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朽ちた神社の神様と。 後編

「……ん…ぁ…。ぁあっ!!?」

いつの間にか寝てしまっていたようだ。

「む、起きたか京。ぐっすりじゃったな。」

ええと…たしか俺は…。

桜が祀られている神社の本殿を綺麗にしてて、終わったところに桜に声をかけられた瞬間眠くなって…。

……そっか、寝てたか。

目を覚ますと同時に意識もハッキリしてくる。

境内の端の方にある木にもたれかかっていたはずだが…。

よく見れば室内。

ミニスカートの巫女服から見える細く綺麗な足の上に俺は頭を乗せていた。桜は俺の顔を見つめている。

見上げてるせいもあるけどめちゃくちゃ顔近い。

整った小さな鼻や柔らかそうな唇など全てが目に入る距離だ。

「京よ、ここに来る前までどんな仕事をしておった?」

「普通にサラリーマン…って言うとわかんねぇか。上の人間から押し付けられた仕事を黙々と鉄の板の前で考え事をする仕事だ。」

桜はまだ首を傾げているが気にせず続けることにする。

「ようは労働に見合った対価を得られない仕事な上に休みもろくになかったってこと。」

その通りだと言わんばかりに深く何度もうなずいてくれる。

「それは辛かったであろうな。そんな無理をしているからこれほどぐっすりと眠れるんじゃな。」

「……どんくらい寝てた俺。」

体感では半日以上ずっと眠り続けていたような気がしたが外はすでに真っ暗だった。

「もう夜になってしまっておるが心配はいらぬ。もう、共に住む中じゃろう?どうじゃ、今度はわえのこのふさふさの尻尾の枕で眠ってみるかえ?」

さっきまで自分が座っていた場所に腰掛け直し自分の膝の上に乗せようと手招きしている。

「…流石に半日も寝たら寝れないな。」

「ふむ、では飯にしようか。わえは和食しか作れぬが、良いな?」

「本当に飯作ってくれるんだな。」

「言ったじゃろう。3食飯付き完全週休二日制とな。」

……そういえばそう言っていたな。

こんな小さい体なのに大丈夫だろうかという不安もあったが何より今は腹が減っている。

それに誰かが作る飯は久しぶりだ。

楽しみでもある。

台所に立った彼女はすでに調理に取り掛かっている。

トンッとまな板の上で包丁が鳴る音が心地いい。

「ちなみに何か要望はあるかえ?」

「ん〜…現代料理つっても作れないだろ?」

「む、確かにそうじゃな。作り方さえ教えてくれればわえも作るが。今日はわえが作れそうなものの中で何がいいか教えてくれるかえ?」

少し悩んだ末出てきた答えはこれしかないだろうと思ったものを答えることにした。





「うむ、久しぶりじゃったが、なかなか良い出来じゃ。」

完成したご飯と味噌汁の匂いが広がる部屋に食事が並ぶ。

2人揃っていただきますと言い早速食べ始めることにする。

まずは味噌汁に手をつけたのだが味はもちろん美味しいのだが全くわからない。ただ塩気と旨みがある。そして具は何が入っているのか……。

とりあえず一口飲んでみるとワカメらしきものと豆腐っぽいものがあるのはわかった。

あとは白米だが、これおかゆじゃん。

でも文句は言えない。

出されたものはちゃんと食べる主義だ。

「ど、どうかのう……京よ……」

「素直な感想を申し上げるのであれば、良くも悪くも、昔っぽいな。」

「…….。」

桜は自分の作ったものに自信があったのかもしれない。

だが俺は正直な意見を言うことにした。

「だけどまぁ、なんと言うべきか、懐かしい味とも言える。俺は好きだな。」


ホッとした表情になり嬉しさのあまりなのか耳としっぽをぴこっぴこっと動かしている。

「京よ、ありがとう。これから毎日、わしがしっかりとつくるからのぅ。安心しておれ。」

「あぁ、よろしく頼むよ。神様。」

「……っ!おお、任せるがよいぞ。京よ。」

また耳をピンとはねさせながら桜は答える。

それから俺は一応料理系の本を買ってあげようと思った。



夜が深まる頃、少し外に出ようと桜から声をかけられた。

「京よ、わえの本殿なんじゃが…。夜だと本当に暗いんじゃ。わえの力を見せる時なんじゃが、お主がおらぬと何も出来ん。着いてきてくれぬか?」

「分かった。」


俺は玄関で靴を履いて待っていると桜の声がかかる。

先程とは違いしゃんとしている。

神としての威厳なようなものを感じる。

外に出ると同時に風が強く吹き荒れた。

思わず目を瞑ってしまうほどの突風。

俺達が住んでいるのは本殿から少しだけ離れた小屋。

再び目を開けた際には既に本殿の前へ桜は移動していた。

「助かる、その辺りで待っていてくれるかえ?」

「何か俺がやることは無いのか?」

「うむ、見ているが良い。」

うっすらと輪郭しか見えない本殿。

初めに、桜の周囲が淡く輝き始めた。

加えて、なにか捧げるように手を前に差し出す。

すると手のひらの中心に光が集まり球体ができあがる。

恐らく炎のようなもの。

それらは本殿の周囲を漂い始め、明かりを灯すようにそれは次第に規則性のある場所に位置どった。

「ほらどうじゃ?わえの力。」

得意げにこちらを笑顔で見る。

いかにも和という印象が似合う神秘的な社だ。

神と言われてしまえばこの不可解な現象も頷けてしまう。

「すごいな。今何をしたんだ?」

「これはわえの妖術。お主ら風に言うと魔法…とやらか。夜になれば照らし、輝くようにしておいた。これで見栄えは良いじゃろう。」

……ほんと不思議だ、まるで魔法のようだなんて思ったのは初めてだ。

まだ実感はないが目の前の光景を見るだけでわかることもある。

あの神社がどれほど重要な場所だったかということも。

それにしても桜の奴、そんな力もあったとは。

「こんなのは序の口じゃが、昔のように神を襲う無法者も今の時代にはおらぬ。わえが力を使い叩きのめすまでもない。」

確かにあんなのがいる時代なら危険すぎる。

今は平和なんだと改めて思い知らされた。

「どれ、力も安定してきた。1つ見せてやろう。そこの道の真ん中に立つがよい。神の道に立つことを許すぞ。」

言われるまま立つ。

「さて、行くぞ。」

「何が起こる。」

「まぁ見ておれ。」

桜の周りに小さな光の玉が生まれ、それが浮かぶ。

更に今度は、淡いピンクの花びらがどこからともなく現れて周りを舞う。

「我が名、木花咲耶姫。雪の粒 瞳に映るは 夜の桜。風と舞い散り 夜空に消えゆ。」

歌だろうか、抑揚のある声。

心地の良い綺麗な歌声。

音に合わせて光が弾ける。

やがて、満開の桜が見えた気がした。

「春が訪れれば花は咲く。そよ吹く風に誘われ春の嵐。それは今までを狂わす喜劇。」

桜を中心に竜巻のような渦がいくつも生まれていく。

「夜桜を見るだけならば。」

桜が言葉を放つ度に、それと連動するようにいくつもの風が吹いた。

「我が姿、尊ぶべし。」

桜が一歩、また一歩踏みしめるたびに桜の周囲の風が勢いを増し、そして消えた。

桜の姿がはっきりと見える。

「…私が神ということを忘れるな、京。」

そこには巫女服ではなく、神様らしい白を基調とした着物を着ている桜がいた。

身長も高く、髪の毛も長く伸びている。

…いや、きっと彼女は桜ではなく、木花咲耶姫なのだろう。

「でなければ、お前を食うてしまうやもしれぬ。」

人懐っこい笑顔から一転、恐ろしいことを言う。

「…と、怖がらせて悪かったな。でもこうしないと私の本当の姿を晒すことができんのだ。」

「本来の、神としての君なのか?」

「そうとも言えるな。ただ、力を取り戻せば私は元に戻る。しかし、『わえ』としての姿は、それこそ旬を過ぎた桜の如く、消えゆくだろう。」

よくわからない。

人と神が違いすぎる。

「どうした?顔が暗いぞ。……むぅ。これでは怖がらせただけだな。しょうがないのう。ほらっ。」

突然抱きしめられる。

「嬉しかろう?私が抱きついてやっているのだから。」

「ちょっ!?」

小さな姿の桜とは違い、口調までもが大人のようになっている。

俺の身長と同じくらいの大きさ。

そんな体で抱擁されてしまう。

ほのかに、春を感じた。

「これが私なりの精一杯のお礼だ。今はわえじゃが、そのうちこの元の姿にに戻れる。そうしたら、お主が望む姿でそばにいることを誓おう。共に過ごしてくれるな?」

耳が当たるくらいの距離で囁かれる。

「わ、分かったから少し離れてくれ…っ。」

「っと!くふふ、愛いやつめ。わえの大人な姿のお披露目は終わりじゃ。」

と、ようやく離れたと思った瞬間に元の小さな姿に戻っていた。表情もコロコロ変わっていく。

「あー、そのなんじゃ。今のは忘れろ。それと……」

頬をかきながら何か言いづらそうな顔をしている。

「これからよろしく頼むぞ。」

ペコリと頭を下げられた。

こちらの返答を待つようにジッと見てくる。

「…わかった。俺も精一杯参拝者を増やせるように努力する。」

「うむ、それでよい。」

満足げに微笑んでくれた。

「さて、帰るとするかな。」

「待ってくれ、最後に一ついいか。」

「なんじゃ?」

「あの、今の歌は何だったんだ。」

「わえが神としての力を奮っていたころ、巫女共から捧げられた歌じゃ。」

「それって一体…いつなんだ?」

「ふぅむ…時代なぞ気に求めてなかったが…江戸とやらが始まるくらいか?」

 嘘みたいだが、なんでもありならそれも可能なのかもしれない。

何せ、神様がいるのだから。






小さな姿小屋に戻ってきた。

「うむ、時に人間は眠らなければ生きていけぬのじゃろう?」

「桜はそういうの無いのか?」

「神じゃからな。」

真顔で言うことではないと思うのだが……。

ただ確かに彼女にとっては寝るという行為は必要がないものだと言われても不思議はない気もするが。

「というわけで人間である京には眠りが必要だな!」

布団をバサッとはたいた。……やっぱりこいつは神様らしい性格をしてない気がするなぁ。

「お主、今までしていた仕事の疲れが未だ取れていない。仕事を熱心にするのは良い事じゃが、わえの前で疲れた姿を晒すことは許さぬ。よって1週間はゆっくり過ごすんじゃぞ!」

「いいんですかね。」

「死ぬよりはな。めっぽう良い。」

そういう顔はどこかで悲しげでもあった。

……そういえば初めてあった時、彼女は孤独だと言っていたような覚えがある。

あれが本当だとすれば俺は彼女の隣に立つ資格は無いだろうが……。

それでも力になりたいとも思うし、彼女との生活が楽しくもある。

……俺なんかが釣り合う相手じゃないだろうけど、この生活が終わるまでは彼女に尽くしてやるつもりだ。

よく考えたら、桜は今までを失って今日に至った。

なんとかしてやりたい。

「どうじゃ?先程寝たばかりじゃが、寝られるか?」

「ああ、…連休なんて久しぶりだからな。」

「…どうしてお主はそうまで仕事に身を尽くす?」

「現代人はそういうもんなのさ。」

「くだらぬ。人間の社会にもいろいろあるのだな。」

はやく慣れないといけないよな。

ずっと甘えてぐだぐだと過ごしていてはダメになってしまう。

「じゃがまあ、今日から1週間は確実にいとまをくれてやらねばお主が死んでしまう。じゃから何も気にせず寝るが良い。」

「…じゃあ、お言葉に甘えて。」


布団の中に入り寝る準備をする。

今までは帰ってきて疲れ果てて倒れるように寝ていたから、よし寝よう、と思って寝ること自体久しぶりだ。

休日は大体明日も仕事かと鬱になりながら眠りにつくし。

この部屋は縁側に繋がっている。

しかもこの辺りは桜のお陰なのか、1月なのに気候も過ごしやすい。

「わえはずっとお主のそばにおる。何かあったら言うが良い。ふ、子守歌でも良いぞ?」

「はは、それは本当に眠れないときにとっておく。おやすみ。」

「おやすみ。」







縁側に見える狐の子。

否、それは神。

過去、反映した時代に多くの人を従えた彼女も。

時代の波には飲まれてしまう。

人は消え、残るのは我が身一つ。

それでも神は消えようとせず、望み続けた。

誰か1人でも、ここに来てくれと。

神が望むのだ。

ならば、今度は人間が答えてやるのが道理。

人が望み、神が授ける。

神が望み、人が捧げる。

そうある姿が、きっと正しい。

「嗚呼、どうしてだ。何故こんなにも人は━━━━━━━。」

縁側、夜空と共に飾る神。

「結局のところ、参拝者のことはあまり興味がなかった。」

元の姿を取り戻した。

それすらもどうでもよかった。

「どうして人はこんなにも脆い。」

100年だ。

たった100年で人は完全に死ぬ。

私を置いて死んでいく。

愛せぬ、 恋せぬ。

人間は、あまりにもつまらない生き物なのに。

どうしてか恋しくなり、愛おしくなり、その姿に惚れて一生を誓う。

「━━━━━━━━━━━━でも、死ぬ。人は死ぬ。それは避けられない運命。必ず消えるもの。」

人間は桜の花びらのように簡単に散ってしまう。

人同士ならば、永遠とも言える時なのだろう。

…私は神だ。

人とは根本から違う。

人間はすぐ花びらのように散る。ただ、その咲き誇った姿は忘れ難く、心の中に刻まれる。

「京、お主も神だったら良かったのになぁ。」

神はぽつりと嘆く。

京は死んだ。

病気でも、殺された訳でもない。

寿命を全うした。

それでも、人に情を移した神にはあまりにも酷な結末。

「…。」

気付きはしないが、涙を流す。

「これでは、示しがつかぬ。」

神は笑う。

泣き笑いのような顔のまま、とある人を思い続ける。

「人に恋をした、人に情移りした神は数あれど、全て結末は似た者。…今の私のように、死という別れにより、神すらも消えていく。」

「夜の雨 額に滴る 君の音。」

思い出したように口ずさむ。

「春が来るなら冬も来る。終わりのないなど夢物語。それ知らぬ神こそ喜劇なり。」

数拍置いて、喋りだす。

「先立っていった皆の気持ちが分かる。別れが辛いから皆、この世から去っていったんだ。」

彼女は知っている。

神なんて、もう自分しか居なかったことを。

時代に残された1柱。

彼女もまた、人の美しさに溺れ、苦を知った。

「……であればこそだ。…もう、関わりはせぬが、それらの行く末を見届けなければ、神の名が廃る。」

綺麗な社の本殿の前に立つ。

「くれてやろう。神の力を。お前たちが、良い方向に進むよう、私が見守っている。」



とある夜、1つの星が輝いたそうだ。

科学的な証明は不可能。

しかも、それが起きた次の日から世界が進歩を進めたという。

そうして、人類は最終的にこういったのだという。

「きっと神様はいる。感謝しなければ。」

と。

皮肉にも、1人で信者を増やしてしまう。

早めに行動していればきっと、悲しみも背負うことがなかったと考えるうちにそんな野暮な考えを捨てた。

「京が進んだ人の道を。私は見届ける。」


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