鈍色の空への慟哭
闇の中に潜むモノがいる。
《それ》は血臭を嗅ぎ分け、生きとし生けるもの全ての精と血肉を喰らい尽くすモノ。
ぞろりと、《それ》は蛇のように俺の体の中で蠢く。
血を求め、肉を求めて。
そうして少しずつ俺の精神を蝕み、俺を狂わせていく…。
俺ではない俺自身は、密やかに息を潜めて、゛その日゛が来るのを待っている。
真に目覚めるその日を。
天が、地が、海が、朱に染まる日を……。
◇◇◇
陽が西の彼方に沈む刻限。
灰色と濃紺、暗橙色が混ざったような夕闇迫る閑静な住宅地の周囲には人気はまばらで、五月だというのに今日は吹く風も冷たく、張りつめたような空気をはらんでいた。
カラスの姿もなく静かで、人はどこかいつもと何かが違う不気味さと不安感を街を包むその空気から抱いて、家路へと早足になる。
いつもの日常なら、子供がまだ遊んでいるはずの公園には誰もいず、誰かが忘れたくたびれた野球ボールが、半ば砂場に埋もれて。
住宅地の十字路の一角にある、こじんまりとした喫茶店も今はとんと客足が途絶えていた。
街灯にポッと灯が灯る。
白銀の髪を丁寧に後ろに撫でつけた初老の喫茶店のマスターは、微かに眉をひそめながら、コーヒー豆の選別を丁寧に行っている。
マスターの警戒を向ける僅かな視線は、店の入口だ。
目の前のカウンターには、濃紺のブレザーの男子制服姿のお陰で男とわかる、美少女のような美少年のような性別の判断が難しい容貌の高校男子が1人、割れ関せずを貫き、教科書、参考書、ノートを広げ、シャーペンの頭をガジガシ齧りながら苛立ち、課題学校の課題に頭を悩ませていた。
ビシッ!っと、店全体が、軋み、揺れる音。
…が、カラン、とドアの鈴を鳴らし、一瞬夕闇が流れ込んできたかと錯覚させる、黒闇色の長めの髪に切れ長の目の中の黒瞳が冷淡無情な光を放つ、恐ろしいほどの人間離れした美青年が一人入ってきて、ぴんと張り詰めていた室内の空気を、揺らした。
碧いシャツにブラックジーンズ、その上に濃紺のコートと、いでたちは普通であっても、彼を普通の青年に見せることはない。
この場にいなかった者は僥倖だろう。
普通の人間なら、この者を見るまでもなく近づくだけでその瞬間、あまりにも濃すぎる瘴気と恐怖の塊に心臓が止まるだろうから。
そして恐ろしい美。
まさしく、力が象徴する禍禍しい【悪魔の美】、である。