神の『そうぞう』
俺の声が響いて響いて、響き過ぎて、ふと何処からかうるせぇと苦情が聞こえたのがわかる。
でもそんなこと、苦情なんて今はどうでもいいのだ。
今着目しなければいけない重要点は、何故、凪より速く銀が着ているのか――何故、銀なのか、凪は、今何処にいるのか。
である。
へたれな俺でもさすがに怒鳴ってしまう。
頭が普通より良い俺の脳内は、不思議な事をばんばん募らせていく。
「うおぉおおお!」
そのかんも、銀は鳴き続けた。まるで凪や俺を蔑むように。
「凪どこだよ、凪連れてこいよっ?!」
「……」
「…なんだよ?」
銀は突然啼くのをやめた。
また襲ってくるんじゃないのかと、俺はへたれモード全開にしたが、銀はその気配を全くださずに黙っていた。
死んだのかと思い声をかけているのだが、小刻みに動いていて息もしているようだし……。
「銀?」
「お前は確か、隆史といったな? 何故人間が某等の姿をその目に写せているのかは知らないのだが、無礼な奴。某は、お前のような霊長類に呼び捨てにされるほど落ちぶれてはいぬ。この秋庭院家嫡男、秋庭院 銀を侮辱するでないぞ」
喋らないと思っていた黒星、銀が喋った。
しかも、織田祐二に対抗するかのような言葉と意味の分からない言葉。
霊長類なめんなよっ!
「……しゅうていいん? それはお前の…貴方の名前か?」
「敬語じゃないのが負に落ちん」
「貴方の名前ですかっ!」
ムカつく野郎である。
「苗字だ。貴様、秋庭院の苗を知らないのか? 今時物珍しい奴だ」
今時?
何、俺の兄ちゃんも、兄ちゃんの友達も俺のクラスメートもその親も、…全国的に『秋庭院』って知れわたっているのか?
それだったらまちがいなく今年の流行語大賞になりうるぞ。
「さて、……普通一般以下の虫けらカスにいろいろ教えこんでしまった。本題に入ろうとするか」
自分がいきなり喋っていきなりおかしな話し吹っかけて来ただけなのに、何故俺の存在を虫けらカスにされなきゃいけないんだ?
…そもそも、虫けらカスって、虫より格下じゃねぇかよ……虫のカスって、汚ねぇし霊長類は愚か、生きてもいねぇ。
「凪は喰った、丸呑みである。こいつはかなりの上物だな…ふぉん」
変なセキをして、銀は舌で上唇をなぞった。
どくんと胸が波打つ。
「……狂ってるよ…お前。兄弟って事を忘れたか?」
そうだ、狂っている。
「忘れてなどおらぬ。だが少々、頭が回りにくての……知力低下、障害者並だ。物事を考えようとすると頭痛が必ず起きる。仲間を喰おうが何を喰おうが、某には全ての物が美味に感じる。味覚も嗅覚も麻痺してしまったのだな、きっと」
「…だからって喰うのか? お前の弟だぞ、お前の為にお前を殺そうとした、白星、弟だぞ?!」
「ぐふふふぅ……白星ね…。お前は何も分かっておらぬのな。馬鹿じゃ馬鹿、お前は馬鹿である」
奇妙な笑い声で、銀は俺を見下す。
「白星はいつか裁かれ、黒星にされ、消滅される。……なればどうだ? この際某が飲み込んだ方がこいつも報われよう? 考えられぬ頭でこれだけ考えて辿り着いた答えじゃ。弟想いの良い兄だろう?」
……弟想い?
ああ、そうだな、確かに弟想いな考え方だな。
「だけど、それじゃあ凪は報われないよ。……凪はお前の為に身を犠牲にしてまでお前を殺し助けようとしているんだぞ」
「殺す? 某を?」
銀が汚く呟いた。
細いめを更に細くして、自分の腹に爪をたててこう言った。
「馬鹿にするな。お前に某は倒せん。おとなしく胃酸で溶けなされ」
プニプニと腹を押した。
「……それがお前の…弟想いか?」
「そうだ」
「とんだ勘違い野郎だな。お前と凪では想みが違う、違いすぎるぜ。……へたれな俺でもわかる。お前は弱い。あぁ、でもそうだよなぁ。お前、天使につかまって裁かれたんだっけ? ふふは…。馬ー鹿」
挑発である。こいつはどこか許せなかった。
絶対に許せない。だって、凪をけなしたから……。
「お前……。っ、許せぬ」
「…俺だってお前、許せないよ。死にたくわない、けど……俺、お前の事殺したい」
もう、自分でも何が言いたいのか分からなかった。
激怒と欲望。
「……虫けらカスごときに何ができる。某は秋庭院 銀であるぞ」
「その秋庭院って名前、今の時代で知ってる奴はいないと思うぞ。……古いんだよ、時代遅れだ」
今時テツ&トモにはまっている奴よりも時代おくれだ。
「どこまでもけなしてくれるな…貴様」
「知っているか? 凪いわく、俺神様的存在らしいぜ? 神様からの生まれ変わりかもしれないんだとよ。星よりも天使よりも格上だ。お前なんて否じゃないぜ、☆カス野郎」
「怒りである……!」
ご丁寧に自分の現在進行形動詞を呟き、その口にある牙を俺にみせ、威嚇始めた。
もうすぐだ。
もうすぐ、俺の最後が始まる。
このまま何も出来ずに一瞬で殺されるって事は多分無いとは、さっきの追いかけっこからしては無いと思うのだが、なにしろ俺は――戦う術なんてものは何1つもっていない。銀の少しの走りの速さと、あの攻撃力に対抗できないと言う事。
それが出来ないと、凪を助ける事もできない。
丸呑みにされた凪を助け出すには、腹を裂くか吐かせる……一寸法師が鬼に喰われたときみたいに自分で対抗して出て来てくれればいいのだけれども、そんな事ができるならとっくに今頃には出てきているだろうし、まぁしょうがない。
…いや、しょうがなくないよ。
格好いい事言っておきながらあっけなく死ぬとか、凄い恥ずかしい事だよね、恥だよ恥。この際奇妙なプライドは捨てたのだが、これだけは絶対譲れないし、酷く譲れられない。
神は迷った。
神とはもちろんの事、この俺。
何故今頃頑なに拒否ってきた自分のその微笑ましい称号を突然肯定し始めたのか――それはある意味一種の現実逃避だ。
ある意味へたれ症状。
ある意味現実とは思えられぬリアルな非現実に、俺の頭はパンク状態なのだ。
頭パンク状態の神様である。
あぁ、もう! この際何でもいいから槍でも鞭でも剣でも弓でも棍棒でもでてこねぇかな?! RPG的な感じな奴! それがあれば少しは太刀打ち出来るだろうし。……ねだり過ぎなら今の注文全部却下で俺の足を早くしてくれー!!
なんて、そんなくだらない願想。
そんなちんけな妄想。
そんなありきたりな想像。
そんな夢物語な幻想。
――あれ?
妄。神は幻を思いつき、神はでたらめな物事を願う。
つまり、想像を創造する。もっと分かりやすくいえば、妄想→心の中に思い描いた現実にはありえないような事を、創造→新しく創り上げる。
「俺が創造すれば――その通りになる……?」
凪は言ったのだ。
君が、小生や銀。いけ好かないアホ天使より高い格の持ち主って事をだよ。『神様』あえて言うならそうであろうか
そう、神様。
「どうした虫けらカス、フリーズしておるぞ。怖気づいたか? でも残念じゃ。お前は殺すぞ」
何を勘違いしたのか、銀は高笑いをした。
違う違う、そんなんじゃねぇよ。状況は形勢逆転の模様。
さて……俺は何を望もうか…?
――想像したものは何でも望めるのか? いや……それは余りに無敵すぎる。武器を想像するか? ……でも、考えてみてもそれは危険すぎる。第一、剣道やっていたわけでも弓道やっていたわけでもないし、銃だってきっと使い方わからないだろうし。……やっぱり、戦わずして凪を助ける方法をとったほうがいいのか……?
「じゃあ、やっぱり……」
俺は目を閉じて想像した。
脳の神経をその想像に注ぎ込む。
「おぅん? ……」
銀の胃から、凪を出す。銀の胃から、凪を出す。
そればかりを考えた。
「ごふっ……うん? 違和感じゃ」
「……!」
目を開けると、銀が何やら具合悪そうに腹を抱えていた。
まさかとは思うけど、本当に出てくるのか? こんな甘えた想像なのに?
「神って残酷」
「……ぎ…ざま…某に、何をしたっ…っ?」
「何もしてない、ただ想像しただけだ。お前の胃の中から、凪を出すって」
「そ……ぞう?」
「塑像じゃねぇ…想像だ。意味違いすぎるだろ」
腹の窮屈さと、違和感と、気持ち悪い感覚に、銀は尚ももだえ続けた。