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凪と銀と俺

 俺の兄ちゃんは、怒っていた。

「何をやっているのか」と。

「よくも俺様の電話を着拒してくれたな」……と。

 これからどれだけ罵声をあびるのか…そんな事を考えると、気が遠くなった。

 その前に――俺の兄ちゃんの後ろにいる奴。

「銀…」

 なんでいる?

 なんで今いるんだよ?

「……黒星、兄」

 黒星、兄。銀はそこにいたのである。

 憎らしい顔をして、アホらしい目つきをして、俺の兄ちゃんの後ろでこっちを(なま)めかしく睨んでいる。

 また殴られる、…今度は本当に死ぬぞ。

「兄ちゃんは大丈夫なのか?」

「?」

 …もしかして見えないのか? あんなに濃い息を吐いているのに?

 今思えば、人間って不思議だ。

「気を抜くな。あやつ、隆史の兄か?」

「うん」

「一見、見えていないようにも思えるが、中には平静を装って実はもう操られているだけかもしれない、殺されてる奴もいるんだよ。いきなり襲ってくるぞ」

「えぇ?! 駄目だよ、俺にどうしろってんだよ! 空手も柔道も剣道もやってねぇぞ、…やってんのは塾だけだ」

 まさかこんな事になるとは思っても見なかったし…いやぁ、こんな事になるって予想できるのは超能力者とかぐらいだろうか?

「大丈夫、自分を信じろ、お前は『神』だっ! 不可能を可能に、偶然を必然にする『神』だっ!!」

 おーおー。

 そうだ、俺は神だ。

 紙でも髪でもなく、神だ。

 やろうと思えばスピリット・オブ・ファイアみたいな精霊スタンドを呼び出す事も霊丸(れいがん)だってかめはめ波だってうてる筈だ。

 そうだそうだ、気をしっかり持て俺!

 ほらほらほらほら、…だんだん力が沸いて来て。

 沸いて来て…。

 沸いて……。

「駄目だ! 無理! 俺超へたれだから無理! 俺には仏陀(ぶっだ)やミカエルを超える力は持ち合わせていねぇよー! あんな化け物と戦えるかよー! 戦わなくても逃げられもしねぇよ! 助けてくれー凪ー!!」

「馬鹿、隆史! 小生を頼るな! それに、銀は『化け物』ではない! 銀は黒星なだけである!」

「そんな奴を殺そうとしてんだろうがよーっ!」

 兄差し置いて、喧嘩に突入する所であった。

 俺が指を指していたそいつが、突然声を上げたのだ。

 ヴォオオオオッ――。っと、まるで獣のように。

「……何?」

「銀が啼いてる」

 けたたましく、勇ましく、銀は俺達の口喧嘩を止めるかのように、啼きあげた。

 風が俺等を襲う。

 びょーっと、銀のなき声に共鳴するかのように、嵐の少し前の風が吹き荒れたのだ。

「寒っ……ていうか怖っ…!」

「隆史! ……俺さっぱり分けわかんねぇよ。ちゃんと説明しろ! なんだよ殺されてるって、俺死んでねぇし、それにそいつ誰だよ? さっきいってたお前の友達か? オカルトならオカルトでいいから、教えてくれよ、隠し事はなしだろ?」

「……」

 なんか俺、自分の兄ちゃんのイメージがさっぱりつかめない。

 仲悪いんじゃなかったのか?

 それなのに、『隠し事はなし』ってどういう事だよ……?

 これは、話した方がいいのか?

 凪の事銀の事、天使の事も、自分が記憶喪失って事も。

 でも、今そんな事話している時間はない。

 頭がパニくっている。

「あ、……俺」

「隆史っ!」

 凪の(かんば)しい声が耳に飛んだ。

「……下手に口を滑らせるでないぞ、お前の兄は関係のない人間である。…殺されるぞ」

「分かった……」

 その瞬間に、兄ちゃんが下唇を噛みながら、とんでもなく苛ついたような顔をした。

「隆史……」

 いや…悲しがってる?

 よくわからない。

「どこか違うところに行くぞ、銀を誘い込むのだ。ここには人間も住宅もある。広いところに行くのだ」

「うん」

 とにかく、今は兄ちゃんの事は考えない方がいいだろう。

 凪についていって、凪の手助けをして、そして自分の記憶を取り戻して――それから兄ちゃんや母さん、父さんのいる家に帰ろう。

「……凪、どうやって誘うんだ? 走ったところで、銀は付いてくるのか?」

「前に話しそびれたが、星はお前みたいな神に近い奴が大嫌いなのである」

「お前! 俺の事嫌いなのかよっ?!」

 吃驚(びっくり)だ。

「小生は他の星と考え方が少し違うのである。小生はお前の事を嫌いとは思っておらぬ。……話しに戻るが、黒星になってしまうと自分の行動を強制できなくなってしまうのだ。自分を自制できなくなった黒星は、お前を殺そうと追ってくるであろう。…お前が走れば、銀も追ってくる……分かるかい?」

「……あぁ、じゃ。俺が全力疾走で銀と戦えるような広い場所へ行けばいいんだな?」

「完璧だ。偉いぞ」

「それくらい分かるよ!」

 あまり転ばないように、靴についていた氷除けスパイクをONにした。

 銀は俺をじーっと見て、何か感付いたのか、膝をゆっくり落とした。

「走る姿勢である」

「まじかよ、速そう……俺あんま早くないよ? 陸上とかやってなかったし」

「大丈夫。星の走行速度は人並みである」

 ああ、そうですか。

 全く。見かけによらないな……。

 まぁいい。

 最後に1つ、いってもいいですか。

「兄ちゃん、俺、もう行くから。……すぐに帰るから父さんと母さんに言っといて。『隆史はお泊り』って……伝言よろしく」

「……」

 なんか今のかっこよかった。

 最後の別れ。……なんて辛気臭いものはしない。

 今日の別れ。

 沈黙が訪れ、銀は丁度間の良い所で手を振りおろし、銀は走った。

「いくぞ隆史!」

「あぁっ!」

 凪も走りだし、最後に俺が走った。凪の背中を追い、俺の背中を銀が追う。

 手と足を生まれて初めて真剣に動かした。

 死がかかっている競争。

 兄ちゃんが何度も俺にむかって喋っている事は分かっていたが、俺は全く答えはしなかった。

 凪が曲がり角を曲がって曲がって、俺は凪の背に必死でついていった。

「……っ!」

 そのときに、ひどい追い風が吹いた。

 不気味な追い風。

「っは――!」

 銀はもう5メートルもないところにいたのだ。

 予想以上の銀の足の速い事であった。

「凪っ! 銀が!」

「……っくそぅ!」

 スタートが遅過ぎたわけでも、別に俺等の走る速さが特別遅かったわけでもなく、ただ、銀の足が速かったのだ――ただ、自転車よりちょっと遅い速さ。

 である。

「隆史! 走れ! 中央公園だ!」

 中央公園? そこに向かえって事か?

 脳内の全細胞を走る事に集中させている為か、よく頭が回らなかった。

「っ……凪?!」

「とにかく中央公園に行くんだ!」

 そう言い残して、驚いた事に凪は止まった。

 一瞬にして視界から凪が消える。

「っ!」

 俺は後ろを振り返らなかった。

 とにかく走った。追い風が向かい風に変わっても、転びそうになっても踏ん張った。

 そうして、中央公園。

 まさしく中央公園のど真ん中近くで、勢いよく俺は転んだ。

 ひゅーひゅーぜーぜーと息が切れる。

「……あぎ?」

 口がうまく回らない。

 思い切り後ろを振り返っても、凪は俺を追っては来なかった。

 1分、2分。

 だんだんと息が回復していき、足が軽くなってきた所に、俺の視界に変化が現れた。

 暗い影。

「銀……」

 不幸はいつまでも不幸なのだ。

 銀の姿が伺えた。

 ……銀の姿は伺えたのに、凪の姿が伺えない。

 ヴォオオオオーッ!! また、銀が啼いた。

 さっきとはまるで違う、ティラノサウルスみたいな恐竜のなかの恐竜のような、さっきよりも凄いけたたましい鳴き声が耳に響く。

 俺はその勇ましさに驚愕した。

 驚愕したところで、俺の心にも変化が見えた。

 怒りと恐怖に燃えて、不安と緊張と興奮に震え。

 この手で殴って、この足で蹴り飛ばして、この頭顔で頭突きたい葛藤。

「お前! 凪に何したんだよぉっ!!」

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