6. 植物を愛し愛された男
ーーポンッと軽い音がした。
僕は弾こうと集めた魔素を解放して緊張を解いた。
ルルドの目の前には何色かは暗くてわからないが、花が差し出されているらしかった。
「くれるの?」
うなづく様に蔦が揺れた。しかしルルドはそれを受け取らなかった。
「俺、君を育てたいな」
遠回しなおねだりである。さっきから種を集めていたルルドは、まだ足りないとばかりに種を欲しがった。
植物は意を組んだのか、一瞬で花が枯れて実がなり、朽ちて種が落ちた。彼はそれを嬉しそうに拾い、礼を伝えた。ルルドが植物に近づくと周りの植物も枝や蔦、葉を伸ばして彼に種を渡していく。両手いっぱいに種をもらった彼は嬉しそうだった。だがポケットはいっぱいだったし、どうしようと言うんだろう。するとルルドは鼻歌を歌いながら魔法を展開させた。
「《緑魔法》《蔓の籠》」
魔法を使わない方がいい、と言っていたけれど、魔力相性が良いと分かっていれば使っても大丈夫な様だ。ルルドが魔法で蔦で編まれた籠を作ると僕を呼んだ。
「ロイド、ハンカチ返してもらっていい?」
「はい」
ルルドから貰ったハンカチを出すとルルドは「籠に敷いて」と言う。その通りにすると籠の中に種をそっと入れた。その籠山盛りにして帰りそうだなぁ。
「ねぇロイド、水の魔法って使える?」
「僕も使って良いものなの?」
「大丈夫じゃない?俺もいるし」
それもそうかと青魔法を展開して空気中の水分を集めて水にする。多分植物に水をあげたいんだろうなと根を探そうとすると、植物が根を見せる様に葉や蔦をどかした。意志を持った植物って自分で何をして欲しいか意思疎通ができるの便利だなぁ。ルルドの指示に従って水をあげるとお礼の様に種をくれた。僕は種は要らないかなぁ……。お礼を言ってポケットに入れたけど、目をキラキラさせて僕を見るルルドから察するに後でこの種は彼の手に渡るだろう。
「なんでこの区間だけ起きてるんだろう」
「上から誰かが落ちたんだろ」
クラウドが上の光を指差した。3メートルいかないほどの天井の穴からは少しオレンジがかった空が見えた。ここから上に登るのは植物に愛されたルルド以外は無理そうだ。それなら暗闇へ進んで出口を見つけるしかない。暗闇なら……明かりの魔法を使うだろう。
「照明魔法を誰かが使ったのか!照明魔法だから……黄、赤、橙、白のいずれか」
「四色だけなのか?その魔法が使えるのは」
「本当に君は何も知らないね」
ルルドの話の補足として付け加える。明かりの属性は限りなく白に近く、赤みがかったものが多い。照明魔法が使えるのは暖色系の魔力色のみ。青や緑も使おうと思えば使えるが魔力変換効率がすこぶる悪くて照明魔法を展開している間別の魔法が使えなくなる。だから僕らは冒険のためにわざわざランプを持ってきたのだ。
「だからルルドは照明魔法を展開するとごっそり魔力を持っていかれてしまうし、僕はそもそも“黒”寄りの魔力だから“白”寄りの魔法はほとんど使えないと言っていい」
「黒……“寄り”?」
「君もしかしてそんな初級の……基本の初歩から説明しなきゃダメ?教科書ちゃんと読んだ?」
「いや、違う。それはわかってる。アーチャーお前、“黒”の……」
睨んで黙らせる。何が言いたいかわかった。いつ気付いた?いつ気付かれた?おそらく合成獣事件の時、“黒”の魔法で《強制解除》をした時か?助けなければ良かった、と心底思ってしまい舌打ちしそうになるのを堪える。僕が警戒すると同時に周りの魔素もピリピリとした空気を纏い始める。ここは暗闇だから“黒”の魔素が多く、集めようと意識をしなくとも集まってしまう。植物は僕の纏う魔素に反応してざわめき出したのを感じた。
「説明はもう大丈夫でしょ?俺、それよりここに落ちた人が心配だなぁ」
「あ、そうだね。明かりも無く彷徨ってることになるよね……」
ルルドが何気なく口を挟んだ事で僕とクラウドの険悪な空気は薄まった。同時に、周りに集まってしまった魔素を開放する。彼はやっぱり偉大だなぁ……。
「探しに行くか。アルフォード、そいつがどっちに行ったか、とか植物はわかるのか?」
「ちょっと待ってね……向こう側っぽい」
植物も起きたばかりで混乱していたらしく、あやふやだったみたいだが大体の方向は掴めた。それさえ掴めれば十分だ。
「あんまり時間経ってないみたいだから魔素の感知で追えるね」
「魔素の感知?」
ふー、と溜息を吐いてしまった。
「そっか君つい最近まで魔素も何かわからなかったもんね。僕が初等部でもわかるように教えてあげるよ」
「本当にシャクに触る言い方しかしねぇなお前は」
そういいながらも聞く準備に入るクラウドを見て「随分素直になったじゃないか」と感心してしまう。「一言多いなお前」と返された。
僕はクラウドの前で腕を振ってみる。空気が動かされ、わずかな風が起こった。
「今みたいに、静止した空間でモノが動くと空気も動くでしょ?魔素も一緒に動くの。魔素は周りが静止していればその場に留まり続ける性質があるから」
特にこういう、何年も生物の立ち入りが無かった場所は魔素の乱れが明らかであり、追いやすいのだ。これが町中になると追えない。生物の通りが多い場所だと常に魔素は動き続けるから魔素の動きでは追えないのだ。その場合は相手の魔力を追うのが一番良いが……探知は“橙”とかの方が得意なので僕らには向かない。
「わかった?」
「その性格の悪さを直せば良い教師になれると思う」
「なぁに?僕より君の方が性格がわるいでしょ」
「まぁまぁ二人共……クラウドも素直に褒めればいいのに……」
方向もわかったので植物に挨拶をしてから出発する。おそらく迷子になっているであろう“誰か”を探しに。
「あ、ねぇ、クラウド」
灯りを持って歩き出してからしばらくするとルルドが言った。
「あんまり、他人の秘密を暴くのはおススメしないよ」
これは彼にもバレてるなぁ。きっと僕の顔には苦笑いが浮かんでいるだろう。
魔素の乱れを辿りながら進むが、僕らはずっと無言だった。さっきのやりとりが話し辛さを生んでしまったのだ。ルルドはさっきと打って変わって落ちている種を見かけても少し反応するだけで拾いに行こうとはしない。僕に気を使っているのがよくわかるし、僕の様子を伺うクラウドも気色悪い。
「なぁに、そんなに腫れ物扱うようなことしないでよ。さっきのことなら僕は気にしてないよ」
「気にすべきだぞお前……魔力色はデリケートな話題なんだから」
デリケート?普段からよく話題になるし自己紹介にも組み込まれるのに?疑問に思ったのが顔に出たのか「なんでこんな魔法使いの“暗黙の了解”もしらねぇんだよ。初等部からやり直せよ」とクラウドに言われた。何か言い返そうとしたが言葉を紡げず、睨みつけることしかできない。僕が何も言わないのをいいことに鼻で笑ってから話し出す。
「本来魔力色はデリケートな問題なんだ。……無彩色の白と黒は。いくらお前でも“白教”ぐらいは知ってんだろ」
「僕の出身は青の国だから“黒教”だよ。……宗教に関係してくるからデリケートってことか」
「飲み込みが早くて結構」
「その嫌味ったらしい口調なんとかならない?ムカつくんだけど」
「お前に言われたかねぇな」
相変わらず喧嘩腰で話してくるし小馬鹿にした話し方をしてくる。この口調と余計な一言さえなければ優秀な奴だっていうのに。
「とにかく、他の六色はあまりデリケートじゃないから普通に話すが……白だ黒だは……宗教にも関係しだすからデリケートなんだ」
この世界には大きな二つの宗教がある。黒の女神を信仰する宗教と、白の女神を信仰する宗教。僕の生まれ育った青の国は黒の女神の信仰……“黒教”だ。クラウドは“白教”のようだし、緑の国出身のルルドも白教だったはず。
黒の女神信仰の国では“黒”は神からの使者であり、“白”は死の国の使者であるとされている。もし白の女神信仰の国出身ならば黒と白の立場は逆になるだろう。つまるところ、“黒”をよく言うか悪く言うかはその人の育ったバックグラウンドによる。“白”は光…昼を守り、“黒”は闇…夜を守るのだ。
「ふぅん……」
「だからロイドが隠してるのが魔力色のことだってわかってても、一対一ならまぁ……暴くのはまだ大丈夫なんだけど……」
「アルフォードは知ってると思ってたんだ。……だから…………すまなかったな」
クラウドが僕に謝ったのが驚きだった。ルルドが捕捉すると、知らない人間が複数いる場で言及するのはご法度らしい。つまり、さっき、あの場でルルドが僕の魔力色について知っていれば問題はなかった。でもルルドは薄々気付いてはいたけれど僕からはっきりと言われた訳ではないからと、気付かないフリをしてくれていただけで確実的に知っているわけでは無かったのだ。
さっき故意に割り込んできたのも、「他人の秘密を暴くな」の発言も、暗にクラウドに“ルルドはロイドの秘密を知らない”と告げていたことに他ならない。気付かなかったのは僕だけ、と言うことだ。
ふぅ、と溜息を吐いて告げる。
「あたりだよ」
「え?」
「僕の魔力色。紫と青と黒。実は一番得意なのは黒だよ。どうせバレてるんだし、はっきりさせちゃった方が良いでしょ」
告げても二人は、やっぱりな、というような顔で驚いたりはしなかった。
「そうかなぁとは思ってたけどやっぱり?それにしても……三色持ちなんて人族に存在したんだ」
ルルドが繁々と僕を眺める。やめてよ、穴が開くでしょ。ごめんごめん、と軽口を言い合う。
「ロイドの魔力量が大量にあるのも納得したよ。ロイドって竜の血が流れてたりするの?」
ルルドの言葉にクラウドが少し反応を返したようにみえた。本来魔力色は人間はルルドのように一色しか持たないのが普通だ。魔力が強い人間は稀に二色持つことがある。使える“色”が二つあることから二色持ちと呼ばれるのだ。亜族は二色持ちが多いのだが、三色持ちは現在亜族最強の竜族しか存在していなかった。
「残念ながら人間だよ。……生粋のね。だから体が弱くて体育の授業は殆ど見学」
「そういう事だったのか」
「……人の体に三つの魔力は辛いのか?」
不安そうな……悩みを抱えたような顔でクラウドが聞く。らしくないな、と思った。彼はいつも僕に対しては不機嫌そうな顔をしているか、馬鹿にしたような顔をしているか、驚いた顔しかしていなかったから。僕に対してそんな顔ができるのか、と少し意外に思った。
「辛いよ。幼い頃に魔法……魔力制御を獲得できなかったらとっくに魔力に呑まれて死んでたかもね」
事実、幼い頃はしょっちゅう魔力を暴発させていたし、両親が買ってくれた……今もつけているピアスの魔法具が無ければ5歳の時に死んでいたかもしれない。
話を切り替えるように一回手を叩くと二人は顔を上げて僕をみた。
「それはそうと……クラウドにバレたのは仕方がないとして……どうしてルルドにバレたのか全くわかんない。使わなかった筈なのに」
同室といえど、僕は“黒”の魔法は今まで……それこそあの合成獣事件の時しか使わなかったし、黒の魔素だって意図的には集めなかった。だから魔法を直接使われたクラウドならまだしも、合成獣の事件の時もクラウドが恐怖で解除したように見えたからわかりづらかった筈なのだ。それなのに、どうして気付かれたのだろう。
ルルドは軽く笑って教えてくれた。
「植物って俺達が思うより色んなものを見てるもんだよ。それこそ、世話をしてくれる人の纏う魔素は過敏なくらいによく反応するんだ」
「ああなるほど、君が実家から持ってきたあの鉢植えの植物からバレたのか」
黒か白かはわからなかったけど、どちらかだろうとは思ってたよ。と彼は笑った。ルルドが入寮した日、彼が持ってきた鉢植えの植物は僕も度々水をあげたりなどお世話をしたのだ。今日、ルルドのモテモテっぷりを見たからわかったが、植物から何かを伝えられていてもおかしくはない。
「僕、絶対植物の前では変なことしないようにしようって思う」
「いくら彼女達でもあけすけに他人の秘密を教えたりはしないよ。……俺が持ってきた子はまだ子供……苗木だったからおしゃべりだったけど」
「植物に性別なんてあるのか」
クラウドが疑問を呟く。僕も思った。いつもルルドは植物のことを女性のように扱っていたから彼の癖だと思っていたけれど、もしかして性別があるのかもしれない。
「うーん……種類によるかなぁ」
ルルド曰く、おしべとめしべを持つ植物は両性花だし、おしべとめしべが別れた花は単性花だという。さらには雄花と雌花が同じ植物に咲く雌雄異花、一つの植物に雄花しか咲かない、雌花しか咲かないという雌雄異株。いろいろな種類があるから植物だからと単に性別があると一括りには出来ないそうだ。
「単純に俺は親しみを込めて“彼女”と言ってるだけだし……あ、でも、花神とかは雌型だって聞くし、あながち間違いではないかも」
「ややこしくなりそうだな」
「植物に興味が無かったらそうかもね」
ふふ、と和やかに笑い、暗闇を進む。さっきまでと違い、ルルドはたびたび屈んで種を拾うようになった。僕も“黒”を明かしたことでスッキリとした気分だし、堂々と魔素を探って周辺の様子を探る。
「……あ、数メートル先、崖みたいになってる。段差かな……」
「え……?あ、本当だ。魔素の乱れもそこで途切れてるね。落ちちゃったのかな」
何のことかよくわかっていないクラウドにはあとで魔素の探知とか教えることにしよう。
魔素の乱れは小さな崖のような場所でぷっつりと切れていた。おそらく迷った子は闇雲に歩いてここで滑り落ちてしまったらしい。
「ちょっと深いね……これは降りるの大変かも」
「うーん……あっち、階段みたいなのあるっぽい」
降りる場所を探すために周りの魔素を探れば5メートルもいかないところに降りるための階段があった。わかりづらいし暗いし、こんなところに落ちた子が可哀想すぎる。早く見つけてあげたい。
この暗闇じゃあ本当に、“黒”の魔力色でも持っていないと不安で仕方がないだろうに。
「ロイドってなんだかんだ夜目きくよね。“黒”も関係してる?」
「あぁ、たしかに暗闇でもわりと見える方。魔素もあるし」
嘘ではない。夜目もきくし魔素も相性良いから夜でも僕は迷わないだろう。見つけた階段で下に降りてすぐ、ルルドが立ち止まった。その後僕らに「呼んだ?」と声をかけた。
「呼んでないよ」
「呼んでないが……」
「だよねぇ」
首を傾げた彼は不思議そうな顔をしていた。彼曰く、何かに呼ばれたようで、優しいけれど、どこか寂しそうな声色をしていた様だ。
「どこかに起きてる植物が居るんじゃないのか?」
「そうかもしれない。でも、いくら探っても起きてる植物は……居ないんだ」
さっきの子たちはまた眠りにつこうとしているから、起きてるのは彼女しかいないみたいなんだ、と言葉尻が小さくなりつつ彼は話し、僕らを迷う様に見つめた。
「彼女、寂しそうだったんだ。第八植物園がいつから使われなくなったのかはわからないし、周りが眠っているなら……彼女は、この暗闇の中、一人でいるのかも……」
「僕は良いよ。ルルドを呼んでる“彼女”に会いに行っても」
「俺も別に……まぁ優先は迷子だが」
僕が割って入るとクラウドも同意する。驚いた様に僕らを見つめるルルドについ癖で「僕がそんなに薄情者に見える?一回目を洗ったら?」と言えば「俺以外にもそんな物言いなのかお前は」と茶々が入った。
「なぁに、君は僕が君だけに辛く当たってるとでも思ったの?あってるけど」
「あってんのかよ……常識知らずで煽りスキル高いとか良く今まで怒られずに生きて来れたな」
ふん、と鼻で笑って言った。
「僕の周りには僕ごときの言葉で怒るような狭量な人は居なかったよ」
「俺が狭量だっていいてぇのか」
「鈍く無いのは良いことだよ」
「さっきの仕返しかよ」
相変わらず酷くなる前にルルドが止めてくれる。本当に彼には感謝してもしきれないくらいだ。彼がいなかったらとっくに罵り合いが殴り合いになってもおかしくなかった。
とめられ、会話を終了した刹那。
「ーーー」
「……?いまの声が“彼女”か?」
小さな声が聞こえたらしいクラウドがルルドに問い掛ければルルドは「いや、何も聞こえなかったけど……」と首を振った。つまり、迷子だろう。僕やルルドは聞こえなかったらしいが、クラウドには何か聞こえたようだった。聞こえた方向を問うと、彼はもう一度耳を済ませて、魔力の乱れがある方を指差した。クラウドが乱れを感知できるとは思えないから、本当になにかを聞き取ったみたいだった。
「耳、良いんだね」
「耳だけじゃなく目も良いぞ。鳥目だが」
ルルドが褒めるとドヤ顔を返していた。僕の時もそれくらい一言少なければいいのに。