を終えると医師は退出して行った。
なぜここに居るのか分からないまま侍女にセシルの体調は大丈夫かと何度も確認されてそのたびにセシルは大丈夫だと答えるとようやくベッドから降りることができた。
あまりに豪華すぎる内装の部屋は落ち着かないため早く寮に帰ってゆっくりしたいと身なりを整える。
やっと自室に帰れると思っていたが、侍女が進み出てきて軽くセシルに頭を下げた。
「マーガレット王妃と面談の準備が整っておりますのでご案内いたします」
「なぜ王妃様と面談をするのでしょうか」
何かしてしまったかと不安になっているセシルに侍女は軽く首を傾げた。
「私にはわかりかねます」
セシルに拒否権がある訳でもなく、しかたなく侍女について部屋を出た。
赤い絨毯が敷かれた長い廊下を歩く。
窓から差し込む暑い日差しを眺めながら、昨日は大変だったと怪我をしたアルフレッドを思い出した。
(あのまま死んでしまうかと思ったけれど、すっかり怪我が治って良かったわ)
「あっ!」
そこまで思い出して、セシルは声を上げた。
(私があの不思議な力を使ってアルフレッド様を治したから王妃様と面会をするのだわ)
なぜ王妃と面会しないといけないのかと思っていたが、思い当たることがありすぎてセシルは逃げ出したくなった。
昔は当たり前のように使っている人も居たような気がするが、現在は不思議な力を使っている人が居ると聞いたことは無い。
今は無くなってしまったのだろうか。
夢で見た昔のセシルとアルフレッドらしき男性が生きていた時代はどれぐらい昔なのだろうかと考えていると案内をしてくれていた侍女が大きなドアの前で立ち止まる。
昨日、王妃と漢方について話し合った部屋だ。
ドアの前には顔を知っている程度の王妃の護衛騎士が立っていた。
暗い顔をしたセシルの姿を見ると微笑んでくれるので頭を下げる。
何を聞かれるのかと重い気分になりながらセシルは侍女が開けてくれた部屋へと入室した。