7. 世界樹
魔素の乱れとクラウドの耳を頼りに進むとすすり泣く声が僕にも聞こえるようになった。
「誰かいますかー?」
「ーーー!」
驚かせないようにと声をかけると、「こ、こっ……います……っ!」と、嗚咽混じりのしゃがれた声が聞こえた。「OK、今そっちに行くね」とルルドが返事をし、奥へ進むと、泥でぐちゃぐちゃの、小さな子供がいた。
「あれ……子供?」
「都市の方の子が迷っちゃったんじゃない?」
僕とルルドがその子を見て小声で話している中、クラウドはポケットからハンカチを渡してその子に渡した。辿々しい言葉でお礼を言い、受け取ったその子はハンカチで顔を拭った。クラウドの手を借りて立ち上がったその子はやはり、小さい。黒髪を高く一つに結んだその子は体も小さければ顔立ちも幼い。驚いたのはその子が学園の制服を着ていたこともそうだった。
「うちの学園って、初等部あったっけ」
「いや、無いはず……」
後ろでルルドと話しているとクラウドはその子に話しかけた。
「名前は?俺はヴィンセント・クラウド」
「あ、僕はロイド・D・アーチャー」
「俺はルルド・アルフォードだよ」
クラウドの挨拶を皮切りに挨拶をすると、彼は小さな掠れた声で「こ、コタロー・サカノシタ……」と自己紹介をした。
コタロー?とルルドと顔を見合わせる。最近授業をサボりがちの同級生だ。次に彼を見てみるが、どうみても授業をサボりそうな不良、という風貌には見えなかった。
「コタローくんはあっちで落ちたの?」
「……?えっと」
「?」
どうしてここに居るのかを問いかけようとして話しかけたが、首を傾げられた。僕も首をかしげた。もう一度、「落ちたの?」とゆっくりと話すと、彼はやっと合点がいったようにうなづいた。その後彼は俯いて「ぼく、言葉、できないです、うまく…話すの」と辿々しく言った。なるほど、つまりゆっくり話した方が良いってことか。
「不良とは思えないなぁ」
「同感だな……むしろ…………」
少し早口で話すと案の定彼は聞き取れなかったようで首を傾げられた。呟いた言葉はクラウドに拾われ、同意を返される。不良と云えば、僕と仲の良いトーイの方がよっぽどらしい。
迷子を回収できたことだし、とルルドがはしゃいだ声で話しだす。「じゃあ、彼女に会いに行ってもいい?」さっきも同意したことだし、いいよ、と返せば彼は弾んだ声を上げた。その間にクラウドはコタローくんに説明をしているようだった。
コタローくんが頷いたのを合図にルルドが歩き出す。スキップをしだしそうなくらいだ。本当に彼は植物が好きなのだろう。クラウドたちが付いてきてるか確かめようと振り返れば、クラウドが手を差し出し、コタローくんがその手を握り返しているところだった。面倒見いいのか。と少し意外に思った。子供嫌いそうな見た目なのに。いや、コタローくんは子供では無いだろうが。この学園に入るには最低でも13の誕生日は超えてないと入学資格がないはずだから。
「いくつなの?」
「え、あ、年?」
「そう。僕は14。今年で15だよ」
「あ、ぅ……」
年齢が気になり、彼に尋ねると彼は視線を彷徨わせた後、足元に落ち着き、蚊の鳴くような声で「……17」と言った。「17!?年上!?」驚き声を上げると彼は静かに頷いた。僕の声に反応したクラウドが繁々と彼を見て「見えないな……」と呟いた。
「ぼく、黄の国出身、です……」
「あ、聞いたことある。黄の国の人って幼い顔立ちしてるって。……まぁ、そもそも黄の国って鎖国状態が長かったし、黄の人がよその国に出てくることって滅多にないらしいから珍しいよね」
この世界では八つの大陸と数多の国がある。青の大陸には12の国があるし、ルルドの出身である緑の大陸は32もあるという。青の大陸にある国はすべて“青の国”と呼ばれるし、どこの大陸でもそう。
僕は青の国アストリア出身と名乗ったりもするけど、隣の国ヴェルガ出身の人がいればその人も青の国ヴェルガ出身と名乗るだろう。どこの国出身か、というよりもどこの大陸出身かが重視されているから細かな国名は省いても大丈夫なのだ。一つの大陸に一つの国、という珍しい大陸は白と黒の二つの大陸だけ。白の国エーデルワイズと黒の国デムザワークだけだ。
件の黄の国は5つある島国を総称した国で、ルルド曰く黄の国同士の繋がりは強いが他の国との繋がりは殆ど無いと言っても良い。黄の国に列車の線路が引かれてから十年程しか経過していないのも関係しているだろう。それまでは他の国と陸続きでは無い黄の国に、不安定でセイレーンに惑わされる危険性のある船旅を行っていたようだ。態々リスクを冒してまで交易をしようと考えた人は少なかったようで、結果的に黄の国は鎖国状態になっていたという。
「黄の国の生き物、初めて見た」
「ロイドと仲の良い、不良みたいな子黄の国出身じゃなかった?」
「彼は竜族だから陸路とか関係ないでしょ」
「お前、癖がありすぎるからアルフォードしか友達いねぇと思ってた」
「失礼すぎるでしょ。君はどうなのさ」
「……一人は、いるし」
僕は鼻で笑った。ブーメランとして返ってくる話題は避ければいいものを。
僕らのやりとりを聞き取れず、俯きがちのコタローくんは何かに怯えているようだった。どうしたんだろう、と僕が声をかける前にクラウドが「悪かったな。お前の悪口を言っていたわけじゃない」と声をかけた。コタローくんの悪口ではなく僕の悪口だったしね。
「あ、そろそろ着くよ」
話しながら歩いていたらあっという間だった。暗い地下に薄明かりが差し込む、場所。上にはガラスが張られており、そこから月明かりが差し込んでいた。放課後の夕方前に植物園に入ったことを考えると随分長居をしてしまったようだった。ポケットにいれた懐中時計を見ると18時を過ぎたところ。冬が近いことを感じた。
どうやらここは第八植物園の中央部らしかった。その部屋の、中央に“彼女”は居た。
どっしりと幹を構え、伸び伸びと広い空間に向かって枝を伸ばした大きな木。葉は月明かりを浴びて淡く月白に輝き、ほのかに光を放つ。その空間はどこよりも清浄な気が流れ、人の手が届かない、神域の様な空気を持っていた。それでいて、樹木自身はルルドに、いや、僕ら生物に会えたことを喜んでいる様にウキウキと弾んでいるようだった。
「世界樹だ……」
「え……?」
ポツリとルルドが呟いた。世界樹。伝承では“神の島”にあると云われているが、神の島自体が海の底に沈んだとされている。葉に光が宿り清浄な気を纏う木。
でも、そんな大層な木が、こんな人口都市に植えられているのだろうか?疑問に思ったのが伝わったのかルルドは小さく首を振る。
「彼女は本元の世界樹じゃない。本元からわけられた苗木だったみたい。……そう言ってる」
「そんな大事な苗木をこんな放置された植物園に植えるだなんて!」
「元から放置されたわけじゃないみたいだよ。なんらかの原因で第八植物園が忘れさられてしまったんだと思う」
ルルドはそういうと、そっと世界樹に近づいて幹を撫でる。「俺が絶対、第八植物園をもう一度稼働させてみせるから」と幹に額を押し付けた。世界樹は嬉しそうに葉を揺らす。淡い光がふわふわと漂い、消えていった。ルルドの姿が王子のような綺麗な顔立ちをしていることから一枚の絵画のようだ。
ふわり、と光が集まって降りてくる。ルルドが手のひらを差し出すと、ルルドの手の中で光が散り、中から小さな双葉が顔を出す。苗木だ。
「……え?」
唖然と世界樹を見上げる彼は驚きと、嬉しさとをないまぜにした表情だった。かくいう僕も、世界樹が苗木を分けることがあると言う事実に驚き、相手がルルドであることに納得していた。
「本当に、良いの……?」
震えた声で問いかける彼に、世界樹は肯定するように葉を揺らす。次に彼は種でいっぱいの籠を見て、僕らを見る。意を汲んだ僕はポケットからハンカチを取り出し、苗木の根が痛まないようにそっと包んだ。世界樹と僕にお礼を言った彼は苗木を籠に詰めた。
「大事に育てるから。いろんなところに連れて行くから、だから、見ててね?」
まるで約束の指切りをするように、彼は世界樹の枝を摘んで少し揺らした。これからきっと、彼は学園中に掛け合って第八植物園を復興させるだろうし、復興しなくてもしばしば、第八植物園に通うだろうことは想像に難くない。
世界樹との邂逅が終わり、時計を見ると19時をとっくに超えていた。外出届を出して居ない為、寮に帰ることとなる。来た道を戻るより、新しい道を開拓する方を選んだ。……というより、苗木を通して世界樹が最短ルートを教えてくれる為に戻る必要が無かったのだ。眠った植物を照らしながら進むと、近いところに石の階段が見えた。“第八植物園 南扉”と書かれたそこが世界樹へのもっとも近い扉のようだ。しかし、こちらの扉も固く閉ざされており、ちょっと魔法を使って開けさせて貰った。
外はすっかり暗くなっており、満月に近い月が辺りを照らして居た。南扉は第一植物園の裏手にあり、ルルドも通いやすそうだ。
「コタローは俺が送り届ける。どうやら同じ西寮みたいだから」とクラウドとコタローくんはそこで別れた。僕とルルドが植物園で種を拾ったりしている間に彼らは随分と仲良くなったようだった。魔力の波長が合うようだ。魔素同士が仲が良いのが見て取れた。
二人と別れた後、僕らは少し寄り道……植物園倉庫で土と鉢植えをいくつか拝借してしてから南寮へ向かう。
ルルドと二人、寮までの道を歩く。月明かりに照らされ、ルルドの金の髪が輝いた。彼は何かを言いかけてはやめる、を繰り返しており、僕は彼の言葉が纏まるのを静かに待つ。
「あのさ……昼に、さ、ロイド達が箔付けのために貴族は学園に通うって話、してたでしょ」
「え?あ、うーん……した気がする」
「俺、箔付けだったんだよね」
横を向くと前をまっすぐと見ているルルドがいる。こんなにも植物を愛してる彼が、箔付けだったなんて信じられなかった。研究者にでもなるのかと思っていた。
「俺、学園を卒業したら……アルフォード家……伯爵家なんだけど、継がなきゃいけなくて。この学園を卒業して博士の号を貰っとけって言われてたんだけど……」
入学するのも難しい、優秀な魔法使いしか入れない、学園。もし頭脳と魔力があれば貴族は子供にこの学園を受験させる。卒業できれば博士の号がつき、魔法使いとして一般よりも上の実力を持つことの証明になるからだ。
魔法使いには位があり、一般生物は第八魔導師の称号を生まれながらに持っている。この称号は貴族でも変わらない。各大陸にある基本学校を卒業するだけなら第七魔導師だが、学園を卒業すると博士号……つまり第五魔導師の称号を得られる。更に進学すれば第四魔導師になれる。魔法使いに魔術などを教えるには最低でも第五、できれば第四魔導師の称号は持っていなければならず、この学園にいる先生たちは第四以上の称号持ちである。
「俺……この学園の教師になりたい。教師になって、第八植物園を管理したい」
「ふぅん。できるんじゃない?ルルドなら」
入学した理由が箔付けだったとしても、今、目標を見つけたなら彼なら達成出来るだろう。こんなにも植物を愛し、愛された男がただの一貴族に収まる玉ではない。
「それなら第三魔導師を目指さなきゃね。僕の目標は第一魔導師だから、途中までは一緒に目指せるよ」
第三魔導師は管理者だ。第八植物園は魔法植物も多かったし、唯の教師では手に余るだろう。管理者の地位にも就ける第三魔導師に、彼ならなれるだろう。
「……一緒に?」
「一緒に。なぁに、僕がただ他所で応援してる人間だと思った?」
「正直、応援されるだけだと思ってた。でも……確かに、ロイドなら応援だけはしなさそうだね」
「将来、同窓会とかあったら僕が上司になっていて驚かないでよね」
「ロイドならなってそうだなぁ」
目指す場所が同じでなくとも、近しい場所であるなら一緒に目指さない手はない。一人よりも二人、協力していけばより早く目標を達成できるだろう。軽口を叩きながらくすくすと二人で笑い合って寮へと戻った。
ルルドの腕の中、籠で揺れる苗木も、ルルドの新たな目標を喜んでいるようだった。