パーティが崩壊し単独パーティで生きていくと決めた俺と、そこに舞い戻ってきたあたしの話。
『用事を済ませパーティハウスに帰ってみたら、仲間の部屋も金庫も空だった俺の話』
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の後日談です。
気が付けば三部作に……連載形式にしときゃよかったかなぁ?
感想ありがとうございます。すっごく嬉しかったです。
冒険者ギルドも、夕刻にもなると一仕事を終えた冒険者どもが、頼まれてもいないのに今日の稼ぎを態々併設された酒場に貢いでいる光景が嫌でも目に付く。
『水商売』等という言葉があるが、主に水物……つまりは、飲料類を売る商業スタイルの事を指す。
その飲料の中でも特に酒精が入った物は、その需要もさる事ながら、利益率がとても高いのだという。ましてや、冒険者を自称する無頼共には、これを与えてやりさえすれば、大人しく言う事を何でも聞くとすら言われる程だ。
この盛況ぶりを見る限り、冒険者ギルドの収支内訳は、ひょっとしたらこの酒場の方こそがメインなのかも知れない。
呑んで、食って、歌って、大声で笑い合う。
彼らの口は、一切止まる事無く忙しく動き続ける。まるで、そうしなければ死んでしまうかの様に。
……いや、流石にそれは言い過ぎか。
俺はカウンターで、一人グラスを傾ける。強い酒精が喉を灼く感覚に、暫し浸る。
結局、俺只一人の個人パーティとして【北極星】を再動させた。
消えてしまったアイツらを、俺は放っておいた。
もう、どうでもいい。そう思ってしまったからだ。
やはり侯爵の三男は、俺が不在の隙を狙って【北極星】の乗っ取りを企てた様だ。
後に聞いた話だが、その際、あの餓鬼がギルド受付孃相手にほざいた台詞は以下の通り……らしい。
『グランツは出て行った。だが、残された我らは、その悲しみをきっと乗り越える。我が新たなリーダーとなり【北極星】は、次の舞台へと更なる進化を遂げるのだ!』
……もうね。
呆れて物も言えねぇよ。
あの糞餓鬼が暴走するのは想定通りだったが、まさかメンバー全員で、とはな。本当に思ってもみなかった。
一番堪えたのが、キシリアまでもがアイツらに荷担した事だ。
念の為に全員の裏切りを想定して、個別に色々と備えをしていたのだが、彼女だけは無い。俺は心の何処かでそう思っていた様だ。”まさか”の衝撃度が違った。
……やめよう。酒が不味くなる。
そういや、こうして一人でいるなんて、戦災孤児として世に放り出されて以降、ここ十何年と無かった。
ああ、つい最近下級ドラゴンの討伐の為、一月近く単独で動いたが、それはノーカンで。
あれ以来、ずっと俺の背中をチョコマカと付いて歩いてきた馴染みの”彼女の気配”が無いだけで、ここまで寂しいと思うものなのかと、本当に今更ながら辛い現実を突きつけられた気分だ。
……やっぱり、ちゃんとしておくべきだった、のか?
彼女の気持ちには、俺もとうに気付いていた。それに対する答えも、すでに決まっていた……筈なのに、俺はどうしても、その最後の一歩を踏み出す事ができなかった。
本物かどうかも解らない不確かな”前世の記憶”が、全てにおいて俺を臆病にさせている。冷静に考えてみたら、何とも滑稽な話だ。
だが、”前世の俺”は、長年連れ添ってきた筈の”妻”の裏切りが切っ掛けとなって、全てを喪った。人の気持ちは、時と共に移ろい、変質する。それはどうしても止める事のできない決まりだ。またあんな惨めで悲しい想いをするくらいならば、いっそ孤独の内に生きた方がまだマシ……そんな結論になるのも、致し方の無い事ではないだろうか?
……それが、ただの逃げなのだと、自覚していたのだとしても。
グラスの中身を一気に煽る。噎せ返る様な強い酒精ごと、俺は弱気を飲み込んだ。
今まで特に贅沢をしてはこなかったので、幾何かの蓄えはある。少しだけ何もせず、ただ己を見つめ直す時間を持ってみるのも悪くないだろう。何せ、先代達が抜けてから、俺はひたすら走り続けたのだ。正直に言うと、少しだけ疲れた。
空になったグラスに、店員が無言のままに酒を入れる。無理に話かけてこない店員の静かな配慮に、感謝の気持ちを込め軽くグラスを掲げる。
周りの喧噪から取り残されたカウンターの一角に、俺は根を下ろし……
「はぁい、グランツ♡」
「……テメェクソコノヤロウ、どの面下げて俺の前に出て来やがった!」
……かけた事に、すぐに後悔をする羽目になった。
◇◆◇
俺は”裏切り者”を、絶対に許さない。
付き合いが長ければ長い程、絆が深ければ深い程……
それに見合った大きな穴が、心の内にぽっかりと開くからだ。
彼女の”裏切り”によって開いた心の穴は、とてつもなく大きなモノだった様だ。なのに、目の前の彼女……キシリアは、そんな事を全く気にしていない様な、いつも通りの自然体だ。
「どの面とは、失礼ねっ! こぉ~んな美女を捕まえてさ」
頬を膨らませ、彼女は俺を睨んできた。元々荒事を不得意としてきた奴だ。そのせいか迫力の欠片も無く、全然怖くなかった。
「……お前のせいで急に気分が悪くなった。今すぐ俺の視界から消えろ」
「まっ! なにそれ感じ悪っ。あなた、長年背中を守ってきてやった相棒に、そんな口?」
「だからだろ。俺は”裏切り者”を絶対に許さない。その事は、お前が一番良く理解している筈だろうが」
俺は生きる為に、同じ境遇だった孤児どもを引き連れ、群れた。
だが、いくら数を頼りに群れたとしても、所詮はただの糞餓鬼の集まりに過ぎない。子供の力なんざ、たかが知れている。最終的には、大人の腕力に敵う訳はない。
そんな大人の腕力に”解らされた”餓鬼の裏切りによって、幾度も俺達は死に目に遭ってきた。”前世の記憶”だけでなく、そういった苦い経験のせいで、裏切り者に対して俺は、徹底して非情にならざるを得なかったのだ。
「……そうね、勿論解っているわ。でも、神に誓っても良い。決してあたしはあなたを裏切ってはいない。ただ、侯爵様の三男と、その口車にまんまと乗せられたあなたの弟子達を処分してやっただけよ」
「……はぁ?」
彼女の口から出た、まさかまさかの衝撃の告白に、俺の思考が一瞬止まった。
その隙を突いて、彼女は俺の手にあるグラスをひったくり、さも美味そうに喉を鳴らす。おいおい、それ蒸留酒だぞ?
「っはぁ。初めて呑んだのだけれど、意外と美味しいのね、これ」
「……てめぇ、その分ちゃんと金出せよ……」
「何ケチ臭い事言ってるのよ。最強の冒険者、【北極星】のリーダー<竜殺し>グランツは、しっかり稼いでいるのでしょう? だったらこのくらい、何も言わず笑顔で奢りなさいな」
嬉しそうに彼女は俺の隣に座る。酒が入って気分が良くなったのだろうか? 店員はただ何も言わず、俺のグラスに注ぎ直したのと同じ酒が入ったグラスを、彼女の前に置いた。
「……稼ぎは、てめぇも同じの筈、だろうがよ……」
【北極星】の報酬分配ルールは、共有プール分を差し引いた後に、基本的に等分だ。当然稼ぎは同じ筈、である。もしもの時の事も考慮し、個人で請けた仕事であろうが、基本的に報酬を全員平等に分配すると取り決めていた。
ちなみに、ダンジョンアタック等で入手した装備品の取得に関しては、その評価額分、希望者の分配金から差し引く方式だ。その分だけ、他のメンバーが潤う仕組みになっている。まぁ、もう【北極星】が俺の単独パーティとなった以上、これらは全く意味の無いルールとなった訳なのだが。
「面倒臭ぇ。裏切った、裏切ってねぇは、この際置いとくわ。で? お前、今まで何処で何をしてたんだ?」
「……そうね。まずはそこからよね」
◇◆◇
侯爵の三男は、重戦士、魔導士、狙撃手のメンバーを引き連れ、俺を排除した新生【北極星】として、冒険者ギルドに登録しようとしたらしい。これはギルドの受付孃達から聞いた通りだ。
「……お前はこれに参加しなかったんだな?」
「当たり前じゃない。何で好き好んであの馬鹿と組まなきゃなんないのよ。いくら金貨を積まれようが絶対お断り。あたしの相棒はグランツ、あなたただ一人よ」
アリアからどうしても入ってくれ、そう泣きが入ったのだとは彼女の談。
そりゃあ、なぁ? 女一人で、あのメンツと四六時中同じ場所に居るなんて、どう考えても貞操の危機だ。”俺”というストッパーが存在しない以上、自制心の欠片も無い糞餓鬼と、あのゴッズの事だ。あいつらならやりかねん。
自分の手から離れた奴の事を殊更悪く言うなんてのは、正直したくないのだが、まぁ……ゴッズという男は、そういう奴なのはメンバー全員が承知していたのも事実だ。アリアには、精々頑張って自衛してくれとしか、俺からは言えない。
「でも、当然それは受諾される事はなかったみたい。つまりは、あなたがちゃんと対策していた……って事よね?」
「そうだ。俺の死亡が確認されない限り、誰であろうが冒険者ギルドで【北極星】を名乗る事は絶対に許されない。そういう契約になっているからな」
あの糞餓鬼は、最強の<竜殺し>パーティの名が欲しかったのだろう。それが絶対に叶わないと知った奴は、泣いてギルドから走り去ったのだという。
「その後、他の三人はどうしたのか、どうなったのかは、あたしは知らない。それよりも、あの侯爵様の三男の対処をしなきゃならなかったしね……」
まぁ、あの手のどうしようもない奴が逆恨みしてくるのってのは”お約束”だ。あの餓鬼だけなら何もできやしないが、奴の背後には馬鹿な親……いや違う。親馬鹿のアルバート侯爵の存在がある。独立、永世中立を謳ってはいるが、冒険者ギルドなんてのは、結局はただの営利団体に過ぎない。侯爵が圧力を強めてくるならば、どう取り繕ったとしても、最後は折れるしか無いのだ。
「あの侯爵様を黙らせる為に、あたしは色々と動いていたのよ。それが忙しくて、今まで挨拶できなかったって訳」
彼女は、金庫の中に価値のあるものなんぞ何も入ってないだろうと予想していたそうな。つまりは、俺の”疑い”すらも、端っから承知していたって事だ。
あいつらが武器庫から持ち出した聖剣や魔法の鎧は、国宝級のものも多数あった。その目録を彼女はしっかりと付けていた上に、俺が採った手段と同様に、映像記録で奴等の犯行の瞬間を全部抑えていたらしい。
その後は、俺がギルドマスターにしてやったのと同じ事を、彼女はあの侯爵にやってやったのだという。その上で、侯爵の三男が持ち去った分は、ばっちりと全部回収してきたらしい。俺より逞しい奴だよ、本当に。
「……なんていうか。よくもまぁ、無事だったな?」
「あたし一人だけでやったのなら、きっと今頃は、この世の何処にもあたしは居なくなっていたでしょうね……」
彼女は事も無げに、グラスを傾けながらそう宣った。
いくら<竜殺し>の号を持つ”手練れ”であるとはいえ、彼女は魔術士の端くれでしかない。それなりに動けはするが、本職の騎士達に囲まれてしまえば、これを無事に切り抜ける事ができるのかは、かなり難しいだろう。
「……は? てめぇ、もしかして……?」
「そ。そのまさか、よ♡ 愛娘と息子の為にって、おじ様達すっごく頑張ってくれたわよん♡」
だからここまで時間がかかったのだと、彼女は下手くそなウインクをしてきた。言ってやらんが、要、練習だな。
それは良いとして……ああ、先代達にゃ、益々頭が上がらねぇ。
やれ<竜殺し>だ、やれ最強の<剣舞踏士>だ、などと巷では評判になっていようが、未だ俺は”親離れ”のできねぇ若造って事じゃねぇか……恥ずかしい。
「そんな訳。だから、あたしは決して、あなたを裏切ってはいないの。おわかり?」
もう少しで唇が触れてしまいそうな距離にまで、彼女のドヤ顔が迫ってくる。俺は何故か顔を背ける事ができなかった。
「……わ、悪いが、俺は、お前を、まだ、し、ししし信用、でき、ない……」
「……ホント面倒臭い性格よね、あなた……自分に素直になんなさいな」
俺の唇をペロリと舐めてから、彼女は俺との距離を開けた。
……うん、舐められた。うん……
「まぁ良いわ。あなたが認めてくれるまで、あたしも単独パーティで動くとしましょうか。でも、あなたの背中を守ってあげるのは、これまでも、これからもあたしだけ。それだけは、決して忘れないで頂戴?」
「あ、ああ……わかった。これからも、よろしく頼む……」
咄嗟に頷いてしまったが、何がわかったのか、自分でもイマイチわからん。わからんのだが、彼女の強力な”押し”に、俺如きが抵抗なんぞできる訳もない。
うん? 彼女も、単独パーティなのに、俺の背中を、守る???
……うん?
……まぁ、なるようにしかならないか。
今頃になって酒精が回ってきたのか、上手く思考が纏まらない。
……面倒だ。
俺は考える事を放棄した。
「グランツ。あたしは絶対に、あなたを裏切らない。ずっと、ずっと側にいるからね」
副題付けるなら『ふたりソロパーティ』か? うわぁ、我ながらベタだわぁ……
誤字脱字がありましたらご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。