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ありふれた雑談とその結末

作者:比白ノー

 花火の煙で曇った群青色の空に、真っ赤な菊花火が一発打ち上がる。ようやく果たす事ができた約束。


 プロポーズの時は、大きな真っ赤の菊をちょうだいね。


 菊なんて、不吉じゃない?普通、薔薇とかでしょ。


 普通なんてつまんないじゃん? それに、赤い菊の花言葉は、不吉なんかじゃないよ。


 ふうん


 興味なさげに見えるようにそう返しながら、スマホで急いで赤い菊の花言葉を調べた。赤い菊の花言葉は、『あなたを愛しています』。


「……愛してるよ、心から」


 つぶやいたその言葉は、誰に届くこともなく喧噪の中に消えた。




 彼女と出会ったのは物心もついていないほど幼い時。家が隣同士で、田舎で子どもが少ないから、小中学校の間ずっと同じクラスだった。所謂腐れ縁、というやつだ。だから家族ぐるみで付き合いがあったし、俺には父親が、彼女には母親が居なかったから、俺は彼女の父親を自分の父親のように慕ったし、彼女は母さんによく懐いていた。それでも、母さんは父さんを、彼女の父親は彼女の母親を愛していたから、俺たちが家族になることはなかった。


 ――この世界には、愛していても一緒に居られない理由が、嫌って程あるのよ――


 そう言った母さんの顔は、いつまで経っても忘れることはできない。


***


 高校はそれぞれ別の所に進学した。俺は母さんの実家の家業である花火師を継ぐため、工業高校に進み必要な資格の取得を目指した。彼女はここら辺の子どもの多くが進む普通高校を選んだ。特にやりたいこともないし、勉強が得意なわけじゃないからどこでも良かったらしい。

 いつも側にいた俺がいなくなって、高校での彼女は大層モテたようだ。彼氏ができる度に、彼女はうれしそうに俺の所に来て報告してきた。けれど、一度も、誰とも、一ヶ月以上続いた事は無かった。


「またフラれた!」

「また? 今度はなんて言われたんだ?」

「いつもと同じ。幼馴染みと自分、どっちが大事なんだ~って。あんたに嫉妬したってどうしようもなくない? 家族みたいなもんなんだし」

「……だとしても、土日のデートくらいは行ってやれよ。お前、いっつも工場くるじゃん」

「だって土日まで電車乗って出かけたくないし。買い物よりもあんたが花火作ってるの見てる方が好きなんだもん。……あーあ、それでも良いって言ってくれる人、いないのかなぁ」


 正直、何言ってるんだ、コイツ、と思った。休みの日にデートに誘われても幼馴染みをとる女を、それでも良いというやつなんか、ろくなやつじゃないだろう。どれだけ個人主義なお付き合いだ。


「……じゃあ、俺でいいじゃん」

「は? あんた、さっきの話聞いてた? 家族と付き合うやつなんていないからね?」

「俺は、家族と思ったこと、一度も無いけど」

「……あんた、パパに懐いてるじゃん」

「そりゃ、俺には父親がいないんだから、一番近い同性の大人を慕うのは普通だろ。てかお前も母さんに懐いてるじゃん。でも家族ではないだろ? それと同じだよ」


 俺を睨み付けながら、彼女は吐き捨てるように言った。


「告白にしてはムードなさ過ぎ」

「プロポーズじゃないんだし、告白なんてこんなもんだろ」

「誰とも付き合ったことないくせに」

「誰かさんと違って俺は生まれたときから一途なもんでね」


 俺の言葉を聞いて、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。墓穴を掘ったのを即座に理解した。


「へぇ~? 生まれたときから、ねぇ? ふぅ~ん。そんな片思いをこじらせた男をもらってくれる人なんて、優しくて可愛い幼馴染みくらいしかいないだろうねぇ? しかたないから、私があんたをもらってあげようか?」

「はいはい、恐悦至極に存じますぅ。ったく、さっきまで彼氏にフラれて嘆いてたやつのセリフじゃねえだろ……」

「別に嘆いてたわけじゃないしぃ。ただ、一緒に居るならあんたの方が良いなと思っただけですしぃ。」


***


 付き合い始めてからの生活は、今までとなんら変わりは無かった。なるほど、今までの距離感が近すぎたのがわかる。そりゃあ、小中の同級生たちが彼女や俺に告白するはずがない。

 高校は別だから平日はばらばらだが、土日は今まで通り彼女が工場にきて、俺がじいちゃんにしごかれながら花火を作るのを見る。けれど、たった一つ変わったことがあった。


「土日はわざわざ電車乗って町に行きたくないんじゃなかったの」

「嫌いなわけじゃないもん。買い物だって、あんたが花火を作ってるのに見れないのが嫌なだけで、あんたとなら、別に」

「へえ?」

「なによ。……それに、もう受験生だからね。出かけられなくなる前に、と思って」

「どこ行くんだっけ」

「専門学校。フラワーデザインの」

「ああ、花好きだったもんな」

「……ママが、花屋さんだったんだって。だから、うちにはいつも花があるんだって、パパが言ってた」


 寂しそうに話す彼女の絹のような髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。彼女の母親が今どうしているのかなんて知らない。彼女も父さんの事を聞いてきたりしないから、俺もわざわざ聞いたことはなかった。


「ちょっと、やめてよ。ボサボサになっちゃうじゃん」

「別に良いだろ」

「はあ?」

「お前が花を好きで、花に関わる仕事をするのは、お前の意思だろ。お前のママは関係ない」

「……私、なんも言ってないじゃん」

「あ? ただの独り言だよ。勝手に聞くな」

「理不尽なんだから……」


 彼女はそう言いながら、うれしそうに口角を上げ、微笑んだ。俺は、そんな彼女がたまらなく愛おしかった。


***


 彼女が専門学校を卒業し、花屋で働き始めた最初の夏。じいちゃんがいきなり言い出した。


「おい」

「なに?」

「お前、今年の夏祭り、一発だけ打ち上げさせてやるから、花火を作れ」

「え、いいの?」

「……あの嬢ちゃんと約束してんだろ。もうお前も一人前の花火師だ。いつまでも嬢ちゃんを待たせるわけにはいかねえだろ」

「じいちゃん、なんでそれ……」

「お前の父ちゃんも、初めて自分の花火を祭で上げる時に母ちゃんに結婚を申し込んだ。お前のそれは、血、だな」


 じいちゃんから父さんの話を聞くのは初めてだった。じいちゃんの工場で花火師として働いて居た父さん。母さんと結婚してこの工場を継ぐはずだったのに、俺が小さいうちに居なくなった。そう聞いていたけど、この年になればなんとなくわかる。居なくなったんじゃない、死んだんだ。何故かは、わからないけど。


「止め、ないの?」

「なんで止める必要がある」

「だって、父さんを思い、出さない?」

「お前の意思だ。俺が口出すことじゃねえ」

「そっか……」


 それから俺は、夏祭りに上げる初めての花火を作り始めた。一部を担当させてもらったことはあるが、はじめから最後まで、全て1人で作るのは初めてだった。

 いつもは何も言わずとも彼女と一緒に行っていた夏祭りだったが、今年はちゃんと俺から誘わなければ。彼女にはからかわれるだろうが、そうしなければならないと何故か俺は思っていた。


「なあ」

「なに?」

「今年の夏祭り」

「うん。行くでしょ?」

「ああ。……一緒に行こう」

「何を今更。今までもずっと一緒だったじゃん」

「でも、今年は、違うから。言いたいことがある。だから……」

「ふふふ。うん。わかった。楽しみにしてる」


 言いたいこと。何も言わなくても、きっと彼女はわかっている。でも、何も言わなかったから。俺もそれ以上は言わずに、ただ待ち合わせの時間だけを決めてその日は別れた。祭まで、あと1ヶ月を切った。

 俺が作っていた花火は、何度もじいちゃんにダメ出しされて、作り直させられた。これじゃ綺麗に開かねえ、これは丸くならない。何度も、何度も言われたけれど、色と花火の種類だけは何も言われなかった。赤一色の、菊花火。じいちゃんが赤の菊の花言葉を知っているとは思えない。でも、何も言わないってことはきっと何かをわかっているのだろう。

 祭まであと2週間。やっとじいちゃんの御眼鏡に適うものを作ることができ、やっと赤の菊花火を作りあげる事ができた。完成できて、本当に良かった。誘っておいてできませんでした、なんて言うのは格好悪すぎる。明日は街に行って、予約していた指輪を受け取りに行かなければ。

 

***


 指輪を受け取りに街まで来た。車で行くことも考えたが、注文していた店は駅前で、駐車場が近くにないから、電車で来た。給料3ヶ月分、どころか2年近くため続けた貯金で買った指輪だ。彼女は花屋で働いて居るからあまり華美なものではないけれど、素材までこだわったこれ以上ない指輪。俺はそれを大切に鞄にしまい、歩き出す。折角街まで出てきたのだ。ぶらぶらと商店街でも見て歩こう。

 ぼうっとしながら信号を待っていると、ランドセルを背負った子どもが2人、横断歩道の向こうから走ってくるのが見えた。時折後ろを振り返りつつ笑いながら走る少女と、それを一生懸命追いかけている少年。遠い昔の、自分たちのようだった。

少女は後ろを見たまま、道路へと飛び出した。信号は、まだ赤。よそ見でもしているのか、はたまた人が飛び出すなんて考えていないのか、トラックがそこへそのままのスピードで向かってくる。俺の体は、気がついたときには道路に飛び出し、少女を歩道の方へ押し飛ばしていた。無意識だった。


    ぐしゃり


 体がなくなったような、とんでもない衝撃を受けて、目の前が真っ暗になった。つんざくような悲鳴が、少女が泣く声が聞こえる。無事、だったのか。

 俺は真っ暗な視界の中、昔のことを思い出した。いつだったかの夏、俺は彼女と一緒に遊んでいた。そのとき、彼女は少女のように赤信号のままの横断歩道に飛び出し、そこに車が突っ込んできた。それを助けたのは、かばって死んだのは、父さんだった。


 あ、これ、俺、死ぬやつだ


 唐突に理解した。どうやったって、生きられない。

 真っ暗だったはずの視界に、何故か飛び散った鞄の中身が、側に指輪の箱が、転がっているのが見えた気がした。


***


 目を覚ましたら、夏祭りの会場にいた。半透明な体で、どこにも触れられない姿で。そうか、盆だから。

昔じいちゃんに、うちの花火は迎え火なんだと聞いたことがある。夏だから、もう火葬も全て終わったのだろう。じいちゃんにどやされるだろうな。忙しい時期になに死んでんだって。父さんの時もそうだったから。

 フラフラと彼女と花火を見る予定だった、高台にある神社へ足を進める。どうせ触れやしないのだけれど、無意識に人を避けながら、足なんてないから歩けないのだけれど、地に足をつけて。

一歩一歩階段を上る。ようやく上り終えて神社を仰ぎ見ると、花火が見える方向を向いて、彼女が縁側に腰掛けていた。その左手薬指には、あの日、俺が受け取りに行った指輪が輝いている。花火の音がうるさい位に鳴り響いていた。

 俺は彼女の隣に座り、花火の色で照らされた彼女の顔を見つめる。すると、突然花火の音が止み、何かと思い空を見ると、少しのアナウンスの後に花火が上がる。


……ああ、あれは、俺が作った花火だ。

 

 真っ赤な菊花火が、空一面に広がった。隣からすすり泣く声が聞こえ、彼女の方を向く。


「馬鹿よ。ほんとに馬鹿。あんたがいなきゃ、なんの意味もないじゃない」


 彼女は左手を右手でぎゅっと握りしめながら、瞳からぼろぼろと涙を落とした。落ちた涙は、彼女が着ている浴衣の色を濃くしていく。俺は、触れられないとわかっているけれど、その握りしめられた手に自分の手を重ねた。


「……愛してるよ、心から」


 思わず口から零れたつぶやきは、彼女の耳に入ることはなく、花火の音にかき消されてなくなった。けれど、聞こえていなかったはずなのに、彼女はふっと笑って口を開く。


「私も、愛してる。ずっと、あんただけだった。愛しているわ。これからも、ずっと」


 それからのことは、もう何も、覚えていない。


 これは、そんな俺の、ありきたりな愛の話。

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