コーヒー・サイケdeリア
作者:高柳 代理
ぐろろうろっぷ。ぐろろうろっぷ。ええ、はい。どうぞ。コーヒーの一、二杯くらいお気になさらないで。これくらい私にでも支払えますわ。年齢なんて気にしてどうするんです。あなた、器が小さいみたいじゃありませんか。ほほほ、冗談。……なんて、そう言うと思いました? あなた私をまるで見くびっているんですのね。大人のように振る舞いたがっていますけれども、あなた私が年下だからそうしたいんでしょう。それが悪いことだとは言いませんがね、きっとあなた私が女だからそんな態度を取るんだわ。見くびっているというより、見下しているのね。ねえ、もし私があなたよりわずかに背が高くて、あなたよりもう少し肩幅の広い男性だったら、あなた同じ態度を取るかしら? ほほほ、そうですわよね。あなたに義侠心というものがあるなら、相手が電柱のそばに二十七分直立し続けた修道女でなかったとしても、自分がお茶代を出そうという気に、たとえ建前でもなるはずですわよね。ええ、それは私の邪推にございましたわ。認めて差し上げましょう。そんなにお怒りにならないで、口には出さないけれど顔にはよく出る方ですのね。あなたきっと苦労なさる。十分な器ですのに。……あなた、きっと扱いやすいって思われてますわね。普段褒められないんでしょう。でしたら私が褒めて差し上げますわ。何からにしましょうか。遠慮なさらないで、いくつでも褒められますわ、褒められて悪い気はしないでしょう。私が何も知らないとお思いなのです? 何も知らなくても褒められることはいくらでも思いつくものですよ。ほらその言葉選び、賢さに溢れていますのよ、知識をひけらかされているんじゃないかと思うほどに。ああもういくつか思いつきましたわ。その高い身長は他人を見下すのによく役立ちますでしょう? 睡眠が足りてるのね。見せつけるようなその高い鼻、筋が通っていて綺麗ですけれど、プライドが高いのね、見てるだけで鼻につくわ。それに対してあなたきっと下の方は……あら、お気を悪くしてしまいました? 変ですねぇ。コーヒーをどうぞ、冷めてしまいますよ。砂糖はいくつです、七個、六個、五個。あら、いいんですの。無理なさらなくていいのに。ミルクは? まあ、そうですか。では私は砂糖を三個とミルクをたっぷり入れてしまいます。たっぷりですよ。見くびらないでください、たっぷりです。ほら、ほらどうです驚きましたでしょう。いつまで見ているのです、人がコーヒーにミルクを入れるさまを。スプーンを取ってください。それで見ていてください、そのまま、混ぜますからね。あなたミルクで温度が下がったから砂糖が溶けないんじゃないかって、溶けきらないんじゃないかって心配してるんでしょう、心配してるんだわ。でもいいじゃない、あなたいつもそうしてるでしょう。いいじゃない、最後に甘いやつを一気に飲むのも嫌いじゃないでしょう? え? あなたが普段どうかなんて知らないわよ。私が勝手に決めつけただけよ。それとも図星だった? ……飲まないの? ……飲みなさいよ……。熱いわけないじゃない、淹れてからずいぶん経ってるんだから。熱いわけないじゃない。じゃあちょっとちょうだい? よこしなさいよ、確かめてみなきゃわかんないじゃない。それとも何、飲めないのぉ? ブラックゥ? ……図星なのね? ……知ってるわよ、誰がコーヒーにものを混ぜるのを真剣に眺める人間がブラック派だって判断するの? 私のと交換していいから、こっちにちょうだい。もう口付けたとかいいから。飲めるに決まってるじゃない、やっぱり見くびってるのね? 本当に器が小さい、下の方はもっと、なんでそんなに怒るのよ。気にしてんの? わかったわ、じゃあこれでいいでしょう? ほら、私も口を付けましたから、これで平等でしょう? 妙なところを気にするのね。下の方は……ちょっと、「甘くなってるはずだ」って言おうとしてるのになんでそんなに声を上げるの。あなたおかしいわよ。……その通りね、否定はしません。おいしい? そうですか、それはよかったです。ねえ、おなか空いちゃいました。パンケーキを注文してもいいですか。その通りですね、あなたに払わせるつもりはありませんから、あなたに聞く意味も存在しません。賢いですね、褒めてあげます。褒めてあげたので代わりに手を挙げてください。私よりあなたの方が見やすいと思いますので。それくらいしてくださってもいいでしょう。何を怒っているの。ありがとうございます、素直が一番成長しますよ。パンケーキを二つ。はい元気です、ありがとう。どうしたの、変な顔して。ここのパンケーキおいしいんですのよ。マーガリンではなくバターをそのまま乗せていて、一番のメープルを掛けている。まあ、二つとも私が食べる分ですよ。あなたが食べさせてもらえるとお思いになったんですか。……嘘ですよ。あなたがそんなに顔を赤くして、切ない、今にも泣き出しそうな、なんともいえない、恥をかかされたって感じで落ち込むなんて知っていればこんなことは……言っていたかも、だって知ってて言ったんだもの。あなたの背丈ほどに高いプライドをへし折られた気持ちはどう? 私は最高。気分もコンディションもね。泣いちゃダメよ、大人でしょ? この曲好き? 今、右目がちょっと開いたから。エンヤ。よく知ってるわね。オリノコ・フロウ。ああ、よく聞くと確かにそう言ってるわ。でもこんなカフェで流すにはアンビエントすぎるんじゃないかしら。これなら魂のふる里なんか掛かっていてもおかしくないじゃない。知ってるの、賢いわね。ロックは好き? なるほどね、メロディーに隠れがちだけど常に存在感を示しているのは確かにそうね。あなた、自分の立ち位置がドラムパートみたいだって思ってるなら敢えて否定はしないわ。私ですか? 私はロック嫌い。うそ、もはやロック抜きに現代音楽は語れないでしょう? 私はロックが何か知らないんです。街角に流れる流行りの歌や、私の好きな音楽が、ロックかどうかも知らないわ。教えてくれなくてもいいの、知ることばかりが正解じゃないから。あなたまさか私の好きな音楽が賛美歌だけだと思うならやめた方がいいですよ。きっと後悔します。何をかは教えてあげません。知っても正解じゃないわ。あなたいつも白衣を着ているの? カフェでコーヒーを飲む白衣の男なんて見たことがないから。……マアー、対抗するつもりですね? けれど私はそれを知ることが正解だと考えていますわ。賢いんですのね、私との会話を学習なさっている。本来なら怒り狂ってコーヒーを投げつけなくとも、席を立っているところだというのに。人がいいのね、それとも頭が悪いのかしら。……どっちでもいいじゃない、あなたこれから賢くなるんだから。お気に召さなかった? まあ、今まで賢いつもりだったのね。賢くなかったなんて言っていないじゃありませんか。人は過去より愚かにならないというだけですよ。でも、さっきの質問には簡単に答えられるはずでしょう? イエスかノーですもの。何を後悔するかは教えてあげられませんけれど、だって答えはありませんもの、私が電柱のそばで中時間直立していた理由を教えてあげましょう。それより先に、あなたが答えてください。なるほど、それは服に無頓着という程度じゃありませんね。もはやこだわりとすら思えますけれども。まあそうですか。そうですね、確かにお答えしますけれども、けれど今すぐじゃありません。そんなに肩をスケスケになさらないで。ほら、パンケーキ。あなた好きでしょう? 私は好きですよ。召し上がらないのですか。冷えてしまいますよ。何を意地になってるんです。まるで相手が切るまで電話を切らない恋人同士。ほほほ、図星でしたか。ではあなたのために私からいただかせてもらいます。おいしいですよ。ええ、とってもおいしいです。でしょう? まあ、そんなに。私まで嬉しくなります。自分が褒められているような気になりますよね。知っています、そういう気になるという話じゃありませんか。あの、コーヒーを少し残すの、癖なんですか。お気づきになりませんでしたか。寂しんぼさん。あなた、守護霊って信じます? 信じないでしょう。そうですよね。それに無意識にお供えしているとしたら、面白くありませんか? ありませんか。あはは、では少し話題を変えますよ。水って大気中の様々なものを取り込んで溜め込みますの。埃、それだけではなくて。供えてるだけじゃないのよ。そのまま置いておくと、色んなモノを吸収しますわ。そのあたりの……漂ってる……霊とか……気とか。いえ別に、信じさせるつもりじゃありませんよ。あら飲んじゃった。じゃあもしいっぱい溜め込んだそれを飲んだら、どうなります? 怖がっているんですか、信じていないのに。信じていないからね。あなた、怖いのね。……そこが一番おいしいのに。水回りにはお気を付けて、霊はともかく、怪士や魔の類いは水場の衛生に関わることがありますのよ。おいしいですね。あら、お大事に。少し寒い? そうかもしれませんわね。それはもしかして。まあ、そんなに驚かないで。コーヒーをもう一杯いかがです。私も飲もうと思っていて。お気になさらず、これくらい私にでも支払えますわ。手を挙げていただけますか、ありがとう。コーヒーを2つ。ブルーマウンテンとキリマンジャロ。はい元気です、ありがとう。なんですか。これですか。気にしないで、あなた以外誰も気にしていませんから。元気ならいいことありますよ。ピカピカのパラダイス。ぐろろうろっぷ。ぐろろうろっぷ。砂糖はいくつ入れます。三つ。ですよね。ミルク、入れるでしょう? 私もです。おいしい? それだけですか? 甘くて、あったかくて、おいしい。そうじゃないですか。あたたかいもの、好きでしょう。ねえ、なにかあたたかいものでも食べましょうか。あら、どうして? パンケーキをさっさと平らげてしまったじゃない。食べたくないなんて嘘でしょ。まあ、さっき呼んだばかりですしね。確かに高いかもしれませんけども。でも食べたくないっていうのは嘘でしょう。断られるのが嫌なわけじゃないの。そんな嘘、必要かしら。かわいいのね。でも食べた方がいいわ。あなたの健康に興味はないのよ。いいえ、ないと言えば嘘になるわ。でも必要な嘘よ。ただ、あなたが痩せ細ってるからカロリーを摂れというんじゃないの。それならここじゃないところを選んで入っていたわ。何を食べましょう。水物はいっぱいでしょう? カップケーキなどいかが。時間は掛かるけれど、あたたかくてやわらかいの。まだもう少しそこにいてね。やだ、電話? 誰から、大学時代の? 仲がいいの? だめ、切って。いないふりをして。出てはだめ。出るならここでにして。そこを離れないで。あら、ごめんなさいね。またあとでかけ直せばいいじゃない。はあ、ねえすみません、カップケーキを二つお願いします。ストロベリーとチョコレートを。はい元気です、ありがとう。十五分掛かるそうですけれど、いいですよね。のんびり待ちましょう。……ふう。…………なあに。……いいじゃない、別に……もう話すことないのよ。……眠くなっちゃった? コーヒーを飲んだのにね。何、そんなことするわけないじゃない。する隙なんてなかったでしょう。何も混ぜてはいませんよ。でも……ああ、その方がよかったかな……でも何も入っていないわ、それは安心してね。寝ててもいいわよ。なにもしないわ。……寝ていてもらった方がずっといいんですが。変な意味じゃないですよ。私がこう言う理由は変かもしれませんけど。でも言ってもあなた信じないわ。じゃあ、眠気を覚ましたい? 今、何分です? ……では、十三数えてください。……。…………、………………はい、ありがとう。野鳥の観察をしていたんでしょう? 二十七分立っていましたら、あなた声を掛けてくると思いましたわ。気になったら確かめずにいられないんでしょう。立っていたことに意味はありません、あなたの興味を引くということ以外には。こんなことをするほどの意味があったのかまでは私にもわかりませんけれど。でもあなたいずれにせよこの店へ入るはずだったもの。あのまま私に気がつかなかったら、私が直立し始めた時点から四十二分の遅延を伴ってこの店に入ろうとしていました。そうなったら……どうなるか?
本当に危ないところでしたわ。ちょうど昼下がりだもの。……でもあなた一人は助けられた。鉄骨が落ちてくるなんて、誰が予想したかしら。私は予想したわよ。……うふふふ、それもそうですね。でもあなた言ったところで信じないでしょ。きっと気持ち悪がって突き放したと思いますよ。……それもひとつのやり方でしたね。でも、それを選ばなかった理由はありますよ、一応。それは教えてあげません。多分、わかりますから。では、私のやることは終わりましたので。お会計を済ませてきます。あなたに義侠心というものがあるなら、窓一枚の隔たりとはいえ、こんな光景を前にして食べられないでしょう? あら。肝が据わってるのね、お医者様って。いい曲ね、アマランタイン。コーヒーをもう一杯いかがです。お気になさらないで、あなたの命と私たちの出会いに比べれば大した値段じゃありません。