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ネクの一人旅 その1

不定期更新

とある山奥に村が一つ。

なんてことは無い、辺境の村。

そんな村にいる1人の少女。

親を早くに亡くし、ただ1人で住む。

少し、人付き合いが苦手で根暗で地味な少女。

ただ、村の人々も無理に構うことはせずなんともない日々を過ごしていた。

ある冬、村が崩壊しかける程の猛吹雪。

ある村人は言った、貢物が足りないのだと。

村に伝わる大蛇の伝説。

その大蛇がお怒りになっているのだと。

そうだそうだと皆も同意し、より貢物を増やすが、結果は変わらず。

そして、誰かが言い出した。

生贄が必要だと。

少女は怯えた、自分にその役目が回ってくるのではないかと。

当然、村人との関わりが少ない、利益ももたらさない、ただいるだけの存在は余りにも不必要なのだ。




やがて、雪を踏む音が聞こえる。

村の男達がやってきた。

「さあ、お前さんにはこの儀式を行ってもらう。」

そう言って差し出してきたのは真っ赤な木の実。

「これはな、血のように赤い実だ。これを食えば力がみなぎると言われている。」

男は笑いその実を差し出す。

私は知っている。

毒性のある木の実だと。

私は、生贄にされるのだと。

ああ、言うのは怖いけれど。

死ぬのはもっと怖い。

掠れそうな声、力を振り絞って言う。

「……い、いや…です……っ。」

私の小さな拒絶の言葉。

でもそれは、男達の怒りを買うだけだったようで。

私の腕を掴み連れていこうとした。

振り払う私。

「チッ……お前が死ねばみんな助かるんだよッ!」

殴り飛ばされる身体。

痛くて、怖くて、涙が出てくる。

どうして私がこんな目に遭わなければいけないの。

蹴られ、踏みつけられ、息も絶え絶えに。

血で体は汚れ、指先ひとつ動かすのすら億劫になった頃。

「生きてるよな。……ならいい。おいお前ら、生贄を連れていくぞ。」

吹雪の中、防寒着も着せられず。

乱雑に運ばれる。

きっと折れている腕を強く握られ、きっと擦りむいている箇所を気にせず掴まれ。

いっそ死んでしまったほうが楽じゃないかと思うほどの苦痛。

声は出ない、出せない。

されるがまま私は神殿に運ばれた。

村の伝説、大蛇の神殿。

その生贄として、私は選ばれた。

食べられてしまうのだろうか。

苦しいな、切ないな。

「大蛇様、どうかこれでお気を鎮めください。」

そういう男。

そして、すぐに村へ帰ってしまう。

今の私はとうに動けない。

怪我がもし奇跡的に治ったとしても、私はこのまま凍え死ぬ。

ああ、陰気な私にはお似合いな死に方かもしれない。

雪に埋もれて、いつの間にか死んでいく。

薄れゆく意識の中、地面が盛大に揺れ動くのを感じた。

本当にいたんだ、大蛇様。

でも、これで村のみんなの役に立てたなら少しは良かったのかもしれない。

閉じそうな目に写ったのは雪と同化する程綺麗な白い肌の大蛇。

薄紫に光る目。

…………わたしとおなじいろしてる。

もうだめだ。

いしきすらたもてなくなって。

もう……もう━━━━━━━━━


「……オイッ!?マジかよ人間!?等々ここまでやりやがったか!?」











「………ぁ……う。」

あれ。

意識がある。

天国かな、地獄かな。

「……おおっ!?起きたか!?起きたな!?良かったァ〜マジで。」

「……ぇ。」

目の前に映るのはあの大きな蛇。

しかし、人の言葉を発している。

「分かるか?蛇か喋ってるの分かるか?バカになったんじゃないぞ?」

「……は…ぃ。」

喉から絞り出すように返事をする。

すると、安心したような表情を浮かべる大蛇。

「動けるか?まだダメそうか?」

「……だ、だいじょぶ…です。」

「おーそうか…!よかったー。じゃ早速聞きたいんだけどいいか?」

「……ぇと…ぁの…その。」

「俺の方が気になるって感じだな?確かにお前ら人間が慕ってたあの大蛇様だ。想像と違うかもしんねーがな。神様みたいにした手上げたのはお前らだからな?…ま、いいけど。」

ふわりと浮遊感を覚える。

そして、暖かい何かに包まれた感覚。

視界いっぱいに広がる白と青のコントラスト。……これ、何。

暖かくて、落ち着く匂いがする。

「何言ってるか分からないと思うが聞いてくれよ。俺は精霊生物の冷蛇だ。お前さんが死にかけだったもんで、俺と契約して何とか生かした。」

……契約、?なんだろ。

私何も出来ないのに、なんだろう。

それにしても綺麗だなあ。

ずっと見ていたいなあ。

この人、まるで氷みたいな色をしてる。

白くて透き通っていて、とても美しい。

「落ち着いたら答えてくれな。……お前さん、一体何があった?」

「……ぇ……。」

「生贄とか聞こえたが……まさかお前さんがそうなのか?」

「……はい。」

「お前さんが怪我だらけだったのは?」

「……えと。……嫌だって言ったら……無理矢理されて……。」

「は?」

怖い顔で睨まれる。

怒ってるのかな。

当たり前だよね、生贄なのに逃げたんだもの。

ごめんなさい、私が悪いの。

どうせ怒られるなら、ちゃんと言って…。

「お前さん、ここで待ってろ。今すぐあの村ぶちのめしてくる。」

「え。」

視界が見えなくて、動けないまま。

大きく何かが揺れるのを盛大に感じる。

大蛇様が動いているのかな。

そして、すぐに村の方角から悲鳴が聞こえる。

逃げ惑う人々の声が響く。

私はその様子をただじっとしていることしか出来なかった。

それから暫く経った頃。

「全員ブチ殺した。村もブチ壊した。」

「……うそ。」

「嘘じゃないさ。これで満足か?」

「なん………で。」

「…ん?」

「悪いの……わ、わたし……。」

声を振り絞る。

やっと出た言葉がこれなんて情けないけれど。

それでも言わなきゃいけないと思った。

「あなたに……酷いことした……のに。」

「……はあ?何を言ってるんだお前は…。」

「私が……全部、悪いから……大蛇様は怒って…吹雪を…。」

「ちょっと落ち着け。まずな、この吹雪俺のせいじゃないからな。自然現象だぞ。マジの。確かにいつもよりひでぇけど。」

それよりも私の事よりも、あの村の人たち。

「ほんとに……ころしちゃったの。村も…もうないの。」

「ああ、妥当だろ。そんなもん無くていい。」

「う……うぅっ……ぁ……。」

「な、泣く!?ごめんなんかしたかっ!?人間は分からねぇ…!」

どうして泣いたのかは分からない。

ただ、涙が溢れてきた。

悲しい、止まらない。

「わたしの……かえるばしょ……どこ……。」

「……そうか、すまない。」








私が泣き止んだ頃。

「ご、ごめんなさい………泣いてごめんなさいっ。」

「いや、悪いのは俺だ。お前さんの気持ちを考えてやれなかった。」

大きな蛇、本当に何10mもある。

それに、この白い世界はどこまで広がっているんだろう。

真っ白すぎて距離感が掴めない。

何処まで行っても白しかない。

まるで、雲の上みたい。

ここは一体何所なんだろう。

大蛇様に聞いてみた。

「ここは正確には現実世界じゃない。いうなれば精神世界?お前さんの心の中?お前さん自体は怪我で動けないからこうやって意識だけ起こした。」

よく分からないけど、私はまだ生きているらしい。

でも、これからどうなるんだろう。

私は、何の為にここに来たの?

何が、何が何だか分からない。

「お前に選択を残してやれなかったのはすまない。…だが、お前さんに夢はあるか?」

「夢……?」

「何でも良い。例えば、美味しいものが食べたいとか、可愛い服が着たいだとか。」

「……考えたこと無かった。生きるので必死だったから。」

大蛇様は大きな頭をぐんと下げて考え込む。

少ししてからまた話し始めた。

今度は私に話しかけるように。

ゆっくり噛み締めながら話すように。

言葉を紡ぐ。

それは、私への問いかけだった。

「俺がお前さんにしてやれること、ないか?」

私なんかへの謝罪、慈愛、そんなものを感じた。

どうしてこんな私に優しくしてくれるの。

何故私を助けてくれたの。

色々聞きたいことはある。

けれど、それより先に言うべきことがある。

「えと……まず……助けてくれて……ありがとうございます。」

「ああ。気にすんな。」

「したいこと……というか。帰る場所がないので……。」

「それは本当に済まないな。」

「……旅を、してみたいです。綺麗な景色をみたいです。」

これが私の望み。

心の底からの願い。

私はずっとそれを願って生きてきた。

1人で出来なかった。

しようとすることすら思わなかった。

だから、叶えてくれるならお願いします。

私の神様。

どうか、この世界を案内してくれませんか。

私の、たった一つの願いを叶えてくれますか。

「そんなの、当たり前だぜ。沢山見せてやる。」

大蛇様は嬉しそうに応えた。

……そういえば、名前を聞いていなかった気がする。

聞くタイミングを逃していた。

今更だけど、聞いても良いのかな……。

うーん、どうしよう……。

迷っている間に向こうから教えてくれた。

「さっきも言ったが俺の名前は冷蛇だ。本当は冷結光ノ大蛇っつーんだが、面倒だろ?冷蛇でいい。レイダ!お前さんは?」

「……えと…ネク。ネク・ラナンキュラス…です。」

蛇様……じゃなくて、冷蛇さんは満足そうに笑った。

大きな尻尾をこちらに向けてきた。

手を伸ばした。

ひんやりとしていて、硬い鱗。

「さあ、そろそろ起きる頃だ。起きても、ビビるなよ?」

温かさに包まれる。

ここでの意識が虚ろになって。

心は落ち着いてる。

次第に体の感覚が消えて━━━━━━━








「……うぐ。」

首元に何かが当たる感覚がして目が覚める。

見てみると白い蛇が。

「うわぁっっ!?」

思わず飛び退いたら、雪の中に顔を埋めてしまった。

「お、起きたか。」

呑気な声が聞こえてくる。

「あの、なんですかこの蛇。」

どこからが聞こえる冷蛇の声に答える。

「俺だぞ?あの大きい体じゃお前にまた嫌な思いをさせちまうかもしれない。だから俺はいざと言う時しかあれにならないことにした。」

蛇の姿で喋り出す。

この蛇が? 信じられないけど、目の前にいるのが現実だし信じるしかないのだろう。

「さて、まず気付くことないか?」

「……えと…うんと…………あ。寒くない。」

吹雪の中、格好は変わらずなのに全く寒くない。

何も感じない。

「そうだ。俺な、氷を司ってる精霊でもあるんだ。ネクを助けるために半ば強制的に契約をしたから俺の能力を有していることになる。」

「の、能力?」

「ああ。ネクはもう俺の一部みたいなもんなんだ。つまり、俺の力を使うことが出来る訳だ。」

私にはそんな力があるんだ……。

実感はないけれど。

「お前に仇なす奴がいたら氷漬けにしちまえ!」

「そんなことしないよ。」

でも、そんなことを言われたら。

もし本当にそんなことが起これば、躊躇いなく使ってしまうのだろうか考えた。

それから暫く歩いた。

雪山を抜け、森の中に入る。

鬱蒼とした木々の間を歩く。

時折、動物たちが私達を見る。

「にしても、あんたらはすげーとこに住んでたな。ほんとに。」

「うん…生まれた頃からあそこだったからよくわかんないけど。外の街はよく知らない。」

私の故郷。

そこは街と言って良いのかわからないくらい小さな村。

村の人達はよく分からない。

私は、その人達の笑顔を見るのが好きだった。

例えどんなことをされても。

「この辺りで少し能力の練習をしようぜ。」

「え……必要なの。」

「あったりまえだぜ。気ぃ抜いたら握手した途端氷漬けだぞ?試しにそこの木触ってみろ?」

言われるまま木に触れる。

すると、一瞬にして凍ってしまった。

まるで、触れたもの全てを凍結させるように。

驚いて手を引っ込めた。

何これ……。

私がやったの……? 

「うはははは!今のは俺がイタズラしたからだ!まあただ、次が本当だ。そっちの木で試すぞ。」

今度は慎重に、ゆっくりと触れる。

すると、先程とは打って変わって、普通に触れられた。

木の感触もあるし、暖かさを感じる。

どういう仕組みなんだろう……。

不思議に思いながら、枝に触れた。

……暖かい。

はずだったが、次第にその部分が凍っていく。

徐々に徐々に凍っていく様をみる。

「な?これが俺の力を持ったネクの本当の力だ。」

「……ずっとこのままなの?」

「焦るなって。俺の言うことをイメージしろ?指の先がある。その指先から見えない力で引っ張られる。ぐぐーっと引っ張られて肘の方まで力が抜ける。」

自分の腕を見た。

確かに、肘に向かって少しずつ凍っているような気がする。

感覚が麻痺しているだけかもしれないが。

「その状態で別の木を触ってみろ。」

言われた通りにやってみると、いつまで経っても凍ることはなかった。

「なかなかセンスがいいな!使う時は逆に考えればいいんだ。」

逆に……。

肘から指先に…力を出す感じかな。

ぐぐーっと…ぐーっと。

その瞬間、急速に腕からたくさんの氷が前に向かって伸びていく。

「わわっ……びっくり……。」

「完璧だな!」

冷蛇さんは嬉しそうに笑う。

私は自分の出した氷を見つめていた。

これが、私の能力。

この力は、人を傷つけるためにあるんじゃない。

できるなら使わない方がいい。

「あーあとな?溜息には注意しろ?」

「え、どういうこと。」

「深呼吸してみろ。」

言われた通りに深く深く吸う。

吐く。

すると目の前にしろい冷気が見える。

「えっ。」

「気付いてないと思うがな、実はネクの体超冷たいんだぜ。」

言われて初めて気付いた。

寒さを感じないのもそのせいなのかな。

「その溜息の冷気、多分生き物とかにかかると凍るな。」

「ええっ。」

「人前で溜息つくなよ〜?」

「う、うそ……わたし人と話すの苦手だからっ…話す前に深呼吸しないと…っ。」

ど……どうしよう……。

私のせいで誰かが氷漬けになるなんて嫌だよ……。

涙目になりながら頭を抱える。

そんな私を見て冷蛇さんは笑いながら言った。







「なあネク。」

「な、なに?」

「本当に申し訳ないんだけどさ。」

「う、うん。」

一体何を言われるんだろうか。

身構えている私に、彼は続けた。

それは、意外な言葉だった。

「疲れた。」

「えっ。」

「俺な?あのクソでけぇ蛇の体を元々してたわけだ。移動もすぐだったけどさ。今普通の蛇なんだよ。」

「あ……あぁ……」

そういえば、そうだ。

小さい姿にはなれてないんだ。

「首に巻きついてもいいか?」

「ええ!?」

「いやもう限界なんだわ。お前の体にでも巻いてないと死ぬかもしんね。頼む!!」

「う、うん……いいけど……。」

冷蛇さんの首…?を絞めないように気をつけて首元に。

ネックレスのように私は冷蛇さんを首に巻いた。

「重くないか?」

「だいじょぶです。救ってもらった恩を考えればこのくらいなんてことないです。」

「悪ぃな!居心地いいしネクさえ良ければこのまま行こうぜ?」

「はい…えへへ。初めてのお友達みたいで……うれしい。」

つい本音が出てしまった。

「あっ……その…生意気で……ごめな……さい。」

恥ずかしくて下を向く。

「なーにいってんだ。これからの相棒だろ?」

「っ!うん!」

嬉しい。

こんな風に言ってくれる人が今までいなかったから。

自然と笑顔になっていた。

それからは早かった。

まず、森を抜けようということで歩き続けた。

しかし、一向に出口らしきものは見えず、ひたすら真っ直ぐ歩く。

「あっ、ちょっと待て。」

「?」

「服。」

「あっ。」

ボロボロの服のまま。

このまま街などに入ろうものなら私が恥ずかしくて死んでしまう。

「よし、任せろ。何色がいい?」

「えっ……えと。…黒っぽい…紫?」

私の髪の色と同じ黒に近い紫。

光に照らされて初めて紫が混じっているとわかる程度の濃さ。

目立たないけど、すこしおしゃれで好き。

「任せろ。いい感じの洋服仕立ててやる。」

そう言うと私の体が氷で包まれる。

「わっ。」

氷が弾けて消える頃には、ゴシックのような服装。

フードがついているので顔を隠すことができる。

すごい……。

「流石に俺レベルじゃねーと無理だなこれは。ちなみにそれ、見かけは服だけどちゃんと氷だから。冷たさ感じなくてよかったな。」

でも、氷というより、布?みたいな感触。

不思議な素材だ。

それにしても、見た目は完全にイロモノ。

目立たないかな、大丈夫かなこれ……目立ちたくないなぁ。

「なんだよ、目立ちたくない?」

「あっ、当たり前だよっ。私人前が苦手で…人混みも無理で…根暗だし…陰気だし…。」

ああ、また言っちゃった。

自己嫌悪に陥りそうになる。

けれど、冷蛇さんは笑って言った。

それは、意外な言葉だった。

だって、そんな事を言う人なんか、周りには誰もいないから。

みんな、私を避けていくから。

「気にすんなって。別にそれでもいいだろ。なんかありゃ俺が噛みついてやる。」「えっ。」

「俺はネクのこと信じるぞ。ネクも、俺を信じてくれよ?」

そんなこと言われたの、生まれて初めてだった。

「あ、ありがとう。」

「おう!さあ、行くか。」

「あの…じゃあ、お願いして…いい?」

「いいぞ、言ってみろ!」

「マスクみたいなの……ほしいなぁ。」

「目立ちたくないからか?」

「それも……だけど。……気を抜いて凍らせたくないから…。」

「……ネクはとことん他人思いだな。良い奴だ。任せとけ。」

そう言って口元を覆う黒いマスクを作ってくれた。

布ではなく、鉄みたいに固くて頑丈。

「苦しくないか?」

「うん、だいじょぶ。」

鏡がないからわからないけど、多分変じゃないと思う。

「おっ、そろそろ森の外に出られそうだな!」

「うん…!楽しみ。」

最初はどうなるかと思ったけど、今はこんなに楽しい。

冷蛇と話してるだけで、歩いているだけで楽しい。ずっとこのままでもいいかも……なんて思ってしまうほどに。

そして、ついに森を出た。

そして見えたのは広大な草原。

見渡して遠く遠くを見つめようとしても終わりが見えない。

「ここって……」

「ま、俺も実は何も分からないんだけどな!」

「えっ。」

「道案内なんかできないぜ?旅は適当にやるもんだ!」

「……ふふっ。そうなんだ。」

なんだかおかしくて笑ってしまった。

「俺はネクに従う。さ、好きなことを、好きなだけしようぜ!」


その日は朝まで話し続けた。

本当に楽しかった。

この…人…じゃない。

冷蛇と一緒ならどこまでも行けそうな気がした




━━━━━━━━━私はネク。

地味で根暗で役立たず。

いつも一人で、人と関わることが苦手で、嫌われるのを恐れて生きてきた。

今日、その人生に終わりを告げて、新しい自分に生まれ変わる。

……はずだった。

でも、生まれ変わり方がわかんない。

どうすればいいんだろう。

私はまだ暗いままだ。

「ネクー。おいネク〜。ぼーっとしてんなよ〜。そろそろ着くぜ。」

「あっ…うん。」

高さ10メートルくらいある国を守る壁…?

それが果てしなく続いている。

これが国境? すごいなぁ……。

でも、門らしきものは無いみたいだ。

どう入るんだろう。

周りに人はいるけど…うう、話しかけられない。

私なんかと話したら迷惑だよ……きっと。

やっぱり、私には無理だ…。

そんなことを思っていると突然後ろから声をかけられた。

振り返るとそこには女性が。

重そうな鎧を着て、強そうな女性。

「君、どうしたんだ?そんな年齢で1人。」

大人っぽい雰囲気の女性だ。

背が高くてスタイルが良くて、顔も綺麗でカッコいい。

綺麗なブロンドカラーの長い髪。

羨ましいなぁ。

それに、すごく優しそう。

「あ…ぇと。……その。」

「はは、怖がらなくていいさ。私はフラン。傭兵をやってる。」

背中に抱えた大きな剣。

とても強そう。

「わっ、わたし旅をしてて。……その。……どうやって入るのか…分からなくて。ごめんなさい…。」

「気にする事はないさ。一緒に行こうか。君のような小さな子が1人では危ないからな。」

「……へー。ちょっとお姉さん、契約者でしょ?」

突然冷蛇がフランさんに押しかけた。

「へっ蛇!?しかも喋って……ッ…あぁ。なるほど。君も契約者なのか?」

「え…貴方も…?」

「そうだ。焔。」

そう言うと、空から美しい、赤色の鳥が飛んでくる。

羽ばたく度に炎のように赤い光が散っていく。

そして私の肩に止まると小さく鳴いた。

その姿はとても幻想的で美しくて、つい見惚れてしまった。

「私の契約した精霊。不死鳥の焔だ。炎の力と、自然治癒を受け継いでいる。」

「あっ……不死鳥さんっ…私のからだはっ。」

「ああ、すまない。焔、こっち。」

指を差し出すと、慣れた様子でフランさんの指に止まる。

「名前、聞いてもいいか?」

そう言って笑顔でフランさんが聞いてくる。

き、緊張する…。

「あっ……えっと……ネ、ネクです。こっちは冷蛇。そ、その。氷の力を受け継いでますっ。」

「氷の力、なるほどな。よろしく頼むよ、ネク。」

「はっ、はい!よ、よろしくお願いします!」

思わず頭を下げてしまう。

「ははっ、元気が良いな。良いことだ。」

「はっ……あのっ……それで……えと。」

なんと言えばいいのか分からない。

間を持たせる会話すらできない。

一言も喋ることがなくなって詰まってしまう。

「……もしかして、話すのが苦手だったりするか?」

フランさんが聞く。

ど、どうして分かったんだろう……。

もしかして心を読む力があるのかな?

でも、それなら私みたいな人と話さないよね……きっと。

でも、こんな風に気にかけてくれるなんて、優しい人だ。

「その…ごめんなさい。」

「大丈夫、落ち着いて。一緒に手続きをするから着いてきてくれ。」

優しい声色で、頭を撫でてくれた。

なんだか……落ち着く……。

この人の隣にいると安心できる。

そんな気がした。

フランさんについていくと入国審査官と書かれた人に会った。

そこでフランさんが何かを話したあと、通行証のようなものを貰った。

それを門番に見せて中に入っていく。

「ネク、なんのためにここに来たのか聞いてもいいか?」

「は、はいっ。……冷蛇と…一緒に旅をしてるんです。……帰る場所が…ないから。」

「ふむ……。なるほどな。行く当てがないわけか……。」

「はい……。」

少し困った顔をさせてしまった。

「何処に行くとか、決まっているのか?」

「な、何も決まってなくて…ご、ごめんなさい!」

「はは、いいな。何も決まっていない旅。憧れるよ。」

また頭を撫でられる。

子供扱いされてるみたいだけど、嫌じゃないなぁ。……お母さんの手を思い出すような暖かさ。

優しくて、懐かしくて、心地よい。

しばらく歩くと、建物が見えた。

フランさんが立ち止まって言う。

「ネクが良ければだが、この国にいる間、私の家に来ないか?泊まる場所も無いだろう?」

嬉しい提案だ。

けど迷惑じゃないかな……。

冷蛇を見ると首を縦に振っている。

これは、行っても良いと言うことだろうか。

そう思ってお礼を言うことにした。

するとフランさんは微笑んでくれた。

本当に素敵な人だと思う。

「さ、入ろうか。」

「えっ…これがフランさんの…?」

「質素かもしれないが、入ってくれ。」

通された部屋にはベッドと机と椅子だけ。

生活感のない殺風景な部屋に驚いた。

これじゃあ私の部屋と同じ。

まさか、ここまでとは思わなかったのだ。

もっとすごい家に住んでるかと思ってた……。

お邪魔して申し訳なくなる。

「家に金を割けなくてな。こうやってフリーの傭兵をしている以上は旅費とか、食費とか。武具関連。そうやってると…な。」苦笑いをしながら答える。

「ベッドも1つしかない、ただまあ…恥ずかしいことに私はこう…体も大きくて、そのうえ寝相も悪いらしい。だからベッドはダブルなんだ。寝る時は困らないぞ。」

ははは、と笑う。

確かに体格が凄く良い。

「ふぅ…。暑いな。」

そう言って体を覆っていた鎧をゴトゴトと外し始める。

女の人なのに、筋肉がすごい。

身長も…多分男の人より大きくて。

大きな胸が見え隠れする。

綺麗な鎖骨に汗が流れていく。

……なんだか、見てはいけないものを見ている気分になって目を逸らしてしまった。

でも、そのあとすぐに目が釘付けになる。

だって、あれだけの傷があったんだもの。

大きな傷跡から小さな傷跡。

無数にある。

痛かったはずだ。

苦しかったはず。

辛かったはず。

なのに、どうしてあんな笑顔ができるんだろう。

どうして、私なんかに手を差し伸べてくれるんだろう。

「あのっ…そのキズ…っ。」

「ん?ああ。気にしないでくれ。傭兵をやってるといつかはこうなってしまう。心配してくれてありがとうな。ネクは私の熱気に当てられて暑くないか?」

ずっと。

ずっと私を心配してくれている。

優しい人だ。

「私は…氷の能力で…ずっと冷たいんです。フランさんとは…正反対で…。」

「なるほど、似たもの同士だな!」

「は、はい。」

沈黙が流れる。

どうしよう。

また詰まってしまった。

こういう時、どうやって話を繋げばいいのかわからない。

「なあ、手、触ってもいいか?冷たさ、気になるんだ。」

「えっ。……と。その。…はい。……だいじょぶです。」

手を握られる。

熱いわけでもない、普通の人の体温だった。

熱気は出るだけで体温には影響しないんだ。

なんだか、不思議な感じだ。

それに、この人なら、触れても怖くない気がした。

「ははっ。本当に冷たい。」

「おうネク!熱を覚ましてやれよ〜!」

「ええっ。そんなのできないよ…っ。」

「言いをふきかけりゃいいんだよ〜。ほら、マスク取ってさ!」

「何もそこまでしなくてもいいんだが…。」フランさんが呆れたように言う。

でも、私はこの人が大好きになっていた。

この人は私達を受け入れてくれたから。

私はこの人に少しでも救われたから。

「じゃ、じゃあ行きますよ?」

「なんだか緊張するな。」

「……ふぅ〜。」

凍らせないように、慎重に慎重に…。

「ひゃっ。冷たいっ!はははっ、気持ちいいなこれ。」

良かった。

喜んでくれたみたい。

こんなことでお礼になるかなぁ。

私が救ったなんて烏滸がましいことは言えないけど、せめて、何か返せることが有ればな……。






日が暮れかけ、フランさんとも馴染んできた。

フランさんは黒いタンクトップに皮のズボン。

大きくてかっこいい体でとても似合ってる。

む、胸も大きくて大人って感じがする。

ちょっと羨ましくもある…けど。

そうだ、聞いてみよう。

私も、知りたいことがあるんだ。

勇気を出して質問してみることにする。

答えてくれるといいんだけど……。

「あの……この辺りで綺麗な景色が見られる場所ありますか。」

フランさんは少し考えて言った。

あるには有るらしい。

だがここから遠いらしく、明日案内してくれることになった。

今日はもう遅い。

という事で、お風呂に入る事になったのだが……。

ここで私気付く。

私、お風呂入れない。

どうしよう……。

というのも私が冷たすぎて、お湯がすぐに冷めてしまう。

今はこの家の主がいる。

流石に一緒に入る訳にもいかない。

どうしよう……。

そんなことをフランさんに話すと。

「ああ、なら私と入ろうか。私は逆に風呂に入ると湯が次第に煮えたぎってしまってな。長湯できないのが難点だったんだ。」

と言ってくれる。

それはとてもありがたい事だけど、申し訳なさすぎる。

でも、せっかくだから甘えてしまおう。

だってこの人ならきっと許してくれるから。






フランさんの能力はとても便利で焚き火なんかしなくても直ぐにお湯を沸かせられるらしい。

玄関の近くにある扉を開けると、木で作られた浴槽。

少し使い古されている。

「よし、水を運んでくるから少し待っててくれ。」

「あっ…私の氷…溶かせば…。」

「おお、手間が省けるな。よろしく頼むよ。」

私は両手をかざして力を込める。

浴槽に大きな氷が落ちる。

それを見たフランさんは、片手で炎を。

すぐに溶けていき、浴槽はちょうどいい感じ。

「じゃあ、お風呂入るか。」

「はい…あっ…れ、冷蛇!」

「あ〜?」

しゅるしゅると地を這って現れる冷蛇。

「お風呂に入るから…このお洋服…。」

「人間ってそんなのするのか?めんどくせーな。ムンッ!」

謎の掛け声で私の服がサラサラと消えていく。

「ありがとう冷蛇。…冷蛇は鱗とか汚れてない…?」

「いいんだよ俺は脱皮するから。」

身につけていた下着も全て脱いで、準備をする。

……フランさん、本当に大きい。

「あの…フランさん。」

「ん?」

服を脱ぎながら返事をしてくる。

「その…大きさってどのくらい…ですか。」

「ん、私か?」

少し考えたあと。

「たしかJだったかな。」

「……?じぇー?」

「……うん?」

数秒の沈黙のあと、フランさんが赤面する。

「わ、忘れろ!今のは無しだ!!」

「えっ!?えっ?」

「んんっ!身長は184cmだ。」

なんだか変な空気になってしまった。

とりあえずお風呂に入ろう……。

体を流そうと、近くにある桶を取ろうとする。

「あ…っ。」

ピキピキっと、一瞬で凍ってしまった。

「ご、ごめんなさいっ。気を抜いちゃってっ。」

「いや大丈夫さ。しかし、本当に私がいても凍ってしまうのだな。」

ちゃんと意識して…桶を取って…。

お風呂のお湯をすくってゆっくりと凍らせないように。

体を流す。

お風呂に入るだけでも大変だ。

「……ふぅ。」

あったかい……。

「私が流してあげよう。」

「えっ…いいんですか。」

「なに、同族のよしみだ。お互い不便なところもあるから助け合っていかないと。な?」

確かにそう。

この人は私を助けてくれたし。

フランさんは私の背中を流してくれる。

私も、フランさんの背中を流してあげたかったけど、手が届かない。

「私はいいさ。ネクは客人だろう?」

「はっ…はいっ。」

フランさんの手はとても大きくて暖かい。

私よりずっと大きい。

私もいつかこんな風になれるかな。

……そんなわけないか。

お風呂から出て、服を着る。

フランさんはタンクトップ一枚だけ着ている。

とてもかっこよく見える。







夜も深まってきた頃。

フランさんは武具の手入れをしていた。

私はその様子をじっと見つめる。

私には分からない世界。

戦いの世界。

「どうかした?」

「い、いえ。大変そうだな…って。」

「ああ、これが私の生き甲斐だ。誰かの役に立つなら、私は買って出るだろう。」

武器の一つ一つを大切に扱う姿。

私にはより一層逞しくみえた。

「そうだ、ネクはなんで綺麗な景色が見たいんだ?」

「分かりません…分からないけど…好き。」ぽつりと言った一言をフランさんは聞き逃さなかった。

そして、優しく語りかけてくる。

私の頭を撫でながら。

「ご両親は…どうしたんだ?」

「……もう。」

「そっか。辛いことを聞いたな。」

「だいじょぶです。」

でも、とても心地よい。

「じゃあさ。……私と一緒に旅をしないか?」

それは突然の提案だった。

だけど、不思議と心が踊る。

断る理由なんてない。

むしろ一緒にいたいとすら思う。

だから。

こくりと首を縦に振った。

フランは私の答えを聞いて嬉しそうな顔をする。

「見ての通りだが、私は既に1人。親も居ないんだ。だからネクの気持ちがわかる。」

フランさんは、自分のことを話してくれた。

寂しい気持ちも、辛さも、全部。

私と同じだと知った。

フランさんは、私が抱えてきたものを全て受け止めてくれて、その上でこう言った。

これからもよろしく、と。

「……ふぁ…。」

「眠くなってきたな。……そろそろ寝るか。」

ふわっと、体に布団が掛かる。

ベッドの上で2人。

フランさんはずっと熱気を放っているから、そばにいるだけでポカポカする。

それに安心感があるのか、すぐに瞼が重くなる。

明日になったら、また新しい何かが始まる気がする。

「おやすみ、ネク。」

「お、おやすみ…なさい。フランさん…。」











朝、謎の苦しさと、温かさで目が覚める。

「……ん…んむ…むぐっ!?」

目を開けた瞬間に飛び込んできた光景。

それは……。

私に抱きついて眠るフランの姿だった。

慌てて離れようとするが力が強くて抜けられない。

顔と胸に挟まれる形になる。

フランさんの匂いと…温かさと…。

それにちょっと苦しくて息がしにくい…。

なんとか抜け出そうとするけど、力が強くて抜けられない。

どうにも出来ないのでその場でおこそうと思ったが…フランさんの寝顔はとても気持ちよさそうだ。

「ん…んん……ひんやり……。」

わ、私の冷たさで気持ちよくなってる…!?

「ひゃっ……!」

急に体が軽くなった。

いや、これはフランさんの寝返り!

その勢いのまま床に落ちる。

「ふぎゃっ!?」

痛い。

……うぅ〜っ。

「…う〜ん…んー…?」

目を擦って起きるフランさん。

「お、おはようございます…。離してくれますか……。」

「……?……ああっ!!」

ようやく状況を理解してくれたみたいだ。

……恥ずかしかった。

「すまないっ…寝相が…!」

寝相なのかな…これ。

「い、いえ……大丈夫ですから……」

「本当に申し訳ない…!」








そろそろ旅に出る頃。

2人して、準備を始める。

私は洋服と、マスク。

冷蛇を首に巻いて準備完了。

フランさんは鎧を着込んで、少し大きなバッグを持ち、荷物を詰めた。

最後に大きな赤い剣を背中で背負った。

「よし、行こうかネク。」

「はい。」

私たちは部屋を出て宿を出る。

外は既に明るい。

朝だ。

私たちの旅の始まりを告げるように、朝日が昇っていた。

街でて、国の外へ。

そこから歩いて、歩いて、歩いて。

フランさんが言っていた景色のいい場所。

そこはもうすぐそこらしい。

まだかな。

楽しみにしてると、少し開けた場所に出た。

「すぐそこだ。」そこには湖があった。

水も透き通っていてとても綺麗。

風が吹く度に水面が揺れているのが見える。

そして、空が映っている。

雲一つない青空が広がっていた。

「どう?」

「……すごい……きれい。」

思わず声が出るくらい綺麗な景色だった。

こんなの見たことない。

私の好きな色の世界が広がっている。

自然が好きだ。

風景が好きだ。

これを見てると、こんなすごいところに私はいるんだって、実感できるから好きだ。

「もっと、景色のいい所が見たいのか?」

「う、うん…っ。もっと沢山…みたい!」

「ははっ!いい返事だ!次の国に行くぞ!」

「はいっ!」

「俺もいるからな!忘れんなよ〜ネク。」

「もちろんだよっ、冷蛇!」こうして氷を操る私と炎を操るフランさんと、蛇の冷蛇。

不死鳥の焔さんは喋らないけど。

度が始まった。

この先に何が待っているのかわからない。

でも、きっと楽しいことが待ってると信じてる。

だから今はただ進むだけ。

いつか、求めていた景色を見るまで。

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