雲は流れた
「夏は、…俺が死んだら違う所に行くのか?」
研は、病院の個室で、夏に聞いた。
「研、君は死なない。死なないんだよ」
「なんで? お前は俺を殺すんだろ?」
「…殺さないよ。研は私を救ってくれたから……だから私はあなたを殺さずにでていく」
研は、頭を両手で抑えて布団の中でうずくまった。
「駄目だっ! 行くな、俺死んでもいい。死ぬまでいてくれよ……」
目からは涙がたれ、夏は困ったような声で研に言った。
「研? 死んでもいいなんて一生かかっても言っちゃ駄目だ。君は私のような疫病神じゃない」
「…お前は疫病神じゃない! いてくれよ……お願いだから…好きなんだ……夏!」
嗚呼、なんと馬鹿な子か。
自分を苦しめる神に恋心なんぞ抱きおってからに……。
可哀相にな。
寂しかろう、悲しかろう、……辛かろう。死んでしまいたいのか。私なら、すぐにでもお前を殺してしまえる。神経を支配して、脳から命令し、お前の体に流れる血を止めれる。
だが、今は駄目なのよ。お前は私の大事な人間だから。
唯一私を知っている者だから。
「研…、分かりなさい……」
「分からない、分からない! …夏は……俺が嫌い?」
「嫌いじゃない、…でもね。君はこれから、生きて、たくさんの人間を好きになる。恋人をつくって、時には別れたりもして、結婚して、子供をつくって……ほら、たくさんの楽しい事があるんだよ? 見えもしない私に死なされるより、生きてたくさんの経験をしたほうがいいの」
「……でも俺、」
「聞き分けの悪い子は嫌いよ」
その日、私は研の脳を出た。
よく考えて見ると、私には『人の脳からでる』という記憶がない。
無意識の内にというのか、寝ている内にというのか。とりあえず、私が人間を殺していたということに変わりはない。
だから、意識的に殺さず、人間の脳を出るというのは、昔もこれからも、研しかいないのだと思う。
それくらい、研は私にとってかけがえのない存在だったのだ。
研の脳をでて2年を越そうとしていた、ある日の雪の晩。私は隆史についた。
私には、もう『夏』と言う名前ではなかった。
『メリー』
それが私。
神の中の疫病神、メリー。