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幸せは突然に


 就職を機に地元を離れて初めての一人暮らし。

 少しの不安と期待の中、少しでも新しい土地に慣れようと近所を散歩した。


 その最中、偶々見つけた小さな祠。

 

 何の神様を祀ってるのかもよく分からなかったけれど、実家の近くにあった祠に似てる気がして懐かしく感じて手を合わせてみた。


 それは本当に気まぐれで、子供の頃からの「神様お願い」の延長線上だった。

 

 だから、慣れない土地で健康に何事もなく暮らせますように、とだけ祈った。


 その後も近所を散策していくと職場への近道を見つけてなんだかツイてる気がして、お祈り効果かな?なんて気分が上がった。


 職場は自宅から少し入り組んだ道を進んで祠の前を右に曲がってそのまま坂を下ると15分ほどで着いた。

 事前に職場の人から聞いていた道だと30分程掛かるのでかなりの短縮に嬉しくなる。


 道を確認しつつ、近隣の店なども確認しつつ帰宅した。

 

 帰り道でもう一度祠の前を通ったので、近道を教えてくれてありがとうと感謝を伝えておいた。


 本当に教えてもらったわけでは無いけれど、昔から基本的に良いことがあると運がいいなと神に感謝するタイプだったので、祠に感謝しておいた。


 

 それからは通勤の行き帰りに祠に手を合わせた。

 それがいつの間にか習慣化して、手を合わせないと1日が始まった気も終わった気もしないのでとりあえずしていた。


 散歩が趣味なので休みの日も祠に行って手を合わせた。

 

 家から出ない時や用事や病気で祠に行けない時は祠を思い浮かべて、1日を無事過ごせるように、無事過ごせた感謝を伝えていた。


 ここまでしていると信仰深い人間のように思われるが、実際そんな事はない。

 

 初詣で1年の事を祈るように、受験の時に合格を祈るようなもので、そこまで信じていないが、もしいるならとりあえず祈ってご利益を得ようというぐらいである。

 

 習慣化してしまった今となっては食後の歯磨きぐらいの感覚だった。

 実際お賽銭やお供物をした事はないので気持ちの問題である。


 正直祈っていても階段から落ちて捻挫して1週間家から出られないこともあったし、インフルエンザが悪化して2週間も高熱でうなされて入院までした。

 

 効果があるのかイマイチ分からないが、全然無事に過ごせてなくても決まり文句のように「無事に過ごせました、ありがとうございます」と手を合わせていた。


 毎日のように、祠に手を合わせていた。




 新天地が自分の生活圏内へと、地元変わらないくらい愛着が湧いてきた8年目の秋。

 31歳の誕生日を迎えて、順調に交際をしていた恋人からプロポーズを受けた。


 浮かれていた。

 人生で一番浮かれていた。

 幸せが全身から溢れ出ていた。


 仕事も昇進が決まっていたし、結婚まで決まって誰よりも幸せだと思った。

 親や友達、職場の人やらとにかく色んな人に祝福してもらえた。

 

 その時に「もしかしてこのまま死んじゃったりして」なんてふざけた事も言えた。

 言ってしまった。


 後悔しても仕方ない。

 仕方ないけど、本当に死ぬなんて思わないじゃないか。

 

 あんなに幸せだったのに。

 これからだった。

 確かに人生で一番幸せだったけど、これからきっとさらに幸せが訪れてって、そう思ってたのに。



 友だちに都内のオシャレなお店でお祝いしてもらって、終電間際の電車に乗って帰宅した。

 外灯が少ない帰宅路、いつもは気をつける少し怖い道。


 幸せで足が地面についてないんじゃないかってくらい、ふわふわした感覚だった。

 お酒も少し入ってて、よりふわふわしてた。

 もらった花束からは少しキツめの自然の香りがしてそれも私をおかしくしてた。


 背後から誰かが話しかけてきて、振り返った。

 いつもは無視して早足で進んで携帯で恋人に電話するのに。

 気分が良くてニコニコしながら振り返った。


 知らないおじさんは私みたいにニコニコして、「こんばんは」なんて挨拶してきた。

 そこで少し正気になったけれど、無視なんか出来なくて、小さく挨拶を返した。


 「声が小さい!」と怒鳴られて殴られた。

 

 何が起きたのかよく分からないまま、花束と私が重力に逆らうことなく地面に落ちた。

 そいつは花束を踏み潰して私に馬乗りになったと思ったら、何回も何回も私を刺した。


 何回も、何回も、私を刺した。


 痛くて熱くて、暴れたけれどそいつの力には勝てなくて、そいつの暴力はさらに激しさを増した。

 刺されたり殴られたりして、私の身体は忙しく痛みを感じなくてはいけなかった。

 暴れる元気も無くなってきた頃には、もう意識も薄れてきてた。


 そいつは「挨拶はしっかりしろ」「常識を学べ」と喚いてけど、私の反応がなくなると満足したのか私の上から退いて、また歩き出そうとしてた。


 そこで何かまた揉める怒鳴り声と私に必死に話しかけようとする声が聞こえたけど反応なんか返せなかった。

 

 きちんとは分からなかったけど、一応住宅街だったから誰かが通報してくれたのか、警察官らしき人達がいた気がする。

 

 

 そこから意識がないから、本当のところはどうなのか分からないけれど。




 祠に毎日のように手を合わせてたのにな、なんて。

 なんの意味もなかったな、とふと思った。



 そう、思ったのだ。何も感じなくなってたのに。

 不思議に思って首を傾げたら、傾げられた。

 あんなに動かなかったのに傾げられた。

 

 そこで周りがぼんやりしてることに気がついた。


 おかしい。私の記憶では死んでるはずなのに。

 なんとか生きながらえたのだろうか。

 

 それにしてもおかしい。

 立ってるし、目を開けられている。

 

 なのに周りはぼんやりしてて何も見えないし、足の裏には何か当たってる感覚もしない。


 だんだんと意識だけははっきりしてくるのに感じられる五感が何もなくて、年甲斐もなく泣き出したくなった。

 

 不安で堪らない。

 あの不審者に襲われた時は急すぎて感情が追いつかなかったからか、今更になって今現在の状況含めて恐くて堪らなかった。



「もう大丈夫だよ、怖い思いをさせてしまったね」



 どこからか声が響いてきた。

 耳から音を拾ったと言うより私の体の中に響いてきたような感覚がした。



「もう少しこちらへおいで。そうすれば温かいよ」



 体がどこかに引っ張られていくような感覚がした。

 どこかに近づくにつれて、ポカポカしてきて安心できる気がした。



「さあ、おいで。いい子だね。いい子だよ。何も心配はいらないよ」



 母親に抱かれてるような安心感に包まれて泣いてしまった。

 このまま泣いて泣いて全部この温かさに預けて眠ってしまいたかった。



「疲れただろう。少しおやすみ」



 そこからまた私の意識は消えた。



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