卍 宮崎 駿 VS 富野由悠季 卍
天才でも悩みはある。なろうの我々は気を強く持ちましょう。
ていうかこの程度もう誰か書いてる気もする。
久々に映画館に出掛けて【風の谷のナウシカ】を観てきました。じつは大スクリーンで観るのは初めて。
いわゆるデジタルリマスターもしてない音響もいじってないバージョンなのでちと残念だけど、やっぱ宮崎駿・小松原一男作監時代の絵は好きですね。
いまは『未来少年コナン』も放送しているから比較しやすいだろう。宮崎駿の作風が変化したのは【紅の豚】から。
それ以前はキャラクター造形がとかく「記号」でしかなかった。
味方は善人、敵は敵らしく憎々しい外見。女の子はスカートで清楚、14歳以上はみんなボンキュッボン体型(ナウシカとクラリスの胸はいま見ると違和感があるよね……)。お母さんはやたら胸が大きくてふくよか。お父さんはたくましくて髭面、など。その都度シナリオに沿ったテンプレキャラを反射的に割り振ってしまうクセがあった。【絵】から入った人らしい弱点である。手塚治虫も似たような悩みがあった。
『未来少年コナン』のインダストリア地下の住人を見ると分かりやすいでしょう。最初は生気もなくゾンビみたいに「アーウー」とうなってたのに、中盤以降は突如元気なレジスタンスになってる。
もともと人間の機微はある程度表現できて、例えばハイハーバーにおける「大人の事情」みたいのを書き出すのは上手かったから、単なる娯楽以上の奥行きを作品に付加するポテンシャルはあった……でもそれを「文芸作品」的に昇華できないもどかしさは如何ほどだったか。
強いて「人間」を描くようになったのが【紅の豚】以降。 ジーナさんはもの凄いスレンダーボディだったですやろ。
絵的変化に留まらず【ラピュタ】的作劇とは永久に決別したらしい。
宮崎センセはずいぶん殻を破るのに苦心したことと思う。なんせコナンとカリオストロの不振に悩んでたおなじ頃、ナマっぽい人間模様を難なく描いてしまう人が居たからだ……富野監督である。
富野監督が『コナン』に嫉妬して『ザブングル』を作った、というのは有名な話ですが、 その逆もあったのではないか、と筆者は推察する。
だってあの頃の『ガンダムブーム』は無視できないでしょう。「なんであんなもんが……」くらいには考えたに違いない。
宮崎センセが人間の業を描けたのは【もののけ姫】でやっと。富野監督は『イデオン』でとっくの昔に描けていた。
【風の谷のナウシカ】はそうした葛藤の時期に作られたためか、前期と後期が混ざって独特な雰囲気になっていると思う。そのあと【ラピュタ】で前期に戻した(スタジオジブリ立ち上げ作品なので安全パイを選んだというのがアリアリ)くらいだから、よほど苦心したのでしょう。