僕と、7年目の辞令
「強くなる為には、どうすればいいだろう?」
そんな質問をされたら、僕はこう答える。
「練習を重ねて、自分を鍛えるしかない」
漠然としているかもしれないが、大抵の物事に練習はつきものである。勉強、スポーツ、音楽、料理......上達するために自己研鑽は欠かせないだろう。
そしてそれは僕たち【機士】も同じである。ギアを組み立てて、化獣を倒す。強くなるためにはこれを繰り返すほかにない。
では。
回復しかできないなら、敵を倒す術を持っていないのなら、どうやって強くなればいいのだろうか?
これが7年間、僕を苦しめている難題であった。
僕は年齢こそ幼いが、機士歴でいえば局の中でも大ベテランという位置にいる。
同期が局長や副長だと言えば分かってもらいやすいだろうか。
とにかく年数だけでいえば最低でも隊長クラスにはなれるというのに、いまだ中位程度の実力しかないのは、僕が回復能力しか持っていないという事と、ギアを使いたくても怪我人がいないという現状にあった。
いや、いるにはいるのだが、どれも大した怪我ではないので鍛錬を積むには至らないのだ。
「どんな難しいオペでも任せろ!」という有名外科医が、患者に対して、消毒液を塗って絆創膏を貼るような処置をするだけ、そのようなものである。
これだけでも十分詰んでいるというのに、過保護な姉さんが「危ないから」と僕を前線から遠ざけたり。
実働部隊には"副長の弟"を受け持つなんざごめんだと嫌厭されたり。
追いやられるに追いやられた結果、医務室での待機を余儀なくされる事となった。
僕の為に設けられた医務室、と言えば聞こえはいいかもしれないが。日光があまり入ってこない北西の部屋のせいか薄暗い時間が多く、閉鎖された空間で過ごすという点では、牢屋に閉じ込められているのとさほど変わらない気がする。
「はぁ……」
風が吹き、カーテンが揺れる。
今日は窓から差し込む陽が強い、天気予報では快晴だと言っていたか。
「誰もこないだろうな」
これが雨天であれば、山というフィールドが化獣に味方をするのか、負傷者も少しはでるのだがこうも晴れていれば望み薄である。
そう思った瞬間、医務室の戸が開いたので、ハッと入口に目をやった。
が、やってきたのは空さんだった。
「様子はどうだ?」
「いつも通り利用者なんていませんよ、ベッドのシーツを洗う雑用すら事足りてるくらいですから」
「そうか、まぁ良い事なんだけどな」
「空さん、いい加減どこかの部隊に入れてもらえませんか? こんなところで何もせずにじっとしているのは嫌です」
7年も。そう付けたそうと思ったが空さんに当たるのは申し訳ないからやめた。
悪いのは姉さんなのだから。
「なぎさは秀一が心配なんだよ」
「自分は僕たちを守って、身体を壊して心配をかけたりしてるくせに?」
「秀一」
頭を撫でられる。
空さんは困ったらいつもそれだった。僕の頭をぐしゃぐしゃにして、うやむやにする。
力が強い為、抵抗しても適わないからこれは武力解決に近い。
「そもそも、姉さんが身体を壊さなければ、僕だって強くなりたいとか、部隊入りをここまで志願しなかったハズだ」
悪いのは姉さんだ。2回目は声に出していた。
空さんがここに来た理由も検討はついている。昨日もそのことで姉さんと大喧嘩をしたものだから、その間を取り持とうとしているんだろう。
「局長の仕事は僕と違って忙しいのに、こんなところで油を売っていていいんですか?」
「今日はちゃんと用事があってきたんだよ」
「用事、ですか」
「秀一の部隊配属の件で」
思ってもいなかった答えに、えっ?と間抜けな声が出た。僕を部隊に入れる? どうして、今になって急に?
「俺に名案があるんだ」
そう言って空さんは微笑んだ。
突然の部隊配属の話に頭は混乱しているが、自信に満ちた空さんに、いや空さんは大体いつもこんな顔をしているのだが、僕はすっかり期待を抱いていた。
息苦しく過ごした7年間にようやく風穴があいたと思った。
だが、結局。蓋を開けてみれば落胆に終わった。
"本日付けで 機士局 第七部隊勤務を命ずる"
後日、局長室にて渡された辞令にはそう記してあった。そして僕と共に招集された機士は、桜川春と巽杏紗。
局にいる者ならすぐに分かる、二人はいわゆる"問題児"であり、このメンバーで部隊が成り立つかどうかなんて火を見るよりも明らかだった。
ため息すら出なかった。空さんのいう名案は僕を期待して落とすという名案だったに違いない。
手に持っていた辞令が、憤りにくしゃりと小さなシワを作った。
配属が決まってから僕は第七部隊室には顔を出していない。どうせ活動はしていないだろう。
なにか動きがあれば他の部隊が噂をするだろうし、それが耳に届いてこないというのは、つまりそういうことだ。
相変わらず医務室にしか居場所がないまま、一年がすぎるのはあっという間だった。
「秀一、様子はどうだ?」
いつもと同じように空さんがやってくる。
僕の様子を見に来た、というよりも冷やかしにきているのではないか、と訝るような視線を送ったが空さんはいつになく明るい。
「聞いてくれ秀一! 第七部隊に、新人を入れようと思うんだ」
「はぁ、新人ですか……。というか二度目は騙されませんよ。いつぞやの名案だって結局は」
「あの名案は、新人を入れてようやく完成する名案なんだよ」
「どういうことですか? そもそも新人なんて使い物にならないじゃないですか……」
僕の問いに、待ってましたといわんばかりに、空さんは人差し指を立てる。
「だからこそ、だよ」
内情がわからない新人であれば、秀一が声をかければ同行してくれるに違いない。
なにより攻撃ギアを持っていて戦える、でも未熟であるため苦戦はする。苦戦をすれば回復能力を使う機会も多くなるのではないか。空さんの狙いはそこにあったらしい。
「秀一と新人くんで任務につくのはかなり危ない事だから、なぎさが聞いたらめちゃくちゃ怒るだろうな」
言いつつも悪びれた様子はなく「まぁ危なくなったら、その時は俺が助けにいくから」と、空さんは笑った。
問題だらけではあるが、いや問題しかない名案だが最終的に空さんが助けてくれるのであればどうにかはなるだろう。大船に乗せられた気持ちにはなる。
「けど、いいんですか」
「俺も秀一の気持ちはわかるから、なぎさには内緒な。ただしなるべく局の近くで危ないと思ったら自分達で引き返すようにはするんだよ」
「ありがとうございます」
「でも結構良いと思うんだ、秀一と新人くん、二人は仲良くなれる気がする」
「なにを根拠に」
「だって同い年だから」
同い年だから?
同い年というだけで仲良くなれるなら、そのうち人類はみな友達だ、とでも言い出すのでないかと心配にもなる。でもこんな局長だからこそ機士局は今日も平和なのだとも思う。
空さんは「また何かあったらいつでも言ってくれよ」と新人のデータを僕のデスクに置くと局長室へと戻っていった。戸が閉まった事を確認した僕は、強く拳を握った。
(これでようやく!)
仲良くできるかどうかはさておき。局外へと任務に出る自分の姿を想像しただけで笑みが漏れる。
もうこんな牢屋のような医務室とはおさらばだ。新人が共に強くなろう!という志高い奴ならいいなと、手渡されたデータを手に取った。
写真が一枚、滑るように床に落ちた。
そこに映っていたのは、お世辞にもやる気に満ちたとはいえない、微妙な表情をした少年だった。