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「では、そろそろ失礼致しますね」


セリーヌが時計を見ながらセシルに目配せをしながら立ち上がった。

時間的に薬剤室へ帰って薬を作らないといけない時間だ。

セシルも立ち上がってカルテを手にてマーガレットに頭を下げた。


「お疲れ様。また次回の処方のお時間を楽しみにしているわね。その間にアルフレッドと何かあったら教えてね。私もいろいろ調整しないといけないから」


何もないのにと思いつつセシルは愛想笑いをうかべて頷いた。


(調整って絶対にアルフレッド様と私が付き合うのがいつになるかっていう賭けの事よね)


広い部屋をセリーヌの後について扉へと歩いていく。

ドアを開けると、警備していたアルフレッドが出てくるセリーヌとセシルに視線を向けた。

セシルも整いすぎた綺麗なアルフレッドの顔を見つめてしまい、目が離せなくなる。

騎士服で扉を守っているアルフレッドを見ていると、以前もこのようなことがあった気がして記憶の糸を辿ろうと眉をひそめた。


(いつだったかしら。こうしてアルが扉を守っていることがあった気がする)


そういう思いが蘇り、首を傾げた。


アルって誰だろうか。


アルフレッドをアルと親しい呼び名で呼ぶような仲ではない。

自分の願望と現実がごっちゃになってしまったのだろうか。

笑顔が無くなったと言うアルフレッドの心配をしている場合ではないかもしれないとセシルは険しい顔のままアルフレッドから顔を逸らした。


「大丈夫か?顔色が悪い気がするが……」


珍しいことにアルフレッドが険しい顔をしたままのセシルに労わるように声をかけた。


“姫さん、顔色が悪い。もう、人を助けるのは止めた方がいい”


アルフレッドの言葉に重なるように記憶の中のアルフレッドとよく似た男性の声が重なる。


(何?今の……)


体調は悪くないが、幻聴のような感覚になりセシルはますます顔をしかめた。


「大丈夫か?」


“大丈夫か?姫さん”


気遣ってくるアルフレッドと幻の声が重なって聞こえ、セシルは一歩下がった。


「顔色が悪いわよ。王妃様に会って緊張したのかしら」


セリーヌも顔色が悪いセシルを心配そうにのぞき込んできた。

幻の声が聞こえると言えるはずもなく、セシルは頷く。


「多分、そうかも。凄く緊張していたのかも……」


掠れた声で言うセシルの手から分厚い王妃のカルテを奪い取ると、セリーヌは優しく言った。


「大丈夫?今日は早退していいわよ。疲れも出たのかもしれないわね。顔色も悪いし、様子も変だわ」


「そうかもしれません」


今まで幻の声など聞こえたことは無い。

きっと自分が思っているよりも疲れているのだろうとセシルが頷くと、アルフレッドが進み出てきた。


「俺が送って行こう」


「えっ」


アルフレッドに送られたらまた幻聴が聞こえるのではと心配になりセシルは驚きの声を上げた。


「俺に送られるのは不満なのか?」


不服そうなアルフレッドをセシルは見上げる。

送られることをセシルが嫌がっていると思っているらしく彼は心外だと青い瞳で見つめてくる。

自分を嫌っているくせに、なぜそんなことを言うのだろうか。

セシルは混乱しながら青い瞳を見つめるとまた幻聴が聞こえてきた。


“体調が悪いのなら早く言えと何度も言っているだろう!なぜ黙っているんだ。そんなに俺が信用できないか!”


アルフレッドとよく似た声が頭に響いてセシルは混乱する。


(今、聞こえたのは何?)


自分が可笑しくなってしまったのかもしれないと不安で足元がふらついた。


「大丈夫か?」


ふらついたセシルの腕をアルフレッドが強く掴んだ。

夢の中に居るような感覚になりセシルは混乱してしまう。

今話しているのはアルフレッド?幻聴の中のアルフレッド?


どちらだろうか。



益々顔色が悪くなるセシルに、アルフレッドはセリーヌを見つめた。


「様子がおかしい。寮へと送っていく」


セリーヌの返答を効かずにアルフレッドはセシル背を押して無理やり歩かせた。


「そうね。私、医者の手配をしておくわ」


バタバタと走ってくセリーヌをどこか遠くの出来事のように見つめてセシルはアルフレッドに背を押されながらゆっくりと歩き出した。


「意識がはっきりしていないようだが、返答はできるか?」


心配そうにアルフレッドはセシルの顔を覗き込んだ。

膜一枚隔てた向こう側からきこえるようなアルフレッドの声にセシルは今話しているのは誰だろうかと分からなくなってくる。


(どうしてこんなに優しくしてくれるの?だって私の事が嫌いなのに)


フラフラとする意識の中でセシルはなぜか強くそう思い背中に感じるアルフレッドの体温が懐かしく、愛おしく感じて涙が出そうになる。


“だって、アルは私の事が嫌いでしょう!もう、親切にしないでいいわよ。無理に護衛に頼んで悪かったわね!”


自分とよく似た声がまた頭に響いた。

懐かしい、嫌な記憶がうっすらと蘇ろうとしている。


(何か、昔にあったような。なんだったかしら……)


現実の声なのか、夢の中の幻聴なのか分からなくなりアルフレッドに背中を押されながらおぼつかない足取りで歩き続ける。

いつの間にか城の外へと出て寮まで続く裏庭を歩いていた。

アルフレッドはセシルの様子がおかしいと思いつつ話しかけることはしなくなっていた。

頭の中がボーっとして、上手く体も動かない中なんとかアルフレッドに背中を押されて歩いている状態だ。



木々の向こう側から剣がぶつかり合う音が聞こえて、アルフレッドは舌打ちをする。


「練習場が使えないから裏庭で剣の練習をしている奴がいるな」


正式な練習場ではないため、激しい訓練は禁止されているが晴れた日は練習する人が多いから気を付けるようにと注意を受けたことをセシルはうつろな頭で思い出した。

それでも口が重くアルフレッドに返事ができない。

剣のぶつかり合いが激しくなり、ギィンと大きな音が響いた。


「剣が折れた!」


怒鳴り声に似た大きな声が聞こえたと同時に風切り音と共に折れた剣の先が葉を切りながらセシルとアルフレッドの方向へと飛んでくる。


ぼんやりした頭で飛んでくる剣先を見つめているセシルをアルフレッドがとっさに抱え込んだ。


“姫さん、危ない!”


夢の中のアルフレッドが頭の中で叫んだ。

ガッとなにが当たった音がして、セシルの意識が現実に帰ってくる。

靄がかかっていた意識がしっかりとしてきて、覆いかぶさっているアルフレッドの体重が重く地面へと倒れた。


「アルフレッド様?」


身動き一つしないアルフレッドにセシルはなんとか彼の顔を見ようと顔を動かした。


「アルフレッド様?」


もう一度呼びかけるが反応が無い。

ポタリと暖かい液体がセシル頬にかかった。

アルフレッドが追いかぶさっているため体の自由が効かないが、片手だけを何とか動かして頬についた液体を拭う。


赤黒い液体にとっさに血液だと判断して、アルフレッドを見上げた。

彼の頭から血が出てセシルの顔に滴り落ちる。


アルフレッドの瞳は固く閉ざされていてピクリともしない。


「アルフレッド様!」


何度呼びかけてもアルフレッドは目を覚まさない。

頭から流れる血が薬師の制服とセシルの顔を汚していった。


半ばパニックになりながら叫んでいるセシルの元に森の奥で剣の練習をしていた騎士達が走って来た。


「大丈夫か」


「アルフレッド様の頭から凄い血が……」


アルフレッドの体がのしかかっていて身動きが取れずにいるセシルを見つけて騎士達が駆け寄る。

アルフレッドの体に押し潰されているセシルは騎士達に助け出された。


「怪我は?」


「私は大丈夫です」


痛いところはないと確認をしてセシルは横たわったままのアルフレッドに近づいた。


「頭を怪我しているな」


横たわったまま動かないアルフレッドの頭を押さえながら騎士が言った。


「飛んできた剣が当たったのでしょうか」


震えながらセシルが聞くと、騎士は顔をしかめながら頷く。


「多分そうだろう、酷い怪我だな」


騎士の呟きにセシルは足の震えが強くなりその場に膝をついた。


「セシルちゃん!どうしたの?!」


裏庭の細い道を走ってくるセリーヌが見えてセシルは手を伸ばした。


「アルフレッド様が私を庇って飛んできた剣で怪我を……」


「えっ。セシルちゃんは?怪我は無い?」


「私は大丈夫です。アルフレッド様がとっさに守ってくれて」


深刻な顔をして走ってくるとセシルの横に跪いた。

横たわったままのアルフレッドの頭から血が流れているのを見て眉をひそめる。


「大丈夫よ。セシルちゃんを診てもらおうと医師を連れてきているから!」


不安で震えているセシルの背を撫でて安心させるようにセリーヌが言った。

細い裏庭の道から白衣を着た初老の医師が息を切らせて走ってくるのが見えた。


(きっと大丈夫)


セシルは心の中で何度も呟いた。




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