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Scene02: 天体観測

 屋根の上(一階と二階の中間から張り出している部分)に出終える。

 俺は中腰ちゅうごしで室内を振り返り、リモコンで電気を消灯させた。

 周りを暗くして、できるだけ星を見やすくするための配慮。

 それからカーテンと窓を締め切った。


 観測場所を屋根に選んだのは、なんとなく青春っぽいかなと思ったそれだけの理由だった。

 軒先のきさきに出て、たんに地上から見上げるより、すこしでも高いところのほうが雰囲気がかもし出される気もする。

 本当は屋上おくじょうの屋根がよかったのだけど、あいにく上れないため、張り出し屋根で妥協だきょうすることにしていた。


 靴下くつしたの裏に、屋根の冷気が伝わってくる。

 屋根材はかわらではなく、いたが段状にかれているような、よくあるやつ。

 壁の付け根からのきになっている下端かたんまでは、2メートルそこそこ。

 傾斜けいしゃはそれなりについているけれど、かわいているためすべるようなことはない。

 体重をかけてみてもちゃんと安定する。

 それでも、まかり間違って落ちてしまわないよう、下端のほうには近づかないようにしたほうがいいだろう。


 俺は自室の窓から数十センチ下りた地点を観測ポイントに決めた。

 腰をかがめた姿勢のまま屋根伝いに微々(びび)たる移動を開始。

 かさ穿()きで動かしづらい両足で、

 一歩、

 二歩、

 三歩、

 とだけ屋根板を慎重しんちょうに踏みしめ、すぐに尻を落ち着ける。


 仰向あおむけに寝転がっても、体がずり下がっていくような感覚はしなかった。

 あついダウンジャケットのおかげで冷たさは背中に伝わってこない。

 素肌すはだをさらしている顔まわりが幾分いくぶんピリッとするけれど、十分許容(きょよう)できる寒さ範囲内である。


 安全と防寒の確認を終えた俺は、頭の後ろに手を回してまくら代わりにし、天体観測へ移った。


「お~、すげぇ」


 感嘆かんたんの声とともに吐き出された白い息が頭上へ昇っていく。


 みきった空気、晴れ渡った空間。


 満天の星空が広がっていた。


 明るかった室内から出てきたばかりにもかかわらず、いくつもの星の輝きがハッキリとひとみとらえられる。

 視界の上のほうには二階部分の屋根の端っこが暗いシルエットになっていたけれど、あごをちょっと引いてやればすぐに外れた。

 屋根にのぼったおかげで、となり近所の家は入り込まないし、道に面した方向でもないため電柱や電線も気にしなくて済む。


 視野のはしから端までが、ぜんぶ宇宙。


「おっ、流れた!」


 ひとつめの流れ星が、白い尾を引く。

 仰向けになって一分も経っていなかった。

 流れ星を見たのは何年ぶりだろう、なんて思っているうちに、ふたつめが流れる。


 半世紀に一度の文言もんごん伊達だてではなかった。


 作り話みたいに次から次へ流れていくのだ。

 数を数えるのは出だしの十個でやめにした。

 分単位といわず秒単位で流れるので切りががない。

 四方八方に飛散ひさんしていく様は、まさに圧巻の流星シャワー。

 宇宙の花火大会という具合。

 五つの星が順々に散ったときには、思わず「うわっ」と声が出た。


 夜闇よやみに目が順応じゅんのうしてくると、認識できる星数がさらに増す。

 またたく星灯ほしあかりで空は青みがかり、ミルクをこぼしたような天の川も見えてくる。

 星の光ひとつひとつに個性があり、赤かったり、緑っぽかったり、黄色だったりして、明滅めいめつの速度もそれぞれ違って、それらを観察しているだけでも面白かった。


「屋根にのぼって正解だったな~」


 ひらけた抜群の視界が、天体ショーを独り占めしているような優越感にひたらせてくれる。

 地面から離れている感覚が、山の上で寝転んでいるようにも錯覚さっかくさせてくれて、いたれりつくせり。

 片田舎かたいなかの特権だ。


「そうだそうだ。BGMかけるの忘れてた」


 思い出した俺は、ダウンジャケットのポケットから音楽プレーヤーを取り出す。

 あらかじめ取り付けていたイヤホンを耳にめると、本体ボタンを操作。

 そして、このときのために即席そくせきで準備していた音楽プレイリストを再生させた。


 ロックバンドがかなでる天体観測にうってつけの旋律せんりつが耳元で流れ出す。


 鼻歌をうたいながら俺はポケットに手を突っ込んで、天体ショーの続きを楽しんだ。


 そう……


 このあと、屋根に囚われてしまうことも知らずに。

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