表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

Scene05: フル・グラビティ

「はぁ……なんとか落ちずに済んだ」


 俺は張り出し屋根の瀬戸際せとぎわで、しぶとく持ちこたえていた。


 屋根のふち付近から出ている〝突起とっき〟。

 つぶれた凸形とつがたをしているこの突起は、たしか〝雪止ゆきどめ〟としてもうけられているものだったはずだ。

 数十センチ間隔で横一列に並んでいるそのうちのひとつが、俺を受け止めてくれ、緊急避難の足場となったのである。


 積雪せきせつがある地域の家で助かった。

 ……いや、そもそもしもりるような寒い地域だからこんなことになっているのではないだろうか。

 ともあれ、しょうじてしまったことをいてもしかたがない。


「どうすんだよ、この状況……」


 東北の自然が仕掛しかけてきた致命的なトラップ。


 まさか屋根が殺しにかかってくることになるとは思はなんだ。


 ひとまずは大事にいたることなく済んだが、さながらがけっぷちで万事休ばんじきゅうしたありさまだった。

 足場になっている突起は、屋根にのしかかる大量の雪を支えるだけあって、頑丈がんじょうそうではあるけれど、長さもはばも15センチ定規じょうぎほどしかない。

 だから今は、うつせでまたをぴったりくっつけ、足の指だけがかろうじてかかっている紙一重かみひとえの状態。

 かかとはまるまるちゅうに浮いてしまっている。

 かじかんでいる指先が限界を迎えて外れでもすれば一巻いっかんの終わりだ。


 体力が底をつく前にだっしなければならない。


 俺は屋根の上にわせていた両腕の位置をやや上方にズラす。

 バンザイをしているような格好で、手をふたたび屋根に押し当てた。

 力を込め、ためしに体を持ち上げてみる。


 ズズッ


 ときたので、すぐにやめた。


「こんなに滑るとか、嘘だろ……?」


 ガチガチに凍結しているわけではない。

 霜氷しもごおりが薄くかれているだけである。

 ぬぐえば簡単に取り除ける。

 でも屋根には水気みずけが残るし、衣服も湿しめってしまう。

 その水分と屋根の傾斜けいしゃ、そして重力じゅうりょくあだだった。

 ダウンジャケットのつるつるした生地もよくないのだろう。


 それでもやるしかない。

 よじ登らなければならない。


「俺はカエルだ、アマガエルなんだ」


 と自分に言い聞かせ、手袋を脱いだ素手すでを屋根に貼りつけてみた。


 手は乾いていたのでイケると思ったが、接地面の屋根がれているため、手のひらの皮膚ひふはすぐに湿り気をび、前進しようとするとやっぱり滑ってしまう。


 ならば靴下も脱いでみようかと思ったが、足を使おうにも、ジーンズのうえ、その下にはスウェットズボンまで穿いている。可動範囲がせまく、満足に動かすことができずに持ち上げられない。たとえできたとしても、片足の指だけで体を支えて脱ぐのはきびしい。


 カエル作戦、あえなく失敗。


 寒さにえかねて手袋をはめもどす。

 この手袋が、黄色いブツブツの滑り止めが付いた軍手だったら、と悔やまれる。

 うちは兼業けんぎょう農家なので、作業に使うため、家の中にはしこたま買い置きがあるのだ。

 万が一にそなえて滑り止めの付いたものを選んでいればよかった。

 それが、よりによってニット素材。

 後悔こうかい先に立たずである。


 俺はあごをめいっぱい上げて自室の窓を見やった。


 距離はせいぜい1メートルほど。

 窓の向こう側には、暖房がいたぽかぽかの楽園がある。

 しかしたった1メートルなのに、這い上がることができないもどかしさ。


「これってマジでヤバいんじゃねぇ……?」


 つぶやいた声で思いのほか危機的状況にひんしていると自覚する。


 窓が、ぐぐ~ん、と奥のほうへ遠ざかっていくように感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ